『神様は野良猫を助けたい』
「やぁ、ロボットくん。お疲れ様」
駐車場係のカスガさんから声掛けされる。
カスガさんは昨年、ダムの仕事を定年退職して、ショッピングモールの駐車場係になった。
「カスガさんもお疲れ様です」
私は「疲れ」を知らない。
——ねぎらい
それは人間の優しさの発露。
「ここは風が抜けていくね」
祠の側で私たちは、川を眺めた。
季節は巡り、また秋になっていた。
神様と眺めた風景。
夕日が、視覚センサーに強く刺さる。
——変わらないものもある
私は記録した。
*
里見市ニュータウン
Uターン、Iターン。
何となくの移住。
——里見市は子育てしやすい
これを「売り」にしている。
「住みやすい街ランキング(子育て世代)」
地方自治体にとっての魔法の呪文。
結果、里見市は微かに若返った。
小さな事件は、そんな日に起こった。
*
「神様、神様、お願いします」
小学校低学年の女の子。
「猫のミーヤちゃんを助けてください。お願いします。私の全財産を捧げます」
1枚の五十円玉が祠に置かれた。
「ミーヤちゃんは、お家がありません。でも最近見かけません。ミーヤちゃんを助けてください、お願いします」
必死の祈り。
純粋な、強い、一縷の願い。
*
「おい!えーあい!何とかせよ!」
神様の甲高い声が、
私の聴覚センサーを叩いた。
「神様の能力の範囲外、無視すべきです」
「いやじゃ!」
神様は即答した。
「あの可愛い娘の願いを、叶・える・のじゃ!」
両手をぐーにして、だんだんと音が鳴るように足を踏み鳴らす。
——一般名「地団駄」
記録領域に保存する。
「それで、その野良猫をどうやって探すおつもりですか?」
私は尋ねた。
「それは、のー……」
神様は、人差し指を立てた。そして、明後日の方向を向いた。
「AIに仕事を任せ過ぎると、自身の能力が低下しますよ」
私は警告した。
「人びとを救ってこその神様じゃ。
人びとの信仰で、霊験が顕現するじゃぞ?
知らんのか?」
それは、かつて私が神様に言った言葉だった。
記憶領域に保存されている。
「わかりました。協力いたします」
私の瞳が青く瞬いた。
*
私はまず、市内のマップをグリッド化した。
さらに、野良猫の行動範囲を考慮しながら、住民の書き込みや情報を元に、立体的なマップを作り上げる。
複雑ではあるが、AIには造作のない作業。
ミーヤちゃんの行動範囲は絞られた。
後は、
「どうしますか?」
私は神様に尋ねた。
「何がじゃ?」
見た目の年齢のように、無邪気に聞く。
目がキラキラしている。
「野良猫のおおよその位置は把握しました。
ですが、可能性を列挙します。
もともとの飼い主の元に戻った可能性。
親切な新しい飼い主に飼われた可能性。
死んだ可能性」
私は、神様に分かりやすいように説明する。
「ふむ!
思ったよりやりおるわい。
でもなぁ、死んでたら悲しいから、それは無しじゃ」
勝手な事言う。
これは記録しておこう。
「元々の飼い主、これは無いの?野良猫だからの」
誰でもわかる。
「と、言うことは…
最近、猫に癒された人間を探せばいいのじゃ!」
違いますよね。
私は訂正した。
「猫の餌、猫砂など、猫グッズを買った人物を探します」
*
「ソクラくんじゃないか。
この前はありがとね」
ショッピングモール内にあるホームセンターの店長さん。
「あのアプリ助かったよ」
私が作ったアプリ。
カメラを商品にかざせば、在庫を表示する。そのまま発注まで出来る。
「うちも2人目産まれたばっかだからさ。残業するとカミさんにどやされるからさ」
「それは良かったです。
アップデートのために売上データを参照しても?」
「もちろんだよ」
リピーターは入れない。
ミーヤちゃんの行動範囲内。
私にとっては簡単なスクリーニング作業だ。
見知った名前を見つけ、
私の瞳は青く瞬いた。
*
「カスガさん。お疲れ様です」
休憩室に目的の人物を見つけ、私は近づいた。
「やぁロボットくん。調子はどう?」
プラ製の湯呑みで、お茶をすすっていた。
目尻の皺が深い。
「カスガさん。最近、野良猫を保護されましたか?」
単刀直入に聞く。
え?という驚きで一瞬目が丸くなる。
「そうだよ。ロボットくん何でも知ってるなぁ」
感心したように頷く。
「家の縁側にね。黒い猫がうずくまっててね。
まだ子猫だよ。黒い猫。
口から泡吹いてて、尋常じゃない感じだったからさ。
バスタオルにくるんで動物病院いったの」
にこにこと朗らかに話す。
「お医者さんが言うにはさ。
何か毒物を食べたんじゃないかって。
胃を洗浄したり、点滴したり大変だったんだよ」
——毒物
「なんか人が増えて賑やかになるのは、いいんだけど。
まぁ何ていうか。
“いろんな人”もいるからね」
カスガさんは慎重に言葉を選んだ。
私の記憶領域に、人間の暗い部分を記録した。
「うちは家内も早くに亡くなって、娘も結婚して県外行っちゃったからさ。
なんだかさみしくてね。
猫も懐いて来たし、いいかなって思ってたんだけど。
やっぱり飼い主さんがいたのかな?」
「いえ、そういうわけでありません」
私は続けた。
「ひとつ、お願いがあるのですが」
*
数日後、私は祠に来た女の子を連れて、カスガさんの家を訪ねた。
「よかったー!ミーヤちゃん元気だね!神様ありがとう」
*
「結局、犯人は分からずか」
「申し訳ありません」
私は頭を下げた。
「よい。そなたを責めているわけではないのじゃ。
今回はたまたま偶然惜しくもワシの出る幕が無かったが、いずれ犯人をとっちめてやるのじゃ」
神様はぐいっと袖をまくって言った。
この神様との関わりも、
もう少し長引きそうだ。
——人間はこれを「縁」という呼ぶらしい
今日も川は穏やかだ。
そよ風が、私と神様の髪を揺らした。




