薬売り姉弟、ルチカとフィロ
目的地の村まで、あともう少しという距離で、ルチカは弟のフィロとともに馬の悲鳴を聞いた。
昨日は、木の上でおとといは洞穴で寝たから、今日は、屋根のあるところで眠れたらな。
フィロとのそんなのんきな会話を馬の悲鳴が切り裂いた。
ルチカとフィロは走り出していた。
姉のルチカは芥子色のマントを羽織り、同じ芥子色をしたでこぼこの形の悪いじゃがいものような珍妙な帽子をかぶっている。そのじゃがいも帽子の隙間から、夕陽を浴びて、艶やかに光る蜂蜜色の髪がのぞいていた。大きな蒼い瞳は、澄んだ湖水の色を思わせた。
弟のフィロは、姉と同じくらいの背丈で、髪の色は真っ黒で、羽織っているマントも黒い。姉とは違い、帽子の代わりにターバンのような布を頭に巻いている。顔立ちもよく似ていて、大きな蒼い瞳も姉のルチカと酷似していた。
一頭の暴れ馬がこちらに向かって、駆けだしていた。馬上に一人の少年がしがみついているのをルチカは確認し、次の瞬間、宙を舞い、馬の顔の前にマントを広げた。
驚いた馬は、一瞬、動きを止め、そのすきに、ルチカは馬上の少年を抱き上げ、頭からマントをかぶせて、地面に下ろした。
惚けた様子の馬に駆け寄るフィロの腕から、縄状のものが伸びた。馬の体にフィロはすばやくそれをまき付け、眼前の木に馬を縛り付けた。
さらに、ルチカは瓶のようなものを取り出し、馬の口に、瓶の中身を押し込んだ。馬は一瞬びくついたが、やがて、意識を失い、縛り付けられている木に体を預けた。
「おい大丈夫か」
馬を追いかけてきたのだろう。目的地の村人であろう男女が三人に駆け寄った。
村人たちは、呆気に取られた様子で、つい先ほどまで暴れていた、今は眠りについている馬とルチカとフィロを見比べていた。ルチカは抱きかかえている少年を地面に下ろし、村人たちに笑いかけた。
「今、馬に飲ませたのは、神薬です。しばらくしたら、目を覚まします」
村人たちは、大人の男でも手に余る暴れ馬を瞬く間に、縛り上げ、気絶させたルチカとフィロをまるで、未知の動物でも見るような目で見つめている。
「あんたたち、一体何者だい?」
一人の老女が、問いかけた。ルチカとフィロは、乱れた着衣を整え、頭を下げた。
「私たち、薬の行商をしております」
「あんたたち、だけかい?」
村人たちは、互いに目配せをしている。こんな得体の知れないガキを村に入れていいんだろうか。どの顔もそう言っている。
何から説明しようか。ルチカが口を開こうとした時、
ルチカが助けた少年は、恐る恐るといった様子ではあるが、ルチカたちに向かって笑いかけた。
「ありがとう、助けてくれて」
「どういたしまして」
ルチカは、少年が笑いかけてくれたことに安堵し、微笑んだ。
先ほどの大立ち回りが原因で、ルチカの帽子が落ちて、ルチカの蜂蜜色の長い三つ編みが露わになった。少年は、ルチカの大きな蒼い瞳をじっと見つめた。
「君、もしかして女の子?」
少年は、ルチカが落とした帽子を手渡しながら、こう問うた。
フィロはじゃがいものようなルチカの帽子を指さし、
「そのださい帽子、やっぱりださいってさ」
「そんなこと、言ってないだろ」
そう言って、ルチカはフィロの頬をつねった。
少年と間違われることは、むしろルチカにとっては好都合だった。ただでさえ、子供二人の行商人というのは、賊に狙われやすい。行商人は、高価な品物やまとまった金を所持していることが多いからだ。
その上、女だと分かれば、最悪、身ぐるみはがされた挙げ句、売春宿に売り飛ばされる恐れがある。弱い見た目の者は格好の搾取の的となる。そのことを知らぬ者は、行商人など務まらない。
「僕の名前はロステム。よろしく」
「よろしく。私はルチカ。こっちは弟のフィロです」
ロステムにつられて、周りの村人たちの空気がほどけるのが分かった。
「とりあえず、話を聞かせておくれ」
先ほどの老女の誘いにルチカはほっとして、微笑んだ。とりあえず、村には入れてくれるようだ。
「ありがとうございます」