脱走と邂逅
「もっと、もっと遠くに……」
練習用魔導機『ダーイフ』のコクピットに、そこかしこから警告音が響く。旧型のうえに整備不良がたたって思うように動かない機体を、赤い髪の少女が必死で動かす……が、それをあざける声が後ろから響く。
『やるじゃないか、小娘。そんな機体でこれだけ逃げられるとは大した腕だ……だが、所詮はガキの浅知恵だな。逃げた奴らは全員捕らえた、後はお前だけだ』
『そんなわけがあるかっ!』
認めたくない。その一心で吼える……仲間が苦労して魔導機の起動キーを盗み出し、ここまでは作戦通りなのだ。
魔導機を盗み出し、その操縦に長けた自分が魔導機で施設を破壊しながら逃げる……いくら旧型でも魔導機を人間が止める事はまず出来ないから、当然見張りも魔導機を持ち出してくる。
元々全員逃げる、なんて無理難題が通るとは考えていなかったが、脱走において最大の脅威である正規の量産型魔導機さえ釣り出してしまえばそれなりの人数が逃げられる……学の無い子供達で考えた作戦としては、決して悪くはなかったはずだ。
『数くらいはちゃんと数えるんだったな、収容所にリィハンは全部で5機あるんだ。今ここにあるのは何機だ?』
「あっ!?」
引き付けられた機体は3機……施設内のダーイフだけならば、同じ機体故に性能も大差無く、仲間と戦えばそれなりに勝算はある。だが、正式な量産機である『リィハン』はそうはいかないため『リィハンを全て』引き付ける事がこの作戦では大前提だ。たとえ1機でもダーイフとの性能差は大きく、魔導機を奪取した者の奮闘に逃走の成否がかかっている子供にとっては尚の事抗いようのない存在なのだから。
『それに、例えリィハンが無くても俺達は正規の訓練を受けている。今お前が動かしているようなオンボロダーイフ同士でもガキ共に負けるような奴はいない』
「……どうだか。だったら、アンタ達だけでもあたしが全部倒す!」
背を向けて逃げ続けていた機体を反転させ、背部にマウントされている棍棒を持たせる。ダーイフは旧型故だが、リィハンよりも一回り大きく『パワーだけなら』大きくは劣らない。真紅の単眼が鈍く光り、機体の各所を軋ませながら赤茶けた装甲の巨人がメイスを横薙ぎに振り抜く。
「当たれっ!」
『おおっとぉ! 危ない危ない』
ダーイフの一撃はあっけなくかわされる。だがそのくらいは想定内、それだけで終わったりはしない……慣性に従い、すかさず機体を一回転させて第二撃を放つ。
少女がダーイフにメイスを『横薙ぎに』振るわせたのには理由がある。そもそもが鈍重なダーイフでは、軌道を読みやすく攻撃前後の隙が大きい振り下ろしは反撃を受けてしまう可能性が高い。外してから再びメイスを持ち上げ、もう一度攻撃するまで相手が呑気に待っているわけはない。
その点、横に振るうのなら極端な話機体を回転させているだけで攻撃が継続出来る……当たりさえすれば間違いなくダメージは与えられるため、相手を近付かせないようにしつつ、反撃を警戒して戦うならこちらの方が向いているのだ。
左右に振り回され、あるいは機体ごと一回転して襲い掛かる何度目かの攻撃がついにリィハンの側面を捉え、小さくない衝撃がコクピットを揺らす。バランスを崩し、青銅色の魔導機が膝を着く。
『もらった!!』
この好機を逃すわけにはいかない。メイスを振り回す動きを水平から下向きに変え、足払いをかける。脚部に追撃を受けて転倒したリィハンを見下ろし、メイスを振り上げる。このままコクピットのある胴体に思い切り叩きつければ、それで終わりだ。
『ガキが……舐めるな!』
だが、トドメの一撃を見舞う事は叶わなかった……男が乗るリィハンが機体を起こしつつ蛮刀を振るい、メイスを持つダーイフの腕を断ち切ったのだ。更に、ダーイフのガラ空きになった胴を蹴りつけて体勢を立て直す。
ダーウォン帝国は急速に軍拡を推し進めている大帝国だが、新型魔導機の配備は国境近い辺境にまでは行き届いていない。そのため、男の乗るリィハンも飛行ユニット対応に代表される近代化改修は施されていないのだが、それでもなお基本スペックの差は歴然だ……そもそもダーイフはただでさえ帝国における魔導機開発黎明期に生み出された旧型であり、整備も行き届いていないとなれば現在の主力量産機であるリィハンとはスピードに大きな開きがある。
その性能差を覆し、リィハンをあと一歩まで追い詰めた少女の操縦技術は非凡なものであった……しかし、決定打を前に思わず大きく腕を振り上げていた為にガードすら間に合わず、ダーイフは蹴りを受けた胸部装甲を歪ませてそのまま仰向けに倒れてしまう。もはやまともに立ち上がる事さえできないのは明らかだった。
「っ……お願い、開いて!」
このまま動かない機体に押し込まれてじっとしていたのでは機体ごと連れ戻されるか、最悪殺される。リィハンの蹴りを受けて歪んだ装甲のために開かない可能性もあったが、何とかコクピットハッチが軋みをあげて開く。
文字通り八方塞がりになってしまう事だけは避けられたが、全く安心できる状況ではない……少女は逃亡に一縷の望みを賭けて機体から這い出る。
だが、脱出とほぼ同時にその望みは打ち砕かれた。少女が立ち上がると目の前には青銅色の巨人……リィハンが立ち塞がっており、蛮刀を眼前に突きつけてきたのだ。
『この状況で逃げよう、なんて考えるなよ。魔導機奴隷の小娘なんざ簡単にぶっ殺せるし、領主様の許可も貰っているんだ』
目の前にある巨大な刃はほんの少し前に突き出されただけで少女の首から腰までを貫き、両断してしまうだろう……突きつけられた『死』の恐怖に、少女はへたり込んでしまう。腰が抜けて立ち上がる事も出来ず、股間を温かい液体が濡らす。
少女のみじめな姿を見下ろしていたリィハンのコクピットが開き、中から出てきた兵士が昇降ワイヤーを使い降りてくる。
「良い格好だな、クソガキ。脱走なんて考えるからこうなるんだ、手を焼かせるんじゃねえ!」
「あぐっ!」
ちょうどダーイフが動かなくなったのと同じように蹴りつけられて倒れる少女。そこに後ろにいた2機のリィハンからも兵士が下りてくる。
「く、うぅ……」
「おい、許可が出ているって言っても殺すなよ?」
「わかってるって。死体で連れ帰ったら領主様がうるさいからな。代わりにちょいと楽しませてもらおうぜ」
「12か、13ってとこか。小便臭い貧相なガキじゃねえか……こんなのが良いのか? 趣味の悪い奴だ」
「そう言うなって。確かに体つきはチビで貧相だが、顔はなかなか悪くない。ただでさえ国境近くの辺境でガキ共のお守りなんてやらされてるんだ、たまには見返りの1つも欲しくなるさ。それに、お仕置きってのは必要だろ?」
「ひっ……」
そんな事を言いながら兵士が少女のボロボロの服に手をかけたところで、閃光と共に衝撃音が響いた。そして、ダーイフの腕を切り落としたリィハンが蛮刀を突きつけた格好のまま装甲を灼かれ、仰向けに倒れて轟音と土煙を巻き上げる。
『警告する。今の魔力弾はあえて無人の魔導機に当てた。本機は軍人が民間人に危害を加える事を許容しない。この警告を無視するならば、次は直接攻撃する』
姿を見せたのは、白い魔導機。豪奢な装飾等は無く、やや小型の機体であることも相まってむしろすっきりとまとまった印象を受ける……ダーイフは勿論、リィハンとも比べ物にならない程美しい機体だ。その機体から発せられた声が自分を守る意志表示をした事を理解した赤髪の少女は、体を起こす事も叶わない状況に対してわずかな望みを託し、精一杯声を張り上げた。
「助けて!!」
『民間人の救助要請を確認。警告を無視したものと判断する』
その声が響いた次の瞬間、白い魔導機から2度目の光が放たれ、少女を押し倒した兵士の背をかすめる。一瞬の熱と光、そして『警告を無視すれば攻撃する』という言葉から何が起きたのか、漠然と理解する。だが『目の前の人間を魔導機で攻撃する』というのはあまりに過剰だ……実のところ、領主の命令もあって兵士は少女を殺すつもりは無くあくまで脅しにすぎなかった。
まさかそんな事はするまい、と頭で否定しながら恐る恐る振り返った兵士が絶句する……そこにあったはずのダーイフの一部ごと仲間が2人、文字通り『消滅』していたからだ。
「う、うわああああああ!!」
やるはずがない、と思っていた攻撃で仲間が肉片すら残さず消された事で『次は自分が消される』という確実な予測からくる恐怖に兵士は捕縛対象の少女を放り出し、悲鳴を上げて走り出す。その背に向けて3度目の閃光を放とうとする魔導機のあまりの容赦の無さに思わず戦慄した少女はその攻撃を制止する。
「待って! もう良い! もう大丈夫だから!」
少女の声を無視して3度目、4度目の魔力弾が放たれる……しかし、その閃光は逃げていく兵士を消滅させる事はなく、代わりにパイロットを失った2機のリィハンの胴体をあっけなく貫いた。
『民間人の安全を確認。しかし、逃亡した軍人が魔導機に搭乗しないよう、コクピットは破壊する』
頼みの綱のリィハンまで失った兵士が逃げ去っていくのを見て、少女はようやく立ち上がり、白い魔導機を見上げた。
「た、助かった……ありがとう、すごい魔導機だね。パイロットの人は傭兵さん? それとも、噂の勇者様? 降りて来てもらえる?」
『いない』
「え?」
『本機は現在パイロットが存在しない。本機は自身の判断で君を救助した』
「つまり……誰も乗っていない魔導機なのに、動けるの?」
『その通りだ』
「すごい……あたし、クロエ。魔導機さん、名前は?」
『本機はトゥエン皇国特級発掘魔導遺産『白のオルティクス』。通称『オルティクス』と呼ばれている』
「オルティクス……カッコいい名前だね! えっと、助けてもらっておいて図々しいとは思うんだけどお願いがあるんだ……良い、かな?」
『まずは内容を話して欲しい』
「あたし、領主のところから逃げ出してきたんだ。まだ友達がたくさん捕まってる……全員は無理でも、できるだけ助けたい。だから、力を貸して欲しい」
クロエの言葉を聞き、オルティクスは思案する。無論、オルティクスにとっての最優先はトゥエン皇国への帰還である……だが、今後を考えればパイロットがいる事が望ましく、接触を図ったのはそのためだ。また、眼下の少女は先程の魔導機と戦闘を行っていた事が倒れている魔導機から推察できる。
(彼女は魔導機の操縦技術を持っている。更に言えば、リアンと違い私の意志を認めてくれているようだ……ならば、提案する価値はある)
『それならば本機……『私』からも交換条件を提示したい』
「交換条件? 何をすればいいの? あたしに出来る事なら、何だってする!」
『私は無人でも自律行動可能だが、それはあくまでも自律行動可能なだけで、機能には大きく制限がかかる。具体的には、無人ではパイロット搭乗時の20%まで出力が低下し、変形機能、魔力シールドが使用不能となる。先程の攻撃も、相手が人間だからこそ消滅し、無人の魔導機だからこそコクピットを破壊できた。現状ではあれが最大出力だ』
「え……あれで、全然本来の力を出せていないって事?」
『その通りだ。クロエ、君は理解力が高い。私は一度、私の修復と管理を行っていたトゥエン皇国に帰還したい。より早く、確実に帰還するためには機能制限を解除する事が望ましい……私は交換条件として、クロエにトゥエン皇国に帰還するまでの間機能制限を解除し、私本来の能力を行使出来るようパイロット登録を行ってもらう事を提示する』
「えっと、つまり……?」
『より簡潔にまとめると、私は無人でも活動できるが、パイロットがいなければ能力に多くの制限がかかる。私は君の友達を助ける手助けをする代わりにクロエ、少なくともトゥエン皇国に戻るまで、君には私のパイロットになって欲しい』
「…………わかった。オルティクス、あたしはあなたのパイロットになる。トゥエンまでよろしくね」
オルティクスの目的と交換条件を聞いたクロエは、しっかりと頷く。これが、起源の魔導機・オルティクスと赤髪の奴隷少女・クロエの出会いだった。




