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軍人としての誇り、穢したとしても

 アイゼン公国軍のネメシス部隊は諸外国からどのように評価されているか。

 結論を言ってしまえば、アイゼン公国軍のネメシス部隊は中堅もいい所。ティウス王国の機兵部隊と比べればお世辞にも強いとは言える存在ではなかった。

 特に、ティウス王国内でも有数の実力を誇るハインリッヒ騎兵団と比べれば、その差は歴然。

 トウマが鍛える前のハインリッヒ騎兵団でも、アイゼン公国軍のネメシス相手なら1機で2機を相手取れる。その程度の腕だった。

 

「アイゼン公国軍のパイロットは雑魚ばかりだな。足を止めて弾撃って、遮蔽物が無けりゃ玉砕覚悟で突撃か? いつの時代の戦略だ? 正直、呆れて声も出ないね」

「なんだと貴様……! 傭兵の分際で……!!」


 アブファルの手により設けられたアイゼン公国軍との模擬戦。

 アブファルとグラーフの船に搭載されたネメシスは合計で10機。その全てがトウマの模擬戦の相手として割り当てられた。

 最初は3機。後に6機。最後に10機。合計3回行われた模擬戦に置いて、トウマは順にそれだけの数を相手に取った。

 その結果は、言うまでもないだろう。

 足を止めて弾幕を形成するだけ。確かに一般兵が相手ならそれでも十分だが、トウマにとっては不十分。弾幕の中を変形で突っ切りながら、エネルギーライフル一丁で敵機に全て撃墜判定を出した。

 その後のデブリーフィングに置いて、監視の兵士一人と共にアブファルもいる作戦会議室へと入ってきてからトウマが繰り出した言葉がこれだ。

 

「アイゼン公国ってのはパイロットは鉱山からでも取れるのか? それならこの戦い方も納得だな。実戦の度にパイロットも機体も使い潰す。実に効率的だ。傭兵じゃできない戦法に尊敬すら覚えるよ」


 ネメシス部隊のパイロットたちを煽る言葉。

 普段のトウマなら口が裂けてもこんな事は言わない。

 トウマ的には、この時代のパイロットたちはゲーム初心者。叩けば伸びるかもしれない試金石だ。それが折れるようなことなんて口が裂けても言わないし、戦闘中でもどんな動き方をするべきか、どう弾を撃つべきかなどを、実戦の中で伝える事もする。

 しかし、今回のトウマはそんな事をしなかった。

 理由は、言わずもがなだ。

 

「パイロットのお前ら、全員論外。それが俺の結論だ。今からでも実家に帰ってママのおっぱいでも飲んでいたらどうだ? 少なくとも戦場で花火になるよりはマシな生き方だろ」


 何度一発だけなら誤射かもしれないという言葉と共に全員一発で殺してやろうと思った事か。


「貴様、どこまで我らを侮辱すれば気が済む!!」

「どこまでも。第一、こちとらやりたくもねぇ模擬戦やらされて、こんな雑魚共の相手させられてんだ。文句の一つも言いたくなるね。あぁ、殴るんならご勝手に。そこのアブファル大佐が用意した戦力が使えなくなった結果、どうなるかは俺にも分からんけどな」


 馬鹿にされまくったパイロットたちは全員が顔を赤くするなり、怒りに震えるなり、何かしらの表情を浮かべているが、誰もトウマの事を殴らない。

 いや、殴ろうとはしているが、殴った結果、後ろのアブファルに何を言われるか分かったものじゃない。

 だからこそ耐えていた。

 

「っ……! 第一、貴様は特別な機体を使っていただろうが。機体のスペックで勝てたくらいで何を偉そうな!」

「ふーん、負けた原因は機体のせいか。じゃあ、俺がお前らの機体使って戦ってやろうか? 実に結構、予備機を貸してくれりゃやってやるよ。で、それで負けたら今度は何のせいにする? 自分たちの腕のせいか? それとも産まれのせい? どうぞどうぞ、気が済むまでやってくれ。俺ぁ構わんよ。お前らボコってるほうが精々するしな」

「言わせておけば……! ならばお望み通り予備機を貸してやる! 大佐、構いませんね!」

「好きにやりたまえ。こちらはもう本来の目的は達しているからな」


 アブファルの言葉を聞いてパイロットたちが作戦会議室の外へと出ていく。そして、トウマも溜め息と共につまらなさそうに会議室を出て行った。

 そして残るのは、アブファルとグラーフの2人。

 

「……やはり、我がネメシス部隊では彼の足元にも及びませんか。アブファル大佐、これで満足で?」

「あぁ、実にな。多少の誇張は入っていると思ったが、どうやらそうでもなかったようだ」


 かつてトウマの戦いをその目で見たグラーフは、この艦隊に用意されたネメシスとそのパイロット程度では彼を倒すことはできない事なんて分かっていた。

 そして、アブファルはデータでしか見ていなかったトウマの戦いを実際にその目で見て、とても満足げだった。

 此度の戦争はトウマの腕が前提となった作戦を立ててしまった。故に、彼の腕がグラーフの語る物以下だった場合、そんな作戦を立案したアブファルの立場が怪しくなってしまう。

 が、彼は10機のネメシスを相手に鎧袖一触の立ち回りを見せた。

 アレならばいい囮になるだろう、と確信できるほどに。

 

「しかし、噂になっていた光の翼とやらは見せなかったな。それを見てみたかったが……人質とあの小娘に銃口を突きつければ見せるか?」

「大佐」

「……分かっている。それでこちらが迂闊に手を出せば奴はフリーになる。飼い犬に手を噛まれるような真似はするべきではないからな。人質は無傷だからこそ価値がある」

「……それよりも、もし戦闘で彼が死んだら、人質と傭兵の少女はどうするおつもりで」

「まだどちらも使いみちはある。小娘の方は技術部の方に送って我が国の発展の礎となってもらおう。人質の方は飼殺す。なに、無傷のまま飼い続けるだけだ」

「そうですか」


 人質であるロールと、ティファの扱い。それがトウマの行動を抑制するとアブファルはしっかりと理解していた。

 もしもロールとティファに何かしらの手を出せば、この艦隊丸ごと相手となっても手も足も出ない戦力がこちらに牙を剥いてしまう。それが確認できただけでもこの模擬戦には価値があった。

 それに、もしトウマが死んだとしても、ティファにはまだ使い道がある。

 かつてアイゼン公国軍に貸与されたエネルギー兵器、シヴァ。これを開発できるだけの力があるのなら、その力は技術部にとって役に立つ。

 トウマが生き残ってもそうやってティファを使えば問題ない。

 そのためにも、ロールとティファに下手な手を出すわけにはいかない。

 

「……アブファル大佐。あなたはロクな死に方をしないでしょうな。無論、私も」

「何故そう言い切れる? こちらにはあの傭兵が付いているからこそ、我らは戦場で死なん。理想の死に方を選べるだろうよ」

「忘れたのですか。今回の敵はティウス王国。そして、彼らの身内にはハインリッヒ伯爵家の次女がいます。権力を持った者が裏にいるのですよ。もしも何かあって人質を救出されれば……」

「この360度見晴らしが効く宇宙で、どうやって人質を救出すると?」

「……そうですか」


 グラーフは溜め息を吐き、船の外の様子を映すホロウィンドウに視線をやった。

 そこにはこの艦隊に用意されたネメシスの予備機が、こちらの教本には載っていない動きでこちらの部隊を蹂躙する様子が映っていた。

 性能が同じ機体でもここまでの力量差。

 あの害虫共に対して初見で対応し、巣の破壊まで行ったパイロットの腕は伊達ではない。

 

「それよりも、そのハインリッヒ伯爵家の次女とやらもこちらに引き込めないのかね? そいつも腕が立つと聞いているが」

「あの次女に関してはどうやら一足先に本国へと帰国しているようです。流石に貴族の子女を一人誘拐するのは無理です。一般人を攫うのとは訳が違う」

「そうか……まぁ、いい。それならそいつは奴に殺させるか拿捕させるまでだ。拿捕できれば使いようはある」


 もしもサラまでこちらの戦力に引き込めたら。

 グラーフはそれを考える。

 トウマ一人でも、こちらから考えれば非常識な戦力だ。それが2人もいれば、確かにこの艦隊は無敵の艦隊とも言える状態になるだろう。

 ネメシス戦でしっかりと自分たちのペースで戦えば軍を相手にしても勝ち残る可能性すらある2人だ。それが味方になればなんて想像は難しくない。

 だが、懸念点はある。


「そうなればいいですが……それと、直近で彼が参加した大会。そこに出て彼を撃墜したもう一人のパイロット、彼が敵として出てくる可能性もあります」

「そう言えばそんなのも居たな。名前は……なんだったか?」

「レイト・ムロフシという者です。彼はハインリッヒ伯爵家の使用人であり、ビアード家の子女と婚姻関係にあると聞きます。こちらの人質は効きません」

「またハインリッヒ家か……それなら奴をぶつけるまでだ。どちらが死んでもいいが、仮にあちらが生き残ったとしても、消耗した1機を囲んでしまえばどうあっても逃げられまいて」


 果たして2人が戦っている間に周囲をアイゼン公国軍の兵力で囲めるかは分からないが。

 ただ、グラーフはその言葉に何も返さなかった。


「…………では自分は船に戻ります」


 もう何を言っても無駄。作戦は決行されるだろう。そう思っていたから。

 だが、最後に一つだけ忠告はする。

 

「……引き返すのなら今ですよ。人質を返却し、彼等にこの戦争に関与させないようにする。そうすれば彼もこちらに銃口を突きつける事はしないはずです」

「いつまで言っているのかね、グラーフ少佐。いい加減しつこいぞ」

「……そうですか。では」


 そして、グラーフは作戦会議室を出た。

 こちらの手札は人質一人。この手札が相手に奪われれば。

 

「……その時は大人しく死ぬ、か。私も同罪だ。彼の殺意を受け止め、他の者達に被害が出ないよう懇願するしかないか」


 果たして、それすらもできるのか。

 圧倒的な個という暴力を敵に回した時、どれだけの被害が出るのか。それはグラーフ自身にも分からなかった。

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