二話 レオル村の人々
レオル村。三方を山で囲まれ、気候は寒冷で、人々は主に牧畜と羊毛で生計を立てている。
これらは全て、売薬手帖で得た事前情報だ。ルチカとフィロの姉弟が母引き継いだ、薬売りの一族であるという証であり、これを用いて商いをするということは、一人前の薬売りとして独り立ちしたという許可証でもある。
「ガキが医者の真似事かよ」
和んだ空気を一瞬で崩れさせる声だった。気がつくと、十人ほどの村人たちが、ルチカとフィロをにらみつけていた。声の主の中年の男の表情は怒りに満ちあふれているのが分かった。さあ、来たとルチカはぐっと息を吸った。
「お言葉ですが、私はガキではありません」
「は?」
「18歳ですから」
「ええ!」
村人たちは
「・・・・・・身分証と薬売りの免状です」
ルチカが開いたそれは、公的な行商人に発行される通行手形と公的な薬売りとして認定を受けたという許可証であった。『ルチカ・ミラン ルメオ村出身 生年月日 ライヤ歴786年』と記載されている。
「確かに、18歳に間違いないね」
ロステムは、ルチカの身分証とルチカを信じられないと言いたげに見比べている。
「僕と同じくらいかと」
確かに、ルチカと12歳の少年としては歳相応の身長であるロステムはほぼ同じ身長である。
自分よりも大分年下の子供に子供扱いされるのは、毎度のことで、面と向かって文句は言えないが、ルチカとしては面白くない。
「姉さん、顔」
小声で、フィロがルチカをつつく。
ルチカは村人たちににっこりと笑顔をつくった。緊張している時にこそ、笑わなくてはならない。不安を顔に出す者を信用する買い手などどこにいる。母から教わった、薬売り、行商人としての心得のひとつだ。
「・・・女じゃねえか」
吐き捨てるような男の声が響いた。その声に同調するように、村人たちが次々と口を開いた。
「そうだ、女とガキが売る薬なんて、信用できるのか。お前ら、本当に命、預けられんのかよ」
こうして、免状を見せても、こういう理由で、信用を得られないことは、ままある。
確かに言い方に腹は立つが、男の言うことも分からなくはない。
薬売りというのは、本来、経験を積んだ薬売りと若い見習いの薬売りが組んで、行商の旅
に出ることが多い。家族で行商に出る事例もあるが、年若い二人組
「私は薬がほしい。この村には医者がいないのよ。体調が悪い時に、頼れる薬があるだけで、どんなに心強いか」
「母さん」
30歳前後と思われる女性がロステムの傍らに立った。
「私はこの子の母のマヤと申します。息子を助けてくれて、ありがとう」
ルチカとフィロに向かって、マヤは頭を下げた。
「私も母にリウマチの薬がほしいの。このままじゃ寝たきりになってしまうわ」
「ほしい人の家だけ回ればいいんじゃないか。万が一、薬が合わなくて体調が悪化しても文句言わない」
「よそからの行商を拒んだせいで、うちの村は孤立して、さびれたんじゃないの」
ルチカとフィロを迎え入れた村人たちが次々と声を発し、二人を非難した男たちは、次第に勢いがなくなっていき、明らかに形勢は逆転していた。
薬がほしいと熱っぽく訴える村人たちの切迫した表情が、病気に罹っても身近に頼れる人間がいないことへの不安と不満を物語っていて、ルチカの胸を刺した。
受け入れてもらえるかという不安が、期待に応えねばとという気負いに次第に変わっていき、ルチカは表情を引き締めた。




