風のお墓
思い出してみると、子どもの頃には、いろんなもののお墓をつくっていました。見つけた、小動物の死骸や流れ着いた骨など、実際に穴を掘って墓標を差していました。すでにお気づきかとは思いますが、暗い子どもだったのです。
大人になるにつれて、実際のお墓をつくることはなくなりましたけど、こころの中にお墓をつくることが増えた気がします。見方を変えれば、この詩も「幼心」の墓標のようなものかもしれません。
追記
物の怪を恐れる底に、人ならぬモノのいのちを敬える古人の教えありせば
「こんど吹いたら、僕の風」
そう言いながら、駄菓子屋の フクロを、兄ちゃん、振り回す
僕も真似して、あめ玉を ポッケに入れて
空っぽの フクロの口を振りかざす
「こんど吹く風、僕の風」
言ったそばから風が吹き フクロの奥に飛び込んで
被ったままで逃げようと 右へ、左へ大暴れ
僕はあわてて、その口を ねじって閉じて、声上げる
「やったよ、やった、大成功
風をフクロに閉じ込めた」
得意の顔を兄ちゃんに 向けて、フクロをひけらかす
ところが、風は動かない
フクロの中で、じっとして 息を殺して隠れてる
振ってみたって動かない
逆さにしても動かない
とうとう、我慢しきれずに フクロの口を開けようと
したら、兄ちゃん、にやにやと 笑って僕を丸めこむ
「風は暴れて、疲れ果て フクロの中で寝てるんだ
だから、このまま閉じ込めて しばらく待てば目を覚ます
それから遊べばいいだろう?」
なるほど、やっぱ、兄ちゃんは すごいな、ほんと、言うとおり
僕は、フクロを両腕に 抱えて、家に歩きだす
家に帰って、床の上 そっと置いたら、その前で
風が目覚めて動きだす 時を待ちわび、そのうちに
風の居眠り伝染し 僕の両目もつぶれだす
「おいおい、起きろ、いつまでも
お前が寝てて、どうすんだ」
ゆすられ、起きて目をこする 僕の前には、閉じたまま
つぶれたフクロがあるばかり
「風は逃げたの?
どこ行った?
僕が眠っているうちに 兄ちゃん、逃がしてしまったの?」
真面目な顔で兄ちゃんは 僕に向って言い放つ
「お前、フクロに息できる ように、針穴つくったか?
たぶん、つくってないだろう?
だから、フクロの中の風 息ができずに死んじゃった
死んで、へしゃげて消えちゃった」
どうしていいのか解らずに つぶれたフクロ、目の前に
涙がボロボロあふれだし 大きな声で泣きだした
泣きだす僕の背のうしろ 兄ちゃん、笑いをかみ殺し
「死んだんだから、仕方ない
風がお化けになるまえに お墓つくって埋めてやれ
そうすりゃ、きっと、この風も お前を許してくれるだろ」
嘘つき兄ちゃん、騙されて
僕は裸足で庭にでて 犬に負けじと穴を掘り
風の袋をそっと入れ 土を戻してうずくまる
その背に何か言うように 風がビューっと吹いてきて
僕は、慌てて手を合わせ 化けて出るなと目を閉じて
「ごめん、ごめんよ
もう、風を、つかまえたりはしないから
どうか許して、あの空に帰ってくれよ
お願いだ」
そう呟いた、あの夏は いまでは遠く去りゆけど
この背に夏の夕暮れの 色を重ねた風吹けば
あの日のことのよみがえる
いまは昔とよみがえる
いまでは、嘘も八百の 幼い頃の戯言と
解っていてもあの日々の ただ、懐かしくよみがえる
風のお墓を、この指で 掘った、あの日を懐かしく
こころの奥に呼び覚ます
世の中の理解及ばぬ事柄に畏敬を持ちて、日々を生きねば