第69話害虫自動駆除機能付き住宅
昼食を終え、冷えたお茶で喉を潤した俺とばあちゃんは、再びファン付き作業着(空調服)のスイッチを入れ、午後のスライム駆除へと繰り出した。
ファンがブーンと静かな音を立てて涼風を送り込み、ジッパーの隙間から汗を引かせていく。
日差しは依然として強いが、ふたつの太陽が照らし出す畑に立つ俺の身体は、午前中とは明らかに違っていた。体が軽く、平鍬を振るう腕にすっと力が入る。レベルが「4」に上がった効果を、肌で実感していた。
午前中の最後にスライムを撃退した、畑の南端のナスのへと戻ってきた時のことだ。
溶かされたナス苗の畝根本をふと目を凝らした俺は、思わず足を止め、目を丸くした。
「……あれ? ばあちゃん、これ……午前中にスライムに溶かされた苗じゃないかね?元通りになっとるがね」
「何を言っとるの。一度溶けて腐った苗が元に戻るわけないがね」
婆ちゃんはそう言いながらも、備中鍬の柄を握り直して足元を覗き込んだ。
二人でかがみ込み、午前中にスライムを叩き潰した鍬の傷跡が残る土を確かめる。そこには、さっきまで酸でドロドロに溶けていたはずのナスの茎が、まるで何事もなかったかのように青々とした茎を伸ばし、シャキッと葉を広げていたのだ。
「やっぱりだて! 溶けたはずの苗がしっかり再生しとる! これ……ばあちゃんの【農耕熟練 Lv.5】の効果としか考えられんわ!」
「そんでも……枯れたり溶けたりした苗が元通りになるとは、あの黒板に板書したみたいな文章には書いてなかったがねぇ」
ばあちゃんは不審そうに首をひねる。確かにステータスに書かれていたのは『作物の成長速度50%アップ / 強度50%アップ』という項目だけだった。
俺は頭の中でスキル効果の数値を思い浮かべ、ある可能性に思い当たった。
「もしかして、【農耕熟練 Lv.5】の『成長速度アップ』と『強度アップ』の相乗効果かもしれんね。スライムの毒で傷ついた先から、凄まじいスピードで細胞が成長して傷を押し出して修復しとるんだわ」
「はぁ〜……なんともまあ、異世界の『すきる』っちゅうのは大層なもんだねぇ」
ふむふむと感心する婆ちゃんだったが、すぐに表情を引き締めると、トントンと備中鍬の先で土を叩いた。
「まあ、理屈は後からいくらでも考えればえいがね! まずは残りの害虫を全部駆除してからだて!」
「あ……はいっ!」
その気合いに押され、俺は素直に強く頷いた。
◇◆
そこからの駆除作業は、もはや駆除というより怒涛の一方的な「草刈り」に近かった。
レベルアップを果たした俺の鍬入れが正確かつ、格段に早くなったのは当然として、それ以上に圧倒的だったのは、隣で備中鍬を振るうばあちゃんの動きだった。
ザクッ、キーンッ! サクッ、キーンッ!
八十五歳という年齢を一切感じさせない滑らかで力強い踏み込み。狙いを外さずスライムの核(魔石)を一撃で打ち砕いていく。
腰を揉むことも、叩く素振りも見せず、わずかな水分補給の休憩を挟むだけで、何時間も休むことなく畑を縦横無尽に動き回っている。これこそが、あの驚異的な通常スキル――【開拓Lv.EX】(作業スピード100%UP / 疲労度90%軽減)の真価だった。
(ばあちゃん……すごすぎるだろ……)
婆ちゃんは俺の『錬金術』や『精密加工』に凄まじい期待を寄せてくれていたが、俺からすれば、七十年以上この山を開墾し生き抜いてきたばあちゃんの「農家としての地力」こそが、この異世界で生きていく最大の希望であり、圧倒的な強みだった。
二人のレベルアップとスキル効果が噛み合い、夕方前には畑だけでなく、裏山の水源や湧水タンクの周りに蠢いていたスライムの駆除が完全に完了した。
この午後の大討伐によって、俺と婆ちゃんのレベルはさらに「2」ずつ上がり、二人揃って【レベル6】に達したのだった。
◇◆
夕闇が静かに最上田家を包み込み、山肌を涼しい初夏の風が吹き抜けていく。
お風呂(薪で沸かした一番風呂だ)で一日の汗と泥をさっぱりと流した俺たちは、居間の座卓に二人で向かい合っていた。
今夜の夕食は、採れたての夏野菜を使ったナスとズッキーニの甘味噌炒め、野草の天ぷら、大根と小松菜の具だくさん赤だしの味噌汁、そして冷や奴。素朴だが身体に染み渡るご馳走だ。
「やっぱり、体を動かした後の飯は格別だなも」
「ほうだね。ばあちゃん、体調はどう?痛むところはないかの?」
「おかげさまでねぇ。なんだか朝起き上がった時より、今のほうが足腰が軽い気がしとる。『レベル』っちゅうのが上がると、身体に良いみたいだがね」
笑顔でご飯を頬張り、湯気がたつ赤だしの味噌汁を啜る婆ちゃんを見て、俺の胸の奥に温かい安堵が広がる。
レベルが上がったことで、老衰で弱っていたばあちゃんの身体に生命力が満ちてきているのだ。これなら、異世界でも長く一緒に暮らしていけるかもしれない。
食事を終え、温かいお茶を飲みながら「食後にゆっくり互いのステータスを確認してみようか」と話していた、まさにその時だった。
「……ん?」
湯呑みを置いて和室に敷いた座布団に座り直した婆ちゃんが、ふと首をかしげた。
「義春……なんかまた、視界の端っぱで文字がピカピカ光りだしたがね」
「えっ!?でも、夕飯は二人で一緒に食べとったがね……」
俺もあわてて自分のステータス画面を開いてみる。だが俺のレベルは6のままだ。
しかし、ばあちゃんのステータスを裏紙にメモしてもらうと――なんと、ばあちゃんのレベルだけが【7】へと上がっており、スキルのレベルアップも追加されていたのだ。
「おかしいな……ばあちゃん、ご飯食べてる間に何か攻撃したかね?」
「何言っとるの。お箸しか握っとらんがね」
二人で顔を見合わせ、首をひねる。
ふと、俺はばあちゃんのユニークスキル――【辺境の家主★★★★】の項目に目が留まった。
(……待てよ? 『許可のない侵入者を防ぐことができる』……『自身のレベルに連動した家屋の強度アップ』……まさか!)
「ばあちゃん! ちょっと土間と床下を見にいってみよう!」
俺は充電式の懐中電灯を手に、ばあちゃんと一緒に土間へ向かった。
最近のリフォームでコンクリートで固められた建物の外周――いわゆる「犬走り」の暗がりや、軒下の隙間、そして床下の風通し穴をライトで照らしてみる。
すると、白く鋭い光軸の先で――そこには……!
家屋の敷地内や犬走りの暗がりに潜り込んでいた数匹のスライムが、家の軒下から床下へ侵入しようとして薄青い光の膜に押し潰されるようにして、次々と消滅していく光景が広がっていた。
「……うわっ! やっぱりだて!!」
「まあまあ……家が勝手に害虫を駆除してくれとるのかい!?」
婆ちゃんのユニークスキル【辺境の家主】は、単なる防御結界ではなく、「許可なく最上田家に侵入した害虫を、家屋自体が自動で撃退・駆除する」という凄まじい自動防衛・全自動害虫駆除機能を発動させていたのだ!
「はははっ! すごすぎるだろ、ばあちゃんのスキル!! 家にいるだけで勝手に害虫が駆除されてレベルが上がるなんて!」
戸惑いながらも目を丸くするば婆ちゃんの隣で、俺は思わず歓喜の声をあげた。
最上田家のポツンと一軒家は、祖母のスキルと俺のスマートハウス設備が組み合わさることで、異世界で最も安全で快適な「絶対不可侵の要塞」へと進化を遂げつつあったのだった。




