第16話:『金は天下の回り物(マネー・マネー・マネー)』
鳥影高校の屋上。そこは、瀬戸内海の穏やかな景色とは裏腹に、鉄とコンクリート、そして「絶望」を燃料にした暴力が支配する、この世の果てだった。
「……おい、お前。さっきから顔が不細工なんだよ」
鈍い音と共に、一人の下級生がコンクリートの床を転がった。
それを冷めた瞳で見下ろしているのは、屋上の主たち――通称「三公」の一人、堂島大吾。
堂島は、高級な銘柄の煙草をふかし、震える下級生の顔をナイキの限定モデルで踏みつけた。
「ストレスが溜まるんだよ。……おい、次の奴を連れてこい。拳が疼く」
その背後、錆びた給水タンクの影で、もう一人の「三公」、**不破蓮**がスマホの画面をタップしながら鼻で笑った。
「堂島、お前は原始的すぎる。暴力なんて、コスパが悪い。……見てろ、新しく赴任したあの『女王様』。今夜には、俺の仕掛けたネットの罠で、二度と立ち上がれないくらい『安く』見積もられることになるから」
もう一人の主、沈黙を貫く巨漢の岩木は、ただ黙ってプロテインを飲み干している。
彼らにとって、この学校は学び舎ではなく、自分たちの歪んだ自尊心を養うための「狩場」に過ぎなかった。
バタンッ!!
屋上へと続く鉄の扉が、威圧感を持って蹴り開けられた。
眩い陽光を背負い、白い日傘を広げて現れたのは、九条院麗華だった。
「……あら。屋上の空気があまりに澱んでいると思えば、不細工な野犬たちが群れていましたのね」
麗華はハイヒールを鳴らし、堂島たちの前へと歩み寄った。その手には、扇子ではなく、一束の「一万円札」が握られていた。
「なんだ、ババア。……また説教か? それとも、その金で俺たちを買収するつもりか?」
堂島が不敵に笑い、足元の下級生を蹴り飛ばして麗華を睨む。
麗華は表情一つ変えず、手にした札束を、堂島の顔面に向けて無造作に放り投げた。
ハラハラと舞い散る一万円札。
「……ほう。買収? 笑わせないで。……お聞きなさい、堂島さん。私は、あなたたちに『本当の金の価値』を教えに来たのですわ」
「……何?」
「あなたが振るっているその暴力、そして不破さんが弄んでいるその情報。……それらはすべて、自分の『安さ』を証明しているに過ぎません。……いいですか。本当の強者とは、奪う者ではなく、その存在だけで周囲を『豊か』にする者のことを言うのです」
不破がスマホから顔を上げ、冷笑した。
「綺麗事だね。金がすべてだ。あんたのその車も、服も、金で買ったもんだろ?」
「ええ、その通りですわ。……ですが、不破さん。私はその金に『支配』されてはいません。私が金を『統治』しているのです。……あなたたちは、その安っぽいストレスを発散するために、自分たちの未来という最高級の資産を、一円にもならないゴミ溜めに捨てている」
麗華は日傘を閉じ、堂島の胸元をその先端で突いた。
「おんどれ、ええか。……人を殴らにゃ自分の価値を確認できんような男は、このワシから言わせりゃ『一銭の価値もない端金』じゃ。……ワシの庭で、ワシの子供らをサンドバッグにしとる暇があるんなら、その腐った拳、もっと高い仕事に使ってみせんさいや」
屋上の空気が、一瞬で凍りついた。
「三公」と呼ばれ、恐れられてきた少年たちが、一人の女性の「格」に圧されている。
「……ふん。面白いな、女王様。……なら、試してみようぜ。あんたのその『統治』が、俺たちの暴力よりも価値があるかどうか」
不破がスマホの画面を麗華に向けた。そこには、麗華の資産状況や過去の経歴を改ざんした、悪意あるリーク記事の準備画面が映っていた。
「今、このボタンを押せば、あんたの『気高さ』はネットの海でゴミ屑に変わる。……どうする? 跪いて許しを乞うか?」
麗華は、ふっと優雅に微笑んだ。
「……どうぞ、おやりなさい。……ただし、覚悟なさい。九条院麗華を『安売り』した代償は、あなたの一生をかけても払い切れないほど、高くつきますわよ」




