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「本当にあった怖い話」シリーズ

うそ

作者: 詩月 七夜

 昭和にほど近い昔の話。


 うちの近所に一つのお寺があった。

 そこには片足の無い、不思議な雰囲気のお坊さんが独りで住んでいた。

 ただ、その住居はバラック(トタンや有り合わせの木材、建築物を組み合わせた小屋)で、お坊さん自体もあまり身なりは良くない。

 一応、その寺の住職であるようで、お盆になると松葉杖を突きながら近所を回り、お経をあげては立ち去っていく。

 夏場の暑い最中を、片足だけでひょこひょこと歩く姿は、何となく妖怪みたいな雰囲気を(かも)し出していた。


 そんな怪僧だったので、当時、子どもたちの間では彼にまつわる怪しげな噂が流行った。


 (いわ)く「片足だが、高速で走るところを見た」

 曰く「月の無い晩は、墓場を掘り返して死者の骨をしゃぶっている」

 曰く「住んでいる小屋の下には、どこかから(さら)ってきて、殺した子どもの遺体がある」


 さて、これらを聞いて眉をひそめた人がいたら弁明したい。

 今の世の中では、身体障がい者の見た目に由来した中傷など非難されて当然だが、何せ当時はそうした倫理観も整っていなかった。

 ましてや、片田舎の子どもたちのコミュニティで流れた噂である。

 もう時効だと思うし、ひとつ寛容な気持ちで聞き流して欲しい。


 いずれにしろ、日本では古来から身体に欠損がある人を「人外の存在」みたいにとらえる風潮は存在していた。

 恐らく、自分たちと異なる風貌がゆえに、彼らは普通の人には無い異能を持っているように感じられたのだろう。

 そうした畏怖(いふ)の心理は親などに吹き込まれずとも、子どもたちの想像力を刺激したに違いない。


 さて、そんなある日のこと。

 私は近所の子どもたちと、その怪僧が住むお寺の境内で遊んでいた。

 お寺の境内は、当時の子どもたちにとっては社交場だった。

 かくれんぼやごっこ遊びはもちろん、駄菓子屋で買ったお菓子を賞味するのも決まってお寺の境内だった。

 なので、その場で見る顔はいずれも見知ったもの。

 そんな中に一人の見知らぬ子がいた。

 青い横縞のシャツに半ズボンの男の子だ。

 どこかで転んだのか、泥と()り傷だらけである。

 時折、鼻水をすするのが印象的なその子は、最初は距離を置いて私たちを見ていたが、誰とはなく声を交わし、最後には一緒に遊ぶようになった。

 そうして時間も忘れて遊んでいると、やがてヒグラシの鳴く時間帯になり、明るかった夕日も山影に陰っていく。

 私たちはそろそろ帰宅する頃だと思い、境内を後にしようとした。

 そこでふと、男の子のことを見やった。

 彼は家に帰る様子もなく、薄闇の中、独り立ち尽くしている。

 どことなく寂しそうなその表情に、私たちは顔を見合わせた。

 そして、一人の子がこう聞いた。


「帰らないの…?」


 すると、その子はコクリと(うなず)いた。


「もう暗くなるよ。帰りなよ」


 別の子がそう言うと、


「帰り道が分からない」


 と、か細い声で言う。

 私たちは混乱した。

 無理もない。

 繰り返すが、私たちは誰もその子のことも知らなかった。

 私などは勝手に「たぶん他所(よそ)から遊びに来た、ここいら近所の親戚の子だろう」と決めつけていたのだ。

 だが、そうであるなら、この辺の土地勘も無いのは無理からぬことである。

 いずれにしろ、見知らぬ子だが仲良くなった手前、私たちは見過ごすことも気が退けた。

 なので、一緒に家を探してやろうと思った時だった。


「たつ坊」


 声に振り向くと、そこにあの一本足の怪僧がいた。

 ボロボロの袈裟に松葉杖も突かず、忽然(こつぜん)と現れた怪僧は、私たちと男の子…たつ坊を見比べた。


「もう遅い。帰れ」


 低く静かな声でそう言う怪僧。

 すると、たつ坊は泣きそうな顔になってから、私たちへ向き直ると、


「バイバイ」


 と、手を振った。

 そして、後も見ずに歩き出す。


「お前らも帰れ」


 それを見やってから、怪僧は私たちにもそう言った。

 心無しその声は怒っているようだった。

 日頃からの噂も手伝い、私たちはクモの子を散らすように境内から逃げ出した。

 後から怪僧が高速ケンケンで追い掛けてきそうだったのが本当に怖かった。


 翌日。

 昨日の一件もあり、何となくお寺の境内に行き辛かった私たち。

 でも、子どもながらの好奇心と、またたつ坊に会えると思って境内に集まった。

 そこにたつ坊の姿は無かった。

 代わりに、怪僧がいた。

 いつもはバラックの玄関で、日頃から酒を(あお)っていることが多い彼だったが、今日は何故か素面(しらふ)のようだった。

 怪僧は私たちに気付くと、少し近付いてきた。

 逃げ腰になる私たちに、怪僧が尋ねる。


「たつ坊に会いに来たのか?」


 それに恐々(こわごわ)頷く私たち。

 一刻も早く逃げ出したかったが、勇気のある子が聞いた。


「あの子は…?」


 すると、怪僧は突然ニヤリと笑い、


「食った」


 と言った。

 それが限界だった。

 私たちは全速力で境内から逃げ出した。

 それからのことはよく憶えていないが、私たちは皆で大人たちに「怪僧に子どもが食べられた」とパニック気味に訴えて回ったらしい。

 当然、大人たちは信じるはずもなく、逆に注意された記憶だけ残っている。


 後日談。

 怪僧への恐怖も夏の終わりには薄れ、彼の影に怯えて近付かなかったお寺の境内に子どもたちが戻ってきた。

 そうして、いつものように遊び、おしゃべりをしていた時だ。

 話題はいつしか消えたたつ坊のことになった。

 そして「彼は本当に怪僧の餌食になったのか?」…という話題に熱中していた私たち。

 そんな中で、一人の男の子が「たつ坊は絶対に怪僧に殺されて、食われた」と主張した。

 大人たちに注意されていたこともあり、その話題はあまり踏み込んではいけない気がしたので、皆がそれを否定した。

 すると、その子は声を潜めて言った。


 たつ坊と別れたあの日。

 私たちに「バイバイ」と告げた彼は、独りで帰って行ったが、何とその行先は怪僧の住むバラック小屋だったらしい。

 しかも後日、バラック小屋の外にたつ坊が履いていたらしい靴が片方だけ放り出されていたという。

 そこまで聞いて、皆は想像を巡らせた。


 怪僧にまつわる噂。

 見知らぬ少年「たつ坊」

「帰り道が分からない」という彼の言葉とは裏腹に姿を消したバラック小屋。

 取り残された彼の痕跡である片方だけの靴。

 たつ坊を「食った」と言い放ち、笑う怪僧。


 数々の符号が、噂を真実に変えていく。

 あの怪僧は恐らくどこかからたつ坊を攫ってきて、殺して食ってしまったのだ。

 そんな想像に、皆がゾッとなる。

 そして、子どもたちの間で怪僧は「恐怖の存在」として長く君臨したのである。



 …とまあ、これはただの思い出だ。

 大人になったいま、あの夏の一件について真相の推測はできる。


 身寄りはないと思われていたが、もしかしたら怪僧には親戚の子(あるいは実子)がいた。

 そんな存在だったから、たつ坊は帰る家が怪僧が住むバラック小屋だった。

 そして、どこか遠い所から来ていた彼は、翌日にはもう戻されていたのだ(たつ坊が「帰り道が分からない」と言ったのは、その遠い所にある家への帰り道のことを指したのだろう)。

 怪僧が「(たつ坊を)食った」と言い放ったのは、私たちが噂にしていた内容を知っていて「うそ」としてからかったのかも知れない。


 いずれにしろ、片足の怪僧は私が中学生になる前には逝去した。

 彼が住んでいたバラック小屋も、跡形もなく消えてしまった。

 葬儀や埋葬がどう執り行われたのか、遺族の中にたつ坊がいたのかはまったく分からない。

 

 なので、噂が本当かどうかは「実は分からない」のだ。

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― 新着の感想 ―
子供の頃に感じた鮮烈な恐怖が、大人になっても仄暗く心に棲み続ける様子が、なんとも言えず後を引く作品だと思いました。 子供の感受性で怪僧から受けた印象と、大人になり人生経験を経た上で怪僧について思い返す…
[良い点] お坊さんの人柄の良さがにじみ出ていました。 子供に勝手に遊ばせる 帰り道も分からないような子供を預かる 法事や葬式のお布施も少なくするように敢えて尊敬されない風体を取る [一言] 懐かし…
[良い点] 全体的に怪談としての王道をいっているな、と感じました。ありそうで無さそうな話。子供の頃の出来事を、「あれは結局なんだったんだろう?」と今になって思い起こすことが、結構恐ろしい内容だったりし…
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