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3.意外な再開

 城へやってきて数日が経ったが、柔らかすぎるベッドと堅苦しすぎる礼儀作法の講義に悩まされ毎晩熟睡できていないシンデレラである。今日も眠い目をこすりながらなんとか目覚めたのだがどうにも頭がすっきりしない。


 自宅では日が昇る前に起きて家事を始めていたのに、ここでは夜明け近くなってようやく眠りにつけているせいである。それでも今までの生活から見れば、少々不慣れな面がある程度で十分快適だった。


 今日も午前中はダンスの練習が予定されているが、正直言って筋肉痛で足がもうパンパンになっている。そんなつらい状況だと言うのに、目覚めてみるとベッドの足元にはガラスのハイヒールが用意されていた。


『おはようお姫様。今朝もいい天気よ。ダンスの練習にはもってこいの気持ちのいい朝だわ』


「小鳥さんったらずいぶんなこと言うのね。わたし今日はとても踊れそうにないわ。それなのにこんなにかかとの高い靴が置いてあるなんて…… きっと王子殿下はあの晩のわたしに近づくことを希望しているのだわ」


『まあまあ、これも花嫁修業の一環なのでしょう? ステキな王子様に見初められるなんて、今までの生活を思えば奇跡みたいなものだわ。私が毎日のように天へお願いしていた効果があったのかしらね』


「でもその代わりにネズミさんとはお別れになってしまったわ。元気にしているかたまに見に行ってあげてね? もしかしたらお父様と仲良く暮らしているかもしれないけれど」


『おっと、ほら今日も例の先生がやってきたわよ? あらまあ、そんな魔物のような恐ろしい顔をしていたら王子様に嫌われてしまうから注意しなさい?』


 いつものように小鳥相手に一人芝居をしながら朝の支度をしていると、ほどなくしてダンスの講師が迎えにやってきた。いつも元気な講師には休日などという言葉はなさそうだ。



「はいそれではもう一度! ハイハイハイハイ、ステップステップステップステップ、ここでターン、離れてー体を預けてー、ハイ目を見つめる! いいですね。昨日よりも格段に動きが良いです。そろそろ筋肉痛にも慣れてきたようですね」


「は、はい、そう、みたい? ですね。不思議と動きが軽いです。ハイヒールなのでもっと大変かと思ったんですが……」


 この日のシンデレラは、かかとの高いガラスのハイヒールを履いてダンスの練習に励んでいた。迎えに来た講師がベッドの下へ押し込んでおいたガラスのハイヒールを目ざとく見つけてしまい、練習用のかかとの低い靴から履き替えさせられてしまっていたのだ。


 それなのにかえって動きやすく体への負担も少ない気がする。前日までの練習ですでに筋肉痛になっていたはずが、練習を始めしばらくするとすぐに気にならなくなっており、軽快にステップを踏めているのが不思議だった。


 そのため社交の場で踊るダンスだけでなく、競技ダンスと言われる激しい動きのある踊りまでレクチャされる始末だ。調子がいいのがあだになり、余計に疲れそうな時間を過ごしたシンデレラは、練習を終えたあと側仕(そばづか)えに連れられて湯殿(ゆどの)へと向かう。


 今までも貴族であったのだから一般市民よりははるかにぜいたくな暮らしをしていたはず。それでもたっぷりと湯を張った風呂などはなく通常は湯に浸した布巾で体をふく程度、かけ湯で体を流すのはとても贅沢なことである。


 だがさすが王城、さすが花嫁候補と言ったところか。広々とした湯殿には庭園の池のように水が貯めてあり、相当な量の湯が張ってあるのだ。ダンス練習後の湯あみは、灰かぶりと呼ばれ薄汚いままで日々を過ごしていたシンデレラにとって夢のような時間だった。


 そのシンデレラの扱いは、花嫁となるべく城へやってきているだけに丁寧だ。湯殿には専用の洗女(あらいめ)が控えており、丁寧に体を流し最後には香油を塗りこんでくれる。その担当者が前日までとは変わっていたことに気が付き声をかけた。


「今日はいつもの女性ではないんですね。初めまして、よろしくお願いしますね」


「こちらこそお願いしますよ。あなた様には世界を救ってもらわにゃいかんのですからな。ちなみに初めましてではございませんぞよ?」


「えっ!? あなたはいったい!?」


 すると洗女はにやりと笑いながら老婆の姿へと変わっていく。そして初めましてではないと言った通り、その姿には当然のように見覚えのあるシンデレラだった。


「あっ、あなたは! あの時のおばあ様ですね!? 本当にお世話になりました。おかけさまで今はこのようなぜいたくな暮らしをさせてもらえて、いくら感謝してもしきれないくらいです」


「ひっひっひ、まじない師のワシにとってはあれくらい朝飯前じゃ。もちろん何の見返りもなくやったことではないがな? さてと、なぜあのようなことをしたのか、これから何を望むのか話すとしようかのう」


「ええ、お礼ならどんなことでもしますわ。もちろんできる範囲で、ですけど。まさか命を取るようなことはないのでしょう?」


「ふむ、ワシ自体は命を取るつもりなぞない。が、場合によっては命を懸けてもらうことにはなるやもしれん。無理強いはしなくともこれからの人生、おぬしにとって幸せとなるかは約束できぬ」


 老婆の物言いは奥歯に物が詰まっているようにもどかしく要領を得ない。しかしなにか不穏なことが伝えられそうな気配に満ちていた。それを証明するように老婆は不敵に笑い続けている。


 魔法によってシンデレラを婚活パーティーへ送り出し、さらには王子に見初めさせたほどの使い手である。その彼女の要求なのだから、自分自身では実現できないようなことを望むはず。


 いったい何を要求されるのだろうかと、シンデレラは戦々恐々としながら老婆の次の言葉を待ち構えていた。

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