05.受験に通じる大切なこと
今更気がついたことなのだが、ガチャ運というのはカプセルが開かれる前から決まっているらしい。
ゲーマーの友達たちもよくガチャを引いたその直後、中身を見る間も無くテンションに差が生まれていた。
そうだ、確か不思議に思った僕は一度聞いたことがあるんだった。なんで中身も見てないのにそんなに喜んだり悲しんだりすることができるのかと。
彼女たちは何を当たり前のことをみたいな目で僕を哀れんだあと、教えてくれてたじゃないか。
『ガチャはね、中を見るまでもないの』
何故か走馬灯のように。
ツインテールの少女が優しげな目で僕を諭す記憶が蘇った。
£
「……勝った」
目の前のウィンドウに現れたカプセルの色を見て、開かれた中身を知って。
一連の流れがまるで夢だったかのような心地で受け入れた僕はぽつりと呟いた。
呟いて、実感する。
「勝った。僕は、賭けに勝った!」
溢れ出る喜びに飛び跳ねて喜んだ。もうこれからはガチャの一つで喜怒哀楽の顔を見せる友達をバカにできない。
何せ僕も、そのバカのうちに入ってしまったからだ。
ストレージを開いて、たった今ガチャで手に入れたアイテムをタッチする。
N:スキルオーブのかけら×5
足りなかった数がついさっき揃って、これにより僕は新たな可能性を手に入れる権利を得た。
【『スキルオーブのかけら×5』を使用しますか?】
YES。
【獲得するスキルを選択してください】
「よっし!!」
ウィンドウが開かれた。
それはアバター設定の時のものと全く同じで、全職の初期スキルが一覧になって並んでいた。
「相手がスライムじゃなければ強化一択、だったんだけど今更強化したところで勝てるかな?」
かと言って、魔法系の攻撃はどうだろう? スライムがやたらと魔法に強いモンスターならそこで手打ちだ。凍らせて砕きたいところだが、そもそも凍ってくれなければ終わりだ。
唯一の可能性として確実な方法が、体内にあるゴリゴリと削ることができた見えない核のようなところだ。あそこに剣が届けば或いは。
体内で動き回っているようなのでさっきは擦りもしなかったが、透明な体の中には先ほどの投げナイフが未だに取り込まれているのが見える。攻略の鍵はやはりそこだろう。
ウィンドウを操作して、スキルを選択する。
要は、戦闘スキルに拘らなければ良いのだ。
【『穴掘り』でよろしいですか?】
YES。
僕は、スライムの貫通性にこそ勝機を見た。
待ってろよ、雑魚スライム。
今から何度だって、お前に穴を掘ってやるよ。
£
「アァアアアアアアアア―――――ッ!!!」
僕は都度25回目の穿孔工事に対する反撃で吹き飛ばされた。
もはやルーチンのように全回復して再度、単身突撃。もはや体当たりなど怖くないので、吹き飛ばされるまで延々と穴を掘り続け、核らしきものを見つけては素早く投げナイフを取り出して傷つけた。
穴は一回ごとに塞がるので延々とした作業に思えるが、確実にHPを削っていた。
そして、繰り返すこと都度48回目。ようやく雑魚スライムのHPが3分の1を切り、HPのゲージバーの色が緑からオレンジへと変わった。
「フッハッハッハ! どうだ! 思い知ったか!? このまま僕はお前に勝ち、できれば今日中にチュートリアルを終わらせる!」
スライムの体内にあった投げナイフは途中で回収できたし流れが来ている、もはや勝ちは目前と思われた。
あれからかれこれゲーム内で1時間は経過したので長い付き合いになるスライムにもほんの少しだけ親近感が湧いていた。
だが、終わりの時は来る。
繰り返すこと都度59回目。会心の一撃が入ったらしく、HPバーを5回分くらい削ってゲージが赤へ到達した。
ギリギリ残り一回分のところで耐えたスライムに思わず感嘆する。
「やるな、さすが僕が認めた永遠のライバルだ」
吹き飛ばされてから回復の一連で目を瞑って瞑想しながら、僕は長い長い戦いのことを思い出す。
いや、本当に長かった。何度スライムの胴体? に穴を開けるためクロールしたことか。59回だぞ。次で最後と考えれば、僕は雑魚スライムを倒すために60回クロールしたことになる。もはやなんのゲームかわからない。
でも、その長い戦いもようやく幕を閉じる時が来たのだ。
今勝てそうなのもチュートリアルで寛大すぎる態度だったからなので次から会うスライムがハードモードに思えてくる。だが、僕は君と戦うことで、諦めないことを覚えることができた。この精神はいつかきっと役に立つだろう。
受験の天王山、夏休みに入って挫けそうな時、過去問に打ちひしがれて自信を失った時など、絶対に役に立つ。
ありがとう、君のことは忘れないよ。
2秒につき1のMP回復、合計10秒の瞑想を終えて、僕は決着をつけるために目を開けた。
「は?」
だが、視界は暗く塞がっていた。
何故だと考えてる間に、慣れた感覚の浮遊感を覚える。
間違いない、僕は、吹き飛ばされた。
なにに?
決まってる。今まで僕と掘り殴りしていた、あの雑魚スライムだ。
「くっ――」
受け身をとって立ち上がり、顔を上げる。
なんで!?
今まで動かなかったスライムが、死ぬ間際になって、最後の足掻きとでも言うように動き出している。
雑魚スライムはタメを作るようにステップバックして、今まで散々見せつけてきた反撃の行動をとった。
大ジャンプし、繰り出されるのは重力を無視した追尾タックルだ。
「っ――ヒール!!」
とっさの起点で僕は叫んだ。あのタックルで受けるダメージは6。次受ければ、僕は死ぬ。
なんとか回復を間に合わせることに成功させたが、直後にタックルに吹き飛ばされた。
間違いなく、今の彼は僕の知る雑魚スライムではない。
徹底的にプレイヤーを仕留めようとする殺害マシーンだ。
ふと、友達の言葉を思い出す。
そういえば言っていた、なんて何度遅れて思い出すのか。
『モンスターは一定のダメージを受けると行動パターンが変わることがあるの。そうなれば戦いも終盤。本当の真剣勝負になるんだよ』
見た目詐欺お嬢様は目を輝かせて語るそばで、僕はただ「マンネリ対策かな」なんて感想を持っていた。
でも、こうして対峙することでわかる。
そうだろ。
必死に足掻いて、喧嘩して。
どっちが勝つのかを僕らは本気で競い合っている。
「生きてる!」
ヒールで残りMP全部使って回復する。
残りHPは8。MPはゼロ。
固定6ダメージを超えて、僕が雑魚スライムのHPバーをを削り切るかどうかのギリギリの戦いだ。
「チャンスは二回。この二本の剣が君を捕らえるか、逃げ切るか勝負だ」
もう、体を掘らせてくれる隙はないだろう。
僕は雑魚スライムへ向けて二本の偽剣エクスカルバーを構えた。
雑魚スライムは……いいや、認めよう。
強きスライムは、もう一度ステップバックして大ジャンプした。
「こいっ!」
向かってくるスライムへ向けて、体を捻り、二振りの斬撃を繰り出した。体に触れた時から手に抵抗が伝わり――核へ当たることはなかった。
「くっ!」
吹き飛ばされ、もう慣れた受け身を取り立ち上がる。
ラストチャンス。
既に大ジャンプを終えたスライムへ向けて、僕は最上の敬意を持って立ち向かう。
まさかここまで長いチュートリアルになるとは自分でも思ってなかった。
このままだと主要人物がスライムに食われそうだと思ったので急遽ヒロインの影を出しました。
次回、決着。