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怒り留まる事無く

 ココノエ神聖国において窃盗は軽犯罪に位置する。当人に更生の気があるのなら、やり直すことだって難しいが可能。

 あの国はそういう国だ。

 だが、ミサキの父は捕まった程度で生活態度を改められる程の性根はしていない。


「お、おい、ミサキ! テメェ、実の親に向かって何て扱いをしやがる!!」

「……黙ってよ、ホント」


 あの戦闘の後、ミサキの元へと駆けつけたハインリッヒ機兵団の船に父が乗ったオンボロネメシスを任せ、ミサキはハイパードライブで逃げた船を追跡。

 気付かれないように船の情報をハッキングして丸ごと盗み取ったあと、そのまま撃墜し、ミサキも船に着艦した。

 そしてすぐに目に付いたのは、ネメシスから引きずり降ろされて暴れる父と、それを困った顔で取り押さえ、床に押さえつける機兵団の皆様。

 本当に、嫌になるほどの身内の恥だ。殺しておけばよかった。


「逃げた船から取ってきた情報によると、あんたの居た賊の船は既に民間船を3隻は拿捕してるみたいだね? 通信ログで捕まえた船とその船員をどこかに売り渡してるのがすぐに出てきた」

「そ、それは……お、俺だって生き残るために!」

「そのためになら罪もない人の人生を最悪の底に突き落としたっていいって? そりゃそうだよね、あんたはただのガキでしかなかったあたしをそうやって扱ってたんだからさ!!」


 どうしても出てきてしまう慟哭を抑えきれず叫びながら、床に押さえつけられている父の顔面を蹴り飛ばす。

 しかし、即座に周りにいた機兵団の団員が興奮してそのまま父を撲殺しそうな雰囲気を出すミサキを何とか取り押さえる。


「ざけんな!! 今更出てきたと思ったら賊の一味やってた!!? しょっぱい盗みで豚箱入って少しは反省してんのかと思ったら賊の仲間ァ!!? 大層いい性格してんなぁクソ野郎!!」

「ぐ、ぅ…………てめっ、ミサキィ!! 育ててやった恩を忘れたか!!?」

「恩なんざあるわきゃねぇだろうが!! あのアバズレがあんたの所から逃げてから、あたしは自分でしょっぱい金稼いであんたに奪われて!! 食ったもんはあんたが残した湿気た酒のツマミ程度だ!! それが恩だぁ!!? あたしの人生であんたはデッカい2つの汚点の1つでしかないんだよ!!」


 まさか、あの殴られるだけだったミサキが己の声に反論をしてくるとは思っていなかったのか、ミサキの父は言葉を詰まらせた。

 だが、ミサキの心の底から出てくる慟哭は止まらない。


「あんたはあたしが成長したら何させる気だった!! あの時は分かってなかったけど今じゃ分かってんだよ!! あたしは女だもんなぁ!? あのアバズレの顔に似た若い女だからなぁ!!? そりゃ100万なんざ余裕で稼げるってフカせるだろうさ!! そんなゲスな事を考えてた男を親だなんて思えるわけがないだろ!! 酒のためにコソ泥やって己の豪遊のために賊やって他人の人生滅茶苦茶にしたやつの事なんか!!」

「て、めぇ……!」

「あぁこの際全部言ってやるよ!! あんたはどうせこの後自分のやった事を拷問で全部吐かされたあと、死ぬまで鉱山惑星の採掘奴隷だ!! 最後は誰にも悲しまれずにおっ死んで葬式もあげさせてもらえずに死体はスペースデブリになるだけだ!! そんな最後を迎える事が分かって精々するよ!! あたしの人生滅茶苦茶にしようとしたクソ野郎の人生にあたし自身の手でピリオド打てたことが嬉しくて嬉しくて仕方がないさ!! だからとっとと誰の役にも立てないまま誰にも悲しまれる事なく──」


 ミサキの止まることがない慟哭が響く格納庫で、鈍い音がひとつだけ響いた。

 ミサキを取り押さえていた機兵団員の一人が何も言わずに彼女の腹に拳を叩き込み、そのまま気絶させた音だ。

 気を失ったミサキは数人がかりで抱えられ、そっと運ばれていく。


「……もう少し早めに止めておくべきだったな」


 ミサキを止めた男はそう呟いた。

 彼女は途中から、涙を流し、色んな情緒が混ざった表情で憎悪を垂れ流していた。

 ハインリッヒ家に来てから誰かを憎むような言葉なんて吐いたことがなかった少女が、あそこまで感情を剥き出しにして憎悪を垂れ流していた。

 機兵団員も彼女の過去は聞いてはいたが、その過去は聞いていた以上に彼女の心に深い闇を作っていた。


「……彼女が言ったとおりだ。アンタはこの後、賊になるまでの事、賊になってからの事を拷問で全て吐かされた後、鉱山惑星に送られて罪の精算をする事になる。ハインリッヒ領内では賊は罪の大小関係なく死刑か鉱山奴隷行きだ」

「なっ、お、俺は本当にこの間、渋々奴等の仲間にさせられただけで」

「関係ない。それに、彼女は我々機兵団の大切な仲間だ。彼女にあそこまで言わせたクズを生かしておく気はサラサラない。彼女の言葉でこちらがどれだけ彼女の心の傷を浅く見ていたか知れたからな」


 ──ここ数年、ミサキは機兵団にとっては貴重な清涼剤でもあった。

 最初は子供らしく。最近は思春期らしく。

 メイドとして、パイロットとして、彼女は良き仲間だった。

 そんな彼女に過去、食事すらマトモに与えず、その果てには彼女の尊厳まで傷付けるような事を平気で考えていた者に慈悲をくれてやるほど、機兵団は間抜けではない。


「連れて行ってくれ。それと、情報を吐かせるときは手加減するなと伝えておけ。廃人一歩手前までなら許可すると」


 機兵団の中ではそこそこ地位が高い男の言葉に他の団員は頷き、ミサキの父は意味の無いことを喚き散らしながら船内の独房へと連れて行かれた。

 あの男はこの後、訓練を受けた軍人ですら音を上げる程の拷問にかけられ、その上で最後には頭の中の情報を機械で吸い出された挙句、罪人たちが集まる鉱山惑星に送られて拷問のような労働をさせられた後、ひっそりと息を引き取るだろう。

 賊の仲間になったということはそういう事だ。

 罪の大小に関係なく。人を食い物にして弄び、その人生を最悪に陥れた、陥れようとした者の末路にはそれが相応しい。

 それはティウスでも、メロスでも、ココノエでも変わらない。


「…………彼女は、大丈夫だろうか?」

「分かりません。ただ、ここで泣きながら憎悪を叫ぶよりはマシかと」

「こちらが少しでも力を緩めたら確実にあの男を殺しにかかってましたよ、あれは。途中、誰か銃火器を携帯してないかも確認してましたし」

「あれだけ優しい子がそこまでやるとはな……もう、二度と会うことはない事だけが救いか」


 それほどまでに、ミサキはあの男を憎んでいた。

 いや、正確には憎むようになった、というのが正しいか。

 諦めていた人生が逆転して余裕ができたからこそ、過去の事を思い出して。そして、己にされてきた所業を思い出して、されそうになっていた最悪を想定して。

 それが無意識の中でループして、ただただ憎しみだけが蓄積していった。

 その爆発が、あれなのだろう。

 機兵団達の中で、暗い雰囲気が漂い、誰もがそれを拭えなかった。


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