第22話:鎖のない犬たち
広島市外れの廃工場。錆びた鉄の臭いと、安酒、そして焦げたゴムの煙が充満するそこは、加藤がかつて「家族」と呼んでいた、寄る辺ない若者たちの吹き溜まりだった。
「……あら。随分と、不細工な香りに満ちたお茶会会場ですわね」
コンクリートの床を叩く、ハイヒールの音。
麗華は、白い日傘を優雅に畳み、ソファに深く腰掛けて煙草をふかす加藤の仲間たちの前に立った。
彼らの手にはバットや鎖。中央には、加藤を「弟分」として可愛がっているという、全身に刺青を施した男、**鮫島**が座っていた。
「おいおい、どこのお嬢様だ? ここはな、あんたみたいな高い場所の人間が迷い込む場所じゃねえんだよ」
鮫島が立ち上がり、麗華の顔に煙を吹きかける。
麗華は表情一つ変えず、懐から一通の封筒を取り出し、無造作にテーブルへ置いた。
「……これは、何だ?」
「あなたたちが、先月『仕事』と称して安芸重工の倉庫から持ち出した、裏帳簿のコピーですわ。……あと、そこの不細工なバイクのナンバー。すべて、警察の特殊犯罪捜査課に『送信済み』の状態になっています」
一瞬で、アジトの空気が凍りついた。
「てめぇ……殺されたいのか!」
取り巻きたちが一斉に武器を構える。だが、麗華は扇子をパァン! と開き、彼らを一喝した。
「お黙んなさい!!」
その声の質量に、屈強な男たちが一歩後退する。
「……お聞きなさい、鮫島さん。私は、あなたたちを断罪しに来たのではありません。……加藤さんという『資産』を、これ以上、あなたたちの安っぽい延命のために消費させるのを、私が許さないだけです」
麗華は、隅で拳を握りしめている加藤を真っ直ぐに見据えた。
「加藤さん。……あなたは、ここで『使い捨ての牙』として一生を終えるつもりかしら? それとも、九条院麗華の庭で、自分自身の価値を証明する『薔薇』になる覚悟がありますの?」
「……ふざけんな! 俺にはここしかねえんだよ! 先生みたいな綺麗な人間には、俺たちの泥沼なんて……!」
「泥沼? ……笑わせないで。……おんどれ、ええか」
麗華が加藤の胸ぐらを掴み、至近距離で睨みつけた。
「……泥にまみれとるんは、あんたの周りじゃない。……自分の運命を他人に委ねて、鎖に繋がれとる、あんたのその根性じゃ! ……ワシの庭は、どんな泥からでも、一番美しい花を咲かせてみせる。……加藤蓮次。あんたのその汚れた牙、ワシが預かってやる。……文句があるんなら、ワシを食い破ってからにしんさい!」
沈黙。
鮫島が、低い声で呟いた。
「……いい度胸だ、九条院先生。……加藤を連れてけ。……ただし、そいつがもし問題を起こしたら……」
「……その時は、この私が、責任を持って彼と心中して差し上げますわ。……それが、女王の『責任』というものですから」
麗華は加藤の腕を強引に引き、廃工場を後にした。
夜の広島。静まり返った街路を歩く、女王と、鎖を解かれた野犬。
加藤は、麗華の細い腕の、震え一つない力強さに、生まれて初めて「信じてもいい重み」を感じていた。
「……先生。……俺、不細工な薔薇になっちまうかもしれないぜ」
「……あら、期待していますわよ。……棘の多い薔薇ほど、守る甲斐があるというものですもの」




