下校中の交戦
この日は学校終わりにハインリッヒ家に戻る予定だ。
1週間学校に通って、1週間働く。そのローテーションをしているが故に、この日は寮ではなくハインリッヒ家の屋敷がある星の港付近に借りさせてもらった自室へと戻る必要があった。
週休2日で明日明後日が休みなので王都に居てもいいのだが、いたところでする事は無いので、とっとと帰るのが吉だった。
──とはいえ、毎月2週間も休む以上、ミサキは追加補習を受けなければ他の生徒に追いつけないため、下校は他の生徒よりもかなり遅めになってしまうが。
「はぁ……とっとと帰ろ」
港の端の方。本来は作業用のネメシス等が格納される大型のドッグに置いてあるイグナイトファイターに乗り込んだミサキはすぐにオートパイロットを起動した。
飲み物を買いに行ったあと、教室ではヤケに視線が集まった。
間違いなく、ミサキがハインリッヒ家で雇われている人間だということが爆速で広まったのだろう。
再来週が憂鬱だ、と思うのも仕方のない事だ。
「サラお嬢様も凄いなぁ。あの学校をちゃんと3年間通ったんだから」
シートを倒してリクライニング機能で安らぎながら、ふとサラの事を思い出した。
彼女は貴族なんて性に合ってない、なんて一部の人間が聞いたら嫉妬に狂いそうになる言葉を吐きながらも、何とか貴族としての普通を最低限貫いた。
望まれてない普通を貫いたのに、自分は望んだ普通すら貫く自身がない。
なんだか、コンプレックスだらけの人生だ。
「…………あー、もう、やだやだ。映画でも見て忘れよっと」
キャノピー型のモニターに映るハイパードライブの光景を消して最近見ようと思っていた映画を映す。
ハイパードライブでも1時間弱はかかる道のりだ。暇潰しの道具は欠かせない。
コクピットの中にある物入れの中からお菓子と飲み物を取り出してすっかり映画鑑賞モードに入るミサキ。
普段ならこのまま映画を見終わった段階でオートパイロットを切って星に降下するのだが。
「……ん?」
まだ映画も中盤に差し掛かり始めたというタイミングだった。
急にコクピット内にアラートが鳴り響いた。
「ちょ、ちょ、ちょっ。えっ、なになに?」
思わずリクライニングを起こしてモニターに触れる。
すると、アラートの原因はすぐに分かった。ニアお手製の分かりやすいGUIのおかげだ。
「えっと…………前方の宙域にハイパードライブジャマーの反応を検知? しかも民間船の救援信号まで……」
アラートの原因は、前方の宙域に展開されたハイパードライブジャマーのせいだった。
GUIにはハイパードライブジャマーキャンセラーを起動するかのメッセージが表示されているが、同時に民間船の救援信号が出ているとも表示されている。
民間船なんて見捨ててもいい……が、今日のミサキは色々と不機嫌だ。
殴っていいものを殴れる機会が来て、更に人助けもできるなら今のむしゃくしゃをどうにかするには十分だろう。
それに、機兵団の一人としてこんな事は見逃せない。
「賊退治はサラお嬢様の領分だってのに…………まっ、いっか。今日のあたしはサンドバッグ殴りたい気分!!」
お菓子と飲み物を物入れにぶち込み、オートパイロットを解除。ハイパードライブジャマーキャンセラーを短時間のみ起動するように設定し、ハインリッヒ機兵団としての信号を出す。
そのついでにハインリッヒ機兵団への簡易通信も忘れない。これを受け取ればすぐさま機兵団が船に乗り込んでここにハイパードライブしてくる手筈になっている。
それと同時にハイパードライブが強制的に中断され、目の前に惨状が映し出される。
どうやら民間船は拿捕される寸前であり、船にはネメシスが取り付きなんとか船内に人間を侵入させようとしている。
「させないっての!」
敵ネメシスの数は現状3機。そして敵船は2隻。恐らく非武装の民間船が相手という事で戦力を半分以上待機させているのだろう。
それなら民間船を無傷で守ることも容易い。
トップスピードで民間船に取り付く2機のネメシスと、周辺を見渡すネメシスの元へと突っ込む。
「エネルギー右腕部集中!! 挨拶代わりのピンポイントエネルギーナッコォ!!」
イグナイトファイターの速度に付いてこられなかった周囲警戒担当のネメシスはコクピットを拳に貫かれて機能停止。
そして、それに気が付いた残り2機のネメシスの内、1機がこちらにエネルギーマシンガンの照準を合わせる。
もう1機のネメシスはコクピットが開いており、急いで誰かがネメシスに乗り込もうとしているのが見える。
「まずはマシンガンを潰して!」
向けられたエネルギーマシンガンの銃口をマニピュレータで掴み、潰す。
「もういっちょピンポイントエネルギーナックル!!」
そして、そのままの勢いでコクピットに拳を叩き込む。
そこまで来てようやくもう1機のネメシスのコクピットが閉じたが、その前にミサキはその1機のネメシスを蹴り飛ばし、民間船から距離を取らせる。
「全ての動きが遅い!!」
十分距離が離れたところで、両翼にエネルギーを纏わせて突進。そのままネメシスを真っ二つに切り裂いた。
これで3機。見えているネメシスは片づいた。
後は、敵への降伏勧告と民間船への救助の知らせをして、流れに身を任せる。
「こちらはハインリッヒ機兵団独立航宙部隊隊長、ミサキ・フジサキ! そこの船は急いでここから距離を取って! 確実に戦闘になる! それと、そこの賊はハイパードライブジャマー使用と宙賊行為の現行犯! 今すぐ武装解除して投降しなければ命の保証はしない! 投降すればこの場での命は保証する!」
マニュアル通りの降伏勧告と民間船への連絡。それを済ませ、オープンチャンネルで連絡を待つ。
最初に連絡が来たのは民間船の方からだった。
『承知した。本船は直ちにこの宙域から距離を取る』
しかし、ハイパードライブジャマーの範囲はかなり広い。船がハイパードライブ可能な宙域に移動するまでの時間は稼げないだろう。
そして、宙賊の方は。
『ハインリッヒ機兵団だかなんだか知らねぇがやっちまえ!! 所詮は時代遅れの戦闘機もどきだ!!』
どうやら交戦する気満々らしい。
あとがきになります。
今回は久々にQAをば。
Q:戦績を見るにミサキの腕前はレイトの半分程度?
A:大体そんな感じです。乗る機体が違う以上ありえませんが、もしも完全にフラットな状態で比較できたら、ミサキはレイトの3/5程度の腕前になる感じです。
しかもまだ伸び代ある状態なので割と化物です。




