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尾シリーズ

ぼくらの仕業

作者: さみうち まつも
掲載日:2022/05/28


 ジョニーは激怒した。この丸尾を征伐しなければならぬと決意した。ジョニーには勉強がわからぬ。ジョニーは高校の一生徒である。学校に来れば下手くそな歌声を響かせ、家に帰ればセンシティブなものに心をときめかせていた。そんでもって気に入らない奴には鉄拳を振るっていた。


 ある日、ジョニーが松尾と共に遅刻して教室に入ってきた。寝坊したのである。それを電車の遅延のせいにしようとあれこれ言い訳した(彼は自転車登校なのに!)。


 普段ならこれは成功するのだった。しかし、普段は昼休み以降に登校する丸尾がそこにいたのである。


「先生、彼は自転車登校ですよ」


 その一言が、彼の通知表にひとつのヒビを入れることとなった。けれども、いずれはこうなると覚悟はしていたから、笑って済ませることができた。俺はなかなか寛容になったものだと誇らしく思っていたのかもしれない。


 仏の顔も三度まで。当然ジョニーの顔はそこまで持たなかった。

 先の遅刻に反省し、電車での登下校に切り替えてしばらくした日のことだった。帰りの電車はなかなかに混んでいた。ドアからかなり離れて立っていたため、降りるのに苦労していた。


 そこに立ち塞がったのが丸尾だった。自らの荷物で見事にジョニーを降りれなくしたのである。


「呆れた奴だ。ただでは済まさぬ」


 ジョニーはこうなると単純な男であった。公共の場であることを忘れ、混雑していることも忘れ、丸尾に襲いかかった。たちまち彼は通報され、しょっ引かれたのである……。


 以上が今回の一連の行為のきっかけだ。

 僕たちは困惑した。ジョニーがムショ行きになるのは今に始まったことではない。とはいえ、同じ学校の生徒をこうも露骨に陥れるとはタチが悪い。ジョニーと丸尾には全く接点が無いはずだ。通り魔的な行為だな、と僕らは睨んだ。そこで、丸尾を懲らしめてやることにした。でもどうやってしようか。拳ではどうも分が悪い。丸尾は柔道部でかなりの腕前ときく。対して俺たちといえば、ジョニー頼りのクソザコ軍団でしかなかった。


 他の手で奴を圧倒する手段を求め、僕たちは思考を巡らせた。丸尾の弱点と言われてもろくに知らないから、途方に暮れた。


 現代社会の授業もそっちのけで、僕に限らず松尾と寺尾も揃って考えていた。当然先生によく写るわけがなく、


「あんたらもう準備はできてるの。早いねえ」


と皮肉たっぷりにほざきやがった。準備というのは今度行われるディベートのことである。ある議題に対して、わざわざ肯定・否定の立場に分かれて論理的に説得を行い、説得力の高さを競い合うらしい。この授業では勝敗は議論していない残りの生徒によって決まるとのこと。とは言っても、ディベートを英才教育のように取り組んできた奴はこのクラスにはおらず、ガバガバな対決になることは、誰の目にも明らかだった。現に他のクラスでは今日行われたようで、あまりの酷さに仲の良いのが多い方に票を入れる按配だったそうな。


 その後先生に目をつけられたため、渋々考えているふりをしていると、


「その手があったか」


と寺尾がつぶやいた。


「どんな手だ」


とすかさず松尾が突っ込む。


「ディベートだよ。こいつを利用して丸尾に赤っ恥掻かせるのさ」

お前、ディベートに自信があるのか。僕らはそもそも何を言うかだって決まってないんだぞ。


「だからなんだってんだ。丸尾らが虎視眈々と準備を進めるかなんて関係ないぞ。所詮ドングリの背比べさ。それに」

「それに?」

寺尾はとんでもないことを言い出しやがった。


「そいつを実行するとして、奴はそれで懲りる見込みはあるんだろうね」


発案者が寺尾なこともあり、いつにも増して松尾は問い詰め出した。


「いくら部活登校の奴でも、俺たちがいつも連んでいるくらいのことは知ってるはずだ。万が一知らないなら、丸尾の目の前で見せつけてやればジョニーの仇討ちって分かるだろ」


「あと、丸尾がその日のその時間までに来るとはとても思えない。その辺はどうするんだ」

 

「そりゃ……運だ」


相変わらず寺尾は浅はかだった。


「流石にそこを運頼みはいただけないな。せめて丸尾をコントロールする方法があればいいんだが。例えば女とか」


女か。同じ柔道部の部員なら知ってるかもな。


「そこらへんを当たってみるか」


 てなわけで僕たちは柔道部員を中心に話しかけたものの、心当たりのある人は誰もいなかった。分かったことと言えば、彼の女性事情だった。


 そもそも女子とろくに話さない(と言うよりは話す勇気がない)。彼には人の悪口を陰で言っているという陰湿なイメージが強いようだ。おまけに、そのイメージを抜きにしても

、彼女なんて俺には縁の無い話だ、と決めつけているらしい。


「俺の知るところだとな、そう言う奴は女に優しくされたことがほとんどない。んでもって、好みのタイプから多少ズレてる女でも、ちょいと優しくされると簡単に好きになっちまうもんだ」


と寺尾は自信満々に言った。それはお前の実体験だろ。どうせお前のことだ。結構な金額を貢いだんだろう。


「べ、別に…まだ三人にしか騙されてない し…」

これ以上の追及は闇が深そうなのでやめといた。


 他にマシな手段は思いつかず(留年ぐらいじゃ動じない)、このハニートラップ擬きに決めた。奇遇にも丸尾のグループに紅一点南尾がいたので、彼女に協力してもらうことにした。

 

 なあに、楽しいおしゃべりを現社の時間にふっかけてくれればいい。んでもってディベート当日は一時間目から来るよう仕向けてくれ。


「は?そんな面倒いやよ」

 

 よく考えてみろよ。あいつが来なかったら、その分を担当しないといけないのはお前ら三人なんだぞ。


「あたしはしないわ。代わりに根尾と原尾がやってくれる。最初はお前もやれとうるさいかったけど、結局根負けしてたわ。ざまあないわね」


 僕は南尾がこういうやつであることを忘れていた。とはいえ、そう簡単に首を縦に振るなんて思っていないのですぐさま次の手を打った。

 

 「いくら欲しい?」

「そうね、諭吉一人分でいいわよ」



 他にも準備を重ね、ついに当日が来た。

南尾によるトラップは成功し、計画通り丸尾は間に合った。他の面子もしっかり揃っている。あとは淡々と発言するだけだ。

 丸尾よ、目にもの見せてやる。

 

 その時間が待ち遠しい。

 授業がひとつ終わる度に鼓動が強くなっていた。脚は震えだし、板書の内容がいつにも増して頭に入らない。ことあるごとに顔がニヤけている。なんと心地のよい高揚感。いつもと違う僕の様子に不審に思う目線を幾らか感じたが、気にならない。脳内で本番のリハーサルが行われている。勝つイメージは幾度となく繰り返され、負ける気がしなかった。


以下、待ちに待った勝負である。



司会「それではBグループ(僕、松尾、寺尾、ジョニーでジョニーはいないから三人。)とDグループ(丸尾、根尾、原尾、南尾の合計四人。)によるディベートを始めます。扱う議題は『レジ袋の有料化をすべきか』です。肯定側のDグループの皆さんお願いします。」


根尾「はい、レジ袋は全国一律に有料化し、その使用を減らしていくべきです。第一にレジ袋の大半は買ったものを運んだのち、ゴミとなります。(省略)によれば年間何百億枚のレジ袋が捨てられています。」


原尾「また、無料なのをいいことに一枚ではこと足らずニ枚も三枚ももらう人がいます。持参のバッグの内側に敷いて使うといった本来と異なる用い方をする人もいます。そのような目的のためにレジ袋はあるわけではありません。」


司会「それでは質疑応答に入ります。Bグループの皆さん質問をお願いします。」


 何を質問すればいいか。非の打ち所のない見事な反論を挙げられればそれに越したことはないが、別にそこまでしなくていい。なぜかって?そりゃ、ごっこ遊びに過ぎないからね。たとえ間違った反論でも、相手を詰まらせればそれでいいのさ。とはいえ、反論に対して応答するのは丸尾だ。ここでの一発目をしっかり決めたい。


村尾(僕)「レジ袋が違う用途で用いられるとのことでしたが、それは具体的に何%くらいの人がしているのでしょうか。というのも、そういった行為はレジ袋に限らないはずです。例えば持参したペットボトルを自販機横のゴミ箱に入れる人も世の中にはいます。しかし、それは一体どれほどの割合でいるかが重要だと思います。いるとしても数人程度なら、そのために政策に舵を切ることは無理があります。それに地域によってその実態は異なるはずです。全国で同じように行うことは経済的な損失も大きくなりかねません。有料化を捨てられてしまうと言う環境保護の面を理由にするのはともかく、たくさん貰って別の使い方をする人がいるなどという、個人的感情で行うことではないと思います。その点に関してもお聞きしたいのです。」


 クラスがざわめき出す。ふふふ…ここまでやったらどうだ。ところどころ怪しい部分もあるが、あいつらは耳でしかそれを聞いていない慣れてないやつが気づけるとは思えない。


 個人的感情なんて挑発も入れてしまったが、実際に個人的感情で行動してるのは僕たちの方なんだよな。


 Dグループは熱心な相談を始めた。先程まで堂々としていた丸尾の顔がここにきて苦い顔を始め出した。余裕が全くないのだろう。困り果てているだろうな。ひひひ…っておい、お前らまで笑ったらだめだろ。

「いやーここまでするとはもう楽しくって楽しくって。もっといじめたい」

 寺尾の小物っぷりが全面的に出ていた。松尾は顔を下にして震えている。これくらいは自重しろ寺尾。

「はいはい。わかりました」


司会「Dグループからの応答をお願いします」


………無反応。だいぶ困り果てているようだ。

二分ぐらい経って、


司会「そろそろお願いします」


………応答なし。


司会「応答がありませんので次に、」


丸尾「言います。今から言います」


かなり苛立っているようだ。顔が普段より赤い。作戦大成功。


丸尾「何%かということですが、その資料はありません。実体験です。そう言う人は確かにいるんです。あなたたちはそれを見過ごせと言うんですか。そんなことではレジ袋を関する問題の解決には到底ならないと思いますが。」


とんでもねえ私見である。やけくそになっているのかもしれない。が、彼はそれで終わらず、


丸尾「個人的感情などと一括りにされましたが、こう言う使い道がレジ袋のゴミを増やしている原因の一つであることは言うまでもありません。そうしたひとつひとつの小さな行いが目的を達成するには必要なんです。確かに遠回りかもしれませんが、人々の意識の改革あっての政策だと思います」


とまでいったがやはり言い分が破綻している。まるでレジ袋を一人ひとつにすることを主眼に置いているみたいだ。レジ袋の有料化の後にそうした人々の改革は大半が無意味となるんじゃないか。だってレジ袋を使う人が減るんだから。


その主旨を丸尾への応答にいい、肯定側の発言は終了した。


司会「続いては、否定側の意見です。Bグループさんお願いします」


寺尾「はい、レジ袋を有料化することは控えるべきであると思います。まず、レジ袋を作る会社の利益を減らしてしまう点です。レジ袋を利用する人が減れば、使われる量も減り、結果として店側からの発注も減ります。場合によってはその会社は倒産してしまいかねません」


松尾「そこまでいかなくとも、経営状態の悪化により、リストラの危険があります。どちらに転んだとしても、失業者が多数出ることには間違いありません。失業者を増やしてまでも強行する政策ではないと思います」


司会「それでは質疑応答に入りますDグループの皆さんよろしくお願いします」


さて、どう来る。あとはここを凌げばいいだけなんだ。


南尾「失業者がでるとのことでしたが、どれほどの割合でしょうか。先程そちらがおっしゃったように、少ない割合ならばさほど気にしなくてもいいと思いますが」


 しまった。相手の揚げ足を取ることばかりに目が行って、墓穴を掘っていることに気づかなかった。きっちり反論するための決定的資料は………ない。


 南尾の野郎、こっちがそっちのメモを見て考えてきたことに腹を立てているのか。やべえやつを怒らしてしまった。


 助けを求め二人を見る。だめだ、硬直している。こちらに目を向けても分からん、分からんと言ってすぐ黙り込んでしまった。


 ここにきてまた、鼓動が強くなってきた。ドクン、ドクンと鳴る音に苛立ち、処刑を目の前にしたかのような恐怖に駆られる。実際公開処刑寸前である。口がブルブル震えだした。沈黙はまずい。早く何か言わねば…。


 ようやく絞り出して、


村尾「資料によりますと、五分の一の企業はすでに赤字です。ここから、さらに増えていくと思います」


泥試合の幕開けである。こんなのまともな回答ではない。失業者との関連性を具体的に言えてない。…負けた。


しかし、その無様な顔つきを見た南尾は大きく薄気味悪い笑顔を浮かべ、


南尾「分かりました。」


と言ってこれ以上追及しなかった。


司会「これでこの議題の討論を終わります」



 討論後、丸尾は悔しそうにつつも、何か別の感情も混じった顔をしていた。それを見た南尾は呆れた顔で、


「情けないねえ、そんなことでろくな反論もできないなんて。反省しなよ」


と偉そうに言った。丸尾はひどく赤面した。んでもって彼女はこちらを見て、


「爪が甘いねえ」


とねっとり言いやがった。敵には回してはいけないと直感した。


 結果的に僕たちは勝った。

 気も済んだことだし、ジョニーを出迎える準備でもするかな。今度こそ抜かりのないようにしなくては。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

実は本作、シリーズにおけるある話の前日談に当たります。興味のある方はぜひ一読下さい。

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