6.複雑な感情
灰賀振、いや、シンデレラは生まれて初めてどころか死んで生まれ変わってからを含めて、最大の危機に恐怖を感じていた。こんなことならもっと親身に聞くべきだったと後悔しても時すでに遅しだ。
元カノや会社の女子社員からたまに聞かされていた痴漢への嫌悪感と恐怖は、どうあっても男には理解が難しいことである。だからと言って聞き流したり適当にあしらったりしてよかったわけではないと今は感じている。
シンデレラはまさに今、貞操の危機という現実的に迫りくる恐怖と初めて対峙しているのだ。同意なき行為は暴力だと訴えても通用しないことは明らかだし、まして相手は国王という最高権力を継ぐ立場なのだから、逆らおうものならどういった処遇となるかわからない。
『いっそ力づくで抵抗してみるか? もしかしたら相当強くなれていて騎士団くらい屁でもないかもしれないぞ?』
これからどうするかを決める前に、自分が今どういった状態なのかを確かめるべくベッドへと手をかけた。そのまま軽く力をこめてみる。
しかしベッドは一ミリ足りとも動かない。いいとこシーツが揺れる程度で、自分の力が十代の娘のそれであることを知らしめていた。いったいどういうことだろうかと自問するが、答えがわかっているならこんなことはしていない。
『昨晩寝る前には確かに鏡台を持ち上げることができたのに…… あれは夢だったのか? いや、そんなはずはない。この引き締まって筋肉質な脚を見れば鍛えられているのは間違いないのに……』
ナイトドレスをたくし上げて足元を確認すると、そこには昨日と同じようにしっかりと筋肉のついた白くて細い足が見える。それと同時になぜが罪悪感に羞恥心を合わせたような複雑な感情が持ち上がってきた。
どうやら灰賀としては少女の生足をまじまじと見たことをイケナイことだと認識しているが、シンデレラとしては夫でもない成人男性にドレスをまくられ、肢体を観察されるという辱めを受けたと感じているようだ。
『いったいどういうことなんだ! オレはこれからどうすればいいんだ!?』
その時シンデレラは魔女が言っていた言葉を思い浮かべた。世界を救うためにこちらの世界、ファンタジアースへやってきたのだという奇想天外なひとことである。
『このオレが世界を救う? こんなか細い手足の少女に何ができると言うんだ? だいたい時間を操れったり魔法で形を変えるようなことができるなら、あの魔女が自分でやればいいんじゃないか?』
それはもっともな考えではあったが、だからと言ってハイそうですか、と丸投げしては自分の危機から逃げることができなくなる。すなわちこれは関連を持った案件ということで、大目標である貞操を守るためには世界を救う必要があるととらえるのが自然だろう。
ではその世界の脅威というのはなんだと言うのか。その核心について魔女は何も伝えてくれなかった。それを王子から聞き出し自分の手で世界を救うしかない。
それと引き換えに結婚をあきらめてもらうのがどこにも角の立たない解決法なのかもしれない。現に魔女もそのようなことを言っていた。世界を救うことが自分を救うことのような表現だったはず。
だが考えがまとまらないうちに、今日もやはりダンスの練習に引っ張られてしまうのだった。
日課の練習から戻ってくるとやはり同じように風呂の時間である。しかし今日は今までとは事情が異なる。なんといっても湯につかるのだから裸になるのだし、洗女に体の隅々までを見られ触れられることを当然と受け入れられそうにない。
「あの…… 今日はちょっと熱っぽくてお風呂はやめておこうと思うんですけど…… ダメですか? ダメですよね……」
「お熱があるなんて大変でございます。湯で温まってからお部屋へ戻りしっかりとお休みください! 先にお医者様を呼んでおくよう手配いたします!」
「いえ、そんな気がするだけなので大げさにしないで大丈夫です。わがまま言ってごめんなさい。ではせめて体は自分で洗いますから……」
「それではアタシの仕事がなくなってしまいます。もしかしてなにかご無礼を働いてしまったのでしょうか!? それならばその責はこの身を持って償いを――」
「違います違います! なんだか急に恥ずかしくなってしまったの。だから熱っぽいだなんて嘘ついてしまったんです。あなたのせいではないのだから早まった真似はしないでください!」
「それではまだお側でお仕えしてもよろしいのですか? ありがとうございます!」
シンデレラは自分の言葉一つで人の命が左右されることを改めて知り、これでは軽はずみな行動はできないと自分をいましめた。やはり遠まわしに嫌われるような真似はできないし、周囲への影響を考えると難しそうだと反省しきりである。
それであれば取れる手立ては一つ。すなわち王子へ直接説明するだけだ。いくらなんでも中身が男であるとわかれば解放してくれるかもしれない。だがどうやって信じさせればいいのだろうか。
それに王国やこの世界に迫りくる危機というのがなんなのかも気になる。魔女の言い方だとシンデレラがその危機に深くかかわっているのは間違いない。ではどう関わるのか、それによって王子への交渉の仕方が変わってくるはずだと考えていた。
深くまじめに考えてはいるものの、その間にも洗女は体の隅々まできれいに洗ってくれており、それはもう指先から頭のてっぺんまで抜かりない。もちろん他人に見られて恥ずかしいところまでしっかりと、である。
さらに洗女は恐ろしいことを言い始めた。
「こうしていつもきれいにしておかないといけませんからね。ずっとアタシにお仕えさせてくださいませ。心配はいりません、いつ殿下がその気になっても姫様が恥をかくことのないようお役目にまい進いたします!」
「いつ? その気? それはまさか……」
「まさかということはございませんでしょう? お世継ぎができるのは早ければ早いほどいいのですから。結婚式はいつでも構わないはずですし、おなかが大きくなっても日取りを延ばすだけのはずですよ?」
この言葉に、シンデレラは本当に熱が出そうな思いだった。
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