03.チュートリアルの雑魚スライム
話が迷走してるのかマナブが迷走しているのか。
とりあえずマナブは瞑想をします。
〈始まりの森〉は広大だった。
それも、プレイヤーの数を考えれば当然で、新規参入者が一堂に会するだろう最初のエリアなのだから、〈始まりの街〉と同等以上の広さが求められるのは必至だろう。
僕はあまりにも精巧に造られた森を歩きながら、そんな感想を持った。
それはすなわち、余裕の証左。有り体に言って、僕は現状に不満を抱いている。
「なんで一匹もスライムとエンカウントしないんだ」
〈始まりの森〉へ入ってからおよそ十分間、僕はまだ見ぬスライムに恋い焦がれて彷徨い続けていた。
薬草の採取? 終わったとも。報酬は500ベリカ。
あと残すはスライム三体を討伐してレベルを上げ、ステイタスポイントを割り振るだけの簡単な作業……だったはずが、今はそれが果てしなく遠い目標のように思えた。
ログインしてから20分が経過している。
ゲーム内時間は通常の2倍速だというから、現実時間にして10分が経過している。夕餉には間に合わせるため基本的な操作をさっさと終わらせておきたかったのだが、このままもう10分が経過してしまえば、効率の悪さからこのゲームを投げ捨ててしまいそうになる。
「スライムこいスライムこいスライムこいスライムこいスライムこいスライムこいスライムこい」
今ならひゃっはー! と叫びながら飛びかかることすらできるだろう。それだけスライムに飢えている自覚があった。
おかしい。僕のパーフェクトプランでは今頃、効率的な狩場を見つけて優雅にレベリングをしていたはずなのに。
気性が荒ぶって、とりあえずなんでもいいからさっさと見つけたい。そう言えば、友達はヒップポップがどうとか言ってた記憶がある。なんでもそのせいでモンスターと遭遇することができないので、狩場を変えたとか女の子らしからぬ話を自慢げに語っていた。
「踊れば出てくるのか?」
なにとなしにヒップホップを披露するが、観客はゼロ、スライムたちも現れる気配がない。
これには流石にオコなマナブくんは狩場を変えることにした。
「スライムをよこせー!」
走り回っても遭遇ゼロ。いっそシステムコールで運営に難癖をつけたくも思ったが流石に勇気は出なかったのでひたすら駆け回る。
来た道なんてもう忘れた。
〈始まりの森〉で遭難したと友達に笑い話を聞かせてやるくらいの意気込みで駆け回り、その思いがようやく通じたのか、一体のスライムと遭遇する。
「……」
第一印象は、ただただデカい。圧巻の巨体を前に言葉を失ったが、ようやく見つけたスライムだ。みんながチュートリアルで潜り抜ける最初の関門と思えば、不思議と焦りは消えていた。
「こんにちわ」
投げナイフ二本を両手に構え、僕はスライムと対峙する。
別に、投げナイフを投げるつもりは毛頭ないのでファイティングポーズだ。正式な構えとか知らないので、なんとなくそれっぽい動きをしようと考えた結果だった。
「案の定、戦い方も案内はなしか」
もっと親切設計でもいいと思うが、あまりにもリアルなのでファイティングスタイルも十人十色ということなのだろう。はじめの雑魚敵くらい技術なしでも勝てるだろうと結論づけて、僕はスライムへ向かって駆け抜けた。
「しねぇえええええええ!」
ナイフを振り下ろす。ちょっとカッコつけて逆手に持っていたナイフを袈裟斬りに切りつける。
スライムはその衝撃で体をプルルンと揺らしてノックバックした。
「え?」
次の瞬間、スライムが大ジャンプを見せる。そこで、下がったのがノックバックではなく初動だったことに気がついて、落ちてくる巨体から必死になって逃げようとした。
だが、何故か重力の法則を無視して追尾機能を見せる雑魚スライム。呆気なく捕まった僕は体当たりに吹き飛ばされHPを6も削られ大ピンチ。
ターン制を採用しているのか離れていったスライムの隙をついて僕は「ヒール!」と叫んだ。
MPが半分減ってHPに置き換わる。様子見を決め込んでいるスライムを見てこれ幸いと瞑想っぽいポーズをして、僕は減ったMPを回復させた。
仕切り直しだ。
「チュートリアルで殺しに掛かってるとかクソゲーだろ」
幸いにも絶え間なく攻撃を仕掛けてくる殺意ましましの殺害マシーンではなかったので死ぬ事はないが、回復スキルか回復アイテムがなければ最悪2ターンで殺される。
「いや、違うか」
だが、これは強制負けイベントではない。
スライムの上に浮かぶHPバーは僅かながら減少している。
つまり、これは運営側がプレイヤーに課した最初の試練なのだろう。全ての攻撃を掻い潜り、プレイヤースキルをもって雑魚スライムを討伐しろという遠回しのメッセージだ。
ゲーマーたちも言っていたじゃないか。
ギリギリの戦いが堪らないのだと。
その需要に応えた結果がこの雑魚スライムだ。
「いいさ、上等だ。ならやってやるさ」
投げナイフを、今度は包丁を握るように持って突撃する。
さっき切りつけて分かった事だが、外側は見た目通りゲルみたいに切りごたえがないが、内側はそうではなかった。あのHPバーが減っているのは偶然内側で当たってごりっとした感触を得たときに与えたダメージだろう。なら、ブッ刺すしかない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ぶすっ、抵抗なく投げナイフは刺さり、勢いよく僕の腕ごと飲み込まれる。
「あれ?」
しかし、いつまで経ってもごりっという感触はなかった。ウニョウニョした感触が腕を弄るばかりで、なんだか汚いものに手を突っ込んでいるような居心地だ。
「ちょっとタンマ。まって、話し合おう? ナイフが抜けないんだ。君も体内にナイフが残るのは嫌だろう?」
僕は超至近距離から体当たりをくらい吹き飛ばされた。
「ああっ、僕のナイフぅ!」
ついには捕まえきれず手放してしまい、手元に残ったのは一本の投げナイフだけになった。とりあえずヒールと瞑想によって完全回復するが、さっきより状況は悪化して雑魚スライムのHPは減ってないのに、僕の武器が一つになった。
「このゲーム鬼畜すぎない?」
スライムは返事をしなかった。
ターン制かと思っていたけどこちらから間合いに入らなければ見逃してくれる姿勢らしい。妙に貫禄ある雑魚スライムだ。運営はこいつをチュートリアルアルで出すなんて何がしたいのだろう。
僕はいい加減ヤケクソになっていた。時間を見ればもう30分が経っている。チュートリアルクリアまでここまで時間を掛けさせるゲームとか過疎化する未来しか見えない。ゲーマーの友達たちが強く勧めてくるから興味を持って勝機を見出したが、もはや目の前の雑魚スライムにすら勝機を見出せなかった。
ログを引っ張ってきて僕はタスクを開いた。
所持金2000ベリカ。なら、もう賭けに出るしか道はない。
「僕のガチャ運を舐めるなよ?」
そして僕はガチャを回した。
次回、マナブ大爆死!