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お気に入り小説4

やっと、わたくしは生きる事に幸せを感じることが出来た。

作者: ユミヨシ

フィレンシア・マレリレス公爵令嬢は、今日も機嫌が良かった。

もうすぐ、王立学園を卒業する18歳になる。


やっとやっと自由の身になれるのだ。


フィレンシアはバルト王太子の婚約者候補として、三年前に選ばれた。

他にもミレーユ・アティス公爵令嬢、へレリア・ミルデルク公爵令嬢。三人の高位貴族の令嬢達が、強引にバルト王太子の婚約者候補として、選ばれてしまった。

三人とも、すでに婚約者がいたのに、割り込む形で王命である。


フィレンシアは嘆き悲しんだ。

だが、父である、マレリレス公爵は、


「未来の王妃になれるかもしれないのだ。今、婚約を結んでいるロイド・アティス公爵令息には申し訳ないが。お前は一人娘、我が公爵家は養子を取って継がせるしかない。本当はロイドに婿に来てもらうはずだったのだが、王命なのだから仕方ないだろう?」


「でも、わたくしはロイド様を愛しているのです」


マレリレス公爵は怒り狂って、


「政略を何だと思っているのだ。ともかく、これは王命。お前はバルト王太子の婚約者候補として、他の令嬢達に負ける事は許さん。優秀さを見せて、婚約者に選ばれるがいい」


母であるマレリレス公爵夫人は何も言わなかった。

当主である公爵の言う事は絶対である。


フィレンシアはミレーユと仲が良かった。

元婚約者になってしまったロイドの双子の妹だったからである。


時々、ロイドとのお茶会の後に、ミレーユに会って、仲良く話をすることもあった。


ロイドはフィレンシアに、


「私は君の婚約者なのに、何で、妹の方とより仲がいいんだ。妬けてしまうな」


フィレンシアはにこやかに微笑んで、


「だって、ミレーユは素晴らしくて、とても美しくて礼儀作法も見習うところが沢山あるのですわ」


ミレーユもフィレンシアの手を取って、


「貴方がわたくしの未来の義姉になるのでしたら、わたくしもう、嬉しくて嬉しくて」


「まぁ。そう言って下さるとわたくしもとても嬉しいわ」


ロイドはフィレンシアとミレーユに向かって、


「だから、そのフィレンシア。もっと私とも仲良くして欲しいのだ」


「あら?週に一度のお茶会で、楽しくお話をしているではありませんか」


「しかしだな。茶会の後で、ミレーユとも楽しく話をしているだろう?時間を取って。私とミレーユとの違いはなんだ?」


「あら、焼きもちですの?」


そういうロイドは可愛らしいとフィレンシアは愛しく感じる。


双子のロイドとミレーユは、金髪碧眼で、とても美しい顔立ちをしていて。

フィレンシアは茶髪に黒目の地味な見目だったので、二人の美しさが羨ましかった。

同時に、このような美しくて優秀なロイドとミレーユと良い関係が築けてとてもとても幸せだったのだ。


それなのに、16歳の歳になって、バルト王太子の婚約者候補にミレーユと共に選ばれるなんて。


ロイドとの婚約も解消になってしまった。


先行き、マレリレス公爵家を共に盛り立てて行こうと、愛するロイドと共に、結婚して幸せに過ごしていけると信じていたフィレンシアに取ってあまりにも悲しい王命で。


バルト王太子は酷い男だった。


彼は銀の髪に碧い瞳のそれはもう美しき王太子であったけれども、

三人の婚約者候補の令嬢達に向かって、


「お前達は私の婚約者候補だ。より優秀で未来の王妃に相応しい者を卒業パーティで婚約者に選ぶことになっている。私に気に入られるように努力しろ。より優秀さを示せ。なんだ?そこの女。お前は見かけが地味ではないか。他の二人と違って劣っているぞ」


ミレーユは言うまでもなく、金髪碧眼のとても美しい女性で、もう一人のへレリア・ミルデルク公爵令嬢、彼女はミレーユと違い、対抗派閥の公爵家の令嬢で、あまり仲がよい令嬢という訳ではない。彼女も金髪碧眼のそれはもう美しい令嬢だった。


へレリアは、フィレンシアに向かって、


「本当にフィレンシア様は、地味で地味で。フィレンシア様が何故、候補に選ばれたのか理解に苦しみますわ」


ミレーユが怒り狂って、


「あら、へレリア様とて、何故、選ばれたのか。入学試験の成績だって、わたくしより下ではありませんか」


「はぁ?わたくしは10位以内に入っておりますのよ」


「だったら。わたくしは8位。フィレンシアは3位ですわ」


「まぁ、頭だけはよろしいのですね。フィレンシア様」


フィレンシアはバルト王太子殿下に向かって、


「王太子殿下のお眼鏡にかなうように、頑張りますわ」


家の為にそう言うしかなかった。


バルト王太子は三人をこれ当然と、王立学園の中で連れ歩いた。

フィレンシアは、嫌で嫌でたまらなかった。


時々、見かけるロイドの事を見れば、別れた悲しみが沸いて来て。

ああ、バルト王太子殿下から自由になりたい。


わたくしは、貴方と結婚したいのよ。ロイド様。



バルト王太子は、三人の令嬢達に向かって、


「お前達は私の奴隷と同様だ。私を敬い、私を持ち上げ、私を褒めたたえ、ともかく、私に気に入られるようにしろ」


へレリアは、頭を下げて、


「勿論でございます。王太子殿下は世界で、この世で至上の存在ですわ」


フィレンシアとミレーユが何も言わないと、バルト王太子は激高し、


「なんだ?お前達、不敬だぞ」


「「申し訳ございません」」


苦痛だった。


学園では授業以外はずっと一緒で、気を遣う毎日。


そんな三年間を、ミレーユと励まし合って、フィレンシアは耐え忍んで来た。

バルト王太子はへレリアが気に入っているようで、このままいけば、へレリアが選ばれて、婚約者候補から、卒業式での発表で外されるだろう。


マレリレス公爵家に帰れば、父が、


「お前という奴は、このままでは対抗派閥のミルデルク公爵令嬢が、王太子に選ばれてしまう。もっと励め。励むがいい」


「申し訳ございません」


悲しくて悲しくて涙が流れる。

そんな中、時々、ロイドから手紙が届く。


本当は元婚約者と繋がっていてはいけない。

解ってはいるのだけれども。


ロイドは手紙で慰めてくれて、


「卒業までの辛抱だ。おそらく、ミルデルク公爵令嬢が王太子に選ばれるだろう。そうしたら、また、私は君に婚約を申し込むつもりだ。私はいつでも、フィレンシアの事を愛している」


不貞を疑われてしまう。

それでも、ロイドの事が忘れられなかった。

だから返事の手紙を書いた。


「わたくしも貴方様の事を愛しております。卒業したらきっと、貴方様とまた、婚約を結べることを信じていますわ」


それなのに……


卒業式で発表されたのは、


「フィレンシア・マレリレス公爵令嬢。お前を私の婚約者にする」


何故、何で?わたくしなの?


いつも言っていたじゃない。わたくしは地味で、他の二人と比べて、見かけが劣っているから、好みではないって……

何故?わたくしは選ばれたの?へレリアは?


へレリアが納得しかねない様子で。


「わたくしは納得できませんわ」


バルト王太子はフィレンシアの腰を抱き寄せて、


「私だって納得していない。だが、成績が一番いいのがフィレンシア。父である国王陛下の命でな。優秀な女が先行き、王妃になった方が良いだろうって事で。だが、私は後宮を作るぞ。側妃ならどうだ?」


へレリアは背を向けて、


「馬鹿にしていますわ。わたくしは王妃になれないのなら、結構です」


ミレーユもカーテシーをして、


「おめでとうございます」


フィレンシアはあまりのショックで倒れそうだったが必死に耐えた。

全てが終わってしまった。

もう、ロイドと結ばれることはないのだ。


あまりの悲しみに、自分の人生を呪った。





結婚式は20歳になってからという事で、それまで今まで婚約者候補として特別に教育を受けていたが、本格的な王太子妃教育が始まった。

王宮に泊まり込んで、教師陣に囲まれて勉強漬けの日々。


フィレンシアは懸命に励んだ。


逃げる事は許されない。

もう、バルト王太子との結婚は決まってしまっているのだ。


バルト王太子はと言うと、


「後宮に誰を入れるかな。本当に結婚相手がつまらない女だから、美しい女を入れて、可愛がりたい」


だなんてお花畑のようなことばかり言って、フィレンシアを見ると、


「お前のような女。家柄と優秀さがなけりゃ絶対に結婚なんてするものか」


酷い言われように、涙が零れる。

忙しい教育の中、泣けるのは夜、ベッドの上だけだった。


ロイドの事を思い出して、涙が流れる。

ミレーユが時々、手紙をくれる。


でも、辛くて辛くて。

彼女は励ましの手紙をくれるのだけれども、あまりにも現状が辛くて、その手紙すら、破り捨てた。ミレーユは元婚約者と再び婚約をし、来月、結婚するのだという。羨ましかった。



ロイドと過ごした幸せな日々。

お茶会で、他愛ない話をして。


柔らかく微笑むロイドが好きだった。

いつもフィレンシアの事を気遣ってくれた。


週に一回のお茶会が楽しみで楽しみで。


それなのに……


先行き、大嫌いな王太子と結婚して、子を産んで。

王妃になりたいわけではないのに。


辛く苦しい王太子妃の教育を終えて、全国民に祝福されながら、結婚式を挙げた。


バルト王太子は初夜の寝室で、


「はぁ。お前と子作りなんて、義務だからな。週に一回は相手をしてやる。有難く思え。後宮に入れる女達は美人ぞろいだ。今から楽しみだ」


王家の命と言って、貴族の令嬢達を後宮に入れるように、バルト王太子は手配していたようだが、高位貴族の令嬢達ではなく、下位貴族の令嬢達が3人。側妃として、後宮に入る事になったと、女官長から聞いていた。


どうでもよかった。


ただただ、バルト王太子に抱かれている最中でさえ、愛しいロイドの事を思って、フィレンシアは耐え忍んだ。


もう、どうでもよかったのだ。

どうせ、この地獄から逃げ出せはしないのだから。



王太子妃として公務をしながら、バルト王太子の暴言を受けながら過ごす日々。

いつもいつも、顔を見る度に、


「お前のような、つまらない女と一緒にいる私の身になってみろ。しっかりと公務だけはこなすがいい」


「かしこまりました」


だが、とある日、フィレンシアは倒れてしまった。

心労だと言うことで、王家の別荘で半月程、静養することが許された。


そこで、同行した護衛騎士の一人に、見覚えのある顔を見て驚いた。


「ロイド様?」


「フィレンシア王太子妃殿下。私はあれから騎士になったのです。公爵家の次男なんて、婿入りしなければ、どうしようもないですから」


「でしたら、婿入りすれば。貴方程、優秀ならば……」


「私は誰とも結婚したくなくて」


「ロイド様……」


あれ程、恋焦がれたロイドが護衛騎士として傍にいる。


フィレンシアは、ロイドに向かって微笑んで、


「しっかりとわたくしの事を護衛して下さいませ」


「かしこまりました」




そして、その夜、他の護衛達を上手く、酒に仕込んだ薬で眠らせて。

フィレンシアはロイドと一夜の関係を持った。


耐えきれなかったのだ。

もう、こんな地獄で生きる事は。

一晩でもいい。

ロイドと結ばれるのならば、例え、見つかったとしても後悔はない。



静養中、何度かロイドと身体の関係を持った。

そして、半月後、王宮へ何気ない顔をして戻ったフィレンシア。


しばらくして、妊娠が発覚した。

時期的にロイドとの子だろう。


銀髪碧眼のロイド。金髪碧眼のバルト王太子。


自分に似て茶の髪の子が産まれればよいのだけれども。


愛しいロイドとの子ならば、愛せる。

そう、フィレンシアは思った。


月満ちて生まれた子は茶の髪を持つ男の子だった。


顔がどことなく、ロイドに似ていて。

バルト王太子は全く気が付かず、


「よくやった。他の側妃達は誰も子が出来ぬ。それなのに、お前は王子を産んでくれた」


その時ばかりは手放しに喜んだ。


フィレンシアは息子を抱き締めながら、

心の中であざ笑う。


バルト様の子ではないのに。

ロイド様の子なのに……


ああ、とても愛しいわ。この子が愛しすぎる。



ロイドとは時々、関係を持った。

彼は護衛騎士として傍にいてくれて。

そして、ロイドと過ごす時がとても幸せで。



そんな中、王妃に呼ばれた。


王妃はフィレンシアに向かって一言。


「護衛騎士と関係を持つのは構わないわ。でも、あまり大っぴらにしてもらっては困るのよ」


「王妃様っ」


「大きな声では言えないけれども、国王陛下も息子も、子が出来ない身体なのよ。王家にかけられている呪いと前王妃様から聞いたわ。王族と言う縛りがある限り男子は子が出来ない呪い。

だから、わたくしも他の男から種を貰ってバルトを産んだの。

お前がやっている事は大目に見てきた。ロイドと言ったお前の元婚約者。護衛騎士に取り立てたのはわたくしよ。他の男の種でも構わない。子を沢山産んで頂戴。どうせ、バルトの子は出来ないのだから」


全ては王妃の手の平の上で。


だから、ロイドとの逢瀬が邪魔も入らなかった。誰にも告げ口されなかったのだ。


フィレンシアはカーテシーをし、


「有難きお言葉。これからも王家の為に子を産み続けますわ」


バルト王太子は自分の子と信じて、よく顔を見に来る。


「私に似て利口そうな子だ。茶の髪が気に食わんが、仕方ない。おおっ。レットスが笑った」


フィレンシアは、バルト王太子を見て、馬鹿な男だと思う。

この子は貴方の子ではないのよ。ロイド様との子なのよ。


このことはいずれ言う事が出来るのかしら。

公にしたら、わたくしは処刑されてしまうのかしら。


いいえ、この子は守り通さねば、


そうね……男の子がいるのですもの、バルト様なんて……

いずれ、もっとわたくしが王妃になって権力を握ったら、バルト様には病になって貰いましょう。


わたくしは、愛しいロイド様と、レットスがいればいい。



フィレンシアは、今宵もロイドと逢瀬を重ねる。


逞しいロイドに抱きしめられている時が幸せで。

世間は間違っていると言うかもしれない。


でも……


わたくしはロイド様と結婚するはずだったの。

それを壊したのは王家。そしてバルト王太子殿下。


わたくしは地獄を生きてきたの。

苦しくて辛くて、好きでもない男に抱かれて。

いつも暴言を吐かれて、奴隷のようで。


だから、わたくしは悪女になるわ。


これからも沢山、ロイド様の子を産んで、沢山沢山、幸せになるの。


だからいいでしょう?


ああ、これから先が楽しみ。


やっと、わたくしは生きる事に幸せを感じることが出来た。













バルト王太子は、それはもう美しい物が好きだ。

部屋には各国から集めた美しい珍しい宝石や石が並べられ、それらを愛でるのがバルト王太子の趣味だった。


バルト王太子は16歳。

母である王妃に、


「お前もそろそろ婚約者を決めないと。公爵家から三名の令嬢達をお前の婚約者候補に致します。だから、その中から優秀な先行き王妃に相応しい女性を、三年後の卒業までに婚約者を決めなさい」


めんどくさいと思った。


バルト王太子は結婚なんてしなくていい。

ただただ、部屋で宝石や石を愛でているだけで、癒されるので、結婚なんてしたくはなかった。


だが、王太子になったからには、結婚しなくてはならない。


三人の令嬢達に会って、二人の令嬢はそれはもう美しい金の髪に碧眼の令嬢達ミレーユ・アティス公爵令嬢、へレリア・ミルデルク公爵令嬢。

だが、一人の地味な茶髪の令嬢は気に食わなかった。

彼女の名はフィレンシア・マレリレス公爵令嬢で、成績は優秀だが、見かけはぱっとしなかかった。


だから、なじったのだ。


「お前のような地味な女は私の婚約者候補にふさわしくない。だが、お前は公爵家の女だ。だから仕方がなく婚約者候補にしてやったのだ。感謝しろ」


本当にこんな地味な女は嫌だった。


フィレンシアは、頭を下げて、


「かしこまりました」


と言っていたが、とてもイラついた。

三人の令嬢達を王立学園で奴隷のように扱った。


自分の機嫌を取るように、言ってやったのだ。


「お前達は私の奴隷と同様だ。私を敬い、私を持ち上げ、私を褒めたたえ、ともかく、私に気に入られるようにしろ」


へレリアと言う公爵令嬢だけは、


「勿論でございます。王太子殿下は世界で、この世で至上の存在ですわ」


自分に媚びた。

へレリアは美しい。


だから、彼女と結婚したかったのに、結局、フィレンシアと結婚するしかなかった。


ああ、フィレンシア。フィレンシア。フィレンシア。

後宮に入った他の側妃には子が出来なかったのに、フィレンシアとの間に子が出来て、バルト王太子はとても満足した。


例え、地味な女でも、愛しい我が子を産んでくれたのだ。


フィレンシアの事は好きではない。

側妃の令嬢達と一緒にいる方がとても満たされる。


彼女達はとても美しいから。


でも、子は可愛い。

息子がこちらに向かって笑いかけてくるのはとても心が満たされて。


だけれども、ある日、知ってしまった。


フィレンシアが護衛騎士ロイドと抱き合っている所を見てしまったのだ。

褥にロイドを引き込んで。


思わずフィレンシアを切り捨ててやろうと、腰の剣に手をかけた途端、他の護衛騎士達に部屋から連れ出された。


「フィレンシアは浮気をしていたんだぞ。あんな女、切り捨ててくれるっ」


母、王妃の元へ連れて行かれた。


王妃はにこやかに微笑んで、


「お前は子を作ることが出来ないのだから、他に仕込んで貰うしかないでしょう」


「何を言っているのです?母上」


「わたくしだって、国王陛下は子が作ることが出来なかったから、他の男と愛し合ってお前が出来たのだから」


「な、私は父上の子だっ」


「王家の呪い。この王家は呪いがかかっているのよ。王族の男子は子が出来ない呪い。いいじゃないの。フィレンシアはとても優秀よ。優秀な女の血が入って、レットスもとても優秀な子になるわ。これで王家も安泰ね」


「何が安泰だっ。レットスが私の子ではないなんて。母上っ。私はフィレンシアを殺します」


「それは許しません。わたくしが大事なのはこの王家が続く事」


母である王妃の身体から黒い煙が立ち昇った。


王妃の口から王妃の声でない声が聞こえる。


「わたくしは、昔、裏切られた。だから、呪いをかけた。王族の男子には子が出来ない。その血を繋げることが出来ない。お前達は妻に裏切られながら、王家を続けていくしかないのよ。それがわたくしの復讐」


母ではない何か。


バルト王太子はどうすることも出来なかった。


あまりにも恐ろしくて。怖くて怖くて、その場を逃げ出した。

父である国王の部屋へ飛び込んで。


「父上。母上がおかしなことを。私は父上の子ではないと」


国王は机で書きものをしていたが、振り向いて。


「知ってしまったか。お前にはもっと早く言うべきであったな。この王家は呪われている。私の父上が、一人の令嬢を婚約破棄して、その令嬢に罪を着せ処刑してしまった。その令嬢の怨念がこの王家に呪いとして染みついている。お前は私の子ではない。そして、レットスもお前の子ではない。だが、王家の呪いで、レットスを追い出すことは出来ない。私もお前を息子として受け入れた。妻に裏切られるこの王家。受け入れるしかないのだ」


息子はとても可愛い。それなのに……自分の息子ではなかったなんて。


バルト王太子は、フィレンシアの部屋に飛び込んで、フィレンシアをなじった。


「浮気者。私の子ではないレットスをっ」


フィレンシアは冷たく言ったのだ。


「浮気者ですって?わたくしは元々、ロイドと結婚するはずでした。それを王命で歪めたのは王家。貴方なんて大嫌い。大嫌いな貴方との子なんて産みたくはなかった。レットスはロイドの子よ。ええ、貴方なんかの血を引いてはいないわ」


お前とレットス、追い出してやるっ。


そう叫びたかった。何故か声が出てこない。

王家の呪い。王家の呪いなのか。


フィレンシアは後ろに控えていた護衛騎士ロイドの手を取って、にこやかに微笑んだ。


「これからも沢山、子を産みますね。愛しいロイドとの子を。これは王家の呪い。わたくしはその呪いを歓迎するわ」


「うわっーーーーーーー」


地味で馬鹿にしていたフィレンシア。

公務だけをやっていればいいと、下に見ていたフィレンシア。


王家の呪いで、フィレンシアを追い出すことも出来ない。

自分は自分の子ではないレットスやその弟妹達を、子として受け入れていくしかないのだろう。


これは呪いだ。


側妃達には子は望めない。


結局、側妃達は後宮から出した。

ただただ、あまりにも絶望が大きくて。


部屋に籠って宝石や石を愛でる日々。

やはり人間なんてめんどくさい。


レットスが成人したら、殺されるかもしれない。

もし、人生がやり直せるならば、何をやり直したらよいのだろう。


それすらも解らなかった。


しばらく部屋に閉じこもって宝石や石を愛でていたが、俄然、王太子として仕事をするしかないとバルト王太子は思った。


今まで、下の者達に傲慢な態度を取って来た。

それも、考えて反省することにした。


ひたすら、働いて王国が良くなるために、国王である父の仕事を手伝った。

公の場ではフィレンシアを伴って公務に当たる事もある。


国民に対して、フィレンシアと仲が良い所を見せるように、丁寧にエスコートした。

暴言もやめて、フィレンシアを褒めるようにした。


「今日も美しいな。フィレンシア」


「信じられませんわ。わたくしは地味でどうせ、目立たぬ女ですのよ」


今までの態度から、フィレンシアは冷たい。

でも、自業自得なのだから、バルト王太子は頑張った。


そんな風に過ごしていたら、フィレンシアの態度が軟化してきて。

普通に会話が出来るようになった。


色々と公務の事を相談し、よき相談相手となったのだ。


また、フィレンシアに妊娠が発覚し、翌年、女の子を産んだ。

ロイドとの子である。


バルト王太子はフィレンシアと褥を共にしていない。

ロイドの子だと解っていても、王女として扱った。


王女はアリアと名付けられた。


バルト王太子はレットスもアリアも可愛がった。

自分の子ではないと解っていても。


過去の自分がいかに傲慢だったか……

ひたすら、ただただ王族としての役目を果たした。


とある日、フィレンシアに言われた。


「わたくしは、幸せを感じて生きておりますわ。愛するロイドと共に居る事が出来るのですもの。でも、バルト王太子殿下は幸せですの?」


「私の事を心配してくれるのか?」


「過去のわたくしはとても不幸でしたわ。貴方と結婚して、暴言を吐かれて、貴方と褥を共にしなければならなかったのですもの。でも、今のわたくしはとても幸せ。最近の王太子殿下は酷い言葉を言わなくなりましたし、わたくしに対して気遣って下さいますわ。それに子供達も可愛がって。わたくしは仕事のパートナーとして、心配しておりますのよ」


「夫としてではないのか」


「わたくしが愛するのはロイドですもの」


寂しさを感じた。

ただただ、これは自分が蒔いた種。

自業自得なのだ。


「これは償い。私は一生、君に償っていかねばならない。そして、子供達が立派な王族になるよう導いていくつもりだ。自分の子ではなくてもフィレンシア。君との子なのだから」


フィレンシアが微笑んで、


「わたくしは、許されない事をしていると言うのに、王太子殿下。有難うございます。王太子殿下は何故、側妃達を家に戻したのですか?」


「反省したからだ。今までの自分の行いを」


「王太子殿下が愛しいと思う女性がいたら、側妃にしてもよろしいのですわ。心が寂しいでしょう」


「いや、私は一生、君に対して償っていくよ」




バルト王太子が、いや、後にバルト国王陛下が幸せだったかどうかは解らない。

ただ、死に際に王妃であるフィレンシア、そしてレットス王太子とアリア王女に手を握られ、看取られて、微笑んで亡くなったと伝えられている。









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