光の翼とクロエの反逆
『現時刻をもって、クロエを私のパイロットとして登録する。出力制限解除、魔力シールド展開機能及び変形機能、使用可能。クロエ、君は領主の下から逃げ出してきた、と言っていた。状況確認のため、何があったのか教えてもらいたい』
「状況確認って、今は時間が……!」
『クロエがいれば高速で移動する方法はある』
「早く移動する方法? それなら、向かいながら話しても良い?」
『了解した。クロエ、まずは私に搭乗してくれ』
改めてコクピットに乗り込み、移動方法を尋ねたクロエに、オルティクスは行動……否、その形を変えることで答えた。
腰から脚部が180度回転し、逆関節を形作る。腕部は肩部パーツに収納され、背部から伸びたパーツが頭部を覆い、新たな頭部を形成する。収納された腕部の魔力発生器が作り出したのは、光の翼。
「これって……」
『私の飛行形態だ。これで空を飛んでいけば、走って移動するよりも早く目的地に到達できる』
新たな主を得た事でその姿を鳥に似た姿へと変えたオルティクスは、光の翼を広げ空へと舞い上がった。
魔導機で空を飛ぶ、という初めての体験に驚きながらも、クロエは静かに口を開いた。
「……状況確認、って言ってもそんなに難しい話じゃない。死にたくなかったし、死なせたくなかった、それだけだよ」
『何か、生命の危険が迫っていたのか?』
「魔導機奴隷、って知ってる? 売られた子とか、孤児とかを集めて、魔導機のパイロットにするんだよ。操縦の仕方だけ教えてね」
『初めて聞いた言葉だ。だがそれでは……』
「多分、オルティクスの言おうとしている通り。大した食事も与えられない子供の体力じゃ、ちょっと乗っただけで歩くのも辛いくらいヘトヘトに疲れる。丁度今のあたしみたいな感じでパイロットスーツもなし、機体だってリィハンなんて回してくれない。本当に、ただ乗れるだけの使い捨て……それで魔物やならず者の魔導機を足止めして、正規兵がとどめを刺すっていうのが、ダーウォン帝国の魔導機の戦い方。所詮使い捨てだからね、魔物ごと魔力砲でぶち抜かれて死んだ子もいたよ」
『クロエは……』
「たまたま、才能があったんだと思う。あたしも帝国の辺境の村で捨てられて、連れて来られて……戦わされる中でとにかく死なない動かし方を探しながら、何とか生き延びた。今向かってるのは、そんな魔導機奴隷達が捕まってる収容所だよ」
『ダーウォン帝国には、そのような制度があるのだな』
「うん。あそこには、あたしより小さい子も少なくない……あたしが死にたくなかったのはもちろんだけど、同じくらいその子達を、死なせたくなかった。一応、魔導機奴隷の中じゃ年上のあたしを頼って、懐いて来る子達に死なれるとキツいんだよ……。他にもキーを盗んだダーイフが2機あって、あたしが囮になって正規の魔導機を全部釣り出した後、残りの2機で守りながらみんなを逃がす作戦だった」
『クロエ、それが失敗したのは彼我の戦力差が大きすぎたためだ。戦力差が無い、もしくは小さいのなら作戦そのものは大きく間違ってはいない』
「いや、失敗だった……もう1つの作戦の方が、良かったかもしれない。実は収容所のすぐそばに、領主の邸宅があるんだ。だから、そっちを3機で襲って領主を人質にとって逃げるって作戦もあった」
『クロエ。君には悪いが、どちらの策であれ失敗した可能性が高い。後者の場合は、領主を襲撃する前に正規の魔導機に迎撃されているはずだ。君達が技量で上回っていたとしても、機体性能の差は覆らず制圧されていただろう』
「こっち、って言ってくれた友達も同じ事を言ってたよ……あの子さ、あたしより魔導機の操縦下手なんだ。生きていても、次に出撃があれば間違いなく弾避けにされて死ぬ」
『クロエ、説明感謝する。魔導機奴隷の事は理解した。私なりに解釈してクロエの言葉が正しいのなら、脱走に加担した子供の生存率は低い』
「わかってる……わかってるけど、やっぱり生きていて欲しいし、生きていれば助けたい」
『そうか。クロエ、間もなく目的地上空に到着する』
「早い……でも、もう日が暮れるね。夜になったら、相手の魔導機も逃がす子供も、見えにくくなる。今のうちに、目立たないように下の様子を見るって、出来るかな?」
『可能だ』
「できるの?」
『可能な限り高く飛べば、敵魔導機に発見されても一般的な魔力砲の有効射程外だ。特殊な魔導機か、同じように空を飛べる竜種などの魔物がいない限り、攻撃が届く心配はない。そこから最大望遠で見下ろせば、ある程度状況把握は可能なはずだ』
「お願い!」
『了解した』
オルティクスが夕暮れに染まる空を、更に高く舞い上がっていく。雲を突き抜けるほどの高さにまで達すると、ほとんど小さな点にしか見えなくなった収容所と邸宅をクロエの目の前に拡大表示していく。
「うっ!!」
映し出された光景を認識すると、思わず口を押えるクロエ。せりあがってくる胃液の不快感が喉を灼く……最初から、オルティクスにも言われていた通り『死んでいる事』だけならばまだ想定内だった。だが、その亡骸の様相は、あまりに悲惨だった……。
いくらオルティクスが桁違いの魔導機だと言っても、はるか上空からの望遠映像では子供達一人一人の顔を認識する事は出来ない。だが、それは顔を見るまでもなく死んでいるのは明らかだった……血溜まりの上に投げ出された小さな体が打ち捨てられ、積み重ねられて小さな山になっていたのだ。そして、それを避ける、というよりまるで気にも留めない様子でクロエが破壊して回った防壁やら兵舎やらの修復を進めるダーイフが見えた……収容所の隅に雑に打ち捨てられた屍の山は彼らにとってゴミでしかないのは明らかだった。
「オルティクス……あたし、どうすればいいのかな? 頭の中が、グチャグチャだよ」
『すまない、クロエ。私には答えられない』
「変だよね? すごく悲しいのに、涙も出ない。まだ生きてる魔導機奴隷達もいるって、わかってるのにこんなところ消えちゃえって思ってる」
『クロエ、一度着陸する。思考を整理してほしい。思考を整理したうえで、君がこの場所を消し去りたいというのならそれは可能だ』
オルティクスの言葉を聞いて、クロエは頷く。地上に降りたオルティクスから飛びだしたクロエは、それまで何とか抑えていた吐き気が限界を超え、胃の中にあったものを地面にぶちまけてしまう。
「うぶぇ……ぐ……げえええ……」
(ジャン、オレット、クリム、パール、エンジュ……)
脱走計画に協力した仲間の顔が浮かぶ……彼らの生存は絶望的だ。みんな血のつながりは無くとも、魔導機奴隷として命懸けの戦いを潜り抜けてきた戦友だ。だからこそ、魔導機奴隷の制度と収容所への憎しみは強い共通認識だった……それを思い出し、クロエは覚悟を決める。
夜も更けはじめ、収容所を見下ろす丘の上に立つオルティクスに再び乗り込むクロエ。
「待たせたね」
『問題無い』
「出す物全部出して来た……それから考えたんだけど」
クロエは、その決断を告げる。
「できる、って言うならこんなところ、跡形も無く消してほしい。こんな最低の場所、二度と連れてこられる魔導機奴隷が出ないようにぶっ壊して……みんなの敵を討つ。やりたくはないけど、あの子達とも戦う覚悟はできてる」
『それは君次第だ、クロエ。対象の施設を消し去るだけならば、戦う必要は無い』
「戦う必要が無い?」
『出力を調整した魔力弾を放てば、この位置から対象の施設を破壊可能だ』
「それって、あたしが助けられた時のダーイフみたいに消える感じ?」
『そうだ。だが、エネルギー量、想定される攻撃範囲は圧倒的に広い。収容所、邸宅を中心として、影響が及ぶ範囲の予測を表示する』
オルティクスのコクピット上に表示された地図、そこに描かれた円が攻撃範囲であることは、クロエにも理解できた。そしてその力に驚愕する。
「こんな広い範囲を……消せるの?」
『純粋な魔力エネルギー攻撃のため、有害物質は発生しない。しかし、範囲内の機械、建造物、生命体のうち99.65%は完全に消滅する』
「生き残りがいても……ううん、アイツらにとって脱走に関わった子は見せしめ。ダーイフを動かす最低限の人数は確保してるはず。その子達もこれで攻撃したら……」
『確実に消滅する』
「それじゃ、ダメだ。ここは消す……でも、魔導機奴隷の子達は可能な限り逃がさないと。やっぱり、戦わなきゃ」
『了解した。ならばクロエ、先に言っておくことがある』
「何?」
オルティクスは、かつて勇者に話した事、自身を扱うための考え方についてクロエに語る。
『私の装備は近接戦闘ブレード1本、そして両腕の魔力発生器だ。魔力発生器の運用方法は君が考えて欲しい、私は可能な範囲でそれに応える』
勇者リアンは、同じように自分で使い道を考えろと言われた後、シンプルな魔力砲として使う以外の考えを放棄した。何せ単純に出力の桁が違うため、シールドを発生させればそれだけで並みの魔導機ではその防御を突破出来ず、魔力砲にしても当たりさえすれば大抵の相手に有効打を与えられるからだ。
リアンとオルティクスが袂を分かつ事になったのはリアンがダーウォン帝国の思惑に乗ってしまった事はもちろんだが、僚機との連携、一般人の保護を優先するオルティクスの思考回路と、率先して戦果を上げる為に突出したがるリアンの気質の齟齬も大きな理由だ。オルティクスの進言を度々疎ましく思っていたリアンは、帝国の最新鋭機受領の話にまんまと飛びついたというわけだ。
クロエは、オルティクスの言葉を聞いて考える。この白い巨人は、自分の考えを形に出来る……例え不可能でも、可能な範囲で力を貸してくれる。今必要な力、今必要な事を考え、兵士の言葉を思い出す。
『数くらいはちゃんと数えるんだったな、収容所にリィハンは全部で5機あるんだ。』
(オルティクスが最初に会った時に、3機破壊した。あと2機のリィハンを何とかしないと、魔導機奴隷がダーイフに乗ったところで勝てないし、魔導機に乗っていなければ人質にされる。リィハンを壊す……出来れば、兵士が乗り込む前に)
「オルティクス、見つからない場所……例えば、ここからリィハンだけ壊す事は出来る?」
『可能だ』
「よし! じゃあ、どうすれば良いの?」
『空から収容所を見た時と同様に、望遠でリィハンを確認し、目標に向けて魔力砲を収束して撃つ事で、対象のみを破壊できる。出力調整は私が行うが、最終的に狙いを付けて引き金を引くのはクロエだ』
「わかった。動いていない魔導機なら、多分当てられる。やるよ」
『了解。望遠映像を表示する』
コクピット内に表示されたリィハンの姿に、照準を合わせる。
「すごい……よく見える。これなら外さない! ぶち抜け!!」
青白い閃光が夜の闇を貫き、リィハンの胴体を撃ち抜いた。
「な、何だ!?」
「あの光、魔力砲か! 攻撃だ! 敵襲!!」
「だが一体どこから……」
一撃目は攻撃、と認識してもどこから来たかわからなかった。そして第二射が最後のリィハンの頭部を消し飛ばす。それにより射撃位置がわかるが、残されているダーイフには魔力砲は装備されておらず、リィハンのものを取り外して使うにしてもその作業の間は良い的になる……主力のうち3機が消息不明、2機が超長距離射撃の前に何もできず破壊された。この状況では旧型のダーイフでも貴重な魔導機戦力であり、確実にやられるとわかっていて魔力砲を取り外す事は出来ず、オルティクスに対応する手段は無かった。
「バカな……あんな遠くからリィハンを撃ち抜くだと!?」
「ちぃ、奴隷のガキ共を叩き起こせ! 何者か知らんがあんな化け物と戦わせて正規の兵を失うわけにはいかん、アイツらを壁にして接近する! 領主様は逃がす時間を稼げ、下らん反抗を考えんように、見張りは用意しておけよ!!」
『目標の破壊を確認。クロエ、次はどうする?』
「乗り込む。あいつらの事だから、きっと魔導機奴隷をダーイフに乗せて壁にする。そしたら、呼びかけるよ。同じダーイフなら奴隷の子の方が数が多いから分があるし、オルティクスもいる」
『了解した。収容所に接近する』
こうしてクロエのオルティクスでの『初陣』そして『反逆』が始まった。




