第24話:『血脈の断罪(ブラッド・ロイヤリティ)』
第24話:『血脈の断罪』
校門の前に停まった、防弾仕様の真っ黒なセンチュリー。
そこから降り立ったのは、麗華と同じ切れ上がった瞳を持ちながら、温度を一切感じさせない無機質な微笑を湛えた青年だった。
「……お姉様。随分と、不細工な砂遊びに興じていらっしゃるのですね」
九条院雅人。麗華の実弟であり、彼女を社交界から追放する決定打を放った、現・九条院家の実権掌握者。
彼は、動揺する教職員たちを「ゴミ」を見るような一瞥で退け、真っ直ぐに3年B組の教室へと歩を進めた。
授業中の教室。扉が音もなく開く。
「……雅人。何の用かしら。……ここは、私の『統治下』にある神聖な学び舎ですわよ」
麗華は教壇で扇子を握りしめ、背筋をこれ以上ないほどに伸ばして立ちはだかった。
「統治? ……笑わせないでください。……お姉様、あなたがこの一年で積み上げたものは、すべて我が九条院家の名声という『虚像』の上に築かれた砂の城に過ぎない。……そして今日、その城を壊しに来ました」
雅人は、教室内を見渡した。
拓哉、さくら、小椋、そして加藤。
「……君たちが、お姉様の『コレクション』ですか。……可哀想に。彼女は君たちを愛しているのではない。……自分が失った『女王の椅子』を、この小さな教室で再現して悦に浸っているだけですよ」
「……ふざけんな!」
拓哉が立ち上がる。だが、雅人は冷徹に言葉を続けた。
「……佐々木拓哉君。君の父親の負債、九条院グループがすべて買い取りました。……今日、お姉様が私の『命令』に従わなければ、君の家は明日には路頭に迷うことになる」
教室に、凍りつくような沈黙が広がる。
雅人の攻撃は、麗華個人ではなく、彼女が守ろうとしてきた「生徒たちの生活」そのものを標的にしていた。
「……さくらさん。君の実家の土地も同様です。……小椋君、君の進学先への推薦状も、私の指先一つで白紙に戻る」
「……おやめなさい、雅人!!」
麗華の叫び。その声は、かつてないほどに悲痛に響いた。
「彼らは関係ありませんわ! 復讐なら、私だけにすればよろしいでしょう!」
「……復讐? 違いますよ、お姉様。……これは『清算』です」
雅人は麗華に歩み寄り、その美しい髪を汚物のように指先で弾いた。
「お姉様。……今日、この場で、生徒たちの前で跪き、自分が『偽物の教師』であったことを認めなさい。……そうすれば、彼らの未来は保障してあげましょう」
麗華は、唇を噛み締めた。
自分の誇りを守れば、生徒たちの人生が壊れる。
生徒たちを守れば、自分がこれまで築き上げてきた「教育」という名の統治が、嘘に変わる。
「……おんどれ、ええか」
その時、沈黙を破ったのは、麗華の広島弁ではなかった。
加藤だった。
「……九条院雅人、だっけ? ……あんた、不細工な戦い方するな」
加藤が、雅人の前に立ちはだかった。
「……先生に跪け? ……俺たちが、先生のペットだ? ……笑わせんじゃねえよ。……俺たちは、先生に『自分の価値は自分で決めろ』って教わったんだ。……あんたが俺たちの家族を人質に取ろうが、そんなもん、俺たちが自分で跳ね返してやるよ!」
「そうだ! 先生、跪かないで!」
さくらが、拓哉が、次々と立ち上がる。
「……九条院先生。……私たちは、先生に『守られるだけの薔薇』じゃない。……嵐の中に立って、自分の棘で戦う覚悟は、もうできてます!」
生徒たちの叫び。
雅人の顔から、初めて余裕の微笑が消えた。
「……不快ですね。……お姉様、あなたに毒されたこのクラスは、一度根こそぎにする必要がありますね」
麗華は、溢れそうになる涙を扇子で隠し、凛として顔を上げた。
「……雅人。……聞こえましたかしら? これが、私の『統治』の結果ですわ。……九条院家の血脈よりも、彼らの『意志』の方が、遥かに気高く、揺るぎない。……さあ、お引き取りなさい。……ここは、あなたのような『孤独な亡霊』が居ていい場所ではありませんわよ」
麗華の広島弁が、かつてないほどの誇りを持って響き渡る。
「おんどれ、ええか。……ワシの教え子らに指一本でも触れてみんさい。……九条院家の名も、財産も、ワシがすべて叩き壊して、更地にしてやるわ!!」
雅人は、冷たい瞳で麗華を睨みつけ、踵を返した。
「……よろしい。……ならば、力ずくでわからせてあげましょう。……明日、この学園の理事会が開かれます。……お姉様、あなたの解任は確定です。……そして、このクラスの解体もね」
女王と本家の、全面戦争。
7万字のクライマックス、本当の「卒業」へのカウントダウンが始まった。




