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7.表敬訪問

 熱などないことがばれてしまったシンデレラは、風呂上りにキュッと一杯などということはなく、すぐに座学の場へと向かった。花嫁候補とはなんとも忙しく目の回るようなスケジューリングだが、それよりも風呂場で聞かされたことで頭がいっぱいである。


『いつ殿下がその気になっても――』


 同じ言葉が頭の中でぐるぐるとまわり続ける。灰賀は結婚式までに何とかすればよいと考えていたのだが、もしかしたらそれほど猶予はないのかもしれない。


 シンデレラは現在十六歳で灰賀の感覚的には未成年の少女である。しかしこういった中世のような世界ではおそらく適齢か、もしかすると遅いくらいなのかもしれない。戦国時代や江戸時代の日本でも、十二だとか十四だとかで嫁入りし世継ぎを設けた話があるくらいである。


 そんなことを考えていては座学に身が入るはずもなく、講師から注意されてしまった。座学の時間には貴族社会の仕組みや国の歴史だけでなく、法律や物流など多種多様なことを学んでいる。


 その情報量は多いので気を抜くとあっという間に置いてきぼりになりそうだ。これではまるで受験勉強をしている気分になり気が滅入っていた。このまま花嫁候補でいるのかはともかく、手を抜いて叱られるのは性格上気にせずにはいられない。


 だがそんなことはどうでもよくなってしまう出来事がやってきた。なんと、時間が空いたと言って王子が視察にやってきたのだ。


「どうかねシンデレラ、勉強ははかどっているかい? 湯殿で体調不良を訴えたと聞いてあわてて飛んできたよ。というのは冗談さ。騎士団の出撃を見送る前に時間ができたものだから寄ってみたのだ」


「これは殿下、ご機嫌麗しく。覚えが良くないので苦労しておりますが、殿下に見合うよう励んでまいる所存にございます」


「まあ建前はいい、それほど重要なものではなく一般教養として覚えておくことが望ましい程度のことばかりのはずさ。キミは王国のために世継ぎを生んでくれるだけでも十分なんだ。そのうえで僕をほんの少し癒してくれたなら最高だね」


 あまりにも直球で人を人と思っていないようなセリフのようにも思えるが、ファンタジアース、そしてナルオー国ではなにもおかしくない考え方である。それよりも戸惑ってしまったのはシンデレラ自身の心だった。


 子を産む機械などという失言で非難された政治家を思い出しつつも、なぜか王子に対し胸を熱くしてしまう。もちろん嫌悪感など感じることはなく、自分を不幸な境遇から掬い上げてくれた、それこそ名の通り『王子様』なのだと感じているのだ。


 やはり前世の記憶があるとはいえこの肉体はシンデレラのものであり、心もまた灰賀だけのものではないのだろう。ではこのまま言われた通りに過ごし、やがて彼を受け入れて世継ぎを生むのかと自問してみると、それはやはり避けたい未来である。


 王子との面会機会はそう多くない。城にやってきて数週間経つが共に過ごした時間は皆無だし、貴族ではあるもののまだ花嫁候補どまりなシンデレラは食事も王族とは別室で取っている。


 こんな毎日を過ごしていると言うのに、王子の気が向いたから、時間が空いたからと言って夜に部屋まで来られてはかなわない。果たしていざそういう状況になってしまった際、自分は断ることができるのだろうか。


 いや、できるはずがない。ただでさえ王族に逆らうことなどできない上に、そもそもシンデレラが城へやってきたのは王子の伴侶となるためである。それはすなわち世継ぎを生むことと同意、しかもシンデレラ自身はそれを喜んで受け入れているのだ。


 どちらの感情を優先すべきなのか、いざというときどちらは主導権を握るのか現段階ではわからない。今のところはどちらかといえば灰賀が優勢だろうか。身体はシンデレラ、精神は灰賀なのかもしれない。


 とにかく今考えるべきことはどちらがどうかではない。数少ないチャンスを生かさなければならないのだ。


「殿下? もしお時間があるのなら二人だけでお茶はいかがですか? いいえ、贅沢は申しません、この部屋の窓際で構いません。皆には少しだけ離れていただけたら嬉しいのですが……」


「ふむ、時間はまだ―― あるようだ。言われてみれば城に来てもらっただけで二人の時間はほとんど作っていないね。よし、休憩がてら少し話でもしようか。まだお互いのことをあまり知らないと言うのもおかしな話だからね」


「ありがとうございます。殿下にはもっと私のことを知っていただきたいのです。わがままを聞いてくださり機会をありがとうございます」


 同意もないままに城へ連れてきた分際でよく言う、とも思ったが、そもそも最初の婚活パーティーへ出席した段階で、王子を狙っている女性だけのはずなのだ。もちろんシンデレラもその一人、結婚には同意済みだったと言える。


 そんなシンデレラがお茶に誘ってきたのだから、きっと甘えたいのだろうなどと考えていた王子は、ご機嫌な様子で休憩用のテーブルに向かい合う。気を使って距離を取った従者たちはその様子をほほえましく眺めていた。


「わざわざ誘ってくれるなんて嬉しいじゃないか。もしかしたらキミは次期王妃の座には興味があるけど、僕個人のことはどうでもいいと思っているんじゃないかなんて考えてたのさ」


「あっ! 私は次期王妃なんですか!? 考えたこともありませんでした。ただただきれいなドレスとパーティーにあこがれていただけなのです。まさかお城へ迎えられるとも考えていませんでした」


「ふむ、それなら今ここにいるのは本意ではないと? こう言ってはなんだけど、僕と結婚したがっている女性は多いんだよ? もう少し喜んでくれていると考えていただけにショックだなあ」


「そんな! ご無礼と感じられたなら申し訳ございません。そういう意味ではなくありえないことが突然起こって、いまだに整理がついていないのです。決して嫌だとか興味がないと言うことはございません」


「ふふふ、冗談だよ。実はね、キミを花嫁として迎えることは予言によってほぼ確定していたんだ。ただどこの誰なのかはわからなかったんだけどさ」


「予言!? でしょうか。それはいったいどういうことなのでしょう」


「貴族なら知っているかと思うが、城には宮廷魔導士がいるだろう? その者の元へ突然別の魔導士が現れたんだそうだよ。その魔女が言うには、まもなく僕が迎えるべき女性が決まる巡りがあるとの予言を受けたわけだ」


「魔女…… つまり女性の魔導士なのですよね? しかも高齢の?」


「いや、僕は会っていないから知らない。魔女とだけ聞いているけどね。その女性を探し出すためにパーティーを開き、該当の女性を探し出して僕の伴侶へ迎えることができれば王国の行く末は良い方向へ変わるだろうと言われたらしい」


 良い方向へ変わる、すなわちそれは今現在悪い方向へ向かっていると言うことだ。どうやらシンデレラが知りたかった答えはもう目の前だと感じ、椅子から腰を浮かせて乗り出したくなっていた。

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