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第十話 箸が使えないので困っている

 「何」という単語は大切だ。ある言語学者はこの単語を得てから、急速に未知の言語を習得したという。別の言語学者はそうでもなかったらしいが、まあともかく学習はわからないことを「何」と訊くことから始まる。

 というわけで、ケモミミ少女――テアの言葉を理解していくためには、「何」を表すであろう「イフ」を駆使していかねばならない。

 そんなことを考えながら、身の丈に合わないジャージを着ているテアにフライパンを指差して訊いてみる。


「テア レンイル(これは) イフ()?」

「むぅ……」


 尋ねられたテアはというと、難しい顔をしながら首を傾げる。猫とも犬とも、狐とも言いがたいようなケモミミがぴこぴこと振れていた。どうやらフライパンを表す適切な単語は無いようだ。


レンイル(これは) シュル?」

「シュル?」


 オウム返しに答えると、テアは近くにあるスプーンを取ってフライパンを叩いた。カーンと小気味良い音がなる。それを確認してから、テアはこくりと頷いた。フライパンに対して何かを認めたらしい。


レンイル(これは) シュル」

「ふむ……」


 今のテアの行動が何を意味するのか、今ひとつ分からないが「シュル」という単語はフライパンのことを表すということにしておこう。これ以上、考えても答えが出そうにない。

 そんなことをしているうちに朝食は出来上がっていた。卵とベーコン、ご飯と味噌汁。朝食はご飯派……というわけではないが、昨日の残りがあったのでそれを出して温めたのであった。テアの肩を持って、椅子に座らせ、彼女の前にそれらを並べていく。かといって、これから彼女にベタベタ触ろうというわけではないが。


「いただきます」


 手を合わせていうと、テアもそれをまねるようにして手を合わせた。上目遣いで正しいか伺ってくる。その仕草に小動物的な可愛さを感じた。これでケモミミをもふもふできれば完璧だったのだが。


「イダダギマズ?」

「なんか、マズそうだな……」

「マズ?」

「いや、なんでもない……」


 下らないことを頭から消し去り、朝食を口に突っ込んでいく。だが、テアのほうは微動だにせず、手元の箸を見つめていた。そういえば、彼女は異国の人だということを完全に失念していた。


「そうか、テアは箸使えないのか」

レンイル(これは) ハシュシ(箸?)?」


 彼女は箸を手のひらに乗せて物珍しそうに見ていた。日本語がいちいち訛ってしまうのが可愛い。俺は彼女の問いに頷いて答えた。


ヤバト(そうだよ)、こうやって使うんだ」


 テアの目の前で箸を動かしてみせる。その様子を彼女は超技術でも見ているかのように驚いていた。そして、目を輝かせて俺の方に乗り出してきた。


「イェンウハシュシ()リシャニスティラン(したい)!」

「えっと……」


 テアは目をキラキラさせながら言っているが、内容が良く分からない。「アス ティラン」が「やめて」ならば、否定の「アス」を取り除いた「ティラン」は多分「~したい」ということを表すのだろう。それ以外の部分、「イェンウ」や「リシャニス」とかは聞いたことのない表現だ。

 箸をどうにかしたいと言っているのは分かるが……


「もしかして、箸を使いたいのか?」


 こくこくとテアは頷く。なんだか少し面倒くさい気もしたが、日本で生きていくには必要と言わずとも重要な技能だ。というわけで、正しい箸の持ち方から教えることにした。テアは見様見真似で箸を持っていたが、変な持ち方になって机の上に落としてしまっていた。持ち直すも同じことを繰り返していた。

 テアの背後に回って、その手に自分の手を添えて直してやる。


「違う違う、この指はこっち」

「あ、アヴィラン……」


 テアの頬が少し赤くなっているような気がした。手が触れ合ったから、恥ずかしかったのだろうか? そんな彼女の様子を見ていると、こっちもなんだか恥ずかしくなってきた。


「も、もうこれで大丈夫だろ。朝食、食べようぜ」


 どもる俺に、こくり、こくりと頷くテア。俺は自分の席に戻って、目玉焼きを口に突っ込んだ。

 それはそうと、風呂場から出てくるとき、あれだけギリギリの状況で恥ずかしがる様子はなかったから基準が良く分からなかった。裸は見られてもいいが、手を触れられるのは恥ずかしい? やはり、良く分からない。異性に手を触れられるのに何か特殊な意味があったりするのだろうか? 何処から来たのか分からない以上、それがどんな意味を持っているかは本人に直接訊くしか無い。だが、知らないほうが良いこともあるかもしれない。


「ま、別にどうでもいいか……」


 俺のつぶやきに首を傾げながらも、テアは静かに箸で朝食を食べる。口に合っているのか心配だったが、どうやら文句は無いみたいだった。


「テア レンイル(それ) ユラン(好きか)?」


 今度は彼女がついばむように食べていた目玉焼きを指して、尋ねてみる。


「イェン ユラン(好きです)

「そうか、良かった」


 「イェン」が何かは分からないが、無理に食べているわけではないようで安心した。俺はそんな安心に浸りながら、今日はこれからどうしようか考えていた。彼女のことをもっと知りたいし、彼女には生活領域のことをもっと知ってもらわなければならないのだ。

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