第23話:『牙を磨く庭(ガーデン・オブ・ファングス)』
第23話:『牙を磨く庭』
月曜日の朝。3年B組の教室は、通夜のような沈黙に支配されていた。
一番後ろの席。窓の外を死んだ魚のような瞳で眺めている加藤の周囲には、目に見えない境界線が引かれている。
小椋は、先日の乱闘で貼られた絆創膏を指でなぞりながら、加藤の背中を憎悪と困惑の混じった視線で射抜いていた。
「……おはようございます。不細工な沈黙ですわね。まるで、自分たちの庭に毒蛇が紛れ込んだと怯える、哀れな小鳥たちの集まりに見えますわ」
麗華が扇子を鳴らし、教壇に立つ。
「先生! 加藤を置くなんて、やっぱりおかしいよ! 彼は、小椋君を……!」
さくらが立ち上がる。その正義感は、今やクラスの総意だった。
「あら。さくらさん、あなたは薔薇に『棘』がないとでも思っていらしたの? ……お聞きなさい。このクラスは、傷一つない温室ではありません。……泥を啜り、雨に打たれ、それでもなお咲き誇る『野生の庭』ですわ」
麗華は加藤を指し示した。
「加藤さん。……あなたのその牙、ただ人を傷つけるためだけに使うのは、あまりに『コスパ』が悪すぎますわ。……今日から一週間、あなたにはこのクラスの『庭師』を担当していただきます」
「……庭師だぁ? ふざけんな、俺は……」
「お黙んなさい」
麗華の広島弁が、加藤の言葉を叩き折る。
「……文句があるんなら、ワシを倒してからにしんさい。……ええか。あんたの仕事は、このクラスに迫る『外敵』から、この庭を守り抜くことじゃ」
その放課後。麗華が仕掛けた「特別授業」が幕を開けた。
他校の、それも加藤と因縁のある「安芸工業」の不良グループが、加藤を奪還(あるいは制裁)するために校門前に集結したのだ。
麗華はB組の生徒たちに命じた。
「……加藤さんを『弾』として使いなさい。……そして小椋さん、あなたは彼の『盾』になりなさいな」
「……はぁ!? なんで俺がこいつと!」
「……やってやるよ。女王様の命令だ」
加藤が、特攻服を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げる。
校門前。十数人の暴徒に対し、B組の生徒たちが並び立つ。
加藤の戦い方は、凄惨だった。一撃で相手を沈める、生存のための暴力。
だが、多勢に無勢。背後から木刀が振り下ろされようとしたその瞬間――。
「……危ないッ!」
小椋が、加藤の背中に飛び込み、身代わりとなって衝撃を受けた。
「……てめぇ、何しやがる」
「……勘違いするな。先生の『庭』を、これ以上汚させたくないだけだ!」
小椋が、痛みに耐えながら加藤を睨みつける。
加藤は、初めて自分を庇う「背中」の感触を知った。
「……チッ。……不細工な真似しやがって」
加藤の拳に、今までになかった「重み」が宿る。
それは、自分ひとりを守るための暴力ではなく、自分を信じた「隣人」を守るための力。
校舎の窓から、麗華は紅茶を飲みながらその光景を見つめていた。
「……ほう。少しは、薔薇らしい色づきになってきましたわね」
乱闘が終わり、泥だらけになった小椋と加藤が、肩を貸し合って戻ってくる。
クラスメイトたちは、二人の姿に、言葉にならない「誇り」を感じていた。
加藤の牙は、誰かを傷つけるための刃から、この場所を守るための「茨」へと変貌を遂げたのだ。
「……お疲れ様。加藤さん、小椋さん。……今日の紅茶は、少し苦みが強いかもしれませんわよ」
麗華の微笑みは、沈む夕陽よりも赤く、気高く輝いていた。
しかし、その背後で、千尋からの緊急連絡が鳴り響く。
『――先生。……九条院本家、動きました。……今回の加藤君の転校、仕組んだのは……先生の「実の弟」ですわ』




