24.前触れ
決して油断したわけではない。それに監視も怠っていない。しかし結果としてこれが現実なのだから受け入れるしかない。シンデレラは気を強くもって涙をぬぐった。
運ばれてきた部隊員は、すぐに救護係が治療に取り掛かったが、大量の出血のためすでに手遅れで、ほどなくして息を引き取った。
男女関わらず初めての犠牲者である。それに戦場に出たのも実質初めてのシンデレラだ。冷静でいろと言うのも無理な話であろう。その拳は怒りと悔しさで震えている。
「クレメス、本当にごめんなさい、あなたにもご家族にも詫びようがないわ。でもこれだけは約束します。必ず敵は取ると。全員黙祷!」
短い時間だが敬意を表し全員が別れを告げる。このような結果が出てしまってからではどうにもできない。後は安らかに土へと帰ってくれと願うだけだ。
シンデレラはもう戦う必要のなくなった彼を救護所の一番奥へと寝かせ、鎧を脱がせ丁寧に体を拭いた。時間をかけている余裕はないが、それでもできるだけのことをしたかった。
「もし今からでも家族を守るために街へ戻りたい人がいたら申し出てください。決してここでの戦いを無理強いするつもりはありません。愛する人たちへ寄り添うことも立派な戦いなのですからね」
一瞬の間があったが動き出すものは一人もいない。それどころか皆の目にはより強い決意の光が輝いていた。
短い追悼の時間が終わり我に返ったシンデレラは、ようやく伝令を聞かなければならないことを思い出した。いったい何があったのかを今すぐ知る必要がある。
「サーセブ? クレメスを運んでくれてありがとう。いったい何があったのかを教えてくれますか?」
「それが良くわからないのです。はっきりしていることは大量に発生しているインプどもに混じって別の悪魔がいたことと、どうやら鎧をも一刺しにする武器を用いたように鋭い攻撃をしてくること……」
「その別種の悪魔はもう倒したのね? それを見たものが少ないために正体がわからないと、そういう意味に受け取ったのだけれど」
「はい、クレメスのすぐそばにいた隊長が一刀両断したようです。隊長の話では背丈は人間よりもやや小さく大き目の羽があったとのこと。他に目にしたものも似たような印象を語っておりました」
「それでいったん引いた理由は正体がわからないからでいいのかしら。もちろんクレメスを逃がすためも含んででしょうけれどね」
「それもありますが、いったん小さな悪魔の波が収まったからでもあるのです。隊長はこの後しばらくしてから先ほどの大きな悪魔に変わるのではないかと考えたようです。それについて姫様のご意見をお聞かせいただきたく、伝令に参った次第でございます」
「わたしもその点について考えておりました。隊長の見立てはおそらく当たっているでしょう。問題はそれだけではなく、また同じようにより強い悪魔に変わっていく仕組みではないかとわたしは考えているのです」
「な、なるほど、今はほんの序章であると? さっそく隊長へ伝達して参ります!」
シンデレラがうなずくと、サーセブは踵を返し走り去っていった。足の速さで頼りにしてしまっているが、彼もまた疲労困憊ではなかったか?
だが気遣いが足りなかったと悔やんでも仕方ない。今はほかにすべきこともある。
「待機している部隊員に告ぐ! 敵は今後姿を変え今よりも強くなっていくことが明らかとなりました。決して油断しないよう、それとできる限り二人一組で背中を守り合いながら戦ってください」
その言葉を聞いた部隊員たちはいっせいにざわつき始めていた。犠牲者が出たことはもちろん皆に衝撃を与え、少なからず士気を下げることにはつながっている。
だがそれよりもここまで全員を率いてきたシンデレラが、身を守る方法について具体例をもって口にしたからである。つまりそれほどの脅威が迫っていることを示唆していると考えたのだ。
陣には新たな緊張感が張りつめる。つい先ほどまでの余裕すら感じられた空気が一変したことで、自分もクレメスと同じようになってしまうのではないかと考えたくなるのも無理はない。
そんな雰囲気を感じ取っているが、皆の士気を高める明確な言葉を紡ぐことのできないシンデレラだった。それでもなにか言わなければ、手足が強張ったまま戦いに赴いては被害が大きくなることはあっても優勢を保つことは難しい。
「みんなきっと不安を大きくしたことでしょう。それはわたしも同じです。しかし立ち上がらなければならない! 我々が戦いを放棄してしまっては、何もできず街で怯えている子供やお年寄り、その他の弱き者たちを守ることができません」
「そうだ……」
「姫様の言うとおりだ、怯えてる場合じゃない」
「たかが悪魔だ、蹴散らしてやろうぜ!」
自分たちが王国を代表する精鋭だと言うことを思い出した部隊員や騎士たちは、こうしてやる気を取り戻した。
シンデレラの中の灰賀は、自分の言葉が響いてくれた感動と、命を懸ける意気込みを見せた皆への敬意を抱くのだった。




