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妖精の見える君へ  作者: 江村真
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04


昼休みに入り、教室が賑やかしくなる。


財布片手に食堂や売店に向かう者、席をまとめてグループを作って弁当を広げる者それぞれだ。


各自昼食のために動くなかで、僕は横で眠る女生徒の方を揺らす。


「雪歩、雪歩。起きて、お昼だよ」


「うぅーん、誰だよ……いいからほっといてくれ……」


これでもかと言うほどのテンプレートの寝言。

今時こんなセリフ聞かないだろ、って突っ込みたくなる。


相変わらずの寝ぼけ眼を擦りながらグーッと背を伸ばすその姿は、その分前の丸みを帯びた部分が突き出される形になる。

健全な男子学生として思わず目が引き込まらてしまうのもしょうがないと思う今日この頃。


「んぁ、あぁ、もう終わりか…って、どこ見てんだよこのすけべ」


「眼福でございました」


ありがたやありがたやと手を擦り合わせる。

あほか、と頭を叩かれるまでが様式美。

そしてそのまま手を前に出される。


「ん、ほら、早く出せよ」


良いものを見せてもらった対価として、詩織さんから渡されてたお弁当を引き渡す。


なんでも、詩織さんと雪歩は昔からの知り合いなのだという。

昔は近いところに住んでいて『詩織おねーちゃん』『雪歩ちゃん』と呼び合う仲だったとか。

学校でのことを話す中で彼女のことが詩織さんに伝わり、まともな食事をとっていないことから詩織さんが一緒にお昼を用意してくれることになった、と言う経緯がある。


「いやー、詩織さん今日もごちになりますっ!ミツルもありがとなっ!」


いつもの狐目でニコッと笑う姿は思わず胸がドキッとなる。正直先ほどのも含めてこちらこそごちそうさまだと言いたい。


僕が転入する前の、彼女1人の時はそもそも食べない、食べたとしてもコンビニパンを1つのみそんな生活だったらしい。

詩織さんお手製のお弁当を食べることで血色も良くなってきつつあるようで、良きことかなよきことかな。


2人弁当を片手に廊下に出る。

いつも1人でいる雪歩が男といる。それだけで目立つのに、手にはお揃いの弁当箱。

側から見れば付き合ってるのかと勘繰られてしまいそうなものだ。

彼女曰く、『んなもんきにしねぇよ』とのことだが、思春期男子としては恥ずかしさが抜けきれない。


じゃあなぜ素直についていくのか。

1人で寂しく教室で食べるのも寂しいからだったりする。


時期ハズレの転入生、周りからは好意的に受け入れてもらったけどすでにグループは固まっている。

そこに飛び込むには少し勇気が足りなかった。


他のクラスの生徒も混ざって賑やかな廊下をかき分けて化学準備室へ向かう。


普段施錠されている教室も化学部部員(幽霊)の雪歩の手にかかれば人目のつかない食事スポット。

誰かが持ち込んだ電気ケトルでインスタントスープにお湯をいれ、背もたれのない硬い木の椅子に腰を下ろす。


「さーて、今日のおかずはなんだろなーっと」


パカリ。

包みを解いた箱に目線を落とす。


「……おっほぉーう」


女子にあるまじき声が発せられる。

本日のメニューは唐揚げ、ウインナー、卵焼き。

彩を考えてほうれん草とミニトマトがお供に添えられている。


「いやー、詩織さんに、助かります!このがっつりお腹に溜まりそうなメニュー、サイコーっ!」


いただきます、と言うや否や箸が高速で動き出す。

ヒョイ、ヒョイ、ヒョイ。

ダ◯ソンの掃除機にも負けない変わらない吸引力。

たちまち消えていくおかずたち。


「ん、ミツルどうしたの。食べないの?」


食べないならわたひがもらっひゃうよー、と口をもごもごさせる。

相変わらずの食べっぷりに気を取られていたけどこちらとて育ち盛りのオトコノコだ、奪われては午後の授業に差し障りがある。


しばらく無言で箸を動かしたのち。

箸休めで雪歩が話しかけてくる。


「そういえば、ミツル。今度街の方行くっていってたよな」


「え、あぁうん。志島たちが歓迎会開いてくれるんだ」


テスト勉強もあるけど、せっかく誘ってもらったし、すでに勉強を(少なくとも中間分は)捨てている身として断る理由はない。


「行くなら気をつけて行けよ?最近どうも変な話が街の方で広まっててさ。聞いたことねぇか?“人が消える扉。帰ってきたら違う性格になって帰ってくる“ってやつ」


「……なにそれ、オカルト?」


HRでの“暴行事件“とは別の話が始まる。


「普通はそう思うよな。私も最初は気にしちゃいなかったんだけど、どーも話の広まり方が変なんだよ。どこの誰が遭遇したのかわからない。誰が広めてるかもわからない。なのに、大体のやつが知ってるってな」


ごくりと口の中に残ってる唐揚げを飲み込む。

冷めても美味しい、味の染み込んだいい唐揚げだ。


「んで、だ。そう言うのって大体“これ“が関係してたりするんだよ」


小指で頬をつーっと撫でる。

米粒がついてるわけでもないから、まぁつまりはそう言うことなんだろう。

どこの街でもどんなに警察が立派だろうと“そう言う職業“の人は存在する。


「オカルトから一気に現実的な話に飛んだね……」


「私的にはオカルトの方が怖いけどな。あいつら殴ってもどうにもなんないだろうし。……ま、元はオカルトかなんかしらないけど、どっかの誰かがそれを利用してなんか企んでんだよ。“何を“って言われたらわかんないけど、気をつけることに越したことはないさ」


「あまり気休めにならない情報をありがとう。そうだ、雪歩が一緒に来てくれたら僕も安心なんだ、け……いや、なんでもないです」


すごい目で睨みつけられた。

とっつきやすい性格してるんだからみんなと仲良くすればいいのに。


「雪歩こそ、夜遅くまでバイト漬けみたいだけど大丈夫なの?」


「あー、私は大丈夫だよ。バイト先も気をつけてくれてるしさ。ひでーんだぜ?夜道は危ないから明るくなるまで『働いていけ』ってんだ」


どんなブラックで働いてるんだ……。

笑いながら話してるから冗談の類だと信じたい。


「そういや、そろそろ中間テストか。……このタイミングで歓迎会ってあいつら大丈夫なのか?

志島はどうせトップだから大丈夫だろうけど、ミツル、お前はどうなんだ?時期が時期だから小テストとかも多かったろ。手応えはどんな感じなんだ」


「あー、まー、それは、……そこそこ?」


くるくるとプラスチックの箸でスープをかき回す。現実逃避を始める僕を認めて、はぁ、と大きくため息がつかれた。


「わかった。今ので付いてけないのはよわーく、わかった。そんな状態でテストってお前大丈夫なの?赤点取ったら詩織さん、きっとすんげー怒るぞ…」


「え、そうなの?」


ぴたりと箸の動きが止まる。


「そりゃそうだろ。私も昔赤点詩織さんにバレてさ、めちゃくちゃしばかれたことあるんだよ。……従兄弟なのに知らないのか?」


「あー、まぁ、今まで離れて暮らしてたから」


なにしろ詩織さんと知り合ってまだヒトツキだ。

知っていることの方が少ないとも言える。


戸籍上、僕は詩織さんと従兄弟関係にある。

両親が仕事で海外に行くにあたって親戚の詩織さんに預けられた、と言う設定になっている。


「ふーん?まぁ従兄弟だとそんなものなのか。とにかく、詩織さん結構テストの点数とか厳しいから覚悟しといたほうがいいよ。……少なくとも努力した跡がわかる程度には」


「詩織さんから聞いたけど、雪歩さん、結構勉強ってできるんですよね……?」


「……教えねーぞ?」


彼女はツンツンと残った唐揚げをつつく。

何を言いたいか先回りされてしまったけど、こちらとて引くわけに行かない。

端的にいえば、詩織さんの逆鱗にはなるだけ触れたくない。


「そこをなんとかっ!」


ここは拝み倒すしかない。

中間テストの後には長期休暇も控えている。

心地よく休みに入るためにもテストの赤点を取るわけには行かない。


「つってもなぁ。私だって最近は勉強ついてけないとこ多いし…正直教えられる余裕もあんまりないんだよ。詩織さんが言ってるのだって昔のことだし、授業中寝てるの、お前だって見てただろ?」


授業も受けず、独学だけで高得点を取れるほど現実はそう甘くはないらしい。


「志島に相談してみたらどうよ。勉強会なんかも開いてたから、混ぜて貰えばいいじゃん」


「勉強会か……、混ざれるかな」


これは、僕自身の性格に起因する、妖精』云々は関係ないことだけど、すでに出来上がってるグループの中に混ざり込むのはどうも苦手だ。


「ま、後で聞いてみろよ。多分簡単に受け入れてくれるはずだから」


「そうするよ、ありがとう雪歩」


食べ終わった後、本を読んだり昼寝に戻ったりとのんびりしていると15分前の予令がなる。


「雪歩、クラス戻るけどどうする?」


「あー、出席数とかやばいしなぁ……戻るか」


空いた弁当箱を受け取って部屋を出る。

遠くからまだ話したりない生徒の笑い声が響いて、誰もいないこの廊下は静かな空気に満たされている。


誰もいないはずの廊下。ガタガタと時折強い風が窓を叩く。何もない空間。一見いつもと変わりのない風景。




ーーーーその中に『妖精』の痕跡が漂っている。




準備室の扉に、泥がへばりつくように黒いモヤがこびりついていた。

おおよそ、人の体で言うと頭と腰のあたりに特に強いモヤが残っている。


まるで。

“誰かがそこにいて、中をのぞいていたように“

“何か強く、物を握りしめていたように“




「ん、どうしたミツル、行かないの?」


早く行かないと授業に遅れてしまうぞ、と、怪訝な顔をした雪歩が振り返る。

彼女の声で一気に頭が現実に帰ってくる。

音が、学校の音が戻ってくる。


「ーーーー、ごめん、すぐいくよ」


なんでもないよと首を振って雪歩を追いかける。

たった1ヶ月だけど愛着が湧き始めているこの生活にヒビを入れたいとは思えない。

異様な痕跡は頭を離れなかったけど、気づかないふりをして誤魔化すしか無かった。


ーーーーー


妖精の痕跡は大きく分けて2通りの方法でできる。


1つは単純に、『見ることのできる』誰かが妖精を使役した時に発生するもの。小さな力なら小さな痕跡が、大掛かりな術式ではそれに応じた大きさの痕跡が生まれる。


もうひとつは、偶発的に生まれるもの。

『妖精』の性質もさまざまで、人の影響を受けやすいもの受けにくいもの、意志を強く持つもの、ただそこにあるだけのものといろんな奴がいる。


偶然が重なって、行き場のない力場みたいなのが発生することがある。

その多くは勝手に散って痕跡も残らないけど、時折風を起こしたり蜃気楼を生み出すことがある。そう言った時に痕跡が発生する。


(さっきのあれは一体……)


規模の差異こそ見分けられるけど、どちらで生まれた痕跡なのかを見分けることは、僕にはできない。


偶然できたものなのか。

はたまた。僕以外にも『見える人』がいるのか。

いるとしたら、あそこでいったい何をしていたのか……。


「…ルくん、ミツルくん。聞いてるのかね?」


「え、あ、すみません柊先生」


いつのまにか先生が横に立ち、教鞭を片手にペシペシとしていた。


(コラーミツルくんー、しっかりしなさーい)


クスクスとクラスが失笑に包まれる。


「こちらの生活にもなれてきた頃合いだろうけど、しっかりと気を引き締めなさい。今度のテスト、楽しみにしてるよ」


にこり、と嬉しくない表情をされる。

ご愁傷様ですと手を合わせる生徒が何人か。


「あー、はい……、頑張ります」


苦笑いで返すと、授業が再開する。


カツカツと黒板にチョークが擦り付けられる音が響く教室。

慌てて板書をする音、進みに合わせて教科書を捲る音。

昼食後の、血糖値も上がった時間帯にうつらうつらとしているのが何人も見つけられる。


『ここの問題はテストにも出るからしっかりと覚えておくように』


柊先生の低い声が何人もの脱落者を引き起こす中、志島と午前中ガッツリ寝て回復した雪歩は熱心に黒板を見上げる。


(って、人のこと見てる場合じゃないよな)


慌てて自分のノートと黒板を見比べる。

以前習った、ような気がする、内容の続き。

まだ写し終えてない式と説明が書き写す前に消されていく。


(……あとで志島に写させてもらおう)


そう、これは戦略的撤退という名の現実逃避ではないので、後からリカバリーをすればなんとかなる気がしないようなするような。


残りの時間、わからないままでもとにかく写し切ることだけを目標にひたすら筆をノートに擦り付けた。


そして短くも眠気を催す長い時間の末ようやく授業が終わりチャイムが鳴る。

手元には書きかけのノート、黒板には未だ写していない数式の説明。


「それでは、引き続きテスト勉強を頑張るように」

と言う言葉を残し柊先生が教卓を後にする。


残された生徒は思い思いの方法で休み時間を過ごし、かく言う僕は志島に話しかける。


「すまない志島、頼みたいことがある」


「ん?え、まぁいいけど……何かあったの?」


頼み事がなんなのかも確認せず、二つ返事で了承をくれるあたりやはり人がいい。


「さっきの授業、と言うより今までの授業全般なんだけどわからないところが多くて、勉強を教えてもらえないだろうか」


「あぁ、そんなことか。うん、全然大丈夫だよ」


爽やかな笑顔と共に、任せておけとどんと胸を打つ。


「じゃあ、早速だけど今日の放課後からしようか?」


「え、いいのか……?部活とか色々あるんじゃないのか?」


「いいよいいよ。テスト前ってことで午後から部活休みだったし。場所はどうしようか…、あ、そうだ」


ポンと手を打ち、雑誌を読み耽っていた雪歩に話しかける。


「ねぇ雪歩、雪歩も一緒に勉強しないかい?できたら化学準備室も使わせて欲しいんだ」


「んー、わたしも?いや、わたしはいいよ、バイトもあるし。バイトにゃテスト期間も関係ないからねぇ」


そういいつつもポケットから鍵を取り出す。

そのままひょいと鍵を投げてくる。


「部屋は使っていいよ。他の奴らも勉強しにくるかもしれないけどそんときゃ仲良く使ってくれや」


それきり興味をなくしたように雑誌に目を戻す。


「助かるよ、雪歩。じゃあミツル、早速今日の放課後から一緒に勉強しようか」


ーーーー


放課後のチャイムがなる。

クラスメイトたちが活気つきそれぞれ席を立つ。

志島然り、他の部活も今日から休みのため、『これからどこそこに遊びに行こうか』と言う話が至る所で行われる。


なんなら僕も今から街に繰り出してゲームセンターを梯子したい気持ちに襲われている。


誘惑を振り切り、志島に声をかけ化学準備室へ向かう。

やはり他の部員は誰もおらず、教室はひっそりとしてーーー。










「ミツル、ごめんね……」







視界が暗転した。

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