第十四話 色々と分かってきたので困っている
車は高速道路を爆走していた。外交官用の高級車で、席の座り心地も良い。しかし、それを堪能している余裕はまったくなかった。後部座席から運転席のギブソンの顔色は伺えない。
「どういうことなんですか」
静寂な車内にぽつんと俺の声だけが響いた。頭の中の疑問が絶えなくて、おかしくなりそうだった。
「ここまでくれば、機密もクソもないか……」
「全部聞かせて下さい。嘘もごまかしも無しです」
ギブソンは深く、長くため息をついた。車は長いカーブを曲がっていて、緩い遠心力が不自然に体に掛かっていた。
「まず、テアが異世界人であるというのは本当だ」
「異世界とこの世界が既に接触していたってことですか?」
いまいち実感が沸かない。もしそうなっていたなら、騒ぎの一つにでもなるはずだ。不思議そうにしている俺をギブソンはミラー越しに一瞥してから、先を続ける。
「エリア51という基地を知っているな」
「あ、ああ、UFOとか宇宙人とか、オカルトな噂で有名な……」
「あそこは異世界との接触点なんだ。時空が歪み、その先には異世界が続いていた。アメリカ政府は混乱を避けるためにその事実を隠蔽した。オカルト話は政府のカバーストーリーの一つに過ぎない」
「それじゃあ、テアはそこから出てきた異世界人ってことなんですか」
「察しが良いな。エリア51は空軍基地として厳重な警戒が掛けられた。そして、慎重な接触のために政府の研究者によって機密の研究プロジェクトが進められた。だが、異世界の奴らは魔法を持っていたんだ」
「魔法?」
「俺達はそう呼んでいる。科学的にはもっと正確な言い方はあるだろうが、俺達は科学者ではないんでな。それで、魔法を持っていた奴らは基地を抜け出してしまう場合があったんだ」
ミラーに見えるギブソンの目はどこか遠くを見つめているような感じがした。俺は生唾を飲み込み、質問しようと思った。
「抜け出した異世界人はどうなったんですか」
「CIAはエリア51の隠蔽にまつわる全ての任務を負っていた。彼らの使命は異世界と異世界人の存在の証拠を世の中から消し去ることだった。何が言いたいのか、分かるな?」
「……はい」
つまり、CIAはエリア51から出てきた異世界人を始末してきたというのだろう。そして、テアもまたエリア51から出てきた異世界人ということになり、CIAの始末の対象ということになる。
「テアは郵便で送られてきたんですよ。あれは一体どういうことなんですか」
「NSAがエリア51とCIAの横暴を知ったのは最近のことだった。鴻鵠の志は分からんでもないが、それでも俺は出ていった奴らを殺して、証拠を消すやり方が気に食わなかった。そのとき、テアという少女がエリア51を脱走したという情報がこちらに来たんだ。CIAはもちろん殺すだろう。そのとき、お前の母親が彼女を匿ったんだ」
「俺の……母さんが?」
良く分からない。だが、よく考えれば、俺は自分の両親の仕事内容を知らなかった。知っているのは、世界を飛び回る必要があるということだけだ。
ギブソンはこめかみを掻きながら話を続ける。
「お前の両親はNSAの情報提供者だった。彼らはCIAの刺客を追い返して、テアを救うために策を講じた。それがお前のもとにテアが送られてきた顛末だ」
「俺の両親は無事なんですか……!」
「分からん。元あった連絡手段は全て使えなくなっているからな。だが、始末されたとは限らない。情報を断って逃げていると考えるのが妥当だろう」
「そうですか……」
自分の両親がCIAの刺客とやりあっていると考えると、めまいがしてきた。話の規模が大きすぎるうえに頭に入ってこない。無事なら良いが……そういえば、無事といえば浮かんでくる疑問が一つあった。
「黒龍集団って何なんですか。香港マフィアだとか言ってましたけど、CIAじゃないですよね」
「奴らは香港武器商人の集団だ。表向きは異世界人との接触を未然に防ぐことで地球を混乱から救うという魂胆らしいが、魔法だの何だのが地球に入ってきて商売敵が増えるのが嫌なだけで異世界人を殺したりしている。正真正銘のクズだ」
「殺すって……テアは大丈夫なんですか!?」
飛びつくように前のめりになってしまう。ギブソンはそれをまた一瞥してから、先を続けた。
「黒龍集団の内部には大義派と急進派という二つの派閥がある。急進派は異世界人と接触した人間を全員始末しようとするタイプの奴らだ。李は急進派だが、大義派へのアピールとしてすぐには殺さずにタイミングを見計らうだろう」
「救い出せるんですか」
いつの間にか車は停まっていた。ギブソンはエンジンを切って、目の前に現れた建物を見上げた。
「仲間は少ないが、希望がないとは言い切れない。覚悟がある人間が必要だ」
そのガラス張りの建物の前には、「内閣府本府庁舎」と名称を示す看板が立てられていたのだった。ギブソンに続いて、車の中に出ると彼はやっと俺の顔をしっかりと見つめた。それで、俺は完全に決心がついた。
「俺にも手伝わせて下さい」
「ああ、そのつもりだ。だが、その前にテアの言葉を一言教えてもらおう」
「えっと……」
「救い出した娘には気の利いた言葉を言ってやらないとな」
それまで仏頂面だったギブソンは気を緩めるように笑った。そのダンディな笑みに俺は認められたような感覚を覚えたのであった。