第一話 両親が何考えてんのか分からなくて困っている
俺の名前は、東雲遊。17歳、身長172cm。何処にでも居るような平凡な高校生だ。
平日は高校でそれはもう刺激性0の日々を過ごし、週末はバイトに行って、時々カラオケに行ったり、外食に行ったりする。
そんな俺は自宅の玄関で言葉を失っていた。
「何だこれ」
配達員を前にして、出てきた言葉がそれだった。
やけに縦長の荷物だった。玄関の高さぎりぎりのダンボール箱を配達員二人がかりで運んできていた。
「東雲夕さん宛のお荷物ですね」
「もしかして、差出人は東雲菜々だったりしますか」
「えっと……」
配達員は受領証を取り出して、宛名を確認する。俺もそれを覗き込むように見る。思ったとおり、差出人は俺の母親――東雲菜々であった。
俺の両親は仕事の関係で海外を飛び回っている。なかなか家には帰ってこないが、生活費を口座に入れてくれるうえに立ち寄った外国の土産を送ってくれる。だが、その土産の殆どは常識の範囲を超えていることが多く、この前なんて輸入が禁止されているワニ革の楽器を送ってきて関税から連絡が来たこともある。
俺は配達員の渡してきたペンを手にとって、受領証にサインをして彼らが去っていくのを見届けてから、腰に手を当てて縦長のダンボール箱を見上げた。
「一体今度は何を送ってきたんだよ……」
ため息を付きながら、やっとのことで家の中にダンボール箱を運んでゆく。お土産を送ってくるのは元気な証拠でありがたいとは思うが、要らないものが溜まっていくのは問題であった。今も部屋の中には捨てるに捨てられない謎の木彫りの像が並んでいる。ちなみにこういうのは俺の趣味ではない。
照明に当たりそうなダンボールを横に寝かせて、ラベルを確認する。どうやらアメリカから送られてきたようだが、品名には「動物」と書いてある。やけに雑な品名だと思った。
「……動物? また、変なもの送ってないと良いけど」
包装を手荒に解いていく。今日は休日だが、バイトの予定が入っている。梱包材を取り除くと、中に入っているものに驚愕した。
送られてきたのは可愛らしい女の子であった。人形のような可愛さだが、人形ではない。胸が少し上下していた。足は白いタイツ、ワインレッドのハイウェストスカートに純白のフリルブラウスをあわせている。髪の毛は薄暗いベージュで、口を一文字に結んですうすうと寝息を立てている。
「一体、なんで女の子が……」
最も驚いたのは、その頭に生えている二つのケモミミである。もふもふの耳が頭頂部に生えている。ファンタジーくらいでしか見ないようなケモミミ娘だ。次の展開が見えてきたような気がする。
ケモミミ少女のお腹の辺りに封筒が一枚収まっていた。そんなつもりは更々無いが、変なところに触れないように慎重に封筒を取り上げる。ご丁寧に赤いシーリングワックスで口が閉じられているのを苛立ち気味にこじ開けて、中の蛇腹折りにされた手紙を開いた。
『遊へ
元気でやっていますか? 今、お母さんはアメリカに居ます。
そろそろ、遊にも彼女が出来ている頃だと思ってカッコいい服でも送ってあげようと思ってましたが、探偵を差し向けた結果彼女が出来ていないようですね』
息子に探偵を差し向ける親が何処にいる。
『将来的に東雲家を背負ってもらう長男として、異性と交友する経験が無いのは由々しきことです』
いや、俺は全くそうは思わないが。
『なので、異世界から来た女の子をエアメールで送りますね。
母より。』
「いや、そうはならんだろ!?」
手紙に向かって叫んでしまう。傍から見たら何かと思われることだろう。だが、異性と交友したことのない息子を心配するのはまだ良いとして、女の子を送る親が何処にいるのか? というか、サラッと異世界から来た女の子って書くな。
常識なのか?
もしかして、異世界から人が来るのは常識なのか?
常識ってなんだ?
というか、この世界はいつから異世界と接触してたんだ?
「むぅ……」
俺の叫びが原因なのか、少女はうめきながら重そうなまぶたをぎゅっと瞑った。起き上がりたくもないような人間がそうするように腕で顔を隠そうとしていたが、ややあってそれが無駄なことに気づいたのかムッとした顔で起き上がった。オリーブグリーンの透き通った瞳がこちらをじっと見ている。数度瞬いてから、こちらを指差した。
「エイルイフ!?」
「は? 今、なんて――」
「リフウデヤバン!?」
「やっ……誰が野蛮だ!?」
「タレガリフテ……」
少女はしなしなとこちらを指差していた腕を下ろした。疲れ切った様子で「ふへー」と妙なため息をついていた。奇妙に思いながらも、少女の近くに腰を下ろしてよく観察してみる。
可愛いことは可愛いが、どう見ても日本でよく見るような容姿ではなかった。それで即、異世界人ということにはならないが。
「なあ、もしかして日本語喋れないのか?」
「アスアシュシン。リフアヴソナル?」
「ああ、駄目みたいだな」
こっちも深くため息を付く。さて、一体どうしたものだろうか。