25.新たな悪魔
この日はそのまま新たな悪魔が襲来することはなく、久しぶりにゆっくりとした夜を過ごせていた。もちろん交代で斥候に行く必要はあるが、代わる代わるだろうと時間が少なかろうと完全な休息を取れたことは大きい。
だがその安堵もおそらくは次の夜までだろうと考えていた。これはシンデレラや隊長だけでなくその場にいる全員の一致した考えだ。
それでもつかの間の休息をしっかりと味わった皆は、翌日にまた闘う男の顔へと戻っている。その表情には覚悟と決意がありありと出ていた。
「いいか、おそらくは本日夕刻からは例の未確認悪魔がやってくると思われる。翼の大きさから行って飛行することも考えられるので気に留めておくように」
「みなさん、昨日一部の方にしたお伝えできませんでしたが、こんどの悪魔は素早いか死角を突くのがうまいかわかりませんが、背後からの攻撃が十分考えられます。決して背中をがら空きにしないよう、二人一組を意識してください。もちろん隊長もですよ?」
「さようですな。私はまだ悪魔に命をくれてやるつもりはありません。それで本日の戦闘開始なのですが、姫様の初撃を待ってから突撃でよろしいでしょうか。おそらく今までよりは苦労することが予想されますので、できれば数発撃っていただき数を減らしてしまいたいところです」
「今のところ矢は十本作ってありますので、それ以内なら構いません。ですが小回りが利かないので飛んで逃げられると困りますね。後方の騎士団へは伝達済みですが、それでも万一街まで行かれ犠牲が出るのは避けたいです」
「ではこうしませんか? まずは姫様がバリスタでの一撃目を放ち――」
こうして陽が落ちるまでに何度も作戦を練り直し、シンデレラたちは悪魔の襲来を待ち構えた。
やがて周囲が橙色に染まり、藍色が大地へ降り注ぎ始める時がやってきた。魔界門では今までと同じように濁った色の膜の向こうに異形の影が見えはじめ、そして増えていく。
「ではイルマルさん、しっかりと監視と合図をお願いしますね。ここからでは良く見えないのですから」
「承知いたしました。お任せくださいませ、姫様!」
シンデレラはバリスタとは名ばかりな、ただ大きく作り横倒しにした弓の最後端に陣取り、両手でつかんだ丸太の矢を引き始める。パンパンに張りつめている弦の太さは彼女の腕の太さと同じくらいかやや太い。
そのままじりじりと後ずさりするように進み、引き絞りきると両足でその場に踏みとどまる。こうして準備が整ったなら、あとは発射の合図を待つのみである。
「む、悪魔たちが沸き始めました。こ、これは…… 確かに昨日までとは異なる姿に見えます。今のところ飛んでいるやつらはいないようです」
さすがのシンデレラでも、巨大な弓を引いたまま歯を食いしばっている状態では返事ができない。今は相槌すらできずに合図を待っていた。
「よし、始めます! 三、二、一、発射!」
イルマルが合図とともに手に持った小旗をさっと振り下ろす。それが視界を通過した瞬間、シンデレラは手を離し矢を射った。
『ビュオン』
「はあっ! はあ、はあ、で、では次を準備します。着弾状況を教えてください」
「成功です。悪魔どもめ、慌てふためいて逃げ惑っております。それでも飛ぶ個体はおりませんね。今回の種もおそらくは飛べないのでしょう」
「魔界門自体はいかがですか? わずかでも損傷があればうれしいのですがね。そううまくはいかないと思っているので落ち込みはしませんよ?」
「まだ砂塵が舞っているのと隊長たちが突撃を開始したので魔界門自体は見えませんね。ですが相当数の悪魔が地べたに這いつくばってやがる。ざまあみろ!」
「まずは成功と言っていいでしょうか。次弾発射準備に入りますよ? カナムさん、前線への合図をお願いします」
「かしこまりました!」
監視係のイルマル同様、シンデレラをサポートするために控えていたカナムが反射鏡を使って前線部隊へ信号を送った。するとすぐさま合図が戻ってくる。
「姫様、次弾発射準備開始をお願いします」
暴れる悪魔たちがなるべく一か所に固まるよう誘導するのは難儀だが腕の見せ所と言うものだ。そんなことを言っていた隊長は、部下へうまく指示をしながら丸太の飛んでくる方向を避けて下がっていく。
隊長たちが引いたその場所へやってくるのは、逃げるように見えている部隊員を追いかける悪魔だ。つまり――
「三、二、一、発射あっ!」
「やあっ!」『ビュオン』
ものすごい振動音が空気を揺らすと、森の木を一本丸々使った矢がまっすぐに飛んでいく。先ほどよりも少しだけ上に着弾すると付近にいた悪魔たちが宙を舞っているのが見えた。
慌てふためく程度の知能はあるらしく、悪魔たちはあちらこちらへ逃げていこうとするが、それを部隊員たちが追いかけとどめを指していく。バリスタとの連携は味方を巻き込みそうだと不安だったシンデレラだが、今のところうまくいっている。
こうして三本目まで繰り返した後は完全な白兵戦へと移行した。これは、あまり丸太が散乱しては足元が不安定になり、味方のパフォーマンスが落ちてしまうからだ。
確かにインプよりは背が高く鋭い爪をもつ中悪魔は歯ごたえがある。しかし正面切って対処すればなんということはなかった。
クレメスの死は無念だったが、奴らの特性を推察できたからこそ、戦局をここまで優勢に進められている要因の一つであることは確かだ。
かといって、強くなった悪魔を相手にしている部隊員たちの疲労は徐々に蓄積していく。数は少なく軽傷ではあるが、負傷者も出始めていた。




