呪われた王子と真実の愛
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「真実の愛って素敵よね?」
破天荒で型破りな王妃様が言いました。
使用人達は一斉に青い顔をしてうつむきます。
どうか、何も起こりませんように…
「私は政略結婚だったけど、息子には真実の愛を知ってほしいって思うの」
王妃様は目をキラキラさせて言うのです。
でも、一番上の王子は既に結婚しています。
そして、二番目の王子は婚約者がいます。
三番目の王子は…まだ何も決まっていませんでしたね。
数日前に8歳になったばかりですので。
「そうね!クリスがいいわ」
王妃様は嬉しそうに笑うと、三番目のクリス王子に呪いをかけました。
それは、姿を変えてしまう呪いです。
呪いを解く方法はたった一つだけ。
皆様、ご存知の通り『真実の愛』でございます。
いつもよりも早く目が覚めたエレナは、ぼんやりと庭で花を眺めていました。
そよそよと爽やかな風が優しく頬をくすぐります。
このまま記憶喪失になって、嫌な事を全部忘れてしまえたらいいのに…
エレナは、深い溜め息をつきました。
実は昨日、婚約破棄をされてしまったのです。
お相手は5歳年上の兄のような人でした。
恋愛感情はなかったけれど、信頼していました。
そもそも結婚を申し込んできたのは彼の方だったのに。
身分はエレナの家の方が少しだけ上でしたが、酷い噂を流されてしまったせいで、エレナもエレナの家も大きな痛手を負いました。
私はもう、まともな方との結婚は望めないでしょうね。
まだ14歳だというのに、まるで年増の未亡人になってしまったような気分です。
そんな事を考えて落ち込んでいると、足元に何かの気配を感じました。
お母様が可愛がっている猫のミーナです。
気ままなミーナの方から擦り寄ってくれたのは初めてかもしれません。
エレナは嬉しくなって、そっとミーナを撫でました。
ミーナは鳥の羽根のような物を咥えています。
そして、それをエレナの前にぽとりと置いたのです。
まるで『受け取れ』と言っているみたいに。
エレナがそれを拾うと、ミーナは「にゃーん」と鳴いて、どこかへ行ってしまいました。
プレゼントって事かしら?
ミーナがくれたのは『羽根ペン』でした。
汚れていますが、白くて立派な羽根が付いています。
せっかくだから洗って綺麗にしたいわね。
エレナは、桶に水を汲んで部屋まで運びました。
水差しと石鹸とタオルも用意します。
羽根には泥がこびり付いているので、これをキレイにするには時間がかかりそうです。
石鹸を泡立てて羽根を優しくこすりました。
すると「うぁ!」と、どこからか声がしました。
エレナは驚いて辺りを確認しましたが、誰もいません。
空耳かしら?
首をかしげて再び羽根ペンを洗い始めます。
「うぅ!!」
エレナは目を丸くして手元を見つめました。
だって、声は羽根ペンから聞こえてくるのです。
困惑するエレナに泡だらけの羽根ペンが言いました。
「もしかして、僕の声が聞こえるの?」
「は、はい!聞こえます!」
エレナは驚きつつも返事をしました。
すると羽根ペンは「できれば最後まで洗ってほしい」とエレナに頼んできたのです。
どうやら羽根ペンはキレイ好きのようです。
エレナは、さっきよりも優しく羽根ペンを洗いました。
時折「うぁっ」とか「ひゃっ」とか聞こえてくるので、笑いを堪えるのが大変でした。
キレイになった羽根ペンは、だいぶエレナに気を許したみたいです。
クリス王子だという事と母親に呪いをかけられてしまった事を話してくれました。
呪いと聞いてエレナの胸はズキリと痛みました。
呪いを解く方法はたった一つだけ。
小さな子供でも知っています。
婚約破棄をされたエレナは、もう自分が真実の愛を知る事はないのだと気付いてしまったのです。
目からポロポロと涙が溢れました。
本当は昨日からずっと泣くのを我慢していたのです。
幼子のように泣きじゃくるエレナを見て、クリス王子は必死に慰めてくれました。
母親に呪われた8歳のクリス王子。
エレナよりも大変な状況なのに、一生懸命に励ましてくれるのです。
おかげで、エレナは少しだけ元気になりました。
真実の愛がどんなものかは知らないけれど、クリス王子の手助けがしたいと思いました。
呪いを解く『真実の愛』とは何でしょう?
まだ初恋もした事がない二人には見当も付きません。
でも分からなければ学べばいいのです。
エレナは、お母様が隠し持っている恋愛小説の事を思い出しました。
あれを読めば、真実の愛が分かるかもしれないわ!
見つからないようにこっそり持ち出して、クリス王子と一緒に読む事にしました。
一冊目は略奪愛、二冊目はハーレム、三冊目は束縛して監禁するお話でした。
難しくてエレナには理解できなかったけど、クリス王子には好評だったので良かったです。
本を全て読み終えるのに一週間もかかりましたが、得るものはあったと思います。
クリス王子とも仲良くなって、色々な話をするようになりました。
そんなある日、エレナに手紙が届きました。
それは元婚約者からの手紙でした。
エレナの心臓は不安でドクドクと音を立てます。
手紙には、婚約時にプレゼントした宝石を返してくれと書いてありました。
新しい婚約者に渡したいそうです。
宝石はとっくに送り返してますので、確認しないで手紙を出してきたのかもしれません。
せっかく忘れようと努力してたのに、エレナの心はまたジクジクと痛みだします。
悲しくて悔しくて涙が溢れてきました。
落ち込むエレナの姿を見て、クリス王子は怒ったように言いました。
「僕が人間の姿だったら、エレナを抱きしめる事ができるのに…エレナの涙を拭いてあげる事だってできるのに…こんな姿じゃ何もできないっ!エレナに何もしてあげられないっ!」
クリス王子の言葉はじんわりとエレナの心に広がって、あんなに悲しくて悔しかったはずなのに、元婚約者の事なんてどうでもよくなりました。
エレナは涙を拭って微笑みます。
「私、クリス王子に会えて本当に良かったわ」
そして感謝の気持ちを込めて、羽根ペンにそっとキスをしたのです。
すると、羽根ペンは白い煙を上げて、ゆっくりと姿を変えていきました。
真実の愛の力で呪いが解けたのです。
クリス王子は、天使のように可愛いくて美しい少年の姿に戻りました。
王妃様はとてもお喜びになって、クリス王子とエレナの婚約を決めました。
呪いを解いたエレナに異を唱える者なんておりません。
だって真実の愛なのですから。
でも本当に?
エレナの気持ちは真実の愛だったのでしょうか?
本当は芽生えたばかりの恋心だったのでは?
それなら、どうして呪いが解けたのでしょうね?
真実の愛に年齢は関係ありません。
たとえ8歳の子供であったとしても、真実の愛を知る事は出来るのです。
それは独占欲と支配欲に満たされた甘くて苦しくて幸せな気持ち。
自覚してしまったら止める事など出来ません。
そういえば、エレナの元婚約者の方が行方不明になってしまったそうですよ。
「ごめんなさい」の文字で埋め尽くされた紙が屋敷中に散乱していたらしいです。
何だか物騒な話ですよね?
いったい誰の仕業でしょうか?
でも、もうエレナには関係ない事なので、何も知らされてないそうです。
エレナは今、大好きなクリス王子とバラ色の日々を過ごしているのですから。
まるで砂糖菓子のように、淡くて切なくて楽しい初めての恋をしているのです。
エレナが『真実の愛』を知るのは、まだ何年も先の話。
それは重くて黒くてドロドロした狂おしい気持ち。
一度味わってしまったら、もう二度と戻る事はできない心の病のようなものです。
『真実の愛』とは『呪い』よりもずっと恐ろしいものなのかもしれませんね。
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