第十二話 イタズラが過ぎるので困っている
結局、ロリータファッションしかない店にそれ以外を望むことは出来なかった。弥弥にはショーウィンドウに置いてあった甘ロリっぽいものを見繕って欲しいと言っておいた。果たして、それで市街を歩けるのかは大きな疑問ではあったが。
弥弥の服の選定から、試着室にテアと入るまではそう長くは掛からなかった。どうやらテアもここが服を売っている店なのだということは理解しているらしく、落ち着いていた。しばらくは俺もそれで安心していたのだが、試着室に入ってから嬌声が聞こえてくるとそういっては居られなくなった。
「アス ティラン,ヤヤ……」
「まあまあ、良いではないか。もっと我にこのすべすべな肌を触らせろ、ぐへへ」
「あう……」
「おい」
試着室の布越しに腕を組んで、警告する。あまり意味がなさそうにも思えたが、こうする以外にはどうしようもない。
「どうした、少年。女の子の花園へと侵入するとは不届き千万だぞ」
「入ってねえし……というかすべすべな肌をどうとか、気持ち悪いオッサンみたいだぞ」
「そんなことは一言も言っておらん。我はスベスベマンジュウガニの話をじゃな……」
「嘘をつくなら、もうちょっと考えろ」
大きなため息が出てきた。そんな調子で試着室の中からしばらく甘い声が流れ続けた。中でどのようなことが行われているのか、あまり考えないことにした。
ややあって、カーテンがいきなり開けられた。こちらにも心の準備というものがある――と弥弥に抗議しようと思ったが、一瞬で試着室の中のテアに目を奪われた。甘ロリのイメージはもっとドギツイ感じのピンクだと思っていた。しかし、テアが来ていたものはペールトーンなピンクで落ち着いた印象の彼女にはよく似合っていた。フリルで装飾されたピンク色のブラウスにクリーム色の膝上丈のバルーンスカートを合わせ、頭の上には大きめのリボンが乗っかっていた。可愛らしさと上品さが同居しており、これなら外を歩いても安心そうだ。
そんなことよりもあまりに可愛すぎて、テアから目が離せない。
「エン……ハガン イフ?」
時が経つのも忘れて、じっと見つめていたからかテアは恥ずかしそうに顔をそらしながら呟く。後ろ手に組んで、彼女自身はなんだか落ち着かない様子だった。だが、それもまた可愛い。
「それはそれとして、なんか変に紐が垂れてないか、ここ?」
テアのスカートの下から細い紐が垂れていた。女性の服の構造は良く分からないが、どうにもここだけ不格好な感じがする。テアは首を傾げて、不思議そうにしていた。
そんな疑問を耳にした弥弥はまたニシシと奇妙な笑い方をする。
「引っ張ってみると良い」
「引っ張る? なんでだ?」
「気になるんじゃろ?」
「ううむ……」
なんだかイケないことをしている気がするが、これだけ可愛くカジュアルに女の子を着飾れる服飾史の研究者のことだ。なにか意図があってのことだろう。言われたとおりに紐に手を伸ばしてみる。もちろん変なところに触れないように細心の注意を払いながら、俺は紐を引っ張った。
しゅるり。何かが解けるような感覚がした直後、ぱたりと何かがテアの足と足の間に落ちた。これまたピンク色のレースに満ちた小さな布で可愛らしいリボンが施されていて……
「うむ、馬鹿じゃな。おま――ギャァァァ!!」
瞬時に弥弥の後ろを取れたのは幸運だった。今は彼女を罰することしか頭にない。
「紐パンじゃねえか、この野郎!?」
「ごめん、からかい過ぎたのじゃ! 後生だから、こめかみをグリグリするだけはやめへぇ!」
店内には彼女と俺らしかいないのでグリグリし放題である。俺の表情はきっと酷いことになっていることだろうが、知ったことではない。
「許さねえ……ちゃんと反省するまでしっかりグリグリさせてもらうぞ……!!」
「ぎぃ、ぎぃ!!」
目の前で奇妙な鳴き声を挙げる弥弥を前に、テアは目を点にして突っ立っていた。自分の下着が足と足の間に落ちていることにも気づいてなさそうだ。
俺は気分が落ち着くまで、弥弥のこめかみをグリグリし続けたのであった。
* * *
「はあ……」
繁華街をとぼとぼとテアと二人で歩いていた。
弥弥は俺の気が収まった頃には白目を剥いてガクガク痙攣していた。これでは会計が出来ないじゃないかと思ったが、レジの前に立つと魂が入れ替わったかのようにキビキビ動き出したのであった。これが商魂逞しいというものなのかもしれない。
結局、彼女の下着は弥弥に再度結ばせることにした。そういえば洗濯物の中に既に彼女の下着が混ざっているということにならないか? 乾かす以上はそれに触れねばならな……いや、これ以上は考えないことにしよう。更に頭が痛くなってくる。将来的にはテアに洗濯の仕方を教えねばならなさそうだ。
プライバシーをないがしろにすると、後で痛いしっぺ返しを食らうことになる。
「……」
テアはといえば、そんな俺の思慮もお構いなく新たな服を堪能している様子だった。ケモミミを見られると面倒事に発展するため、フードだけは被せているがそれでもやはり可愛らしい。
そんな彼女にまた見とれているときだった。テアはいきなり立ち止まった。振り返ると彼女は暗そうな路地を見つめていたのだった。
「どうした?」
「ヘン」
いきなり立ち止まって、誰も居ない暗がりの路地に「変」だと言い出す彼女が不思議だった。何が変なのかじっと路地を見つめて観察していると、テアは何かに吸い込まれるようにその路地の方へと歩き出した。
「イルヘン」
「ちょ、ちょ、どこ行くんだよ」
俺は慌てて、彼女の後を追いかける。止めるべきか、それとも付いていくべきか、判断に迷っていた。