逆さマトリョーシカ
作品形式:脚本
ジャンル:ホラー
文字数 :8284字
あらすじ:ある日を境に両親の様子が変わってしまった少女の物語
■【登場人物】
●メアリ・スミス(13)中等学生
●ジョン・スミス(15)高等学生
●サンドラ・スミス(40)専業主婦
●ウィリアム・スミス(45)在宅ワーカー
●エレナ・ブラウン(38)近所に住む女性
■【本文】
◯自宅・外観(朝)
広い土地に、ぽつんと一軒家が建っている。
一階の窓のブラインドは全て閉められ、外から業務用テープ
で幾重にも固定されている。
庭に一台の普通自動車がある。
自動車の運転席に乗り込むウィリアム・スミス(45)と、
ウィリアムに鞄を渡すサンドラ・スミス(40)。
ウィリアム「出勤日があるなら、在宅ワーカーとは言えないな」
サンドラ「でも、こういう時は心強いよ」
ウィリアム「昼過ぎには帰ってくる」
サンドラ「それまで任せといて」
◯二階・メアリの部屋(朝)
部屋は消灯され、窓はカーテンが締め切られ薄暗い。
衣服やゴミが散乱し、足の踏み場もないほど汚れている。
メアリ、窓にかかるカーテンの隙間から、ウィリアムとサン
ドラの様子を覗き見ている。
手で首筋を掻くと、爪に黄銅色の垢が詰まる。
荒い息遣いのまま、施錠されたドアを静かに解錠する。
◯二階・廊下(朝)
メアリの部屋のドアが静かに開く。
メアリ、頭を出して周囲を伺い、足音を消して廊下を進む。
一階へ続く階段の手すりを掴む。
◯一階・廊下(朝)
メアリ、階段を素早く駆け下り台所へ向かう。
◯一階・台所(朝)
メアリ、冷蔵庫を開け、急いでパックの牛乳を飲み、
菓子パンを手に取る。
帰り際、ペットボトルのジュースを見かけ、手に取る。
◯一階・廊下(朝)
メアリ、台所を出たところで、玄関から戻ってきたサンドラ
と鉢合わせする。
硬直するメアリとサンドラ。
サンドラ「ああああっ!」
サンドラ、絶叫しつつ、腰に携帯していた包丁ケースから包
丁を引き抜く。
メアリ、急いで階段を駆け上がる。
サンドラ、包丁を振りかざしつつ、メアリを追いかける。
◯二階・廊下(朝)
メアリ、途中でペットボトルを落とす。
サンドラ、ペットボトルを蹴飛ばし、メアリを追う。
◯二階・メアリの部屋(朝)
メアリ、自室に滑り込み、ドアを施錠する。
◯二階・廊下(朝)
サンドラ、ドアに体当たりして停止する。
サンドラ「開けて! 開けなさい! 開けろ!」
サンドラ、ドアを何度も叩き、ドアノブを乱暴に回す。
◯二階・メアリの部屋(朝)
メアリ、菓子パンを放り投げる。
ベッド下から大きな汚れたクマのぬいぐるみを取り出し、ド
アから最も離れた窓際に座り込む。
全身を震わせながら、クマのぬいぐるみを抱きしめる。
メアリ「やめてよ、母さん! 壊れちゃうよ!」
しばらくすると、音が鳴り止む。
しかし、サンドラの遠ざかる足音が聞こえない。
メアリ「・・・まだそこにいるんでしょ」
◯二階・廊下(朝)
ドアの目の前に立つサンドラ。
サンドラ「ごめんなさいね。いきなりだったから、
お母さん、びっくりしちゃった」
◯二階・メアリの部屋(朝)
サンドラ「なにか要るものがあったら言って。持ってくるから」
サンドラの足音が遠ざかっていく。
メアリ、全身の震えと荒い呼吸が続いている。
T「逆さマトリョーシカ」
メアリ、クマのぬいぐるみを隣に座らせ、嗚咽し始める。
メアリN「私はメアリ。父ウィリアム、母サンドラ、
兄のジョンと四人で暮らしている」
◯一階・廊下(朝)
サンドラ、落ちていたペットボトルを拾い上げ、台所に戻る。
メアリN「平凡でありふれた、平和な家庭だった」
◯一階・台所(朝)
サンドラ、冷蔵庫を開け、中を舐め回すように見る。
メアリN「兄のジョンがいなくなるまでは」
サンドラ、牛乳パックを持ち上げ静かに揺らす。
◯(回想はじめ)二階・ジョンの部屋(昼)
ジョン、学校の勉強をしている。
ドアをノックする音が聞こえる。
ジョン、眉間に皺を寄せてドアを見る。
ジョン「なに?」
メアリの声「入っていい?」
ジョンの眉間から皺が消える。
ジョン「メアリか。いいよ」
メアリ、入室するなりため息をつく。
メアリ「兄さん、また勉強してるの? たまには友達と遊んだら?」
ジョン「俺みたいな出来の悪い奴は、
勉強しないと人並みになれないんだよ」
メアリ、机に積まれた分厚い本の中で、
「悪魔祓い」のタイトルを見かける。
メアリ「これって――」
ジョン「お前は気に入られてて良いよな。勉強もできるし」
メアリ、眉をひそめる。
メアリ「何それ。私だって頑張ってるんだけど」
ジョン「人並みに、だろ?
俺みたいなやつは人並みの努力じゃ駄目なんだよ」
メアリ「卑屈すぎない?」
メアリN「この会話を最後に、兄は突然姿を消した」
(回想終わり)
◯一階・台所(昼)
サンドラ、腰に携帯した包丁ケースに包丁を入れる。
メアリN「それからだ。父さんと母さんが、
私を殺そうとし始めたのは」
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、薄暗い中、膝を抱えて座っている。
しばらくして、部屋の隅に置かれていたビニール袋に歩み寄る。
ビニール袋を取り、中から取り出したバケツに跨り、用を足す。
終えると、バケツに入った尿を窓から投げ捨て、
再びビニール袋で包む。
山積みされた皺くちゃの衣服をひとつ取り、
着替えようとするが、サイズが合わず投げ捨てる。
再び膝を抱えて座る。
呆けた様子でドアを見つめていると、
ドアノブがゆっくりと回っていることに気づく。
慌ててクマのぬいぐるみを抱き、窓のある壁を背にして
座り込む。
メアリ「何してるの?」
サンドラの声「・・・お昼ご飯と着替え、ここに置いとくから」
◯二階・廊下(昼)
メアリの声「ずっと鍵かけてるから」
サンドラ「・・・洗濯する服は出しといてね」
メアリの声「ナプキン」
サンドラ「え?」
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ「ナプキンちゃんとある?」
サンドラの声「・・・ごめんなさい。あとでご飯を片付ける時に持ってくるね」
しばらく静寂が続く。
メアリ「兄さんは帰ってきた?」
サンドラから返事がない。
メアリ「もう一ヶ月だよ。ちゃんと探してるんだよね?」
サンドラの声「ええ」
メアリ「警察にも言ってるんだよね?」
サンドラから返事がない。
メアリ「母さ――」
サンドラの声「食べ終わったら、外に出しといてね」
サンドラの足音が離れていく。
◯二階・廊下(昼)
メアリ、静かにドアを開け、サンドラの後ろ姿を見ると、
腰に包丁ケースを見つける。
新しい着替えと昼ご飯を部屋の中に入れ、
汚れた衣服を廊下に放り投げ、ドアを閉めて施錠する。
◯二階・メアリの部屋(昼)
部屋のゴミを寄せて食事スペースを作り、
昼ご飯をクチャクチャ食べる。
窓の外から自動車のエンジン音が聞こえる。
手を止め、カーテンの隙間から外を見る。
◯自宅・外観(昼)
自動車が庭に停まり、運転席からウィリアムが降りる。
サンドラが出迎え、二人が抱き合う。
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、クマのぬいぐるみを抱き寄せる。
メアリ「兄さん、早く帰ってきて」
◯自宅・外観(夕)
焼け爛れた夕焼け。壁も床も赤く染められている。
◯二階・廊下(夕)
メアリの部屋の前に、空の茶碗、汚れた衣服、
一定のゴミが置かれている。
◯二階・メアリの部屋(夜)
メアリ、カーテンの隙間から星空を見つめ呆けている。
メアリ「兄さん・・・」
◯(回想はじめ)二階・ジョンの部屋(昼)
ジョン、学校の勉強をしている。
メアリ「父さんの言ったこと、気にしてるの?」
メアリ、机に積まれた分厚い本の中で、
「悪魔祓い」のタイトルを見かける。
メアリ「これって――」
(回想終わり)
◯二階・メアリの部屋(夜)
メアリ、視線を上げ、やがてドアを見る。
◯二階・廊下(夜)
メアリ、周囲を警戒しつつ、
足音を消して兄ジョンの部屋に向かう。
◯二階・ジョンの部屋(夜)
部屋は綺麗に整頓されている。
懐中電灯を見つけ、部屋を物色していく。
本棚や机の上に、悪魔召喚や悪魔祓いに関する書籍が並んでいる。
メアリ「・・・なんなの?」
ふと、本の間からジョンの筆跡メモを数枚発見する。
メモ1「悪魔は本当にいた。でも、どうやって両親を
誘惑したのかが分からない」
メモ2「今日、確信した。全ては悪魔のせいだった。
俺は身を守らなくちゃいけない」
メモ3「このままじゃ俺は殺される」
メアリ「殺されるって・・・」
部屋の外から、床の軋む音が聞こえる。
メアリ、慌てて懐中電灯を消し、クローゼットに隠れる。
直後、ウィリアムとサンドラが入室する。
ウィリアムが部屋の電気をつける。
ウィリアム「やっぱりいないだろ」
サンドラ「部屋が光ったと思ったんだけど」
◯同・クローゼットの中(夜)
メアリ、隙間からウィリアムとサンドラを凝視する。
ウィリアム「外から見たんだろ? 車のライトが窓に反射したんじゃないのか?」
サンドラ「うーん」
ウィリアム「俺は戻るぞ。一階に誰もいないのはヤバい」
サンドラ「・・・私も」
ウィリアムとサンドラ、部屋を出る。
遠ざかる足音を聞き終え、ゆっくりクローゼットを開ける。
◯同・ジョンの部屋(夜)
メアリ、静かにドアへ向かう。
メアリ「一階に誰もいないのはヤバい?」
ドアを開けた直後、廊下側からサンドラがドアを掴む。
サンドラ「やっぱり!」
メアリ「ひいっ!」
サンドラ「あなた! ここに――」
メアリ、ウィリアムを呼ぼうとしたサンドラを、ドアで突き飛ばす。
倒れたサンドラに懐中電灯を投げつけ、傍を走り抜けて自室へ向かう。
サンドラ「待て!」
サンドラ、包丁を掲げて追ってくる。
◯二階・メアリの部屋(夜)
メアリ、ドアを閉め、施錠する。
サンドラ、ドアノブを力任せに回す。
メアリ、ドアノブが壊れないよう握って固定しようとする。
メアリ「うううう!」
やがて、ドアノブからドアを叩く方法に変わる。
メアリ、クマのぬいぐるみを抱きしめ、窓際に座り込む。
メアリ「怖いよ、兄さん! 助けて、どこにいるの!」
◯自宅・外観(昼)
庭に二台の自動車が停まっている。
一台はウィリアムの、もう一台はエレナ・ブラウン(38)のもの。
エレナの自動車の傍にサンドラが立っている。
エレナ「久しぶりで話し込んじゃった」
サンドラ「また今度ゆっくりお茶しないとね」
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、サンドラとエレナの話し声で目覚める。
カーテンの隙間から、二人の様子を覗き込む。
◯自宅・外観(昼)
エレナ「そういえば、ジョンとメアリは元気にしてる?」
サンドラ「んー、内緒にしてて欲しいんだけど、実はね」
◯二階・メアリの部屋(昼)
サンドラの声「二人とも精神的な病気にかかっちゃって・・・
学校があんまり上手くいかなかったのが理由みたい」
エレナの声「そうなの?」
メアリ、目を見開く。
◯自宅・外観(昼)
サンドラ「二人とも自分の部屋で療養してるの。命に別状はないんだけど、
精神的なものだから時間がかかるんだよね」
エレナ「それは大変ねえ」
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、窓から後退り、蓋の空いたペットボトルを蹴飛ばして倒してしまい、
ジュースの中身が床に溢れる。
メアリ「兄さんを・・・どうしたの?」
ふと、倒れたペットボトルを慌てて立たせるが、中身はほぼ無い。
僅かに残ったジュースを飲み、他のペットボトルを確認するが、
中身が空のものばかり。
メアリ「どうしよう」
しばらくして、呼吸を荒げながらドアを睨む。
◯自宅・外観(夜)
庭にエレナの車はなく、ウィリアムの車が駐車されている。
◯二階・廊下(夜)
メアリ、静かに自室を出て階段に向かう。
◯一階・廊下(夜)
台所に向かう途中、居間から明かりが漏れていのに気づく。
足音を消して通り過ぎようとした時、ウィリアムとサンドラの会話が微かに聞こえる。
サンドラの声「今朝、ジョンの学校から連絡が来たわ。
通院先の診断書を提出するようにって。もう嘘をつき続けるのは無理よ」
メアリ、居間の前で足を止め、ドアに耳を近づける。
ウィリアム「ジョンを隠し続けるのは限界かもな」
メアリ、眉を潜める。
◯一階・居間(夜)
ウィリアムとサンドラがソファに座っている。
テレビは点いているが、音量は小さい。
サンドラ「メアリも早くなんとかしないと」
ウィリアム「分かってる」
サンドラ「警察に言うのは・・・マズいわよね」
ウィリアム「そんなことしてみろ。うちは終わりだ」
サンドラ「じゃあ、どうするの!」
◯一階・廊下(夜)
ドア越しに聞き耳をたてているメアリ。
ウィリアムの声「家出したってことにして、捜索願いを出す方法は有りかもな」
サンドラ「そんなの、家の中を調べられてすぐバレるに決まってるでしょ」
メアリ、静かにドアから離れ、台所に向かう。
メアリ「兄さんは家の中にいる︙︙探さなきゃ」
直後、居間から怒号が聞こえ、メアリの足が止まる。
サンドラ「ちゃんと考えてるの!?」
ウィリアム「お前よりは考えてる!」
メアリ、反射的に階段下のスペースに身を潜める。
居間のドアが勢いよく開き、サンドラが飛び出す。
そのまま、メアリに気づかず階段を上がっていく。
メアリ、隙間から目を見開き、サンドラを見送る。
◯二階・廊下(夜)
サンドラ、メアリの部屋の前に立つ。
サンドラ「まだ起きてる? お願い、返事して」
◯一階・廊下(夜)
ウィリアム、居間から出て、ゆっくり階段を上がる。
◯二階・廊下(夜)
サンドラ「ドアは開けなくていいから、ゆっくり話し合いたいの」
ウィリアムがサンドラの背後に立ち、サンドラの肩に優しく手を置く。
ウィリアム「サンドラ、下に戻ろう」
サンドラ「でも、このままじゃメアリが・・・」
ウィリアム「分かってる。もう終わりにしよう」
サンドラ、ウィリアムに支えられ、ふらつきながら階段を降りていく。
◯一階・廊下(夜)
ウィリアムとサンドラが居間に戻り、
しばらくするとドアから漏れていた明かりが消える。
メアリ、足音を消しつつも急ぎ足で階段を駆け上がる。
◯二階・メアリの部屋(夜)
ドアを施錠し、クマのぬいぐるみを抱きしめ、部屋の隅で震え上がる。
メアリ「兄さん、どこにいるの!
ママとパパは兄さんに何をしたの! 何が起こってるの!」
◯自宅・外観(昼)
ウィリアム、車の運転席に乗り、エンジンをかける。
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、外から聞こえるエンジン音で目覚める。
カーテンの隙間から庭を覗くと、ウィリアムが車で出かける
様子が見える。
メアリ、咳き込む。
部屋にあるペットボトルを確認するが、中身がない。
再度、庭を見ると、サンドラが庭で洗濯物を干している。
メアリ、ドアを解錠する。
◯二階・廊下(昼)
メアリがドアを開けると、床に朝食が置かれている。
◯二階・メアリの部屋(昼)
朝食を運び込み、ドアを施錠する。
ジュースを一気に飲み干し、朝食にがっつく。
食べ終えたところで、外から再びエンジン音が聞こえる。
メアリ、眉を潜め、カーテンの隙間から外を覗く。
◯自宅・外観(昼)
車が庭に停車し、運転席からウィリアムが降りる。
メアリの声「え、なんで・・・」
ウィリアム、後部座席から巨大なハンマーやチェーンソーを取り出す。
サンドラ、洗濯物をやめて車に向かい、ウィリアムからチェーンソーを受け取る。
ウィリアムとサンドラ、メアリの部屋の窓を見上げる。
◯二階・メアリの部屋(昼)
メアリ、カーテンを閉め、後退る。
メアリ「何あれ。嘘でしょ」
メアリ、急いでベッドや棚をドアにくっつけ固定する。
突如、猛烈な眠気に襲われ、ふらつき始める。
メアリ、朝食を見た後、そのまま倒れる。
ぼやける視界の中で、ドアがハンマーやチェーンソーで破壊され、
亀裂からウィリアムとサンドラの顔が見える。
メアリ、涙を流しつつ、そのまま眠る。
◯二階・メアリの部屋(夜)
メアリが目を覚ますと、ドアは完全に破壊され、部屋も荒らされている。
メアリ「・・・生きてる」
ふらつきながら部屋の惨状を見渡す。
ふと、メアリの顔が強ばる。
メアリ「ない・・・ない!」
慌てて部屋を飛び出す。
◯一階・居間(夜)
ウィリアムとサンドラが跪き、何かを見下ろしている。
メアリがドアを勢いよく開け、飛び込んでくる。
メアリ「返して! ぬいぐるみ!」
ウィリアムとサンドラ、クマのぬいぐるみを抱きしめ号泣している。
メアリ「・・・何してるの?」
ウィリアム「自分が何をしたか分かってるのか!」
サンドラ「もう耐えられない! この人殺し!」
ウィリアム「どうしてこんな事をしたんだ!」
メアリ「二人ともおかしいよ・・・兄さんをどこにやったの?」
サンドラ、クマのぬいぐるみを愛おしそうに撫でる。
サンドラ「痛かったね、苦しかったね、メアリ」
メアリ「え」
ウィリアム「メアリが一体何をしたっていうんだ」
クマのぬいぐるみが、徐々にメアリの死体に変化していく。
メアリ「それ、私?」
ウィリアム「兄さんをどこにやったかだと?
お前こそ何を言ってるか分かってるのか?」
メアリ、ゆっくりと視線を窓ガラスに送る。
そこには、ジョンの顔が映っている。
メアリ「・・・あ」
◯(回想はじめ)自宅・外観(昼)
ウィリアム、サンドラ、ジョン、メアリがバーベキューを楽しんでいる。
サンドラ「ジョン、追加のお肉を取ってきて」
◯一階・台所(昼)
ジョンが冷蔵庫から肉のパックを取り出している。
ウィリアムがやってくる。
ウィリアム「何してるんだ。遅いぞ」
ジョン「ごめん、父さん」
ウィリアム「勉強も運動もできない。
肉を持ってくることすら出来ない。本当にクズだな」
ウィリアム、ジョンから肉を奪い、ジョンを突き飛ばす。
ウィリアム「次の試験で十位以内に入らなかったら、
これから一生晩飯抜きだ。覚えとけよ」
ウィリアムが立ち去り、ジョンはその場で俯く。
しばらくすると、庭から楽しそうな声が聞こえてくる。
ジョン、窓から庭を見ると、ウィリアム、サンドラ、メアリが
楽しそうにバーベキューを楽しんでいる。
◯一階・居間(昼)
ジョンが洗濯物をたたんでいると、テレビ映像で悪魔特集が流れる。
ナレーター「悪魔は人の心に棲み憑きます。相手が今までと違う言動をし始めたら、
悪魔の仕業を疑ってみるのが効果的です」
ジョン「悪魔・・・」
◯二階・ジョンの部屋(昼)
ジョンが悪魔に関する書籍を読んでいる。
サンドラが突然入室する。
サンドラ「何してるの?」
ジョン「ちょっと本を・・・」
サンドラ「あんたは馬鹿なんだから、そんな暇があるなら勉強しなさいよ。
寝る時以外はずっと勉強してろ」
ジョン「うん」
◯二階・ジョンの部屋(昼)
ジョン、学校の勉強をしている。
ドアをノックする音が聞こえる。
ジョン、眉間に皺を寄せてドアを見る。
ジョン「なに?」
メアリの声「入っていい?」
ジョンの眉間から皺が消える。
ジョン「メアリか。いいよ」
メアリ、入室するなりため息をつく。
メアリ「兄さん、また勉強してるの? たまには友達と遊んだら?」
ジョン「俺みたいな出来の悪い奴は、勉強しないと人並みになれないんだよ」
メアリ、机に積まれた分厚い本の中で、「悪魔祓い」のタイトルを見かける。
メアリ「これって――」
ジョン「お前は気に入られてて良いよな。勉強もできるし」
メアリ、眉をひそめる。
メアリ「何それ。私だって頑張ってるんだけど」
ジョン「人並みに、だろ? 俺みたいなやつは人並みの努力じゃ駄目なんだよ」
メアリ「卑屈すぎない?」
直後、ジョンは恐ろしい形相でメアリに襲いかかり首を締める。
ジョン「今なんて言った!? 卑屈だと!?」
メアリ、抵抗するが、やがて動かなくなる。
ジョン、メアリの首から手を離し、肩で息をする。
その後、室内をぐるぐる歩き回り、やがてメアリの顔を凝視する。
ジョン「私、メアリ。勉強も運動もできるし、皆から愛されてる」
◯二階・廊下(昼)
ジョン、メアリの死体を引きずりつつ、メアリの部屋に向かう。
◯二階・メアリの部屋(昼)
ジョン、メアリの下着や衣服を身に着け、髪型もメアリに似せる。
メアリの死体を見る。
ジョン「ぬいぐるみさん。これがあれば、私は大丈夫」
カーテンを閉め、部屋を消灯し、ぬいぐるみを抱きしめて窓際に座る。
ジョン「私、メアリ。父さんも母さんも私を愛してる」
そのまましばらく動かず、ふと、天井を見上げる。
ジョン「兄さんはどこ? どこに行ったの?」
(回想終わり)
◯一階・居間(夜)
ジョン「ごめんなさい」
ウィリアム、ジョンの言葉を聞いて鬼の形相になり、
サンドラが携帯していた包丁を奪う。
サンドラ「えっ」
ウィリアム、ジョンに突進する。
サンドラ「やめて!」
ウィリアム、包丁でジョンの腹部を貫く。
ジョン、仰向けで倒れる。
ウィリアム「くそう! ちくしょう!」
ウィリアム、包丁を床に落とし号泣する。
ジョン、目から涙を、口から血を流し始める。
ジョン「だって、あんたらが俺を殺そうとするから・・・」
サンドラ、メアリの死体を抱きつつジョンを見る。
サンドラ「やだ! ジョン! やだあ!」
◯自宅・外観(夜)
平凡な戸建て住宅が静かに建っている。
了