竜神と落ちてきた人の話
「ああ、つらいつらい。ならばいっそこのままに、あの人に会えないぐらいならば」
「からだがうまく動かせない、痛い、痛い。この苦しみから誰か、助けて」
自分から命を投げ出す人は昔から一定数いる。
それをどうにか言うつもりはないし、どうしようもないその人の苦しみは、死によって解放されることもあるかもしれないので、肯定も否定もしない。できない。
でも、私はここの竜神(管理者)なので、結構しんどい気持ちにはなるんだよね。
と、毎度思う日々を過ごす私。
はいこんにちは~。ここの山奥の滝とここ等の地域を管理している竜神です。
なんでか私のこの住処の滝が、生まれ変わりの自殺名所に認定されているのかどうかわかりませんが、よく人々がお亡くなりのために来るんだよね。
そのたびに、輪廻の旅へと誘うお仕事をしているんですけど、私。
でも、毎度、人々の最後の気持ちが私のところにダイレクトアタックなので、すこし?けっこう?がっちりしんどいです。はい。
お仕事ならば、ここでの任期あるんじゃないかって?
私が壊れるまでかな?それか、この体が解けるまで。あははは。ブラックですね!
そうして、一人仕事をしていると、社から一人の男性がにこにこ顔をしてこちらに近づいてくる。
え?ここは、滝の裏の神域の私の社です。私の住まいなので結構気に入っている。ひらひら魚とカッコいカニなど様々な生き物もいるし、楽しく暮らしているよ。
そこになぜか、この人間の男性がいるっておかしいよね?まあ、答えは拾ったから。
「トウア様。お仕事ですか?おはようございます」
にっこにこで、すごく慣れた犬のようなその人間の男性は、この前この滝に落ちて来たので拾ったの。
ふわふわの茶色い髪で、大きな体格で、なんとなく戦うのが仕事ではないのかな、と勝手に思っている。
でも、すごく人懐っこい子で、戦えそうにないけど、どうなのかしら。人間のお仕事はわかりません。
まあいいけど。
そしてなぜ男性がここにいるかというと、ある日この男性がこの滝に落ちてきたの。
でも、この男性はなぜだがここに落ちたときの心の叫びが聞こえなかったので、なんだか気になって。まあ、死ぬケガではないこともあり拾ってみた。
そしたら懐いた。それもすごく。
「いぬ。あなたのお仕事は?ちゃんと済ませた?」
名前とか色々思い出せないし、帰りたくないということで、ここでの掃除や色々雑用をお願いしているのだけど。
あ、名前は行動が犬みたいだから、いぬです。この語呂感じが気に入っている。かわいい感じがしない?いぬ。
「もう済ませましたよ~。いぬはトウア様が居なくてさみしくてここまで来ちゃいました」
こことは、滝の真下にある、現実と神域の間。
いぬはここを好きではないみたいであまり来なかったのだけど、今日は私恋しさでここまで来るとは、かわいいやつめ!
「そうかそうか、さみし思いをさせたね。じゃあ社にかえろう」
そうして、私といぬは社に戻る。朝餉もまだだし、いぬは食べないとダメな人間だから。
「はい、うれしいです」
にっこにこのいぬ。こちらもうれしくなり、私より頭二つ分高い頭をぐりぐりなでたい衝動に駆られる。
「いぬ、しゃがんで」
そう私が言うと、ざっという音を立ててしゃがむので、ゆっくりいぬの柔らかい髪をなでる。ふわふわくせ毛で気持ちいい。
そうしてなで繰り回して私が満足すると、そのまま社にいぬと足を向けた。かわいいいぬとご飯を食べなければ今日が始まらないからね。
私は特に食べることは必要としないが、いぬはちがう。
部屋に準備されたいぬ用の食事を前に私は、いぬが食事をしている間お茶を飲み少しの会話をしてすごす。
内容は他愛もない物、どこそこの川で大きな川の主がお見合いをして。大国の戦が始まった。そろそろ冬支度を。など。
水はすべてに繋がっているので、色々ここにいると情報は入りやすい。
湧き水のところから、近くの王都までの話。人間の話も意識すれば手に入る。だって私は神様のはしくれだからね。偉いのですよ。うふふ。
そうしていぬの話に相づちを打ちつつ、今日の朝餉を終えると、私の使いの魚から食糧の在庫の件での進言があがる。
どうやら、いぬ用の食料がそろそろ底をつき始めたようだ。
「いぬ、私は人里に少し出てくるよ。お前は自由に遊んでおいで」
「え、ご飯がもうありませんか、でも、まだ少しは」
私がここを離れることを嫌がる様子を見せるいぬ。かわいい子だよね、ほんと、、、。
「お前がご飯を食べれるようにするのも、私の仕事だ。過ぎに帰ってくるから、魚どもと遊んでおいで」
「でも、さみしいです。少しぐらい食べなくても、いぬは丈夫なのでいいです」
「良くはないかな、いぬが元気でいないと私もさみしい気分になるよ」
そういうと困った顔のいぬ。そんな顔もかわいい。
「ううう、わかりました。でも、すぐに帰ってきてくださいね」
そうして少しふくれっ面になる。大の男だろうに、でもそんな姿も私を慕ってくれている様子が心地よく思う。
またすこし、頭をなでて、地上に行く準備をしようかね。
人間に化けないといけなく、面倒だけどかわいいいぬの為に頑張るよ~。
そうして、地上の町に来た。
ここでは様々な人種が多く存在していつも賑やかだ。
少し離れたところには人の作った大きな城が見えて、その裾には大小さまざまな店が並ぶ。
人が多いということは、喧嘩や事件なども多く、衛兵も良く見かけた。
衛兵は不審人物を見かけると声をかけることもあるが、基本私にはしたことがない。
私は完璧な人間を装っているからね。心配ご無用。
といっても、外見はそんなに変わらないと思う。
長い角や爪をなくして少し髪も短くした程度かな?まあ、私は美しいからこの美人で素敵なオーラは出ているのかもしれないけど。
まあいい。買い物できればなんでも。
そうしてたどり着いたは、食料品店。陸地から海なども様々な食料を売っている。
まあ、自慢じゃないが人間のごはんの種類に興味は無いのでわからない。
だって人間って魚たべるし、草食べるし、なんでも食べるんだからもう何が何やら。でもいぬと生活するために必要なんだよね。主人だから頑張るよ。
「こんにちは、毎週お願いしているものですけども」
一言かけると、店のカウンターから小太りの男性がこちらに近づいてきた。
「やあ、準備はできているよ。これでいいかなおねえさん」
これで、というところで、大きな袋2個準備される。いぬのごはんだ。
「ありがとうございます、いつも助かります」
にこりと、笑顔を作り品物を頂く。もちろんお金は払う。私はちゃんと常識はあるのですよ。
「ああ、丁度いただくよ。また来週かい?」
「ええ、また来週ですわ。ありがとう店主さん」
「店主さんだなんて。もう少しゆっくりしないかい?いい外国のお菓子が手に入ったし、今日は祭りがあるんだから一緒にでも」
「ありがとう、でも少し急いでいるから。また来週、ね」
「そうか、気をつけてな」
ここの店主もだが人間の男は私とどこかに行きたがったり、食事を食べたがったりする。なぞだ。
私といてもなぁ。何がしたいんだろうか?
まあ、気を取り直して大通りに行くと、なんだか派手なパレードが近づいていた。
そういえば店主さんが先ほど祭りがあるとか言ってたから、それの先駆け的なものかな?
華やかな女性や男性が、踊りながら大通りを練り歩く。
どこからか、この冬が近づく季節には似合わないけど、とても綺麗な花弁が飛びそれと人間が着ている衣装が相まって少し幻想的な印象が残る。
花弁と共に、人間たちの衣装がひらひら揺れ、でも歌は楽しいリズムを刻んで。
観衆も一人、二人とパレードの列に踊りながら参加しているようだ。とても華やかで楽しそう。
みんなが笑顔のお祭りだね。
すこしだけ、ぼうっと見ていたが腕の中の食料の重さにはっと、気が付く。
いぬのごはんを持ち帰らなければ。
すこし、土産話ができたなぁ。
でも、こんなお祭りっていぬが好きそうとふと思った。
あの子楽しいこと好きだしこんな素敵な祭りに一緒に来たら、二人で回ったらたのしいだろうな、と漠然と想像した。
多分、おいしいもの好きだし、買いまわって屋台とか制覇しそうとも。
そして私は呆れつつも一緒になって回るんだろう。
時折私に声をかけてくる男たちを振り切り、ご機嫌で社に帰った。今度連れて行ってやろうと予定を立てながら。
社ではいぬが魚たちと何やらおしゃべりをしている。
「かえってきたよ」
一言かけると、弾かれた様にこちらを見て笑顔で駆けて来るいぬ。そんなに寂しかったか。
「お帰りなさい、トウア様。なにもなかったですか?」
「何もないよ、いぬは?」
「私はさみしかったです。トウア様がいないとだめです」
「そうかそうか」
また頭をなでてやる。本当にかわいい子。いっぱい今日はご飯を買ってきたからたんと食べてね。
わたしといぬとそんな日常だ。
そうして日々過ごしていたが、その日も誰だかこの滝に身を投げたようだ。
「すこし、いってくるな」
横に居たいぬに断りを入れて、滝の底に行く。
そこには、一人の老人が身を投げたようでもうこと切れていた。
輪廻に送る儀式をしようと、その体に触れるとやはり最後の大きな気持ちが流れてくる。
「ああ、私の大切な妻が、病気がにくい。お金がないことが憎い。どうしてこんな、私はまじめに子供も育て上げてきたのに。最後まで添い遂げようと、竜の玉があればああ、悲しい」
この老人は病で伴侶をなくしたのか。
その伴侶に会えるように、また、今度は最後名でよい人生を送れるように心を込めて輪廻に送る舞を舞おう。どうか、幸せに。
「すこし、沈んでいますか?トウア様」
夕餉の時間にいつものように、いぬと過ごしていたが先ほどまで楽しそうにおしゃべりをしていたいぬがこちらを見ていた。
「いいや、ちゃんと送れたし、問題はないよ」
「そうですか?でも」
「いやなに、今日送ったご老人は家族が病気でそれを苦に、だったのでな。家族というものが私にはわからないが、親しいものが苦しむ様を見るだけというのは、とてもそれは辛いことなのだろうな、と」
「辛いですよ。変わってあげれるなら変わりたくて、でも、できることがない。ただそばにいるだけ、何もできないことは本当に辛いものです」
自分がそうであったように、悲痛な表情下を向き加減で語るいぬ。記憶が戻ったのかしら?疑問に思い問うと。
「あ、いえ?なんとなくそう思っただけで。すみません。記憶が戻らなくてもここにいていいですか?」
「追い出す気はないけども」
特にこのまま生活が続けばいいとは思うので、特に追い出す気はない。
「よかった」ニコリとほっとしたように笑ういぬ。
でも何だか違和感があるような。
本当に自分のように話すから、記憶が戻ったのかとただ聞いただけなのに、追い出すとかそんなこと言ってないよね、私。
そうして、この話は終わったと思っていたけど、なんだかそれから、いぬがおかしい気がするようになった。
こちらをうかがうように見る目、時折一人でどこかに行きなかなか食事に帰ってこない日もあった。
前はしていなかったのに、この滝から出てどこかに行くこともある。すぐに帰っては来るが、余りいい気はしない。
気になり問うてみるも、何もないとはぐらかす。
そういった後は、なんだかべったり私の後をついてきたりもする。
私が行くところすることを逐一気にかけて一緒にいたがるのは、かわいいと思うけど、少しうっとおしい。少しだけだけど。かわいいが勝っているけども。
寄ってきたときになでなでしておく。いい感じ。本当にかわいい子ねえ。
でも、人間という生き物は他のものもこんなものなのだろうか?
この頃は特にいぬのことがわからない。少し離れたかと思うとすぐ甘えてきたり。
私には詳しくわからないが、ちゃんとご飯を食べて運動をして寝ているのならば元気なのだろう。でも、気にはなるんだよねえ。主人としては。
また、食糧の買い物の行く日が来たようだ。
いつものように、いぬに声をかけて人間のいる場所に行く。
そうして、いつものようにご飯を手に入れて帰るその時に、何やら行く方向に喧嘩?諍いがあったようだ。
特に聞くつもりはないので、横を通り過ぎようとしたとき,なんだか知った顔に見えた。
諍いの相手の少年がいぬに似ているような気がする。あのたれ目とか。毛色とか。
そうなると気にはなってくるので、少し近づいてみるとどうやらお金の問題かな?
もう一人がなんだか金を返せといっているので。
「もう少しだけ、待ってください。兄さんが帰ってきたらすぐに」
少年はぺたりと家の前で座り込み、もう一人の初老の男に懇願している。ほかにもう一人男がいるが、この男はいるだけで特にしゃべることはない様子。なんとなく修羅場なのかな?
「そうはいっても、もうすぐ一か月は金の工面をすると出て行って、もう帰ってこないんだろう?もうこちらは限界なんだ。病気のこともわかるが、出ていくか金を工面してくれないと、困るんだよ」
「でも、はい。すみません。でも」
もごもごいう少年に初老の男は少しため息をついた。
「ほら、どうしようもないだろう?まあ、あと一週間だけ待ってやるよそれまでに考えておいてくれ」
「はい、、、」
少年はそう言い、気を落としてとぼとぼと歩き出した。
少し気にはなるけど、まあ、人間の数は多いから似ているものもいるのだろう、とそのあとは気にせず社に帰ろうとしたときに。
「まあ、あの子の兄もどこいったんだろうなあ、竜神の宝玉を取りに行ったとか、王様の暗殺を請け負ったとかそんな与太話を聞くが、そんな大金もらっても死ぬようなこと誰がするかよ」
その時に、ぽそりと初老の男がしゃべった言葉に私は失笑しそうになる。
竜神の宝玉なんて、そんなものを信じているのか。そんなものは無いというのに。その兄とやらは無いものを必死で探しているのかしら。
まあ、人間ならばそんな愚かなこともするのだろう。たかがお金のために命を落とす生き物だから。
今まで輪廻の先に送った、何人かの人間の最後の言葉を思い出す。
まあいい、今は私を待っている犬のところに早く帰らねばいけないもの。今日もさみしそうに私を見送っていたからね。
私は愛されているんだよ~と機嫌よく社に帰るも、居ない。なんでだ。少し悲しい気分だわ。
魚に聞くも、私が出かけた後すぐくらいに出かけたそうだ。もう、いぬが寂しい寂しいと言っていたから早く帰ってきたのに。
いぬはこの頃は神域から離れていくこともあるので、滝の方に上がってすこし探してみようか?
そんないたずら心が芽生える。いぬは私のことが大好きだから私が迎えに行ったと分れば喜ぶだろう。うふふ。
そうして、滝の上にあがり、その森深いところをいぬの気配を探していると、見つけたけどいぬとなにやら知らぬ男が話している様子。
珍しい、というかどういうこと?なにかやはり思い出したのかな?
まあ、そろそろ声をかけてもう帰ろうと言おうかな。夕餉の準備もあるし。
「いぬ、なにしている?」
声をかけると途端に驚いてこちらを向く二人。
いぬは私を見るといつも喜んでこちらに笑顔でくるのに、今は驚いた顔と気まずそうな顔。
もう一人の男はゆっくりと刃物を取り出しこちらに切っ先を向ける。
「いぬ?どうした?」再度声をかけるも、動かないいぬ。
どうしたのだろうか。男と話しているところに声をかけたから怒っている?
「くそ、知られてしまったか?もうだめだカイル!やるぞ!」
そ言うなり、知らない男は刃物の切っ先をこちらに振りかぶった。大きく振りかぶり私の首をめがけているようだが、人間ごときに切られる私ではない。
ふわりと横に避けて、そのまま男の足をひっけけて転ばしておく。
そして、刃物を持っている腕を踏んで動けないように縫い留める。
それでもじたばたと動きせわしない。
私もこのまま縫い留めるのは面倒に思う。というか、私に刃物を向けたのだからこのまま、ということ無理でしょ。我神龍ぞ。
「眷属たち、こちらにおいで」
言葉に力を乗せて眷属たちを呼び出す。
私のもとには眷属の強き化け物たち。魚ベースで少しごつごつとしてかっこいい。うろこがつやつやで美しいのだ。ひらひらの派手な尾びれも最高です。
そうして私の眷属達に、この男を始末しようとしたときに、男が叫んだ。
「カイル!!!何している!動け!目当ての竜神だぞ!宝珠を奪い取れ!弟はいいのか!母親は?!」
その言葉でそのまま突っ立っていたいぬが、弾けるような動き、でも迷うようなそぶりで私の方に走り神封じの印を組む。
私の足元が淡く光り、何やら印が示された。そうして神の私は動けなくなる。
はずもなく、このようなものは私には効くはずもない。私はここの地域を統べる神龍なのだから。
それに気づかないいぬと男。
「ごめんなさい、ごめんさない」とつぶやきながらこちらにゆっくり近づき、そうして刃物を私に向けるいぬ。
なぜ?私に刃物を向ける?そんな悲しそうな顔で。いつもの楽しそうな顔はどうした?
「よくやったカイル!そのまま神殺しを行い、宝珠をぶんどってしまえ!!」
宝珠。
―――そうか、そうだったか。
竜神の宝珠なんてと、おとぎ話と笑った昼間の私。でもこれが現実だった。
いぬは私の宝珠が欲しくて、命が欲しくてここに来たのだなあ、そっか。
いっぱい私に懐いて、かわいかったのに。
その笑顔に私の心も少しほわほわしていい気持ちだったのに。
私には必要のないご飯も面倒だけど、いぬの為にちゃんと買いに行って面倒見たのに。
なでて気持ちのいい髪もちゃんと綺麗に梳かしてやったのに。
そんな私にいつも笑顔でお礼を言ってくれたのに。
このまま、ここで永遠といぬと過ごせれば、このただ苦痛なだけの使命もあまり苦と感じないとか、そんな、ねえ。少しだけ、思っていたのに。
私神龍なのに。
うふふ。そっかあ。
「私はこの世界の水を司る神龍である。それを知っての狼藉か?人間ども」
私は目に力を入れて、2人の男を見やる。
2人の男はがたがたと震えて、足の下の男は抑えなくとも動けなくなる。
私は足先を少し動かし、印を壊す。パンという小さな音が聞こえ、光もその力を失うと思に消滅した。
そうして、ここに残った2人の男と、先ほど呼び出した私の眷属の魚たち。
さて、どうしようか。どうしたらいい。
「私の命はくれてやれんが、その勇気をたたえてやろう」そう言い私は右手のを少し落ちてた刃物を拾 い、それで切る。
その途端に私から流れ出た青い雫は滴る。が、地面に落ちる前に固まり宝石のようになった。
ころりころりと草の合間に落ちる。
「それを売ればよい金になるのではないか?もう私にその汚い顔を見せるではないぞ,疾く消えろ」
私が言ったとたんに一人の踏みつけていた男は落ちた宝石を拾いどこかに逃げる。
もう一人の男はまだ、ごめんなさいごめんなさいとこちらを向き、懇願しているが、もう遅い。
でも、その泣いている顔をこのまま見ることもできなくて、見たくなくて私は社に戻る。
もう、私のいぬはいなくなってしまったなあ。
それからは、なんだかすることが無くなったように思う。
人間どもがいる場所に行く必要になくて、ただ日々を我が使命のもと行う日々。
でもなんでなのかこの頃は、ここに落ちてくる人間も少なくなってきた。
なぜだかわからないけど、悲しい気持ちに触ることが少なくなってきたので、少しは気分も晴れてくる。
そうね、私はこの使命が好きではなかったわ。無理やり元気なふりを心の中でしていたけど。
水はすべてに繋がっているから、調べようと思えばあの男のことも調べられるけど、そんなことはしない。
してみても意味がないから。
私のいぬはあの日にいなくなってしまったから。
悲しくはない。だって元通りだもの。あの日々が特別だっただけだわ。
もう会うこともない。そもそも時間の流れが違う生き物だもの。いずれこうなっていたのでしょう。
でも、ねえ。私は楽しかったんだと思うんだけど、お前は私のことはただのお金になる宝珠だったのか。そのために笑顔で私に懐いているふりをしていたのか、と考えるときだけ、なんでもないはずの私の胸はずきずきする。おかしいことよ。
でもねえ、しゃべる相手もいなくて、言葉を忘れそう。
そうしているうちに久々のお仕事の気配。
ああ、また来たわ。これからはお仕事の時間です。
この頃少なくなっていたけど、また滝に飛び込んだのね。
って。
え?
「ごめんなさい!ごめんなさいトウアさま。でも大好きなんです。あの時はどうしてもどうしても、家族を見捨てられなくて!!でも、大丈夫です。もういないので!だからだから、近くにいさせて」
なんてなぜここに、滝の底にいると思ったら私を抱きしめるいぬ。
なんてこと、今までこんなことされたことがない、したことないのに、なんで今こんなことするの。
なんか前より大きくなってない?ごつごつしてて少し痛いぐらいにぎゅうぎゅうしてくる。
「大好きなんです、トウア様、俺を見捨てないで、いぬってよんで一緒にいてトウア様本当に好きで」
言いながら、そうしてボロボロ泣きながら懇願するいぬを私は、
―――地上に送り返した。
大きく水柱を地上では立てているだろう。力いっぱい送ったから。でも、もういい!!
頭の中は混乱がいっぱいだからもう地上のことは知らない!
は?え?どういうこと。面の皮厚くない?私に刃物向けたのに、なんで来れるの。
普通ここに来るには命張らないと無理でしょうに!命かけて私に会いに来るだなんて!
何なの、いまさら大好きとか!
認識するとほほが熱くなる。なんなのこれ。こんな事初めてなんだけど!口角ががなんだかにやける。くくくそお、何でにやけるの。私。
そして、いぬ!こんな口先で謝られても、我竜神ぞ。そこらの安い生き物ではないの!!
許せるわけないじゃないって!!また来たーーー!!
「トウア様――。大好きなんです一緒にいさせてっ」
「なんで来れるのおおお」
そうして、神域では2人での追っかけっこが始まったとか、そうでないとか。
多分、そのうちトウア様はいぬに絆されるんだろうなあ、と考える眷属の魚たちでした。
このお話を読んでくださりありがとうございました。
これからもちょこちょこ投稿したいと思いますのでよろしくお願いします。