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第十九話 可愛いけどケガしちゃったので困っている

 激動の日から一日が経った。ギブソンは護衛をつけてやるから一旦家に帰れ、といい俺とテアは自宅に戻ってきていた。二人とも風呂に入り、布団に潜ったとはいえ、お世辞にも眠れたとは言えない。それには二つの理由があり、一つは目の前で人が斃れるのを見てしまっかたからであり、もう一つはテアが一緒のベッドで寝ていたからであった。

 おかげで四六時中鼻腔の奥に桃のような微かな甘い香りが入り込み、一睡も寝られたものではなかったのだ。そして、寝返りを打てば変なところに触れるかもしれない――そう思ったが最後、俺こと健全な青少年――東雲遊は布団の中で緊張したまま数時間過ごすことになった。こちらが寝返りを打たなくても、無防備な寝顔を晒しながら夢の世界に浸っているテアは問答無用でもぞもぞ動く。そのため、俺は接近したり遠ざかったりする少女の体温だけを感じて、熱赤外線誘導装置の逆のようなことを数時間もやる羽目になったのだ。いつの間にか、睡魔に負けて意識を失っていたが、あんなものは「睡眠」とは言わない。正しくは「気絶」という。

 当初テアにはゆったりと寝てもらいたかったから、俺は別で寝袋にでも入って寝るつもりだった。だが、テアが不満げな顔でベットの上に鎮座し続けたために一緒に入らざるを得なかったのだ。ほっぺたにキスまでされておいて何を今更と思うかもしれないが、そういう問題ではない。添い寝したいと言われて躊躇しない奴が居るか? いや居ない? よく分からなくなってきた。


「むにぃ……」


 テアが陽光を遮ろうと腕を目の上に回す。どうやら朝は苦手らしい。おかげで彼女は無防備な体勢を晒していた。

 黒龍集団のアジトから出てきたあと、七海はお詫びとばかりにテアのために洋服を大量に見繕ってくれた。今、テアが着ているパジャマもその一つだ。もこもこした生地と寒色系の配色がなんとも可愛らしい。だが、彼女が日の光から逃れようと身体を捩ったせいか、お腹のあたりがはだけてしまっていた。すべすべしてそうな白い肌と可愛らしいおへそがこちらに覗いている。ズボンも腰から少しずれているせいで、グレーの“それ”がチラッと見えてしまっていた。俺は不埒な妄想が頭を満たす前に視線をそらす。

 あれだけのことがあったのになんとも平和な朝だと思った。しかし、これからのことに考えは募るばかりだ。黒龍集団やCIAは、テアや裏切り者を始末するために追手を差し向けてくることだろう。俺とテア、ギブソン、七海だけでは到底勝てる相手ではない。ギブソンは俺達との別れ際に「この戦いを簡単に終わらせる方法を探す」と言っていた。果たして、そんなものは本当にあるのだろうか?

 考えに浸っていると、袖が引っ張られた。テアだ。


「ぅう……シュラウダン」

「あぁ、取り敢えず朝飯にしよう」


 テアは片手で眠そうに目をこすりながら、もう片方の手で俺の袖を掴んでいた。なんだかさっきから可愛い成分が高すぎないだろうか。そんな変な感想が出てくるくらいにはテアの仕草が愛らしく見えた。

 このままでは砂糖を吐いて死ぬので、朝食作りに集中することにした。今日はフレンチトーストだ。焼き始めると甘い匂いに釣られるようにくんくん鼻を利かせながら俺に近づいてくる。彼女はそのまま二の腕にしがみついてフライパンの中に視線を投げた。どうやらまだまだ寝ぼけているようだ。


「おいおい、作りにくいだろ? 離れてくれよ」


 ――と、言いながらも口元が緩むのに耐えられなかった。テアは俺の言葉が耳に入っていないのか、ふぁぁ……と小さなあくびをしながらまだしがみついていた。可愛すぎて、頭が沸騰してしまいそうだ。俺とテアの生活には瞬間湯沸かし器は必要ないかもしれない。

 そんなバカな発想をなんとか横において、俺はテアに食器棚を指差して指示する。食器を出しておいて欲しいという意味で通じるかは不安だったが、テアはケモミミをぴこぴこ震わせてこくりと頷いた。二の腕から離れていく彼女の暖かさが名残惜しかったが、テアはとてとてといった足取りで食器棚の前まで行き机に食器を並べ始めた。並べられた二人の分の平皿にフレンチトーストを載せて、シナモンを一振り、そしてフルーツトマトを彩りに添える。そんな些細な朝食への拘りに集中していると、テアの存在感が無いことに気づく。

 彼女は食器棚の奥の方を静かに見ていた。その雰囲気はいつもの観察眼を発揮する彼女だった。なにか興味を惹かれるものがあったのかもしれない。そう思うと同時にテアは食器棚の中から、何かを取り出した。


レンイル イフ(これは何ですか)、ユウ?」


 テアが不思議そうに取り出したのは受け皿の付いたスライサーだった。食器棚の中にそんなものがあったのかと驚くと同時に、テアの疑問にどう答えようかと頭が回り始めた。とりあえず、こちらでの名称を伝えてみるか。


レンイル スライサー(これはスライサーだよ)

「スライサ? スライス?」

「そうそう、スライサーだ。そっちの言葉ではどう――」

「んにゅっ!」


 テアの言葉でどういうのか問おうとした瞬間、彼女は変な声を上げた。同時にスライサーは床に自由落下していった。

 よくみると彼女の指から血が出ていた。どうやらスライサーを指でなでているうちに刃で指を切ったらしい。ケモミミがしょげてテンションが下がったのを如実に表すかのように垂れ下がっていた。


「大丈夫か……?」


 俺は半分慌てながら、半分冷静に次に行うべきことを理解していた。


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