2.瞳の奥
”宿‐パンあります‐”
この街の人はとにかくパンを売りたいみたいだ。その看板を見てリネがため息をついた。
「リネ、行くよ?」
ネヴィに呼ばれ、リネは自分が宿泊している部屋に向けて階段を上った。
4人が泊まっている部屋は、決して綺麗とは言えない、この際汚いと言っても許されるような部屋だった。床の面積は本来の面積よりもだいぶ狭く、窓ガラスは割れ、埃こそないものの、とにかく汚い。惨状を見た依頼主の女性は、言葉は選ぶが、戸惑いを隠せていない。
「随分と開放的なお部屋ですのね……?」
「言わないでください」
ネヴィが目を伏せた。
「もう、好きで選んだわけじゃないですよ。とにかくここへ座ってください」
リネがベッドへと誘導する。
「ここに座ればいいんですね?」
女性はまたもや戸惑いを隠せない。
「椅子ありますけど……あれでもいいなら」
リネが指をさした方向には縄で縛り付けられた椅子があった。
「あれは何でしょうか?」
女性はもう引いている。後退ってもいる。
「なぜかよくわからないんですけど、皆で泊まる部屋って基本的に動くものがいるんですよね。今回は部屋がなくって4人で泊まりましたけど」
「……椅子だけでよかった。この前なんか宿自体が動いたから。」
迷惑そうに言うフォリアとさらっと凄いことを言うレテ。
「ごめんなさい、ここで大丈夫です……」
「ふふ、今お茶持ってきますね~」
ネヴィはそう言ったが、何事もなかったように動く4人を見て女性は引きつった笑いしか出せない。ふいに、椅子が倒れた音がしたが、そちらを見る気にはなれなかった。
フォリアとリネが持ってきた暖かい紅茶が女性の手元に来た事で気持ちは落ち着いた。それを見計らったようにフォリアが切り出した。
「お願い、とはどういったものでしょうか?」
「”あるところに、しあわせなしょうじょがいました。”」
急に寸劇的なの始まったし……そう思いながらも、依頼なので止めることができない。
「”いつもともだちとあそび、まいにちたのしくあそんでいました。けれど、おとうさんとおかあさんはそれをこころよくおもいませんでした。あるひ、ふたりはともだちをころしてしまいました。”」
こっわ。そう思ったフォリアがいたのでもう一度言うが、依頼なのでどう思おうと聞くしかない。
「”なんにちかたったあるひ、しょうじょはふたりをともだちにともだちとしてしょうかいしました。”……これをいろんな人に、世界中の人に伝えてほしいんです。」
そう言って、女性は静かに笑った。だが、目が笑っていなかったことを、レテだけが知っていた。