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1.午前零時の鐘が鳴る

 きらびやかなドレス、きらめくダンスホール、ほっぺが落ちてしまいそうな豪華な食事に後ろ髪をひかれながら彼女は走った。午前零時を告げる鐘はもう六回鳴っているのだ。


 幸いにも、追いかけてきた王子はパーティーへ参加しているほかの客人に足止めされていてはるか彼方となっている。これならばれずに外まで出られるだろう。


 王城の玄関先までやってくると、行きに乗ってきたかぼちゃの馬車がすでに停まっていた。あわてて飛び乗ると馬車は走りだし、城を出て一つ目の角を曲がったところで十二回目の鐘が鳴りひびいた。


 同時に、かぼちゃの馬車はロバとネズミがくくりつけられた荷車へと戻り、ドレスは使い古しのシーツに、ガラスのハイヒールは薄汚い木の靴へと姿を変えていく。


 地べたに放り出された女はホコリを払いながら立ち上がり、夢から覚めたことを知ったのだ。


◇◇◇


 彼女の名はシンデレラ、古い言語で灰を被った少女と言う名で呼ばれていた。そのような呼び名は一般的に掃除婦を侮蔑(ぶべつ)するときに使われる。そしてその通り、彼女は家で掃除をはじめとする雑用ばかり言いつけられていた。


『やあシンデレラ、今日も掃除に精が出るね。ホントにキミは働き者だよ。いつか苦労が報われるんじゃないかと僕は考えているんだ』

『天国のお母さんもきっとあなたを見ていてくれるはずよ。だから今は耐えて頑張りましょうね』


「ええ、いつも励ましてくれてありがとう。わたしにはこんな素敵な友達がいるのだからきっと大丈夫。絶対にへこたれたりなんてしないわ。お父様だっていつかお義母様たちの本性に気づくはずよ」


 シンデレラは、窓にとまった小鳥や粗末な部屋に出てきたネズミに励まされていると空想する。そうでもしないと辛い日々を耐え忍ぶことは難しい。


 後は唯一の財産と言ってもいい、トルソーに着せた母の形見のドレスも励みの一つである。涙が出そうになるたびにそのドレスへ母の優しさを重ね乗り越えてきた。


 それがずたずたに引き裂かれたのは、このナルオー国で王子の花嫁候補を探すという王令が出された直後のこと。シンデレラには犯人がわかっているが、かと言ってどうすることもできない。



「シンデレラ? あなたまさか王子様と結婚できるだなんて夢見ているんじゃないでしょうね? あなたのような灰かぶりがパーティーへ行かれるわけないじゃないの」

「お姉さまの言うとおりだわ。あんたみたいな汚らしくみすぼらしい姿は、華やかなダンス会場にふさわしくないもの」


「そんな…… こんなむごい仕打ちをしなくてもわたしが最終的な花嫁候補になれるはずがないのに……」


 先に出された王令では、すべての女性を書類審査し一時通過した者が大臣による二次面接へ進めることになっていた。シンデレラはその審査を通過し、最終面談である王子主催のダンスパーティーへ参加が決定している。


 書類審査ではねられてしまった義姉たちは、みすぼらしいシンデレラが自分たちよりも上だと評価されたことが気に喰わないのだ。


「ふん、そりゃあんたが選ばれる可能性はゼロに近いかもしれないわ。でもなぜか他人に好かれる性質(たち)の男たらしみたいだから念には念を入れておかないとね」

「そうよそうよ、最終的に選ばれるのはこの由緒正しきキノエネー家の長女であるお姉さまに決まっているわ!」


「それはそうかもしれない。でもチャンスは全ての女性に平等なのだから簡単ではないでしょうね(お父様に取り入って我が家へ寄生した売女の娘のくせに!)」


 なんの考えもなしに、肉欲におぼれた父が後妻として迎えた母娘たちは最悪の人選だった。忙しい父親のいない隙にと贅沢ばかり。節約のためだと言って使用人は全て解雇してしまった。


 代わりに家事のすべてを押し付けられたシンデレラは、つらい日々を送っているというのに、父親は気が付いていないボンクラなのだから救えない。


 それでも今までは我慢を続けていた彼女だったのだが、この日、命よりも大切だと言っても過言ではない母の形見を引き裂かれ、とうとう我慢しきれなくなってしまった。



「とにかくあなたはいつも通り家事をやっていればいいの。分不相応な夢を見るのはやめておくことね。私たちは新しいドレスの採寸へ出かけてくるから、それまでに部屋をピカピカに磨いておくように」

「いいこと? 少しでも手を抜いたら許さないんだからね」


「かしこまりました。いってらっしゃいませ(許さないなんてどんな権利があって言ってるんだ? だいたい新しいドレスを買うお金があるなら使用人を首にする必要なんてなかったじゃないか!」


「ちょっと? 今何か言った? まさか逆らおうっていうの? 私たちに逆らうなんて絶対に許さないわよ!」

「そうよそうよ、お義父様がうちのママを溺愛していることを忘れたのかしら?」


「許さないならどうすると言うの? まさかそのワイングラスより重いものは持てない非力な腕でわたしを殴るとでも言うのかしら? アーおかしいったらありゃしない(いえいえ、逆らおうだなんてみじんも思っていません) ええっ!? 今のは私が言ったの!?」


「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 生意気言って、何様のつもり!?」

「お姉さまにたてつくなんて許されないわ、シンデレラのくせに!」


「い、いえ、違うの、そんなこと言うつもりじゃ―― いったい今のは誰の声なの!?」


 思わず本音? が漏れてしまったシンデレラに、激高した義姉妹が詰め寄った。抵抗しようとしたが二人がかりで迫られたらどうすることもできない。


 義姉に胸を突かれたシンデレラは、そのまま背後の壁に頭を打ち付け意識を失ってしまった。




『ちょっとお姉さま、まさか死んでしまったのではないでしょうね?』

『わ、私にはわからないわ。お母様も留守だしどうすればいいかしら…… とりあえず部屋へ寝かせておきましょう。もしもの時には知らんぷりして寝てる間に死んでしまったと言えばいいわ』



「う、うーん、わたしはいったい―― ああっ、義姉様? お二人ともなぜわたしの部屋にいるのですか?」


「あ、あら、目を覚ましたのね。突然倒れたから部屋まで運んであげたのよ。感謝しなさい」

「そう、そうなのよ。あんた突然倒れたんだからね? もしかして仕事をさぼるために気絶した振りでもしたんじゃないの?」


「いえ、そんなことはありません(おまえたちが突き飛ばしたんだろ)」


「目が覚めたなら早く夕飯の支度に取り掛かるのね。もうすぐお義母様が帰ってくるわ。外はもう暗いから水はカメから使っていいわ」

「早くしなさいよ? あんたの看病で疲れてしまったんだからね」


 生死にかかわるような出来事があったにもかかわらず、義姉妹は相変わらずシンデレラにつらく当たりこき使うのだった。


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