8.前世の前世
いったいこの国は、この世界はどういう方向へ向かっているのだろうか。まずはそれを知っておきたいと考えているシンデレラは、王子の言葉が終わるのを待ち構えていた。
「―――― 王国の行く末が良い方向へ変わるだろうと言われたらしい。ん? 疑問を感じるかい? 確かに今現在は大きな問題もなく平和に過ごしているかもしれないが、この国はとある脅威に備えなければならないのさ。って、言ってしまってよかったのかな」
「ですがもうすでに何かあると匂わせてしまいましたから、できれば教えていただきたいです。このままでは気になって眠れそうにありませんし、私もいずれ国を背負う立場になるのですよね?」
「眠れなくなることはともかく、国を背負うことは確かだね。もちろんキミが何かの責任を押し付けられることはないが、子が生まれ、それが王子だとしたら当然今の僕と同じ立場になるのだから」
「ということは現在の殿下はなにか重大な責務を背負っていると? しかも悪い方向へと向かっているのですよね?」
「悪い方向というか、時期がそうだと言うだけさ。シンデレラ、キミは過去に起きている大量行方不明事件を知っているかい? 歴史上の出来事だから馴染みはないかもしれないが、前回は百六十年ほど前に起きているんだよ」
「不勉強で申し訳ございませんが、私は存じ上げません。殿下はそんな昔の出来事までご存じなのですね。お城での勉強が大変な理由がわかった気がします」
「そうだね、勉強していると言えばそうかもしれない。むしろ王族と宮廷魔導士はその対策のために存在していると言っていい。前回が百六十年前、さらにその前はそこから八十年前のことさ。そして次は来年だと予測されている」
「らっ!? 来年というのは今年の次でございますよ!? あとわずかしか残されていないと!?」
これが魔女の言った世界の脅威であることはほぼ間違いないだろう。それにしてもどう考えても王子にシンデレラの存在を吹き込んでいる。万一シンデレラが亡くなっていなかったらどうするつもりだったのだ。
『あのババア、まさかオレを入れる器を作るためにシンデレラを殺したんじゃないだろうな…… まてよ? もしかしてオレを殺したのもあの魔女の仕業ということも考えられなくもない……』
『まったく物騒なことを考えるねえ。男なら現実を見つめしっかりと生きてお行き』
目の前の王子は石像のように固まっており、シンデレラの傍らにはいつの間にか刻の魔女が現れていた。
「いやいや、時間を操るだかつかさどるとか言っておいて、人の心を読むなんて反則だろ! それにいまオレが考えたことが事実でないと証明できるわけじゃないだろう? あとな? 男ならと言うが、今のオレはアンタのせいで女だぞ!」
「ふむ、それくらいの元気があれば問題なさそうだね。もしかしたらショックで落ち込み、やる気を失っているかと心配しておったんじゃよ。昨晩話し忘れていたから機会をうかがっていたんだが、いいタイミングで王子がやってきたわい」
「その一番重要な世界の脅威ってやつを説明し忘れたと? いったいどういうつもりなんだ? いったい何が起こると言うんだよ」
「ふむ、それはワシの口からは言えん。だが王子が説明してくれるじゃろうよ。ワシが伝えたいのは一つだけ。それはあのガラスの靴についてなのじゃ」
「そうだ! あの靴はいていると強くなるって言ってたよな? なのに朝試したら何も変わっていなかったんだ。なぜあんな嘘ついたんだよ。どんな脅威か知らないけど、強くなれることと関係あるんだろ?」
「まったくおぬしというやつは…… もすこし年長者を敬えないのかい? まあそれはいいとして、あのガラスの靴がどういうものか知っておるな? もちろんシンデレラという娘の物語もじゃが」
「それも気になってたんだ。あたかもここに別の世界があるように言っていたが、本当は空想の世界なんだろ? そうじゃなきゃ説明つかないことが多すぎる」
「空想の世界とのう。ではおぬしが暮らしていた日本があった世界が空想の世界ではないと言う証拠はあるのかえ? もし地球で数百年前からあるおとぎ話が現在起きていることを言っているなら見当違いじゃ」
「そう、それ! なにが見当違いなんです? 実際に今起きてるなら地球に伝わったとしても今は過去ってことになるじゃないですか」
「歴史は繰り返されているのじゃよ。その中に記憶の断片を持ちながら様々な世界を渡り歩いているものがおる。そしておぬしもその一人じゃ。地球の前は別の時間軸にあるもっと進んだ文明の中で生きておったはずじゃがなにか記憶はないか?」
「未来の? 進んだ文明ってどういうことですかね? SFみたいな世界ってことなら確かに同じ夢を見たことはあるけど―― それこそ空想の話でしょうに」
「空想であったとしてもなかなか無から有は生まれぬ。突飛なことを考えるものはたいていほかの世界の記憶を持っているのじゃよ。たいていは夢見がちで片づけられるがな。おぬしの我慢強さはともかく、平等だとか四角四面にこだわりがちなのが記憶に基づいているのはちと変わっておるがのう」
シンデレラ、いや灰賀は地球でのサラリーマン時代、社員間の不平等や会社のコンプライアンス違反に敏感だった。それはきっと自分が生真面目で細かい性格だからだと考えていたのだが、幼いころから見続けていた夢に影響されているとも考えていた。
まるで社会主義国家のように統制された世界で、決まった仕事を割り当て分だけきっちりとこなしていく様子。そんな夢をしばしば見ていたのだ。だが決して悲壮感漂うものではなく、休みの日には楽しく過ごしている様子もまた夢に出てくるのだ。
よく言えばメリハリがありオンオフがはっきりしている。悪く言えば統制社会といったところか。小中高と進んでいくうちにあまり気にしなくなってはいたが、社会に出てしばらくしたときにそれは会社への反抗心として首をもたげてきた。
きっかけはよくある話で失恋である。同じ大学に通う彼女がいたのだが、二人はやがて卒業し社会へと出た。灰賀は残業がどんどんは増えていき休日出勤も多くなり、彼女とはすれ違いの日々となっていく。
そんなある日、久しぶりに休みがそろった灰賀が彼女を誘うと気のない返事が返ってきて気が付いた。そう、仕事にかまけていたせいで、知らない間に寝取られていたのである。
失意の灰賀落ち込むどころかかえって仕事へ打ち込んでしまった。だが頑張れば頑張るほど不満は積みあがっていく。結局こらえきれなくなり強硬手段に出たことで閑職へと追いやられたのだ。
そんなさなか事故にあい、このファンタジアースで次の人生を送ることになったのだった。
「オレの前々世が今何の関係があるんだ? そんなことはいいから早く重要な核心部分を教えてくれ。オレはこれからどうすべきかの岐路に立たされていると感じているんだからな」
「さすがに鋭いのう。まさにその通りじゃわい。おぬしはいま王子の伴侶として生きるか、救世主となる道を選ぶかを選ばねばならない。まあ場合によっては両取りという手もあるがな」
「冗談はやめてくれ。男の記憶や人格があるままで王子の嫁になんかなれるか! 聞いた話だと出産は男じゃ耐えられない苦しみだって言うじゃないか。いやいやその前の段階でまっぴらごめんだ!」
「そう興奮するんじゃないよ。体に悪いぞい? 選べると言っただけで気が進まないならやめておけばいいじゃろうに。それで肝心のガラスの靴じゃが、シンデレラを知っているのならすぐにわかることじゃよ」
「シンデレラを知っていれば? 十二時になると全部元に戻ってしまうってあれだろ? 実際にガラスの靴の片方は木の靴に戻っていたはず。なのにいつの間にか置いてあったんだが、あれは王子が用意したんじゃないのか?」
「うむ。王子の手元に残った片方は、おまえさんから離れていたから魔法が解ける影響を受けなかったのさ。まあそう仕向けたのはワシだがな。なぜって? おぬしを見つけさせるために決まっておるじゃろうが」
「つまり全部デキレースじゃないか。それなら初めからオレを王子の元へ案内すれば済んだだろうに。なんでこんなまどろっこしいことを……」
「そりゃこの世界の行く末はこの世界の者たちに決めさせて当然だからじゃ。ワシが介入できるのはそのきっかけまでじゃよ。あまりに度が過ぎると世界が消滅しかねないからのう」
最後にさらっとトンでもないことを言い放った魔女は、笑いながら消え去った。そして直後、刻は再び動き出すのだった。