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IF:全ては潰えて

「ねぇ、ロール。わたし、まだ身内を切り捨てる事ができない甘ちゃんだったみたい」


 新たなる基地で、ティファはアンドロイドに回収させたモノの頬をそっと撫でた。

 あの船の中にあった麻酔で無理矢理眠らせている、ロールの頬を。

 ティファはロールの事を殺したと言った。

 だが、実際は部屋の酸素濃度は弄らず、彼女を無傷で救出していた。

 殺しても良かった。復讐鬼となったティファに、ロールは重荷になるから。

 けれども、できなかった。


「あとはわたしの船で眠ってて。起きたら、ハインリッヒ家についてる筈だから。救難信号も出しておくから、サラ達が見つけてくれるはず」


 眠ったロールを、ティファが作り上げたアンドロイドがそっと抱き上げ、運んでいく。

 回収した大型船にロールは寝かせられ、ハインリッヒ家に送られる。

 船は迷惑料だ。既に名義はロールの物に変更してある。

 それと、ティファの口座の金も、全部。

 新たに作り上げた基地は、脱走したその日に見つけた廃コロニーを改造したものだ。そこに大急ぎで光子ミサイルの開発ラインと、それからいくつかの開発ラインを作り出し、基地に仕立て上げた。

 金は、アイゼン公国の政府の裏金を拝借した。今時は現金なんてない、キャッシュレス100%。それをハッキングするのなんて造作も無かった。


「……さて、それじゃあ、復讐を続けましょう」


 ティファが手元にホロウィンドウを映し出し、そこに表示されたスイッチを入れる。

 それにより、ティファの居る空間に明かりが灯る。

 その空間はあまりにも広大であり、その両壁面にはネメシスがハンガーにかけられ、立っていた。その手に、光子ミサイルを搭載したミサイルランチャーを手にして。


「行きなさい、量産型スプライシング。目標は、アイゼン公国に属する星とコロニー、全てよ」


 その一言で量産型スプライシング達が飛び立ち、ハイパードライブしていく。アイゼン公国の星とコロニーをこの宇宙から消し飛ばすために。

 それを見送ったティファは唯一残った機体を見上げる。


「それから、トーマ。あなたにも仕事をあげる。あなたは国外にいるアイゼン公国の人間を皆殺しにしてしてきて。そのための情報はインプットしてあるから。できるわよね?」


 唯一残った機体、オーバースプライシング改も、その言葉に頷き、飛び立つ。

 オーバースプライシング改はその手に指向性のエネルギーライフルを持っている。これを使って大気圏外からアイゼン公国の人間だけを狙い撃つのだ。

 そのために必要な、膨大な人間のデータはインプット済みだ。そして、ハイパードライブシステムも別個搭載した。

 トウマの戦闘技術を持った、冷酷無比なAI。

 誰も止めることなんてできやしない。


「さて……それじゃあ、あとは奴等に生き証人になってもらいましょうか」



****



 グラーフは変な感覚を感じながら目を覚ました。

 瞼を開けた感覚はなかった。ただ、起きたら視界に色が灯った。そんな感じだ。

 そして、視界には白く光るだけのモニターと、その前に座るティファが居た。


「はぁい、グラーフ少佐。目ぇ覚めた? アブファル大佐も目ぇ覚めたようね?」


 グラーフは声を発しようとしたが、できなかった。

 口が開いた、という感覚がない。


「あら、何か違和感ある? そりゃ当然よ。こっちでイメチェンさせたんだから」


 そう言ってティファは指を鳴らす。

 それに従い、アンドロイドが何かを運んでくる。

 鏡だ。姿見程度の、大きめの鏡。


「はい、じゃーん。これが今のあんた達の姿よ」


 そこに映ったのは。


「あら? なんか脳波が乱れてる。安定剤投与っと。ちょーっとショッキングだったかしらね?」


 2つの、グラーフとアブファルの名が書かれたポットと。


「まぁ、普通思わないわよね? 目が覚めたら自分が脳みそだけでしたーなんて」


 2つの脳みそ。


「苦労したのよぉ? 脳みそだけぶっこ抜いて、その脳みそに直接目の前の光景を見せつけるなんて。ほら、ポットにカメラが2つあるでしょ? これ、あんた等の目の代わり。なんと人間よりも数倍は性能がいいカメラなの。視力が良くなってよかったわねぇ?」


 自分達が脳みそだけになっている。

 その事実に狂いそうになるが、狂えない。そのための薬剤を、ティファは常に脳みそが浮かぶポットに投与している。


「そんじゃ、時間も勿体無いし始めましょっか。アイゼン公国解体ショーを」


 動きたくても動けない。声も出せない。けれども、目と耳は正常で。

 そんな最悪な状況で、ティファは指をもう一度鳴らした。

 その瞬間、モニターには地獄の光景が映し出される。

 星が、コロニーが、マイクロブラックホールに呑まれていく。モニターに映るアイゼン公国出身の人間型の、空から降り注ぐビームに焼かれ炭になる。

 対抗した軍のネメシスが、光の翼で薙ぎ払われ、マイクロブラックホールに呑まれていく。


「既にプログラムが始まってから54時間。既にアイゼン公国の人間は9割が死んだわ。計算だと、あと5時間でアイゼン公国の人間は、あんた達2人以外全員死ぬ。アイゼン公国は滅亡するわ」


 モニターが次々と移り変わり、その度に星やコロニーが滅んでいく様を見せつけられる。

 その光景にグラーフはただただ後悔するだけだった。

 あの時、勇気を出さなかっただけで。罪もない一人の傭兵を見殺しにしただけで、こんな地獄が繰り広げられるなんて。


「それと、特別サービス。あんたらの家族はトーマ……オーバースプライシング改が直接狙撃するようにしてあるわ。そのせいで無駄に時間かかってるんだけどね。そんじゃ、トーマ。優先目標を変更したから、よろしくね」


 少女の狂った声の一つで、モニターの一つが一度消え、すぐに映る。

 そこに映ったのは、グラーフの家族。妻と子供が、出かけている光景だった。

 やめろ、と叫ぼうとしても声が出るわけがない。

 グラーフの最愛は、直後に放たれた光と共に炭に変わった。


「はい安定剤過剰投与。狂わせないわよ? グラーフ少佐の方は、あとは両親と母方の祖父母かしら? アブファル大佐は、妻と子供。それから不倫相手が2人とその隠し子が4人。全員しっかりと殺してあげるわ」


 それから1時間も経たない内に、グラーフとアブファルの家族はオーバースプライシング改のビームにより炭に変わった。

 それでも狂えない。狂わせてくれない。

 ただ、目の前で愛した者が炭にされ、その生きた跡がマイクロブラックホールで跡形も残さず消し飛ばされる所を見ているだけだった。

 瞬き一つもできずに、ただその映像を見せつけられ、そして。


「プログラム開始から59時間と43分。アイゼン公国の人間はこれにて全滅。アイゼン公国の人間はそこの脳みそ2つだけよ」


 最後のアイゼン公国の人間が、空から降り注ぐ光で炭となった。

 残るは、グラーフとアブファルの二人だけ。


「それじゃあ、残りの2人の処刑方法ね。まぁ、もう決めてるんだけど」


 ようやく楽になれる。

 グラーフとアブファルは思考の中で安堵した。


「まずはアブファル大佐ね。そんじゃ、特別席へご招待」


 アブファルのポットがアンドロイドに運ばれていく。

 アブファルのポットが運ばれた先は、大きな船だった。そこの台座にポットは接続され、その周りには多数のアンドロイド。


「アブファル大佐ぁ? あんたにはお世話になったから、お礼に永遠に近い命を与えてあげる」


 永遠に近い命。その言葉を聞いてグラーフは恐怖した。

 まさか、この少女は。


「その船にはポットを維持するための培養液と安定剤を生産し続ける設備と、船と設備を維持するための装置が積んであるわ。わたしの計算だと、そこにある資源だけでも100年くらいかしらね? それに、近くの人の手が付いてない星から資源を拾ってくるようにもしてあるから、よっぽどの事がない限りそのポットが機能を停止する事はないわ」


 100年以上。

 まさか、それ程の時間を、あのポットの中で。


「今からその船をハイパードライブでぶっ飛ばすわ。船はハイパードライブで動き続けて、資源回収の時にしか止まらない。つまり、誰もその船には関与できない。永遠の一人旅を、脳みそだけでじっくりと噛み締めなさい」


 それじゃあ、ばいばい。

 その最後の言葉と共に、アブファルを乗せた船はハイパードライブで飛んで行った。

 ハイパードライブジャマーキャンセラーも搭載されたあの船は、誰の目にも止まることなく、このまま飛び続ける。

 アブファルは自由の効かない脳みそだけの状態で、飛び続ける。果てない宇宙を。


「さて、あとはグラーフ少佐。あんただけね」


 そして、彼女の魔の手は、グラーフにも。


「…………安心しなさい。あんたは普通に殺したげる」


 だが、彼女はそんな悍ましい事をグラーフにはしなかった。

 隠し持っていた拳銃の銃口を、グラーフに向けた。


「アブファルは殺しても足りないくらい憎かった。だからああした。けど、グラーフ少佐。あんたは揺れていた」


 その通りだ。

 だから、ティファの事をなんとか説得しようとした。


「だから、普通に殺したげる。せめて、あの世でトウマに謝りなさい」


 そして、銃声が響いた。

 それによりグラーフの脳みそには風穴が開き、グラーフの意識は永遠の闇の中に閉ざされた。

 これで、復讐は終わった。

 ティファは手に持っていた拳銃を下ろし、息を吐く。

 これで、やる事は終わった。


「……量産型スプライシング。自爆プログラム実行」


 あとは、片付けだ。

 量産型スプライシングの自爆プログラムを実行して、量産型スプライシングを片付ける。

 それから。


「トーマ。わたしをあそこに運んでくれる?」


 設備を破壊しながら現れたオーバースプライシング改に乗り込み、移動する。

 移動先は、とある廃戦艦。

 数時間程度なら人間が住める程度に修復したその戦艦の中に入る。


「それじゃあ、トーマ。あなたはハインリッヒ家に行って。サラ達の力に、なってあげて」


 ここからはもう、ハイパードライブのための機体は必要ない。

 オーバースプライシング改は、トーマは、ティファの命令に従い、ハインリッヒ家へと向かっていく。きっとあの子なら、サラ達の力になってくれる筈だから。


「さよなら、わたしとトウマの、たった一人の子供。せめて、あなただけはサラ達と一緒に」


 オーバースプライシング改を、トーマを見送ったティファは廃戦艦の中を進み、一つの部屋の中に入る。


「…………ここでトウマを拾ったのよね。懐かしい」


 その部屋は、レトロな家具や物に溢れる部屋。

 トウマが漂流してきた部屋だった。

 部屋の中にはレトロな電子機器等もあるが、その全てが壊れていることを、トウマを拾った時に確認している。

 その部屋の中にあった椅子に座り、深呼吸をする。


「トウマ。いま、あいにいくね」


 手に持った拳銃を。

 最後の1発だけが込められた拳銃の銃口を、自分の頭に押し付ける。

 ──トウマが死んだと聞いた時には、既に決めていた。

 復讐をして、全てが終わったら。

 そうしたら、トウマに会いに行く。

 トウマが居ない世界なんて、何の価値も無いのだから。


「──だいすき」


 そして、一発の銃声が鳴り響いた。

 少女は安らかな表情で。

 想い人を拾った場所で、その短い生涯を終えたのだった。



****



「…………あの、ニアさんや?」

「……」

「これ、なんすか……?」

「…………その、IFを見ることができるシミュレータを作ったのよ。それで、試しにユーキがあの時死んじゃったらっていうのを打ち込んでみたの」

「…………えっと」

「わ、我ながら愛が重いわね…………?」

「…………俺、死なないようにするよ。マジで」

「そ、そうして」


 ちゃんちゃん。


「じゃあ、次はそうね…………ユーキがラーマナと一緒に漂流したパターン、逝ってみる?」

「そ、そうだな…………でもそれ、スプライシングPRができずにどっかで詰むパターンだったりしないか……?」

「レッツゴー!!」

「あっおい!?」


 続きません。

 あとがきになります。

 流石に最後胸糞悪いまま終わらせるのがちょっと憚られたので、こんな感じで締めました。トウマとラーマナが一緒に漂流するトウマ闇落ちルートに関しては後日、どこかで書くかもしれません。

 構想はあるんですけど、多分ティファちゃんチキチキアイゼン公国解体ルートよりも救いがない展開になりそうなので、書くのにもちょっと勇気が……

 ただ、たった3話だけ投稿するのも微妙だったので、次回からは普通に明るい後日譚を投稿予定です。

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