9.この先の行方
『ちくしょうババアめ! 結局秘密も何も説明してないじゃないか! オレも脱線したまま気が付かないとは抜けているもんだ…… だがなんとなくはわかったぞ。つまり強くなるのは本当だろう。でも十二時を回ると全てなかったことになると……』
石像のように固まっていた王子はいつの間にか元に戻り、頭の中で独り言を言っているシンデレラの様子に不信を抱くわけでもなくにこやかに話を続けた。
「どうかしたのかい? さすがに来年には国の存続にかかわる危機が起きると言われて驚いたかな? 僕もできることなら信じたくはないさ。でも本当なんだ」
「い、いった、なにが起こると言うのですか? いま世界はこんなにも平和だと言うのにとても信じられません」
「そうだね、平和と言えば平和だけど、それはこの大陸にこのナルオー王国しか残っていないからなんだよ。昔はちょっとしたいさかいを含んで国家間の争いがあったらしいし、交易での利権や主導権争いもあったと聞いている」
「ちょっとお待ちください。西にあったンノーミヤンはどうしたのですか? 子供のころに読んだ絵本に出てきた国です。あれはおとぎ話だったのかしら」
「ンノーミヤン帝国はもう六十年前くらいに滅亡したんだ。厳密には帝国が滅んだあとに人々はナルオーやほかの国に移住したり、小さな集落を作って国には所属しないで暮らしているけどね」
「それは…… やはり世継ぎがいなくなったからですか? その、何年かごとに起こる危機で?」
「そうだよ。向こうの領土では六十年前に起きた出来事なのさ。それはもうものすごい数が襲ってきたと聞いている。その結果、同じだけの数の帝国民が消えてしまったんだ」
「ちょっと待ってください。襲ってきたと言うのは誰なのですか? ほかの国? それとも野獣の類なのでしょうか。私はてっきり自然災害や疫病のようなものを想像しておりました」
「ああそうか、そこを説明していなかったね。襲ってくると―― えっ? もうそんな時間か。すまない。そろそろ騎士団が出発する時間になってしまった。続きはまた今度ということにしようか。なあに、まだその時までは一年ほどあるから説明の機会はいくらでもあるさ」
「ですが気になって――」
「今晩さっそく眠れないって? わかった、それなら後ほど公務がすべて終わってから部屋へお邪魔するよ。夜遅くになるかもしれないがどうせ眠れないなら構わないだろう?」
「えっ!? よ、夜ですか!? 私の部屋へ殿下がやってくると!? い、いけません、それは、まだ心の準備が!」
「なにを想像しているのかわからないわけではないけど今日は話をするだけさ。そういうことはもっと予定を組んでしかるべき日に行うことになっている。それにここ最近は騎士団の出撃が多いから僕も忙しいんだ。期待しているところ悪いけど、それについてはしばらく待っていておくれ」
なんなら永遠に待たせてくれて構わないと言いたくなったシンデレラだが、ひとまず近々の危機はないことに安堵した。それに考えていたよりも医学的見地が進んでいるようで、そういうアレに対してはむやみにこなすのではないようだ。
それならばまた猶予はありそうだが、あまり期待させたり待たせたりするのも悪いし、今晩二人きりになったときに打ち明けることにしようと決めた。
シンデレラの部屋には側仕えがいるし、王子も側近を伴っているだろうが少しだけ耳をふさいでもらうようお願いすれば何とかなると考えていた。
だがしかし――
気になって眠れないと言ってはみたものの、それは物のたとえであり実際に夜が来れば眠くなって当然だ。しかしいまだ王子は部屋を訪れず、いつまで待てばいいのか悩んでいた。
思い切って側仕えを伴って部屋の外へ出ると、何やら城の中が騒がしかった。まさか王子の身に何かあったのかと心配したとて、シンデレラの部屋は王族の居住区とは離れた場所にあるため簡単に会いに行くことはできない。
だが幸い騎士団の詰所には近いので連絡を取ってもらうとか、様子を聞いてみるくらいはできるだろう。もちろんシンデレラがどこの誰だかわからないなんてことはないはずだ。
「いったい何があったのかしら。ずいぶんとあわただしいように見えるわね」
「危険があるといけません。姫様はお部屋へとお戻りください。アタシがひとっ走り行って確認してまりますからご安心を!」
「でもあなたは私のそばにいなくては叱られてしまうでしょう? それなら一緒に聞きに行ったほうがいいと思うの。だからあの詰所までともに参りましょう」
「いえいえ、賊が侵入していたりということも考えられますから。万一のことがあっては取り返しがつきませんので姫様はどうぞお部屋へ」
「ではお部屋の前で二人で待ちましょう。誰か通りがかるかもしれないわ。そこで聞いてみればいいのよ。一人で待っているのも心細いし……」
最初は人の目が気になって仕方なかったのだが数日で慣れてしまった。今では側仕えが見守ってくれている安心感が、一人でいる心細さを含め生活の助けになっているのだ。
こうして二人で廊下に立って様子をうかがっていると、丁度良く衛兵の見回りがやってきた。彼らは側仕えと同じで下っ端のペーペーで顔見知りの様だ。
「ねえ、ずいぶんとばたついているようだけど何があったの? まさかこんな夜から出撃するなんてことないわよね?」
「お前さんは新しい姫様の側仕えになったんだろ? ずいぶんと出世しやがってうらやましいぜ。これでもうつまみ食いなんてしなくて済むだろうな。最近は台所も厳しくてゴミ捨て場だけが頼りだぜ」
「ちょっと! 姫様の前で恥ずかしいこと言わないでよ。いいから何があったのか教えなさいってば!」
どうやら側仕えと仲良しらしい衛兵との様子を見たシンデレラが微笑んでいると、その朗らかさには似つかわしくない恐ろしい事実が告げられた。
「午後いちで出て行った騎士団がまだ帰ってこないんだとよ。ただの偵察だったからって王子殿下は騎士団と一緒に出て行ったらしい。そりゃ騒ぎにもなるってんだ」
シンデレラは思いもよらず動揺している自分に気が付いた。そしてそれは敬愛するものを心配している感情でシンデレラの本心だった。