第11話:女王への反逆(ディバイド・オブ・クラス)
第11話:女王への反逆
三年に進級した2年B組――改め、3年B組の教室は、春の陽光とは裏腹に、刺々しい空気に包まれていた。
教壇に立つ九条院麗華が、進路希望調査票の束を扇子で叩く。
「……ため息が出ますわね。あなたたちの志望校、九割が『今の実力なら確実』という不細工な妥協で埋め尽くされています。私の教え子が、いつからこれほど臆病な羊の群れになり下がったのかしら?」
これまでの麗華なら、この一喝で生徒たちを奮い立たせていただろう。だが、この日は違った。
窓際の席で、拓哉が静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「……先生。先生の言う『高い志』って、僕たち全員に必要なものなんですか?」
教室の空気が、一瞬で凍りついた。
拓哉は麗華の瞳を真っ向から見据え、言葉を続ける。
「先生のおかげで、僕は父さんの支配から逃げられた。感謝してる。でも……次は先生が、僕たちの人生を『正しい方』へ支配しようとしてる気がするんだ。……僕は、広島の小さな専門学校に行って、早く働いて母さんたちを支えたい。それが、僕の見つけた『薔薇の咲かせ方』なんだ」
「……ほう。それが、あなたの出した答えですの?」
麗華の問いに、クラスの反応は真っ二つに割れた。
「拓哉、それは先生に失礼だよ!」
さくらが立ち上がる。彼女は麗華の教育を信じ、共に戦ってきた自負がある。
「先生は、私たちが安売りされないように言ってくれてるんだよ。もっと上を目指せる力があるのに、どうして楽な方を選ぶの?」
「楽な方じゃない。自分の現実を見てるんだよ!」
廣野が拓哉に加勢した。
「みんながみんな、先生みたいに強くなれるわけじゃないんだ。……九条院先生のやり方は、たまに息が詰まるんだよ。正しすぎて」
「残留派」と「自立(離反)派」。
これまでの事件を共に乗り越えてきたはずの絆が、皮肉にも「将来」という刃によって、音を立てて裂けていく。
騒然とする教室内で、麗華はただ一人、優雅に紅茶の香りを愉しんでいた。その瞳の奥には、寂寥感とも、期待とも取れる奇妙な光が宿っていた。
放課後、事態はさらに悪化する。
前回の視察で退けられた一ノ瀬沙織が差し向けた、他県のエリート校からの「特別編入枠」の案内が、特定の優秀な生徒たちの元へ届き始めたのだ。
「……千尋さん。あなたにも届きましたわね」
準備室を訪れた千尋に、麗華が問いかける。
千尋は、その案内状を握りしめていた。
「……先生。私、お金の計算が得意なのは、先生のおかげです。でも……今の私なら、この『特別枠』を使って、もっと効率的に、もっと高い場所へ行ける。……それって、先生の教え通り、『自分の価値を最大化する』ことですよね?」
千尋の言葉には、麗華を否定することでしか自立できない、残酷なまでのロジックが詰まっていた。
「私がこのクラスを抜ければ、B組の連携は崩れます。……それでも、先生は『行きなさい』って言ってくれるんですか?」
麗華は扇子を広げ、千尋の顔を覗き込んだ。
「……面白いことをおっしゃる。私があなたを止めるなどと、いつから錯覚していましたの?」
翌朝。B組の教室は、左右に分かれて座る生徒たちによって、目に見える形で分裂していた。
挨拶さえ交わさない。かつての共闘が嘘のように、冷え切った沈黙が支配している。
麗華は教壇に上がると、黒板に大きく一文字、**「孤」**と書いた。
「仲良しごっこがしたいのなら、どうぞお隣のクラスへ移りなさい。……いいですか。本当の『気高さ』とは、誰とも群れず、たった一人で嵐の中に立っている時にこそ試されるものです」
麗華の広島弁が、静かに、しかし鋭く教室に響く。
「おんどれら、勘違いしちゃあいけんよ。ワシに認められるために生きとるんなら、そんなもん一生、誰かの『奴隷』のままじゃ。……ワシを裏切るんじゃったら、ワシが跪いて謝るぐらいの、ぶち立派な薔薇になってみせぇ。……仲間割れしてグズグズ言いよる暇があるんなら、自分の一番美しい咲かせ方、死ぬ気で考えんさい」
その挑発に、拓哉も、さくらも、千尋も、顔を上げた。
分裂したまま。敵意と、意地と、そして自分だけの「答え」を抱えたまま。
九条院麗華は、あえてクラスを壊した。
それが、彼女が愛する教え子たちに与える、最後の「統治」だった。




