第二話 厚底で蹴り開け、山賊道
夜が白む頃、渓流の冷気が山里に降りた。庄屋の土間では熾き残りの灰がほの暗い赤を抱え、渋谷真彩は割れた厚底ブーツと向き合っている。
右ヒールは昨夜の一撃で斜めに裂け、鋲が一つ飛んだ。革紐を通し、松脂を糊にして縫い合わせる。いびつでも踏み切りは利く。ギャルの武器は派手さと勢いだ。
薬草の匂いをまとった菊乃が駆け込んだ。
「真彩さま! 峠で子どもがさらわれたと。白い狐面の女が親玉らしいんです!」
昨夜スマホを奪った張本人。真彩は糸を噛み切り、ヒールを握り直す。
「スマホも子どもも取り返すチャンスだね」
廊下の陰から浪人・青江新兵衛が姿を見せる。黒羽二重の袖には返り血の斑点が冷え、肩に竹束を担いでいた。
「狐面の巣は峠奥“胎内谷”。案内は拙が務めよう」
「じゃ厚底で行こ。パラパラ剣術、爆上げモード!」
***
峠道は霧に濡れ、杉根が苔を抱える。真彩は厚底を手に持ち、ソールで熊鈴のように音を鳴らした。鉄と革の乾いた響きが朝靄を震わせる。
木立の先に荷車を倒した関門。俵の陰から山賊十名、鎖鎌と短弓が黒く光る。岩棚上では白い狐面が腕を組む。
「来たな山姥。厚底の中身、見せてもらおうか」
真彩は裂けたヒールを踏み鳴らし、乾いた音を返した。秒で黙らせる合図だ。
張り詰めた空気を裂き、新兵衛の太刀が荷車の輪を断つ。木片が飛び、盾が崩れ、山賊は子どもを抱えて後退した。斧が唸り、鉄が土をえぐる。
真彩はパラパラを横移動へ変換。右、左、半回転。厚底の踵が脛を斬るように蹴り、子どもの縄を断ち抱え込む。
「頭動かさず腰回す!」
呼びかけに浪人が合わせ、太刀の弧が斧を絡め取った。パラパラと剣術が歯車のように噛み合う。
口笛が木霊し、狐面が跳び降りる。小太刀が月を裂き、スマホライトが面を照らす。
「返せ、それウチの命!」
踵が面を打つ。しかし女は半身を捻り、逆袈裟。真彩はスマホを盾に突き出し、画面が蜘蛛の巣状に割れた。
青白い閃光。破片が淡く光り、小太刀が痺れたように震える。狐面は舌打ちし、スマホをひったくる。
「欲しけりゃ谷の底で待ってな」
岩棚を駆け、闇へ溶けた。残った山賊は散り、新兵衛は刀を納める。
「厚底は想像以上の武器だな」
「ギャルは機能美だし!」
逃げ遅れた山賊が俵の影で震えていた。真彩は厚底の先で土を払う。
「ねえ、狐面のアジト、谷のどこ?」
男は目を泳がせたが、新兵衛が竹束を地へ突くと唇を震わせた。
「谷底の石窟……祠がある。狐面は封印を解くとか……」
「サンキュ! 情報料は命でチャラね」
男は転がるように逃げ、杉間に消える。真彩は子どもを背負い直し、肩で息をつく。
抱えた男児の体温が胸に伝わる。痩せた肩が微かに震え、涙が頬をつたった。
「怖かったね。でももう大丈夫」
真彩はポーチからぶどう糖タブレットを取り出し、男児の舌に置く。甘さが喉を開かせ、荒い呼吸が静かに落ち着いた。菊乃が薬草酒で湿らせた布を差し出し、真彩は額を拭う。命の重さが掌に残り、彼女の視線は裂けたヒールへ落ちた。
***
夕陽が山稜を朱に染める。真彩は壊れたヒールを引きずり、未読九十四が亀裂の中で脈打つ青光を眺める。
「スマホの光、普通じゃない。放っとくとマジでヤバい」
新兵衛が竹束を杖に息を吐く。
「狐面は胎内谷で何かを企む。夜までに備えを整えよう」
菊乃が布包みを差し出す。
「画面の破片、月夜にはもっと強く光ります。護符になるかも」
真彩は布を首に結び、縫い目を確かめた。
「まずブーツを魔改造。崖ごと蹴り抜く“超あげぽよ”ブーツ作る!」
その夜。庄屋の裏の鍛冶小屋に火が入る。松炭がはぜ、ふいごが唸り、真彩は鉄屑から馬蹄形の板を選んだ。鋤の刃を再利用しヒールへ溶接、新兵衛は竹束の穂先に鉄輪をかぶせる。菊乃は蔓を撚り、靴底を縫う太い糸を作った。
鍛冶小屋の天井は煤で黒い。梁に吊るされた油灯が揺れ、鉄床に置いた鉄板が赤々と染まる。真彩は火箸で板を挟み、割れたヒールへ押し当てた。松脂が焼ける匂い。鉄と革が融着し火花が星のように跳ねる。
「踏み込むたびスパークしたら映えるね」
新兵衛は鉄輪を竹束へ叩き込み、低く笑う。
「映えだけでなく殺傷力も増す。山賊の腹でも突き通せよう」
菊乃は糸を撚りながら肩をすくめた。
「止血薬も増やしておきまする。派手に斬られては困りますから」
三人の影が炉の赤に揺れるたび、火花は渋谷のネオンに負けないほど鮮やかだった。
遠くで狐が鳴く。谷風が夜気を揺らし、未読バッジは赤く瞬き続ける。
***