第26話:次の辞令は岡山県のF高への赴任だった
広島の街に、真紅のスポーツカーのエンジン音が遠ざかっていく。
助手席でふてぶてしく脚を組む加藤が、窓の外を流れる景色を眺めながら鼻で笑った。
「……おい、ババア。広島を捨てて、次はどこで『女王様ごっこ』を始めるつもりだ?」
「不作法な。……口を慎みなさい、加藤さん。私は捨てたのではありません。……あの地には、もう私がいなくても自ら咲き誇る薔薇たちが根を張りましたもの」
麗華は、真っ白な手袋でハンドルを握り、バックミラーに映る広島の影を一瞥した。
「……私の次なる『庭』は、お隣。岡山県立、藤ヶ峰高校……通称『F高』ですわ」
岡山。
桃太郎の伝説が息づき、穏やかな気候に恵まれたその地には、広島の荒々しさとは異なる「静かなる腐敗」が潜んでいた。
F高は、かつては県内屈指の進学校であったが、ある時期を境に「教育実験校」の名の下、極端な格差社会が持ち込まれた場所。
成績上位者「プラチナ」がすべてを支配し、下位者「アイアン」は人間としての権利を剥奪される――。
それは、麗華が最も忌み嫌う、九条院家本家にも似た「不細工な階級制度」が公然と行われている学び舎だった。
「……ほう。岡山にも、掃除のし甲斐があるゴミ溜めがあるようですわね」
麗華の車が、岡山の象徴である旭川を越え、灰色の巨大な門を構えるF高の前に滑り込んだ。
校内に入ると、そこには広島のような怒号も、バイクの音もなかった。
あるのは、冷徹な監視カメラの視線と、胸に「ランク」を示すバッジを付け、互いを監視し合う生徒たちの、凍りついたような沈黙。
廊下ですれ違う「アイアン」の生徒たちは、麗華の姿を見るなり、怯えたように壁際に寄り、頭を下げて通り過ぎていく。
「……あら。随分と、不細工な『家畜の群れ』に仕立て上げられたものですわね」
麗華は日傘を優雅に広げ、ハイヒールの音を無機質な廊下に響かせた。
職員室。そこには、生徒以上の冷酷さを湛えた教師たちが、データ上の数字だけを見つめていた。
「九条院先生。……広島での実績は伺っていますが、ここではあなたの『野蛮な教育』は通用しませんよ」
眼鏡を光らせた教頭が、冷笑を浮かべて麗華を迎える。
「ここでは、数字こそが法。……無能な生徒を救うなどという、非効率なことは必要ありません」
麗華は扇子をパァン! と閉じ、教頭の鼻先に突きつけた。
「……お黙んなさい。……数字でしか人を計れない者に、教育を語る資格などありませんわ」
麗華の広島弁――いや、今は岡山への宣戦布告。
「おんどれ、ええか。……ワシの前に並んどるんは、数字じゃあない。……磨けば光る、ワシの庭の『原石』らじゃ! ……今日からこの学校の『ランク』、私がすべて白紙に戻して差し上げますわよ!」
麗華は加藤を振り返り、不敵に微笑んだ。
「加藤さん。……準備はよろしいかしら? ……岡山の『鬼』を退治しに参りますわよ」
「……へっ。桃太郎の代わりに、悪役令嬢が鬼退治か。……不細工な童話になりそうだな、先生!」




