第17話:『女王の資産(ロイヤル・バランスシート)』
「……さあ、カウントダウンだ。このボタン一つで、あんたの気高い『女王様』の仮面は、ネットの汚物に塗れて剥がれ落ちる」
不破蓮が、薄笑いを浮かべてスマホの画面を麗華に突きつける。
そこには、麗華がかつて社交界で「横領」を働いた、あるいは「生徒を売春組織に売り渡している」といった、あまりに稚拙で、しかし拡散力の高い捏造記事が並んでいた。
屋上の取り巻きたちが、嘲笑の声を上げる。
「おいおい、女王様が真っ青だぜ」
「ネットに一度流れたら、一生消えねえ。デジタル・タトゥーってやつだ」
だが、麗華は扇子を広げ、優雅に鼻先を隠した。
「……ほう。それが、あなたの言う『資産運用』の全容かしら? 溜息が出ますわね。あまりに……あまりに、『安っぽい』」
「なんだと……!?」
不破の指が止まる。
「情報の価値とは、その『真実味』にあるのではありません。それを『誰が、どう扱うか』にこそ宿るのです。……不破さん、あなたのその低俗なスクープ、すでに私の『会計士』が買い叩いてしまいましたわよ」
その瞬間、不破のスマホが激しく震えた。
画面に表示されたのは、未知の暗号化されたチャットルームからの招待。
不破が困惑しながら開くと、そこには一人の少女のアイコン――かつてのB組の軍師、千尋がいた。
『――不破蓮君、だっけ? 君のサーバー、ガバガバすぎて笑っちゃった。今、君が用意した捏造記事の全データを、発信元(IP)ごと警察のサイバー犯罪対策課と、君の「パパ」の会社の株主掲示板に転送する準備ができたよ。……あ、ついでに君の隠し口座の暗証番号、誕生日の組み合わせにするのは不細工だよ?』
「な、なんだこれ……誰だ!? どこから……!」
不破の顔から血の気が引いていく。
麗華は手元のスマホを優雅に操作し、スピーカーモードに切り替えた。
「……先生。お久しぶりですわ」
スピーカーから流れる、冷徹で事務的な、しかしどこか誇らしげな千尋の声。
「お疲れ様です、千尋さん。不細工なノイズの掃除、終わりましたかしら?」
「ええ。この程度のセキュリティ、私の小遣い稼ぎにもなりません。……先生、この『不破』という資産、どう処理しますか? すでに彼の社会的信用は、私の計算上『マイナス100億』まで暴落していますが」
屋上の静寂を、不破の絶叫が切り裂いた。
「ま、待て! 消せ! そのデータを今すぐ消せ! 父さんにバレたら、俺は……!」
麗華はハイヒールの音を響かせ、崩れ落ちた不破の目の前に立った。
彼女は、先ほど堂島に投げつけた一万円札の一枚を拾い上げ、不破の胸ポケットにそっと差し込んだ。
「……不破さん。あなたは、金を数字でしか見ていなかった。だから、自分という人間の『底値』に気づかなかったのですわ」
麗華の瞳に、女王の冷徹な光が宿る。
「おんどれ、ええか。……ネットの裏でコソコソと人の価値を下げて、自分が上がった気になっとるんなら、それは『投資』じゃない。ただの『窃盗』じゃ。……ワシの庭で、ワシの名を汚そう思うたんか? その不細工な首、ワシのバランスシートに載せる価値もありゃあせんわ」
麗華は不破からスマホを取り上げると、無造作に屋上の外へと放り投げた。
落下し、砕け散る電子機器。それは、不破が築き上げてきた脆弱な王国の崩壊を告げる音だった。
堂島が、そして取り巻きたちが、言葉を失ってその光景を見つめていた。
暴力でも、権力でもない。
「情報の統治」という、見たこともない次元の力。
「……さて。不破さんの『破産宣告』はこれで終了です。……次は、岩木さん。あなたのその『沈黙』、どれほどの価値があるのか、鑑定して差し上げましょうか?」
麗華は扇子をパァン! と閉じ、三公の最後の一人、巨漢の岩木を見据えた。
その時、屋上の隅で静かに状況を伺っていた岩木が、初めて口を開いた。
「……鑑定、か。……俺を倒せたら、好きにしろ」
岩木の背後に控えていた、T校最強の「武力集団」が一斉に立ち上がる。
麗華は日傘を優雅に差し直し、微笑んだ。
「……あら。野蛮な鑑定依頼ですこと。……ですが、私も少々、身体を動かしたい気分でしたのよ」




