37.新たな花の咲くとき
王城の庭には、ようやく春の訪れを知らせるように花が咲き鳥が鳴き始めた。悪魔へ立ち向かったあの恐ろしい戦いからまもなく二年ほどになる。
暗雲立ちこめる絶望の春ではないし、まだ癒えぬ傷にうなされた春でもない。ようやく人々には笑顔が戻り、まるで街のあちこちで大輪の花が開いたようだ。
差し迫った脅威のない王国ではもはや騎士団も飾りの様なもの。その任務は以前と同じように農村部での猛獣退治や、盗賊狩り等の治安維持ばかりだ。
シンデレラとともに悪魔たちと戦った様々な経験が彼らを成長させ、一般国民からは英雄のような存在となった。そのため騎士を希望する者は増えていた。
人数が増えたことで騎士団の下に自衛団が新設されたのも変化の一つ。こうして細分化された騎士団はより細かな対応が可能となっているが、それらを統括し率いているのはやはり今も王子であることに変わりはない。
そして過去、騎士団を中心とした各部隊の総指揮を取り仕切っていた隊長、そしてともに激しい戦いに身を置いたシンデレラはもうここにはいない。現在は新たな指揮官となった各部隊長たちが不慣れながらも指揮を執っている。
こうして騎士団を直接見る必要は無くなった王子だが、管理職への教育が必要なため今までよりもさらに多忙となったと愚痴をこぼすことも多かった。
そんな王子はこの数日は公務を休んでいる。とはいえ別に体調が悪いとか怪我をしているわけではなく、単に別の用事のため騎士団へ顔を出せないだけであった。
「殿下、いったい朝からどのくらい歩いておられるのですか? 見ているこちらが疲れてしまいそうです。別にその歩数計を受け継がれたからと言って、必要以上に歩くことはないのですぞ?」
「別に歩数を数えたいわけではない。もちろん自分が強くなるとも考えてはいないぞ? 言われる前に自分で言っておかないと隊長はすぐに僕をバカにするからな」
「まさかまさか、敬愛する王子殿下のことをバカにするだなどと言う不敬、王国へ仕えて四十年になろうと言うこの私が考えるはずもございません。一点申し上げるならば、私はもう騎士団隊長ではありませんがな?」
「そうだったな、ブセライ相談役。なんなら相談役もこの歩数計をつけてみたらどうだい? さすれば、この増えていく数字が気になって歩きたくなる気持ちがわかるかもしれないよ?」
「いやはや、どうにもご自身のお気持ちをごまかしたくて仕方ないと言ったところでしょうか。落ち着かないのであれば温めたワインでも持ってこさせますぞ?」
「いいや、それだけはダメだ。もうかれこれ二晩はまともに寝ていないんだぞ? ここで酒を入れてしまったらあっという間に寝てしまって、簡単には目を覚まさないだろうからな」
そういうと、王子はまた止めていた足を動かし、廊下を行ったり来たりしはじめる。その様子をただ眺めていたはずの隊長改め相談役は、いつの間にか義足をカチャカチャさせながらつま先を動かしていた。
結局どちらも落ち着きがなく、かといってこの場を離れるわけにはいかないと断固として譲らないのだから困ったものだ。そのため、部屋を出入りする者たちにとっては邪魔でしかない。
それからしばらくして部屋から女性が飛び出し、大声で叫びながら走り去っていった。その様子を見た王子と相談役はそろって部屋を覗き込む。
「ダメです! 殿下も相談役もいい加減にしてください! 今ここには男性が入れないことを何度も説明しておりますよね? あまり面倒をかけるなら廊下からも立ち去っていただきますよ!?」
「い、いや、つい出来心、はずみなんだ。覗こうと思ったわけじゃない。それに覗き込んでも部屋の中にカーテンがあって見えないのもわかっているのだからな。ちゃんと大人しく待っているからあまり怒らないでくれ」
「わ、私も殿下につられてつい部屋の方向を見てしまったにすぎません。決して覗き見ようなどと考えたわけではないので、どうかご勘弁を……」
純白の衣服に身を包んだ女性が一喝すると、次期国王である王子も、長年騎士団を支えてきた元騎士団隊長も形無しである。
二人が叱られてしょんぼりしているところへ先ほど出ていった女性が戻ってきた。こちらも同じ純白の衣服を身につけているため、王子と相談役は邪魔にならないようつぶれた蛙のように壁へと張り付いた。
再び女性が二人の前を走りすぎると、その後ろから今度は中年女性が二人、さらには大きなワゴンで大なべを運んでくる給仕係、さらには山のようにタオルを抱えた侍女たちと大行列である。
そんな大所帯が部屋へ入っていくと、再び扉は固く閉ざされた。
『ほぎゃぁぁぁあ、ほんぎゃあぁぁぁあ―― お、おぎゃあ、おぎゃぁあ――』
どれくらいの時間が経ったのか測っていたものはいないが、王子が身につけている歩数計の数字は大きく加算されていた。
それほどの時間が過ぎ、部屋の中から聞こえてきた大声に色めき立つ二人。それは誰がどう聞いてもすぐにわかる人間の泣き声である
聞こえてきた声は言うまでもなく赤ん坊の産声であり、王子たちが待ちに待っていた瞬間であることに説明は不要だろう。
出産は命がけであると同時に女の聖域でもある。当然部屋の中へ入れてもらえなかった二人は廊下で顔を見合わせ思わず抱き合っていた。
だがしかし、一呼吸おいてから二人は不思議そうに顔をゆがめる。どうにも想像していた泣き声とは違っているような――――
「これは―― まさかの双子なではないか!? それも声からすると男女両方にも聞こえたが気のせいだと思うか!?」
「私めにもそう聞こえました。殿下! これは妃殿下の大手柄ですな!」
「まさにまさに! さすが我が姫は只者ではないな!」
こうして王子殿下とシンデレラ妃殿下の間に授けられた初めての子は男女の双子であり、この国では珍しくどちらも元気で無事に生まれたのであった。
 




