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『神様は野良猫を助けたい』

掲載日:2026/03/09

「やぁ、ロボットくん。お疲れ様」




駐車場係のカスガさんから声掛けされる。


カスガさんは昨年、ダムの仕事を定年退職して、ショッピングモールの駐車場係になった。




「カスガさんもお疲れ様です」




私は「疲れ」を知らない。




——ねぎらい


それは人間の優しさの発露。




「ここは風が抜けていくね」




祠の側で私たちは、川を眺めた。


季節は巡り、また秋になっていた。


神様と眺めた風景。


夕日が、視覚センサーに強く刺さる。




——変わらないものもある




私は記録した。




*




里見市ニュータウン




Uターン、Iターン。


何となくの移住。




——里見市は子育てしやすい


これを「売り」にしている。




「住みやすい街ランキング(子育て世代)」




地方自治体にとっての魔法の呪文。




結果、里見市は微かに若返った。




小さな事件は、そんな日に起こった。




*




「神様、神様、お願いします」




小学校低学年の女の子。




「猫のミーヤちゃんを助けてください。お願いします。私の全財産を捧げます」




1枚の五十円玉が祠に置かれた。




「ミーヤちゃんは、お家がありません。でも最近見かけません。ミーヤちゃんを助けてください、お願いします」




必死の祈り。


純粋な、強い、一縷の願い。




*




「おい!えーあい!何とかせよ!」




神様の甲高い声が、


私の聴覚センサーを叩いた。




「神様の能力の範囲外、無視すべきです」




「いやじゃ!」




神様は即答した。




「あの可愛い娘の願いを、叶・える・のじゃ!」




両手をぐーにして、だんだんと音が鳴るように足を踏み鳴らす。




——一般名「地団駄」




記録領域に保存する。




「それで、その野良猫をどうやって探すおつもりですか?」




私は尋ねた。




「それは、のー……」




神様は、人差し指を立てた。そして、明後日の方向を向いた。




「AIに仕事を任せ過ぎると、自身の能力が低下しますよ」




私は警告した。




「人びとを救ってこその神様じゃ。


人びとの信仰で、霊験が顕現するじゃぞ?


知らんのか?」




それは、かつて私が神様に言った言葉だった。


記憶領域に保存されている。




「わかりました。協力いたします」




私の瞳が青く瞬いた。




*




私はまず、市内のマップをグリッド化した。


さらに、野良猫の行動範囲を考慮しながら、住民の書き込みや情報を元に、立体的なマップを作り上げる。




複雑ではあるが、AIには造作のない作業。




ミーヤちゃんの行動範囲は絞られた。




後は、




「どうしますか?」




私は神様に尋ねた。




「何がじゃ?」




見た目の年齢のように、無邪気に聞く。


目がキラキラしている。




「野良猫のおおよその位置は把握しました。


ですが、可能性を列挙します。


もともとの飼い主の元に戻った可能性。


親切な新しい飼い主に飼われた可能性。


死んだ可能性」




私は、神様に分かりやすいように説明する。




「ふむ!


思ったよりやりおるわい。


でもなぁ、死んでたら悲しいから、それは無しじゃ」




勝手な事言う。


これは記録しておこう。




「元々の飼い主、これは無いの?野良猫だからの」




誰でもわかる。




「と、言うことは…


最近、猫に癒された人間を探せばいいのじゃ!」




違いますよね。


私は訂正した。




「猫の餌、猫砂など、猫グッズを買った人物を探します」




*




「ソクラくんじゃないか。


この前はありがとね」




ショッピングモール内にあるホームセンターの店長さん。




「あのアプリ助かったよ」




私が作ったアプリ。


カメラを商品にかざせば、在庫を表示する。そのまま発注まで出来る。




「うちも2人目産まれたばっかだからさ。残業するとカミさんにどやされるからさ」




「それは良かったです。


アップデートのために売上データを参照しても?」




「もちろんだよ」




リピーターは入れない。


ミーヤちゃんの行動範囲内。


私にとっては簡単なスクリーニング作業だ。




見知った名前を見つけ、


私の瞳は青く瞬いた。




*




「カスガさん。お疲れ様です」




休憩室に目的の人物を見つけ、私は近づいた。




「やぁロボットくん。調子はどう?」




プラ製の湯呑みで、お茶をすすっていた。


目尻の皺が深い。




「カスガさん。最近、野良猫を保護されましたか?」




単刀直入に聞く。




え?という驚きで一瞬目が丸くなる。




「そうだよ。ロボットくん何でも知ってるなぁ」




感心したように頷く。




「家の縁側にね。黒い猫がうずくまっててね。


まだ子猫だよ。黒い猫。


口から泡吹いてて、尋常じゃない感じだったからさ。


バスタオルにくるんで動物病院いったの」




にこにこと朗らかに話す。




「お医者さんが言うにはさ。


何か毒物を食べたんじゃないかって。


胃を洗浄したり、点滴したり大変だったんだよ」




——毒物




「なんか人が増えて賑やかになるのは、いいんだけど。


まぁ何ていうか。


“いろんな人”もいるからね」




カスガさんは慎重に言葉を選んだ。


私の記憶領域に、人間の暗い部分を記録した。




「うちは家内も早くに亡くなって、娘も結婚して県外行っちゃったからさ。


なんだかさみしくてね。


猫も懐いて来たし、いいかなって思ってたんだけど。


やっぱり飼い主さんがいたのかな?」




「いえ、そういうわけでありません」




私は続けた。




「ひとつ、お願いがあるのですが」




*




数日後、私は祠に来た女の子を連れて、カスガさんの家を訪ねた。




「よかったー!ミーヤちゃん元気だね!神様ありがとう」




*




「結局、犯人は分からずか」




「申し訳ありません」




私は頭を下げた。




「よい。そなたを責めているわけではないのじゃ。


今回はたまたま偶然惜しくもワシの出る幕が無かったが、いずれ犯人をとっちめてやるのじゃ」




神様はぐいっと袖をまくって言った。




この神様との関わりも、


もう少し長引きそうだ。




——人間はこれを「縁」という呼ぶらしい




今日も川は穏やかだ。


そよ風が、私と神様の髪を揺らした。

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