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第十六話 ゲームが始まったので困っている

 冷静に目の前の状況を整理する。こちらに向いている銃口は3つ、全員バラバラの目標を狙っている。むやみに動くのは危険だが、かといって捕まれば、取り調べやらで時間を食ってテアの救出には間に合わなくなるだろう。ギブソンと七海も目の前の銃口を黙って睨めつけているが、そんなことは分かっているだろう。

 正面切って逃亡は難しいかもしれない。だが、それ以外に上手いアイデアは出てこなかった。


「よし、手を頭の後ろで結んでひざまずけ!」


 先頭にいる男が拳銃を向けたままこちらに近づく。その不用心さを俺は見逃さなかった。前に出てきた男に一か八かタックルして、後ろの男たちが怯んだその隙に間を突破する。発砲音は聞こえない。しかし、追っ手は簡単に諦める様子はなく、ひたすら走り続けた。本庁内を走り抜けるのは思わぬ効果も産んだ。追っ手たちは勤めている官僚たちに銃弾が当たるのを恐れて発砲しづらくなったのだ。

 ひたすら走り続けて、近くの駅の男子トイレに逃げ込んでやっと落ち着くことができた。そういえば、逃げるのに夢中でギブソンと七海をおいて来てしまった。あの二人は無事逃げ切れたのだろうか、それとも捕まってしまったのだろうか。もう本庁には戻れないので確かめるすべはない。あんなスパイのような組織のことである。電話などすれば逆探知で容易く居場所がバレるだろう。

 彼らのことはもう頼れない。ならば、自分ひとりでテアを助けに行くしかない。そう思ったところで、体が瘧に掛かったように震えた。ギブソンに向かって覚悟を問われたときに自信を持って答えたはずなのに。情けない。そんな言葉が頭の片隅に浮かんでくる。


 ――ドン、ドン、ドン!


 個室のドアが力強く叩かれる。通常なら長居し過ぎだという表明だ。しかし、今の状況では全く違う意味だった。追っ手は振り切ったと思っていたが、あっちのほうが一枚上手だったのかもしれない。なんたって国の情報機関だ。俺が本庁を出てから監視カメラなどで追跡でもしていたのだろう。

 冷や汗がツーッと背中を流れた。ここを出なければ、何も始まらない。ふと自分のポケットに視線が落ちる。そこにはギブソンがくれた拳銃が入っている。取り出して、グリップの底を叩きつけてから、スライドを引いてみる。半ば本能的な行動。FPSゲームの知識で銃が撃てるものかと思っていたが、きちんと弾丸が入っていた。そして、緊張感は更に高まっていった。

 ここまでくれば、開けるほかないだろう。意を決して、ドアを開け放つ。刹那、前に立っていた人影にタックルを食らわせる勢いで近づき、銃を突きつけようとしたが反応できない速さで叩き落される。


「良い心がけだ。だが、もう少し仲間は信じた方がいい」


 そこに立っていたのは碧眼の見覚えのある男だった。


「ギブソンさん……一体どうやって……」

「プロを無礼(なめ)ないほうがいい。近くの車に橋本も居る。一晩身を隠せそうなところはあるか?」

「申し訳ないですけど、思いつかないですね」


 一瞬弥弥のことが頭に浮かんだが、彼女をトラブルに巻き込むのは憚られた。ギブソンは仕方がないといったふうにため息を付いてから、銃を拾い上げて俺に渡した。


「まあいい、休むにしても時間がないからな」

「さっきのあいつらは何だったんですか?」

「恐らくCIAの差し金だろう。内調は外国の諜報機関のカウンターパートでもあるからな。勝手に異世界人を殺してくれる黒龍集団の邪魔をする俺らを少なくともテアから離したかったんだろ」

「はあ……」


 国にまで追われるようになってしまったことを実感して、足がすくむような感覚がした。横について歩くギブソンがそんな雰囲気を感じ取ったのかため息をつく。


「テアを救い出したあとのことは俺達がどうにかする。だから、今は余計なことを考えるな」

「分かりました、と言いたいところなんですけどね」


 生理的な恐怖心は理性では打ち消しづらいものだ。そんなことを思いながら、駅の前に止められていた黒いバンに乗り込んだ。

 街は日が落ちて、すでに薄暗くなり始めていた。テアのことが気にかかって、心配で頭が満たされていた。


「ギブソンさん」

「ああ?」


 助手席の方から聞こえたのは少し寝ぼけたような声色。テアの救出を前にして、少し睡眠しようというところだったのかもしれない。


「俺って、臆病者だと思いますか」


 喉の奥から絞り出したような質問だった。こんな問いに意味はないと分かっていながら、訊かざるを得なかった。

 ギブソンは黙ったままだ。俺に失望したのかもしれないし、下らない質問すぎてそのまま寝てしまったのかもしれない。訊いたことを後悔していると、ギブソンはまた大きなため息をつく。


「お前が臆病者だったら、あの場面でタックルは出来なかっただろう」

「……」

「こんな状況に投げ込まれれば、誰だって混乱する。お前は混乱しているだけだ。臆病者ではない」


 臆病者ではない。その言葉は深く染み渡るようだった。

 しみじみとしていると「くかー」といびきが聞こえてきた。ギブソンは既に寝てしまったようだ。バンは薄暗くなった道を何処かへ向けて通り抜けていった。


* * *


「おい、起きろ」


 頬を叩かれて、意識だけ取り戻した。目蓋は重くて閉じたままだ。バンに乗ったままいつの間にか寝てしまったようだ。だが、何か奇妙だ。寝返りをうとうにも体が動かない。ゆっくりと目蓋を開けると、自分が車内に居ないのに気づいた。


「なっ……!」


 薄暗い部屋の中、自分は後ろ手に手首を繋がれて椅子に座っていた。横に目をやると、ギブソンも七海も同じように座らさせられていた。暗闇の方に視線も感じる。一体どういう状況なのか全く理解が出来なかった。

 そんなとき、足音が聞こえた。余裕ある足取りでこちらに近づいてくる。照明のない奥の暗闇から、光を浴びて現れたのは李だった。


「馬鹿だなあ、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ」

「すみません、私が不注意だったばかりに」

「黙れ、殺されたくなかったらな」


 うなだれた様子の七海に銃を向ける李だったが、すぐにその銃口は別方向に向けられた。暗闇の中からもう一人の人影が出てくる。それは黒服に両腕を掴まれたテアだった。彼女は俺を見て、安心とも不安とも読み取りづらい微妙な表情をしていた。


「テア……無事だったのか……!」


 李はにやりと悪趣味な笑みを浮かべながら俺に視線を向ける。


「一つゲームをしよう」


 黒服がテアを李の前に連れて行く。困惑した表情の彼女の手にはリボルバー式の拳銃があった。そして、李は何の前触れもなく、こちらに発砲してきた。乾いた銃声の後にどうっと音を立てて地面に倒れたのはギブソンだった。


「ギブソンさん!?」


 ギブソンは倒れたまま、一言も言葉を発しなかった。後頭部をこちらに向けて倒れたまま、動かない。目の前でいきなり銃撃が起こったのは衝撃以外の何物でもなかった。テアも同じ感情だったようで倒れたギブソンに視線を向けて、完全に目から光を失っていた。


「今のがチュートリアル。お前が東雲遊を射殺すれば、無事に異世界に返してやろう。分かったかなあ?」


 嘲るような声色を聞いて、テアは表情に恐怖を滲ませる。

 李はゆっくりと銃口を彼女の背中に付けた。そして、俺を指差して、恋人にでも囁くように言った。


「もちろん余計なことをすれば、お前も死ぬがな。さあ、撃て」

「ウィフ……オバニス イフ(なのか)……」


 テアは混乱している様子だった。恐らく言われていることは分からないだろう。しかし、彼女は賢く、観察に徹する娘だ。目の前の状況で自分に何が求められているのか、分かっているはずだ。だからこそ、困惑しているのだ。

 しかし、彼女にはまだ何かを呼びかけられそうだ。俺は彼女の言葉を少ないながらも知っているのだから。

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