マーダーゲーム
その日、街の喧噪の中、オレは一人歩いていた。
近くの高校に通う、17歳。超能力があったり、物凄い天才だったり、抜群の運動神経があったり――なんてこととは無縁の平凡な高校生だ。そんなオレが今ハマっているのが、オンライン専用の対戦ゲーム『マーダーゲーム』だ。
名前だけ聞けば、なんとも危なそうなタイトルだが、そんなことはない。簡単に言うなら、ちょっと特殊な鬼ごっこだ。
まず、プレイヤーの中から殺人者が選ばれる。これが、所謂鬼だ。そして、残りのプレイヤーは逃亡者となり、殺人者から逃げることとなる。
殺人者は逃亡者より足が早いため、逃亡者は手に入るアイテムを駆使し、殺人者を妨害しながら、逆に殺人者はその妨害を回避しながらゲームを進めていくことになる。そして、逃亡者が殺人者に捕まれば、鬼が交替──と、いう訳ではなく、逃亡者は死亡。つまりはゲームオーバーだ。
制限時間以内に、逃亡者を全捕まえると、殺人者の勝利。逆に、逃げ切ることが出来れば、逃亡者の勝利となる。
はじめはなんとなくで始めたオレだが、今ではすっかり夢中になっている。
今日は、そんなゲームで仲良くなったやつらと会うことになっている。
顔も知らない友人と会うというのは、なんとも変な感じだが、それ以上に楽しみでもある。今も表情に出ていないか、正直不安だったりする。
オレは、時間の確認をする為に、携帯電話を取り出す。時間はまだある。このまま行けば、集合時間より、少し早いぐらいに到着するだろう。
ついでに集合場所の再確認をする為に、メールをチェックする。
集合場所は、オレの住む町の隣町だ。その町の外れにある廃工場。そこが、集合場所となっていた。
(他にも待ち合わせ出来そうな場所もあるだろうに……)
これが、最初に浮かんだ感想だった。だが、顔も知らない者同士が集まるのだ。なら、こういった場所の方が都合がいいだろう。
しばらく歩くと、次第に街の喧噪から離れていく。果てには一切の人気がなくなってしまった。
「多分この辺に……」
オレはそう呟きながら、周囲を見渡してみる。
もう少し先なのだろうか? それらしい建物は見当たらない。オレは周囲の建物に注意しながら、ゆっくりと歩いていく。
少しして、工場らしき建物が見えてくる。近寄って名前を確認してみる。メールに記載されていた名前だ。どうやらここが目的地のようだ。
中にはもう皆いるのだろうか?そう思うと緊張してくる。
名乗るなら、やっぱハンドルネームだよな?
まずは名乗ってそれから──
考えれば考えるほど頭が真っ白になってくる。周囲から見たら完全に不審者だ。
落ち着くために、とりあえず深呼吸をする。緊張は解けないが、真っ白だった頭を元に戻すには十分だった。
「お邪魔しまーす」
どこか後ろめたい気がして、ついそんなことを口走ってしまう。閉鎖して間もないのか、雑草が生い茂る訳でもなく、見た感じは休日の工場といったところだ。だから、余計に後ろめたく感じるのかもしれない。
門をくぐり、工場のドアに手を掛ける。低い音を立てながらゆっくりとドアが開いていく。
もうみんな揃っているのだろうか?期待しながら、中へと入っていく。
中に居たのは──小学生ぐらいの小さな女の子が一人。黒い、フリルのついたドレスのような──ゴスロリ衣裳というやつだろうか。そんな服装とは対照的に、肌は白い。ウェーブがかかった金髪の髪はツインテールに纏められている。
顔立ちも整っていて、まさしく美少女というやつだ──念のために言っておくがオレにロリコンの気はない──
工場には窓が少なく、昼間だというのに随分くらい。窓から入るわずかな光で、辛うじて中が見渡せる程度だ。そんな場所にも関わらず、黒ずくめのこの少女は、暗闇に溶けることなく、はっきりとした存在を感じられる。
「もしかして、君も参加者?」
オフ会のことだ。
この場所に居るのだから、当然そうなのだろうが念のために聞いてみる。
「いいえ、残念ながら──」
返ってきたのは、予想とは正反対の答えだった。
ならば、なぜこんな所に居るのだろうか? 閉鎖された廃工場に何か用があるとは思えない。
「もし、よろしければ、少し遊んでくださいませんか?」
突然、少女からそんなことを言われ、それまでの思考を中断する。
「オレも待ち合わせでここに来ただけだから――ごめんな?」
子供は好きだし、普段なら快諾している所だが、今日はそういう訳にはいかない。この子には可哀想だが断ることにする。
「──誰も居ないのに?」
辺りを見回しながら少女が言う。
確かにその通りだった。もうそろそろ集合時間だというのに、誰も居ないどころか、誰かが来る様子もない。
時間を確認してみると、約束の時間まで後五分ほどあった。
「しょうがない。この場所でみんなが来るまでってことでならいいよ」
「ええ、かまいませんわ」
我ながら甘いな。そう思いつつも、この子も喜んでるみたいでよかったとも思える。
しかし、遊ぶのはいいが、何をするのだろうか?こんな場所では、出来ることなど限られている。
「それで、なにする?」
「──マーダーゲーム」
一瞬、自分の耳を疑いそうになる。
今、マーダーゲームとこの子は言った。今までよりも少し小さな声で──しかし、はっきりとそう聞こえた。
元々のゲームを知っているだけに、戦慄してしまうが、どう言い換えた所でしょせんは鬼ごっこだ。
それに、よくよく考えてみれば、こんな小さな子がタイトルの意味をわかっているとも思えない。そう考えると、さっきまでの自分に内心呆れてしまう。
「ああ、いいよ」
オレはこの子の提案を承諾する。
「鬼はオレがやった方がいいかな」
オレが逃げる方になれば、本気を出すつもりなどないとはいえ、ゲームにならなくなる可能性もある。それなら、オレが鬼になった方がいいだろうと思ったのだが──
「殺人者は私、あなたは逃亡者──」
少女はそう言うのだった。
この子がそれでいいのなら、オレは構わないので従うことにする。
少女は、オレに背を向け、数を数え始める。それを合図に、オレも入り口に向けて移動を開始する。
入り口の脇に、入ってきた時には気付かなかったある物に気付く。パレットに積み上げられた荷物だ。
ここに忘れ去られた物なのか、それともまだ運び出していないだけなのか――そんな事を考えながら、積み上げられた荷物へと近づく。
後ろ側を調べてみると、人が一人、漸く通れる程の隙間があった。女の子のカウントがまだ終わってない事を確認すると、オレはそのまま隙間へと身を潜める。
次に、リュックから手鏡を取り出す。これを使えば、必要以上に物陰から顔を出すことなく、周囲を窺う事が出来る。
思わず本気になり過ぎている事に、苦笑する。さすがに少し大人気ない気もするが、ここから動くときに、見つかるように動けば問題ないだろう。
鏡越しに少女の姿を探してみる。少し鏡の角度を変えると、簡単にその姿を捉える事が出来た。
数を数え終わったたばかりなのか、先程の位置とはあまり変わらない場所で、ゆっくりとこちらに向かってくる所だった。
鏡越しなので、微妙に距離感が狂う。
まだ大丈夫か?
もう動いたほうがいいのか?
そんな事を考えながら、少女の動きを窺う。
少女は徐々にこちらへと近づいてくる。それに合わせて、入ってきた方とは反対側──つまりは、少女の居ない方へと動いていく。そして、積み上げられた荷物の側面へと回り込む。
少女は荷物を挟んだ向かい側にいる。このままやり過ごせば、見つかる事はないだろう。だが、そこまでするつもりはない。
オレは、パレットを軽く蹴り、そのまま走りだす。勿論、全力ではない。ジョギング程度のペースだ。
パレットを蹴った事で、オレの姿は簡単に見つけられる。上手くいったようだ。
後ろを気にしながら、着かず離れずの距離を保ち逃げる。そして、徐々にスピードを落とし、互いの距離を詰めていく。
そろそろ捕まるだろうかというところで、少女は全力で走ってくる。このまま捕まって、鬼を交替──それでいいだろうと考えていた。
二人の距離がほとんどなくなる。そして、オレが少女に捕まる――。
そのつもりだった。
そうなるはずだった。
だが、実際には、オレは咄嗟に身を翻し、情けなく尻餅をついた形で少女を見上げていた。
「残念。もう少しでしたのに」
無邪気にそう呟く少女。だが、それとは裏腹に、オレの表情は完全に凍り付いていた。
見間違いだったのだろうか?そうであってほしい。
そんな期待──いや、願いを込めて、少女の手へと視線を向ける。
その手にあったのは──一本のナイフだった。
僅かな窓から入る日の光が反射しなければ、恐らく気付かなかっただろう。かなりギリギリだったらしく、着ていたTシャツが鋭く切り裂かれている。
「な、なんでそんなもの・・・」
恐怖はあった。だが、それ以上に困惑していた。
オフ会をする為に、偶然この場所に来ただけだというのに、なぜいきなり──それも、初対面の少女に殺されそうにならなければならないのか?
わからない。
わからない。
いくら考えても答えは出てこない。
「そんなもの持ってたら危ないよ。オレが預かるよ」
オレの中の、辛うじて冷静だった部分が、無意識にそう言っていた。
「くすくす。ダーメ。それに私──」
オレの言葉は、無邪気な言葉と共に却下される。そして──
「殺人者ですもの」
この言葉で、全身に寒気が走った。いや、言葉だけではない。仕草、表情。この少女を構成するもの全てにだ。
今までの無邪気さは確かにある。だがそれ以上に妖艶さを感じる。とてもこんな子供が出せる雰囲気ではない。オレに恐怖心が芽生えさせるには十分だった。
「え……なに……いっ……て……」
「殺人者は逃亡者を殺しませんと」
相変わらずの表情で少女が言う。そこに罪悪感の様なものはない。まるで当然のことをしているとでも言いたげだ。
「じゃないと、ゲームが終わらないでしょう?」
まるで「」幼い子を諭すかの様に少女は言う。
まさか、この子は現実でマーダーゲームをするつもりだろうか? いや、そうなのだろう。
確かに初めからそう言っていたが、まさか本当だったとは……
でも、そんな事をして何になる? 殺し殺されの関係など、ゲーム内だから成立するものだ。現実にそんなものを求めたところで、それはただの犯罪だ。
「もうよろしいですか?そろそろ死んでください」
無邪気な顔で、とんでもないことを口走る。それがオレの恐怖心を更に煽る。
少女がオレの前に立ち、ゆっくりとナイフを振り上げる。
もしかして、これは友人達が仕掛けたドッキリじゃないのか? あのナイフも偽物ではないのか?
あくまで現実を受け入れられないオレが、そんな事を考え始める。
一瞬、その考えに身を委ねてしまおうかと思うが、誘惑を振り払う。
バカかオレは。さっきのことを思い出しても、そんな事はありえない。事実、オレのTシャツは切り裂かれ、避けなければ間違いなく刺されていた。
少女は振り上げたナイフを振り下ろす。
オレは、それを躱すと、外へと走りだす。今度は追い付かれる様な速度ではない。本気で走る。
同時に携帯電話を取り出し、今回の幹事を務める友人に電話をする。
なかなか、コール音が始まらない。オレが焦っているせいか、それとも本当になかなか繋がらないのか。もうそんな事も分からない程に、オレの余裕はなかった。
少しして、漸く繋がる。だが、そこから聞こえてきたのはコール音ではなかった。
「この電話は、現在、使われておりません」
無機質な音声ガイドが、延々とそう繰り返していた。
どうなってるんだ?昨日の夜までは確かに使えていた番号だ。それが、一晩経っただけで使えなくなるなんて・・・
今はそんな事を考えても仕方ない。とにかく今は、外に出ないと!
工場内から一気にダッシュをしてきた為、入り口の門にはすぐに着いた。異常なまでの緊張感もあり、息は完全にあがっていた。だが、そんな事は関係ない。外にさえ出てしまえば、後はどうにでもなる。
そう、外にさえ出れば──
「なん……だよ、これ──」
オレは自分の目を疑った。
漸く辿り着いた門には、有刺鉄線が巻き付けられていた。それも、隙間なくぎっしりと。オレが入ってきた時には、こんなものなかったはずだ。
試しに、足で門を押してみるが、開きはしない。何度か試してみるが、ただ前後に揺れるだけで、開く様子はない。
乗り越えようとしても、持つ所がないのではこれも無理だ。
じゃあ、塀はどうだろうか?少し高さがあるが、届かない程じゃない。だが、これも無理だ。ここにも有刺鉄線が張ってある。
どうやら外に逃げるのは無理そうだ。
あの子は、マーダーゲームだと言っていた。つまりは、時間いっぱいまで逃げろという事だろう。
だが、大人しく従うつもりはない。
その場を離れ、移動しながら携帯電話を取り出す。さっきは通じなかったが、他のメンバーなら大丈夫だろう。連絡さえつけばどうにかなるはずだ。
だが、その希望はあっさりと打ち砕かれる事になる。
一人・・・また一人と電話を掛けていくが、誰にも繋がらない。いや、知らされていた──それも、つい最近まで使われていた番号が、どれも使えなくなっている。
そして、ついには誰とも連絡が取れることはなかった。
どうなってるんだ?こんなこと、ありえるはずがない。だが、現に起きている事を否定しても仕方ない。頭を切り替え、この場から逃れる方法を考える。
少し考え、ある番号を押していく。
110……なんとも情けない話だが、警察を呼ぶ事にする。
小さな女の子に殺されそうになってる。改めて考えると、みっともない事この上ないが、そんな事を言っている場合でもない。意を決し、通話ボタンを押す。
だが、それと同時に電源が切れる。
「さっきまで電池満タンだったのに……一体どうなってんだよ……!」
次々と起こる訳のわからない状況に、思わず悪態をつく。こんなことをしても意味はない。頭ではわかっているが、そんな理屈では感情は押さえきれなかった。
だが、そんな事を言っている場合でもない。落ち着け、オレ!
目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返す。
少しは落ち着く事が出来た。
まずは、携帯電話の電源ボタンを押してみる。だが、電源が入る様子はない。次にリュックから電池式の携帯充電器を取り出す。それで充電をしながら、再び電源を入れてみる。だが、やはり電源が入る事はない。
どうやら、完全に外とは遮断された様だ。尤も、これは予想通りだ。少し冷静になれば、今更この程度で狼狽える事もない。
だが、いい案がないのもまた事実。
周囲を見渡し、少女の姿がないことを確認すると、再び走りはじめる。
とりあえずは、周囲の探索。あとの事はそれから考えることにする。
探索を始めて間もなくして、オレは初めに居た工場の中へと戻っていた。
工場の敷地は決して広いとは言えず、敷地内を回るだけなら全力で走れば二、三分で回れるぐらいの広さだ。
近くには小さな事務所があった程度で他には何もなかった。
だが、気掛かりなことが一つ出来た。
オレはこの場所は廃工場だと聞いていた。にも関わらず、随分と資材が多い様に思える。この工場内も、一見なにもない様でよく見ると、壁ぎわにはオレが最初に隠れた荷物を含め、色々と置かれている。放置されたままなのか、まだ運びだされていないだけなのか。それとも、オレが騙されているのか・・・。まぁ、そんな事を考えたところで答えなど出るはずもない。せいぜい隠れる場所が多いと喜べるぐらいだ。
あの少女は来る様子はまだない。恐らく外を探しているのだろう。
それほど広くないとはいえ、ただ動くのと人を探しながら動くのでは、移動時間は随分と変わってくる。
その間に、どこかに隠れて時間いっぱいまでやり過ごしたいところだが……
「いざ隠れるとなるとどこも頼りなく見えるな」
物が多いとはいえ、そこはやはり工場。ここにあるものは、ダンボールやパレットが積み重ねてあるばかりで、隠れてやり過ごすには不安が残る。
それなら外の事務所に――とも考えるが、それはそれで危険だ。広さがない上に、出入り口は一つ。勿論窓はあるが、少し手間取ればあっさりと捕まってしまう。そんな場所に行くのは袋小路に逃げ込むのと変わりない。それに、外でうっかり鉢合わせという事態も避けたい。
マーダーゲームで生き残る最も確実な方法は、鬼――つまりは殺人者に出会わないこと。
見つからないよう息を潜め――それでいて動くときは大胆に。いかに相手の動きを読めるかがこのゲームの醍醐味だ。迂闊な行動はするべきではない。
改めてオレは工場内を見回してみる。
さっきは気付かなかったが、良く見るとドアが二つ。それに運搬用だろうか? 人が乗るには大きすぎるエレベーターがあった。
恐らく二階があるのだろう。
この場でやり過ごすか二階に行くか――悩みどころではあるが、あまり悠長に考えてはいられない。
もう一度辺りを見回し、オレはドアへと近付いていく。
ここで、時間いっぱいまでやり過ごすには恐らく無理だ。なら、ダメ元で一度二階に上がってみるのもいいだろう。
ドアの前に立つと、ゆっくりとドアノブを捻る。開けた瞬間あの子が――なんて展開も有得るため、緊張が走る。
小さな音を立て、ゆっくりとドアが開く。
オレの心配は杞憂に終わり、中には誰もいなかった。
安堵の溜息を吐きながら、中を覗いてみる。そこには、二階へ行くための階段と、ここにも積み上げられたダンボールの山があった。
それだけを確認すると、ドアを閉め、反対方向にあるドアへと近付く。
同じ様に二階への階段があるのだろうが、念のために確認しておく。いざという時に、実は違ったなんて事態は避けたい。
先ほどと同じ様に、ゆっくりとドアを開ける。予想通り、やはりこっちも同じ作りになっていた。ダンボールが積み上げられているのまで同じだ。
次は二階に――そう思った時だった。重く低い音が鳴り響く。工場の入り口が開いたのだ。恐らくあの子だろう。
自分の存在を隠す気はないのだろう。足音を消す事もなくこっちに近付いてくる。
早く二階に――頭ではわかっているのだが、体が硬直してしまっている。そうしている内に、足音はドアの前で止まる。今から二階に上がっては見つかってしまう。
少女がドアを開けると同時にオレはダンボールの後ろへと滑り込んだ。この場所は階段の上からでもない限り見える事はまずない。緊張から激しくなる呼吸をなんとか押さえ、少女をやり過ごす事にする。
「ここにもいませんわね。どこかしら……くすくす」
言葉の内容とは裏腹に、この状況を楽しんでいる。
「あそこかしら?」
どこかに当たりをつけたのだろう。少女はそう呟くと、ゆっくりと移動していく。
まさかここがバレた?
そうでないことを祈りながら、同時に身構える。
緊張を抑えながら、少女が現れるのを待つが、その時は一向に訪れない。そして、足音は階段を登っていくのを示していた。
どうあやら、少女はオレが二階にいると勘違いしていたようだ。
結果的に、あそこで体が動かなかったのは正解だったようだ。
一歩、二歩……少女が階段を登る足音を数えていく。階段を登るということは、ここが見つかる可能性があるということでもある。見つかってから動いたのでは遅い。
予想外の場所から出てくれば、すぐには対応出来ないはずだ。その隙に一気に逃げる。そのために、確実に階段を登る音を数えていく。
七歩、八歩……そろそろいいだろう。オレは一気に飛び出し、そのままドアの外へと走り出した。いや、走り出すはずだった。
「見ぃ〜つけた♪」
ダンボールの後ろから飛び出したとき、どういう訳か、少女は階段の麓に居たのだ。確かに階段を登っていたはずなのに。
「くすくす……この場所にいるのがそんなにも意外ですか?」
呆気に取られるオレに少女が問い掛ける。
なんでだ? たしかに階段を登っていたはずなのになんで……?
よく見てみると、少女は階段の一段目に乗っていた。それで、全てを理解する。
「足踏みか……」
「正解ですわ」
オレの言葉に満足そうに答える少女。
どうもオレはこの子に一杯喰わされたらしい。
この子にとって死角ということは、当然オレにとっても死角な訳で――この子は階段で足踏みをして登っている様子を装い、オレはまんまと騙されたというわけだ。
「くすくす……これでゲームオーバーですわね」
少女の手にはあのナイフが握られている。これから、人を殺そうというのに、躊躇った様子は微塵もない。それどころか、楽しんですらいる。
少女がゆっくりとこっちに近付いてくる。だが、オレに逃げ場はない。この子の言うようにゲームオーバーだ。
もう終わり――つまりは“死”を意識した瞬間、再び、恐怖が押し寄せる。
死にたくない……
死にたくない……
死にたくない!
いつの間にか、オレの意識は真っ白になっていた。同時に、自然と体が動いていた。
「はぁ……はぁ……」
荒れた息を整えながら、オレは“ソレ”を見つめていた。
先ほどまでナイフを構え、オレを殺そうとしていた少女。だが、立場は逆転していまっていた。何せ、今倒れているのは少女の方なのだから……
オレは咄嗟に少女を突き飛ばしたのだ。そしてそのまま少女は階段に頭をぶつけ、辺りには血溜まりが出来ていた。
ピクリとも動かないところを見ると死んでしまったのだろう。殺しにきた相手を逆に殺していたのではどうしようもないな。
この子が死んだのならマーダーゲームも終わりだ。なんとか脱出して――警察だな。
「ごめんな……」
少女を見下ろし、そう言葉をかける。それで許されるものでもないが、言わずにはいられなかった。たとえそれが、オレを殺しにきた相手だったとしても。
立ち去ろうと背を向けた瞬間――
「くすくす、随分余裕ですのね」
ありえないはずの声が聞こえた。だってさっきオレが確かに……
いや、待て。ちゃんと確認した訳じゃない。オレが勝手に思い込んでいただけだ。気を失っていただけなのだろう。血も出欠が激しいだけで、傷自体は大したことなかったのかもしてない。
「よかった。無事で……」
そう言いながら振り返るが、少女の顔を見たとき、それ以上の言葉は出なかった。それほどまでに少女の姿は異常だった。
頭から血を流しているにも関わらず、少女はこれまでと同様に妖しい笑みを浮かべている。まるで何事もなかったかのように。
「流石に今のは痛かったですわよ」
少女はそう言いながら、傷に手を当てると、何事もなかったかの用に傷が、そして血が消えてしまう。
有得ない状況に、オレは喚きたくなるが、最早声も出ない。
最早、恐怖で体が硬直し、逃げる事もままならない。だが、そんなオレの状況はお構いなしに、少女はこちらへと近付いてくる。
いつの間にか呼吸が止まっている。思い出してはまた呼吸をするが、気付けばまた止まる。それに呼応するかの様に、心臓の音が大きくなる。今までに聴いたことないぐらいの大きさだ。
「くすくす、逃げなくてもよろしいですの?」
少女はそう言いながら近付いてくる。それでもやはりオレの体は動かない。
「それでは、死んでください♪」
少女がオレの目の前に来ると、そのままナイフを構える。
だが、少女のナイフはオレに届くことはなかった。漸く動いたオレの体は少女を再び突き飛ばしていたのだ。
今度は尻餅をついた程度だったが、逃げるには十分だ。
動く事を渋る体を無理矢理動かし、全速力で駆けていく。最早逃げる場所を考える余裕はない。オレは無意識に走り回り、気付けば外に居た。
後ろを見ると、少女の姿が見える。まだ安心出来ない。オレは更にスピードを上げる。だが、いつまで経っても、少女が視界から消える事はない。
明らかに歩いている様にしか見えないのだが、常に一定の距離を置いて少女がついてくるのだ。
堪らずに、オレは辺りのものをばら撒いていく。どれほど効果があるかは怪しいが、最早オレにはその判断は出来ないでいた。
やはり効果はなかったのだろう。少女は先ほどと変わらず着いて来る。
オレは荷物をばら撒きながら考える。どうすればいい? どうすればあの子を止められる?
そして、一つの結論に辿り着く。
――殺してしまおう。
動かなくなるまで嬲り、蹂躙してしまえばいい。そうすればオレは助かる。そもそも、相手だって殺しにかかってくるんだ。オレだってそうしてなにが悪い。
そう考えると、酷く冷静になれた、先ほどまでの恐怖が嘘の様に消えていく。同時に、有得ない速さで考えが纏まっていく。
まずは武器がいる。ここにある物なら、鉄パイプや角材だろう。武器には十分だ。あとはそれを調達しないといけないんだが、これは逃げながら探すしかないな。
相変わらず、荷物をばら撒きながら逃げ回る。効果がないのはわかっているが、オレが冷静さを取り戻したのを悟られる訳にはいかない。
しばらく逃げ回ると、いくつも立てかけられた鉄パイプを発見する。遠目には大きなものが立てかけてあるように見えるが、少し近付くとそれは間違いだとわかる。短い――それも武器には手ごろなサイズのものがいくつも立てかけられているのだった。
こんなチャンスを見逃す手はない。オレは一気に近付いていく。
「そっちはやめた方がいいですわよ」
少女が何か言っているが、気にはしない。オレを殺そうとしている相手の言う事なんか聞けるわけがない。
スピードを緩める事なく、それに近付く。もう少しというところで、何かに引っかかり、派手に転ぶ。
「だけら、やめた方がいいと言いましたのに」
相変わらず少女はなにか言っているが、やはり気にはしない。
そんなことよりも一体なにがあったのか、足元を見てみる。そこには何もないが、代わりに靴に糸がついていた。
何があったのかさっぱりわからず、呆然としていると、何かが覆いかぶさったのか、辺りが影で包まれる。
不思議に思い、見上げてみるとそこには大量の鉄パイプが降ってきていた。
それで漸く納得する。
オレが転んだ場所にトラップが仕掛けてあったのだ。あの少女が仕掛けたのか、それともオレと同じ様に少女に狙われた誰かの仕業なのか。オレにそれを知る由はない。
ただ一つわかったことはある。どうやらオレはここまでみたいだ。
迫り来る鉄パイプを呆然と見つめる。もはやオレにはなにもなかった。感情も、死にたくないとう願いさえ……
随分と長い時間に思えた。いつまで経っても鉄パイプは届かない。でも確実にそれは迫ってきている。徐々に近付き、互いの距離はなくなっていく。そして、オレの意識は闇へと消えた。
「13分……全然ダメね」
「随分と恐怖してらしたようですから」
「ちょっと怖がらせすぎたんじゃないの?」
「そんなことありませんわ。あの方の心が弱すぎたんですわ」
「それじゃ、次は私だな」
「今回はあまり楽しめませんでしたし、次も行きたいですわ」
「ダメだ。順番だろ?」
「う〜ん、しょうがありませんわね」
「大丈夫よ、またすぐに順番が来るわよ」
「そうそう、ターゲットはいっぱい居るんだしな」
「さて、それじゃぁ、次のターゲットを探しましょうか」
ファンタジアナイツを読んでくれてる方はお久しぶりです。そうでない方は初めまして。
今回はホラーを書いてみました。ホラー……?若干(かなり?)怪しいですね、はい(汗
少し前に某月刊誌で連載していた○ウトというマンガに触発されて書いてみたのですがあまり恐怖は出せなかったですねぇ。一応方向性としましては、ダウ○やひぐら○といったサスペンス系のホラーになってると思うのですがいかがでしたでしょうか?
随分前からちょこちょこと書いてたのですが、無事アップできてよかったです。狙ったわけではないのですが、時期も夏と丁度いいですしねw
しかし、この小説、設定が固まる前――っていうか固められずに書いたため、色々とおかしな部分があったり書き終わったのに出来てない設定満載です(汗
因みに名前が出てないのはわざとです。決して考えるのが面倒だったわけではないですよ〜ww
さてと、ではこれからファンタジアナイツの方もがんばってくるとします。
未読の方は一度こちらも拝見してみてくださいませ。ちょっとgdsgdしてますが(汗