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第三話 狐面お峰、胎内谷へ

改造を終えた厚底ブーツは、かかとに馬蹄形の鉄板、つま先に鋤の刃を抱えていた。踏めば火花、蹴れば岩さええぐる――渋谷真彩はそれを“超あげぽよブーツ”と命名し、まだ宵闇の残る村を出発した。

 並ぶのは浪人・青江新兵衛。竹束の穂先には鉄輪がかぶせられ、簡易槍へと化けている。薬草籠を背負う菊乃は、ガラス片の護符と止血薬を詰め込み、気丈な笑みで二人の背を追った。


***


 胎内谷への道は崖と崖に挟まれた一本の綱。同じ場所を朝歩いたはずなのに、夕べの霧と夜露で景色は一変していた。

 谷へ下る狭路の脇に、誰かが残した白墨の符号が点々と連なる。鱗のような紋が途切れては続き、やがて黒い岩肌に潜り込んで消える。

「封印の目印かもしれん」

 新兵衛が低く言い、竹束で符を払うと、粉が舞い上がって闇へ散った。真彩はスマホの画面欠片を包んだ護符に手を当てる。布越しに青い脈が鼓動を返した。


 切り立った岩棚にさしかかる。昼間は山賊が待ち伏せていた場所だが、今は人気がない。

 真彩が厚底で岩面を叩くと、金属音が反響し、遠い闇でわずかにずれる。空洞がある。

「音が二重に返った。下に空洞……横穴かも」

 足場の砂利を払い、ヒールの先で隙間をこじる。乾いた砂がほろほろと崩れ、握りこぶしほどの穴が開いた。中から冷気とともに甘い腐臭が昇る。

「血と薬草が混ざった臭い」

 菊乃が眉を寄せ、肩を震わせた。

「狐面はここで薬草も煮てまする。封印を解く生贄の…」

 最後まで言わせず、真彩は手を掲げた。

「なら下にアジトがある。落とし穴も罠も想定内――ギャルは下方向の映えも押さえるから!」


 新兵衛が長い息を吐き、竹束の石突を岩面へ突き立てる。

「先に拙が降りる。厚底殿は子どもを救う脚、ここで失わせるな」

 言い終える前に真彩は笑った。

「いやいや、ギャルはトップバッターでしょ。行くよ!」


 彼女は護符を首に結び、鉄板ヒールで岩の縁を踏み抜いた。崖の内側は空洞で、狭い滑り台のように落ち窪んでいる。

 足首を締め、腰を沈める。パラパラの“フォールステップ”を逆さにした感覚――重力と踊る。

 厚底の鉄板が岩壁を削り、火花を散らしながら下へ。背後で菊乃が短い悲鳴、新兵衛の罵声が追いかける。

 数丈落ちたところで足場らしき岩棚が延びた。真彩はヒールの先端でエッジを捕え、上体を倒して衝撃を逃がす。

 足裏に伝わる硬い感触。暗闇の中だが、ガラス護符の青がわずかに周囲を照らした。湿った洞の床、血のしみた藁束、そして――縛られた子どもが三人、かすかな息をついている。


 真彩は息を整え、護符に触れた。ガラス片が脈動を早め、洞壁の奥で何かが応えて光る。

 狐面お峰との再会は目前。厚底のヒールが岩を鳴らし、闇に挑む音が谷底へ吸い込まれていった。


***

洞窟の壁は濡れた墨のように艶を帯び、真彩の服を暗闇に溶かした。頭上では新兵衛が縄梯子を下ろしている。竹束の穂先を支点にした即席の梯子は、菊乃が撚った蔓で丈夫に編まれていた。

 真彩は子ども三人の縄を解き、囁く。

「しーっ。外で新兵衛さんが待ってる、順番に登って」

 一人目、二人目が震える足で梯子へ取り付く。残る少女は衰弱し、立ち上がれない。真彩は厚底を外し、鉄板ヒールをガイドにして背負いひもへ転用した。

「これが“山姥の乗り物”だって。いっしょに映えよう」

 少女はかすかに笑い、真彩の背に腕を回した。


 そのとき洞の奥、石窟への裂け目から橙の灯が揺れた。狐面お峰の高い鼻唄がこだまする。

 真彩は子どもの背を撫で、僅かな隙間に身を伏せる。灯りは穴蔵を舐めるように近づき、割れたスマホの青い脈動が橙に混ざった。

「封印の欠片はあと一枚……山姥の血があれば動く」

 面越しの声が笑う。お峰の背後には山賊二人、肩に木箱を抱え、箱の側面には錠前代わりの仏具が埋め込まれていた。


 真彩は息を潜め、護符を握る。ガラス片が体温で淡い光を放ち、洞壁の符号が静かに浮かび上がった。赤い線が巡り、真彩とお峰の中間で回路を描く。

 お峰は面をかしげ、青と赤の光が重なる一点へ視線を移す。

「見てるんだろ? 山姥」

 真彩は背の子を抱え直し、ヒールバンドを締め、立ち上がった。

「スマホ、返して」

「返すとも。血を注いでくれたらな!」


 お峰がスマホを掲げる。画面に無数の亀裂が走り、その隙間を液晶の青光が脈動している。山賊が木箱を置き、錠前の仏具を外すと中から黒い鏡石が姿を現した。

 鏡石の中心には蜘蛛の巣状のくぼみ。スマホの割れと同じ形だ。

 お峰が面の下で歯を鳴らす。

「欠片を鏡石にはめ、山姥の血を垂らせば封印は切れる。谷は甦り、江戸は闇の都になる」

「令和のギャルにとっちゃ 闇より映えが大事なの!」

 真彩は厚底を大きく振りかぶり、ヒールの鉄爪を床へ突き立てた。火花が走り、粉塵が舞い上がる。

 お峰が面を揺らし、山賊が鎖鎌を振る。鎖が真彩の足首を狙う。

 一瞬遅れで梯子の上から新兵衛が飛び降り、竹束を横に薙ぐ。鉄輪が鎖鎌のチェーンを絡め取り、床に叩きつけた。

「子らは逃した。あとは存分に踊れ、山姥!」

 真彩は笑い、パラパラのイントロを踏む。右、左、ヒールターン。洞を埋める封印の紋が青と赤に鼓動し、厚底の火花がリズムを刻む。

 菊乃が洞口で護符を掲げ、月光に透かす。欠片の青はさらに濃く発光し、鏡石のくぼみがそれに呼応するかのように光を吸い込んだ。

 お峰はその光を面で反射させ、スマホを鏡石に重ねる。亀裂同士がぴたりと合わさる――。


 瞬間、洞窟を灰色の衝撃波が走った。封印紋の赤い線が血管のように膨張し、洞の天井から砕けた石が降る。

 真彩は咄嗟に少女を抱え、厚底で岩を蹴り飛ばす。火花が散り、崩落する岩を斜めに弾く。

 新兵衛は竹束で天井を突き、落石の方向を逸らす。その背後からお峰の小太刀が迫った。

 真彩は踊りの勢いをそのままスライドに変え、ヒールで小太刀の刃を受け止める。鉄板と鋼が甲高く鳴った。


 洞の奥で鏡石が青白く明滅し始める。封印は完全には解けていない。真彩の護符の欠片がまだ欠けているからだ。

 お峰の面越しの声が苛立ちを帯びる。

「最後の欠片をよこせ! 血を垂らせばすべて終わる!」

「終わりじゃなくて始まりでしょ? アゲアゲの!」


 真彩はポーチからリップグロスを取り出し、割れて乾いた唇に塗った。ラメ入りピンクが洞の青光を受け、奇妙な虹色を返した。

 ギャルの闘いは、まだバイブスを上げる前哨戦にすぎない。

 胎内谷の心臓部――後編で決着をつけるため、真彩は厚底の爪を鏡石へ向けて踏み込んだ。


鏡石の前で対峙する二人を、洞窟の封印紋が赤と青の脈で照らした。

 お峰は小太刀を水平に構え、割れたスマホの背をなぞる。画面越しに未読九十三の数字が滲み、液晶の青が狂った心電図のように振れる。

「欠片をよこせ、山姥!」

「ノーセンキュー。バイブス足りないヤツにスマホは渡さない!」

 真彩は護符を掲げ、ガラス片の青光を最大にした。洞窟の紋が共鳴し、鏡石のくぼみが白熱する。すんでの所で封印が破られず、封じた力が内部で暴れている状態。


 お峰が先に仕掛けた。小太刀の切っ先が護符を狙い、刃が風切りで鳴く。

 真彩はパラパラの“スネークステップ”へ体重を預け、右ヒールを軸にして半円を描いた。桜吹雪のように飛ぶ火花。小太刀の軌跡が読める。

 ヒールの鉄板で刃を受け、返す刃で面を小突く。面頬がわずかに割れ、お峰の口端が覗いた。血のような紅が濃く、舌が蛇の二股に揺れる。


「妖怪になりたいの? 江戸の闇でも、ギャルの派手には勝てないよ」

 挑発にお峰が笑い、面を外す。現れた顔は人と狐の境目で揺れ、黄の虹彩が洞の青を弾いた。

「夜泣き狐は化けの皮。真に欲しいのは、闇そのものだ!」


 お峰は鏡石へスマホを押し付け、亀裂を合わせる。赤い線が一気に走り、洞の天井が悲鳴を上げるように裂けた。

 だが最後のピースが無い。真彩の護符は首元で脈動し、封印を押し留めている。

「血を垂らせ!」

 お峰は小太刀で自らの掌を裂き、鏡石へ振りかざす。

 その瞬間、新兵衛が竹束を投げた。鉄輪が小太刀を弾き、血が岩に散る。


「貴殿の血が欲しいとは言っていない」

 新兵衛が低く告げ、竹束を地に突く。

 真彩は厚底の踵で岩を蹴り、鏡石へ飛んだ。護符のガラス片をくぼみへ叩きつける。欠片が嵌まり、青光が一瞬で白光に反転した。


 爆ぜる衝撃。洞内の封印紋が白く燃え上がり、赤い線を焼却する。鏡石のくぼみは光の核となり、割れたスマホを包んだ。未読九十三が九十二へ、九十一へと連続で減少する。

「メールが……吸われてる?」

 真彩が目を見開く中、スマホは亀裂を閉じていく。画面が修復され、青い液晶は静かな光になった。


 お峰は焦りを隠せず、半獣の顔で叫ぶ。

「闇を返せ! その光は我が夜行へ捧げるもの!」

 真彩はスマホを掴み、液晶の青をお峰へ投げつけた。

 ライトが最大輝度で爆ぜ、狐の瞳孔が縮む。


「こちとら“映え”がエネルギー源!」

 真彩のヒールキックが面を砕き、肉と骨を粉砕した。お峰は悲鳴を上げる間もなく、洞の闇へ倒れ込んだ。

 封印紋の光が収束し、洞窟は夜の底へ戻る。スマホは静かにロゴを立ち上げ、通知バッジは《未読90》で止まった。


***


 谷を出たのは夜半。月は天頂、雲ひとつない。

 真彩は厚底の爪を岩へ試し蹴りし、火花を確認した。ヒールの鉄板はまだ余熱を抱え、赤く鈍い光を返す。

「ギャルと鍛冶の相性、最強じゃん」

 新兵衛は汗を拭い、竹束を肩へ担ぐ。

「次は鍛錬に“裏拍”を取り入れよう。渋谷の踊りは、剣より理に適う」

 菊乃は薬草籠を下ろし、谷の風に髪を梳かれた。

「拙は封印の残光を採取します。護符が足りぬほど冒険は続くと思えますゆえ」

 真彩のスマホがバイブした。《メール9件受信》と表示。差出人欄は空白、本文もない。未読は九十九へ跳ねることなく、九十のまま停止した。


「まだ続くって合図ね」

 真彩は笑い、月へヒールを掲げた。火花が散り、山の闇が一瞬だけネオン色に染まる。

 江戸最強ギャルと化した“あげぽよ山姥”は、厚底で次の映えスポット――京の都を目指し、闇夜の峠を踏み鳴らした。


***

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