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失意の繭

 コロニー国家メロス軍、敗戦。

 この事実は瞬く間に広がっていき、同時にあの宙賊組織は軍でも止められない災厄の一つとして数えられた。

 現在はメロスの同盟国の軍が援軍として駆け付け、侵攻するのではなく宙賊達の侵攻を抑える目的で戦っている。しかし、そのせいで戦況は膠着し、好転していない。

 膠着せざるを得ない原因は、マリガンただ一人。

 味方のネメシスに己の武器のスペアを持たせ、次々補給しながら船を落としていくため、下手に刺激できず、奴が出てきたら必ずどこかの戦力が手痛い傷を受けるという、正に災厄だった。

 幸いにも厄介なのはマリガン一人。それを避けるように作戦を遂行しているため、宙賊を何とか食い止められているが、それだけだ。

 そんな膠着状態が、既に2週間近く続いていた。


「トウマ、体の調子は?」

「……あぁ、なんとか。もう痛みも殆ど無いよ」

「ならよかった。あんたがハリネズミみたいになってるのを見たとき、本当に血の気が引いたんだからね」

「…………そう、だな」


 トウマはあの戦いで瀕死の重症を負った。

 全身にモニターや計器、更にはコクピット内のパーツの破片が突き刺さり、全身から血が流れていたのだ。

 失血死するのではないかとも思われたが、ティファがなんとか応急手当で流れる血を最小限に抑えられた。

 その状態で治療ポットに叩き込まれたため、何とか後遺症もなく復活することができた。

 もしもティファがハイパードライブジャマーに対する対抗策を作っていなければ、3人纏めてお陀仏だっただろう。

 今日は退院日。2週間ぶりに外を歩いたことで体調に変化ないかティファは心配していたが、体は健康そのものだった。

 体は、だが。


「ご、ごめん。あの時の事はあまり言わない方がいいわよね……」


 銃口を向けられ、死にかけた。

 その事実はトウマの心に深い傷を残した。

 今までゲームの延長線だと己を暗示して戦ってきた。が、あの光景はその暗示なんて簡単に食い破ってみせた。

 病院で目覚め、そして再び休むために眠りについた日から、トウマは一度もマトモに眠れていない。

 フラッシュバックするのだ。銃口から飛び出した弾丸が迫ってくる光景が。

 そして、己が殺した宙賊達が己の足を引っ張り、地獄へ突き落とそうとする悪夢を見るせいで。


「いや、いいよ。俺が負けたのには変わらないからさ……」


 そう、トウマは負けた。

 それは否定しようがない事実だ。

 己の誇りが、ティファの誇りが、この世界をゲームのようにしか考えていない男の手によって、粉砕された事は。


「……なぁ、スプライシングは」

「修理は、してるわ。元々ジャンクから作った子だから、なんとかなるけど……」

「問題はラーマナ、か……」

「形だけは直せるけど、それでもスペックは相当落ちるわ。そうなると最早別物で……」

「実質修理不可、なんだな」

「えぇ……それに、サラも」


 スプライシングとラーマナは大破。スプライシングはなんとかなるが、ラーマナはもう廃棄するしかない。

 そして、ラーマナのパイロットであったサラは。


「いいように嬲られたのが相当負荷になったみたいで…………体は全身打撲みたいな感じで、一応すぐに治してもらったみたいだけど、コクピットに座るだけでもフラッシュバックして、とてもじゃないけどパイロットは続けられないわ」


 トウマと同じように、心に傷を負った。

 手も足も出ずにただ嬲られ、そして殺されかけた。いや、殺されるよりも酷い目にあいそうになった。

 その事実は傷となり、シミュレーターのコクピットに乗るだけでも当時の光景がフラッシュバックし、マトモに機体を動かせなかった。

 無理をすれば錯乱して吐いてしまうほど。

 自身の船も失い、ネメシスすらも失い、ネメシスに乗る素養すらトラウマに潰された。それが今のサラだった。


「一応、わたしが船を囮にしちゃったから、新しい船を買っても余る程度……サラの貯金と合わせたら田舎のコロニーに家を買って、そこで残りの人生を平和に暮らせる程度のお金は渡したわ」

「そっか……なら、サラは」

「いえ、まだ分からないわ。本人は傭兵を続ける気みたいだけど……ただ、あんまり無理をしても無駄死にするだけだから、わたしが説得するつもり」


 傭兵をやめて、田舎に引きこもるように。

 船をまた買って傭兵業をしても、きっとまた自転車操業になる。そして、今はあの宙賊がいる。

 もしも軍が手を引き、宙賊が我が物顔で宇宙を飛び回ったら、サラのような無力な傭兵は瞬く間に食い物にされ、潰されるだろう。

 それよりは、宙賊の魔の手が伸びないであろう田舎に行くのが、マシだ。

 そして、それはティファとトウマも。


「……ねぇ、わたし達も田舎に引っ越さない? お互い家庭持っても大丈夫なくらい大きな家買って、そこに。トウマのおかげでそれぐらいのお金はあるのよ?」

「ティファ…………」

「…………その方が、いいわよ。わたし達、みんなもう限界だもの」


 ティファは唯一あの戦場で無事だった。

 しかし、その誇りは、砕かれた。

 己が作り上げた剣は、手折られた。

 サラとラーマナの回収を済ませ、モニターで戦闘を眺めていたティファには分かった。

 あの戦場で足を引っ張ったのは、紛れもなくスプライシングの性能なのだと。

 必死に頑張り、ネメシス何機分もの金を払い、意地と信念で作り上げた誇りは、トウマの足を引っ張った末に手折られたのだ。

 所詮自身の力ではトウマの足を引っ張るのが限界だった。その事実に気付いたとき、ティファの心は簡単に折れてしまった。

 己の意地は、最終的に仲間を殺しかけてしまったのだ。

 あの中で、自分だけが足手まといだった──


「……わたし、物件見てくる。少し離れた国の田舎にいい家ないか」

「あっ……」


 足早にトウマの隣を去るティファ。トウマは彼女の背中を止めようとして、でも止めるための言葉が思い浮かばなかった。

 もう限界。その言葉を否定する言葉が、無かったから。

 ティファは心を折られ、サラはトラウマを負い、トウマは現実を見てしまった。

 トウマも、またネメシスのコクピットに乗ったとき、己がどんな反応をするかは分からない。

 分からないが、きっと前のようには動かせない。それだけは分かっている。

 分かって、しまっている。


「……弱いし、ガキだな、俺」


 今から傭兵協会へ向かってシミュレーターに乗ってもいい。が、結果はお察しだろう。

 溜め息をつき、ぶらぶらとコロニーを回る。

 2週間の入院は案外トウマの体力を奪ってくれたようで、今までなら余裕で歩けていた距離も、息が切れるようになっていた。


「はぁ……なっさけねぇ」


 女の子を慰める言葉の一つも思い浮かばず、体は弱くなって、唯一誇れる事も無くなった。

 本当に、何も無くなった。

 自分の中身が空っぽになった気分だった。

後書きになります。

今回も軽く設定をば。


・医療設備

ポット型の装置。

そこに患者を入れ、その中をナノマシンが入った治癒液で満たす。すると、ナノマシンが傷や病気を治療してくれる。

ドラゴ○ボールに出てきた回復装置みたいな感じ。

使われる治癒液によって値段が変わる。効果の程はお値段に比例します。

トウマに使われたのは割と高級な治癒液で腕や足が吹っ飛んでても生やしてくれる程の凄い治癒液。もしもこれをケチっていたらトウマの体のどこかしらは後遺症で動かなくなっていたかもしれない。

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