第21話:女王の背徳
三年生、春。進路に向けて落ち着き始めたはずの3年B組の教室に、その男は「暴力」の匂いを連れて現れた。
「……今日からこのクラスに加わります、加藤さんですわ。……皆さん、歓迎の準備はよろしいかしら?」
麗華が扇子で指し示した先に立っていたのは、他校を三度退学になり、警察沙汰を何度も起こしているという、広島でも名の知れた問題児だった。
加藤は、麗華の紹介など耳に入っていないかのように、気だるげにガムを噛みながら、一番後ろの席へと歩き出した。
「おい、そこは俺の席だ」
通路を塞ぐように立っていたのは、小椋だった。かつては気弱だった彼は、麗華の教育を受け、今はクラスの風紀を重んじる「誇り高き少年」へと成長していた。
「……どけよ。不細工なツラして、正義の味方ごっこか?」
加藤が、冷え切った瞳で小椋を見下ろす。
「……正義じゃない。ここは、九条院先生が作った『庭』だ。……お前みたいな不作法な奴が、土足で入っていい場所じゃないんだ!」
小椋の叫び。だが、加藤の反応は速かった。
ガムを吐き捨てると同時に、小椋の胸ぐらを掴み、そのまま窓際の机に叩きつけた。
ガシャァァァン!!
筆箱や教科書が飛び散る。
「……庭? 王国? 笑わせんじゃねえよ。……俺から見りゃ、ここはただの『女王様のペットショップ』だ。……首輪つけられて喜んでる犬共が、偉そうに吠えてんじゃねえぞ」
加藤が、倒れ込んだ小椋の襟元を締め上げる。
クラス中が凍りついた。拓哉も、さくらも、一瞬の出来事に体が動かない。
「……あら。初日から、随分と賑やかな歓迎会ですわね」
麗華の声が、喧騒を切り裂くように、しかし優雅に響いた。
彼女は教壇から一歩も動かず、ただ冷徹に、乱闘の渦中を見つめていた。
「先生! 加藤を止めてください!」
さくらが叫ぶ。だが、麗華は扇子を広げ、口元を隠して微笑んだ。
「止める? ……どうしてかしら。……小椋さん。あなたは、この一年の『統治』で、何を学んできましたの? ……自分たちの王国を汚されて、教師に泣きつくのが、あなたの誇りですの?」
小椋の瞳に、火が灯った。
「……違う。……俺たちの価値は、俺たちが守る!」
小椋が、加藤の腕を力任せに振り払い、がむしゃらに組み付いた。
机がなぎ倒され、二人は床を転がる。泥臭く、不細工な、しかし必死の抵抗。
「……ほう。いい目になりましたわね、小椋さん」
麗華の広島弁が、低く唸る。
「おんどれら、ええか。……外から来た風に吹かれて折れるような薔薇なら、今すぐ引っこ抜いて捨ててやるわ。……加藤さん。ワシの庭を荒らしたいんなら、それ相応の『年貢』を納めてもらうよ。……それは、あんたのその歪んだ根性、根こそぎ叩き直すいうことじゃ!」
その時、加藤が麗華を睨みつけ、不敵に笑った。
「……やってみろよ、ババア。……あんたのその『綺麗事の城』、俺が中からぶち壊してやるぜ」
女王の統治、最大の「内部崩壊」の危機。
加藤という劇薬が、B組の絆を、そして麗華の信念を激しく揺さぶり始める。
だが、麗華は知っていた。……この「荒波」こそが、生徒たちが真の強者へと羽ばたくための、最後の試練であることを。




