表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第七話:覇王と閏


 EAWスタジアムを後にした春夜を出迎えたのは一台のリムジンだった。


「まさか……」


 リムジンに乗り込む閏を見て勘弁してくれと思うも、春夜は閏と他のEPに施されて乗り込むことを選んだ。

 前後をEPの車が護衛し、社内には春夜と閏、そして厳流とサツキの4人が乗り、暫く走り続けてビル街に出ると、その街並みを見た春夜は思わず呟いた。


「随分と変わったんだなぁ……」

 

 ビル街のあちこちで空中に映像が浮かび、大型の作業車の前ではバイザーを掛け、EAを機械にスキャンさせて操作してメンテナンスをする者もいる。


「EAWの恩恵か……」


 EAWの技術。

 その応用によって世の中の技術も10年早まったと言われており、世の中が少しずつ変化しているのを見て、春夜はちょっとした浦島太郎気分。

 するとそんな事を呟く春夜を見て、閏はおかしそうに笑った。


「アハハ……その中心にいた者の言葉とは思えないね。君の大学だって、ここから遠くはないし、この手の物なら地方にだって使われ始めているじゃないか?」


「黄昏たい時だって俺にもあるよ……それに、身近にあるからって理解したり記憶に残るとも限らない。――なにより7~8年前なら誰がこうなってるって想像できた?」


 EAWのサービス開始から関わっていた春夜は覚えている。

 当時は頭の固い者達はEAWの技術を受け入れず、一部の者達に限ってはゲームの技術を社会に出すなんて言語道断だと騒いでいた。

 だが、その者達相手に正面から叩き潰したのが閏だ。


「中学生が作ったゲーム……それだけでも古い人達は懐疑的だった。なのに今では、その技術を誰もが使ってるんだからねぇ」


「アハハ! 懐かしい話だね。僕が生み出したEAWの要にして原点・特殊ナノマシン『エレメント』や環境によって性質が変わる新合金『EM(エレメントメタル)』……そして天童コーポレーションの技術を僕が改良した事で全ては実現した」


 最初は苦労した。

 周囲や世間は新しい物、自分達の利益を脅かす新技術は排除しようとしていたが、自身が作り、春夜が結果を出した事で一気に攻勢をかける事ができた。

 国内の一部の賛同者を集い、海外とのパイプも作った。

 そして己の基盤を構成し、邪魔する者達を一気に排除してここまできたのだ。


「君のお陰だよ春夜……僕がEAWの()()を作り、君がEAWの()()を作った。それによって当所は存在した邪魔者も()()()()()()から、ここまで来れたんだよ」


 医療にだって応用し、ロボット技術も飛躍した。

 各分野に技術が広げたのも大きく、今では世界各地、そして大企業ですらEAWをゲームだけで終わらせてはいない。

 

「君は知ってるかい春夜? 今ではサーバーやデータの管理、機械のプログラムもEAを使って管理やメンテナンスが出来るんだ。仮想世界を生み出し、そこにスキャンしデータ化したEAを送って直接データやプログラムに触れて管理する。嘗てはアニメやゲームだけのものが、今では現実となっているんだよ」


 それによりEAの操作が上手いという理由だけでも雇用が生まれ、今では企業がEAWに積極的だったり、EAW専門の学校すら存在する等、社会への影響を春夜は思い出していた。

  

「テレビで言っていたな……EAWが今では株価にすら影響するから、企業は専属のプレイヤーも雇っているって」


「実際、その選択した企業は素晴らしい。EAWはゲームで終わらない、現に現実に多大な貢献をしているんだからね。つまりプレイヤーは()()だ、その中でも春夜の様な存在は更に特別。――でも大丈夫、僕が君を守ってあげるから」


 つまり、もう各企業的にも春夜は良くも悪くも狙われてしまっている。

 実感はないが、春夜は勝手に話を進める閏の言葉に溜息を吐くしかなかった。


「俺からEAWを取ったら、ただの餅好きの大学生だぞ? なのに、そんな企業やら何やらにまで影響を及ぼすものかな?」


「確かに昔ならありえない話だ。――だが近年、国際的にも優秀なプレイヤー……そして覇王がいる国は発言権が強くなっている傾向にあるのも確かだ。まぁ、それでも天童コーポレーションには口出し出来ぬがな」


 世界に革命を起こした天才児――天童 閏。

 少なくとも、その名は歴史に残るとも言われており、春夜から見ても天才なのは否定できなかった。


「実際はそうだろうねぇ……天童――いや、閏がいなかったら世の中の変化、そしてEAWも生まれていない。それに閏は天才だし、他の人達への対処も抜かりないんだろう?」


「!……ずるいよ春夜、不意打ちでそんな事を言うなんて、僕は嬉しくて天寿を全うしそうだよぉ」


 感動した様に天を見上げながら満面の微笑みを浮かべる閏だが、春夜からすれば親友が車の天井に向かって聞き捨てならない言葉を発している様にしか見えない。


「……本当に変わらないお前は」


 初めて会った時もそうだった、周りから浮いていたが気にしてもいない少年。

 休み時間にパソコンを弄り、文句を付けた教師やイジメを始めた同級生から気まぐれで助けたのが始まり。


「俺が庇った翌日……すぐに分かったよ、お前は特別であり、そして()なんだとな」


 なんせ翌日には教師とイジメ児童は学校に()()()()()のだから。

 教師は蒸発、イジメ児童は両親の会社で何かあったととしか聞かなかったが、まさかと思った春夜の前に現れたのが閏だ。


『これで安心できるね、お互いに』


 絵に描いたような微笑みを浮かべていた閏。

 しかし、それが作り笑いである事を春夜は直感的に察したのが全ての始まり。


『作り笑いは好きじゃない』


 壁を感じるから好きじゃない。

 そういうつもりで春夜は言ったのだが、それを聞いた閏の表情は驚いたように素の表情となったのを覚えている。

 そして以来、閏が構ってくるようになり、意外と波長も合った事もあって今日まで一応の親友となっていた。


「あぁ懐かしいね……やっぱり君といると楽しいよ春夜。こんな他愛のない話も充実した時間だよ」


 心地よい思い出であり、自分と春夜二人だけの記憶。

 それは何とも言い難い素晴らしい物、そう言わんばかりに閏は嬉しそうにしている。

 そんな閏を見て、厳流もやや驚いていた。


「まさか、あの閏様がここまで感情を見せるとは……始まり覇王が親友というのも本当なのだな」


 少なくとも自分達では出来ぬこと、そして見ただけで匙を投げる人種の閏と、普通に会話している春夜が凄い人間に見えてしまう。

 

「全く……そのコツがあれば聞きたいものだな」


 日頃から近い立場にいる厳流は冗談でそんな事を呟くが、隣にいるサツキが気に入らなそうに春夜を見ている事には気付かなかった。


 無論、それは春夜自身も気付いておらず、閏に別の話を振っていた。


「ところで、幾つか聞きたいんだが良いか?」


「あぁ勿論! 君とならどんな話でも大丈夫さ!」


 窓を見ながら聞いて来た春夜に対し、閏は平然と承諾する。


「……()()()()()()()はどうなんだ?」


「ッ!?」


 それは閏にとってのパンドラ箱。

 その蓋を平然と撫でまわす様な言葉であり、それを聞いた厳流とサツキは思わず絶句してしまう。


――いくらなんでも……閏様が許さぬだろそれは!


 二人は流石に一騒動は起きると確信するが、その当の閏は――


「……前よりは良くなってる。主治医も、数年以内には目覚めるかもって言っているんだ」


――へ、平常心だと?


 何の変化もなく、普通に春夜へと返答している閏に厳流達は更に驚いたが、彼等を尻目に春夜と閏は話を続けて行く。


「そうなのか……それは本当に良かったよ」


「うん、君のお陰でもあるからさ……EAWの技術が母さんも救おうとしているんだ。本当に嬉しい限りだよ」


 閏はそう言って静かに頷いているが、春夜の話はまだ終わってない。


「じゃあもう一つ聞いても良いか?――義母親の自殺、そして実父の蒸発についてはどうなんだ?」


「――どういう意味でだい、それは?」


 閏の声のトーンが若干変わる。

 表情は相変わらず微笑んでいるが、彼にとっての鱗にようやく触れた様らしく、厳流達の表情は気の毒な程に真っ青だ。

 けれど春夜は態度を一切変えず、そのまま続けた。


()()()()()()……ただ、そっちの方は大丈夫なのか? それだけだ」


 義母が突然に自殺し、天童コーポレーションの社長だった実父も行方不明となったのは数年前の事。

 その事に関して世間話的に春夜は聞いてみただけだが、その言葉を聞いた閏は一瞬だけ真顔になると、やがて笑い出す。


「……アハハ! あぁなる程、そう言うことだったんだね!――大丈夫さ、()()()()については、もう僕とは関係ないし、何の影響もない。――でも春夜も()()()()()、そんな質問をされたら誤解するじゃないか」


「……それは悪かった、ただ親友に意地悪したくなる時もあるさ」 


 そう言うと閏はどこか嬉しそうだ。

 これが自分以外なら修羅場となるだろうが、唯一の親友の自分ならば許すのが閏だ。

 だが実際、春夜も意地の悪い聞き方をしたと思っている。


――少なくとも、()()()()の性格、そして閏と母親への仕打ちを知ってるしな。


 春夜が覚えている限り、あの二人は心の綺麗な人間ではなかった。

 数年前に義母親のスキャンダルが発覚し、()()()()()()()大々的なバッシングにより本社のビルより飛び降り自殺。

 実父も株主・幹部が閏側に付いた事で立場を奪われ、今では生死すら分かっていないが、春夜はそれら全てが閏が描いた絵だと思っている。

 先程の問いの答えで察し、確信もあった。


「……世の中や街と違い、お前は変わらないんだなぁ」


 窓の空を見上げ、黄昏る様に春夜は呟いた。


「気にいらないかい、そんな僕が?」


 その言葉に閏は普通に聞き返してきたが、その口調には余裕がある。最初から返ってくる答えを分かっている様な、そんな余裕。


 天童 閏――EAWをこの世に生み、世界と技術の常識を変えた者。何物にも染まらない、逆に世界や周囲すら己の色に染め上げる天才。


 それ故に言葉によっては困惑するも、そこは親友である以上は春夜の意図も理解できており、春夜自身も承知の上だ。

 

「いや……それは俺も同じだ。それに、お前が変わると思って勝手に姿を消した以上、あくまでも俺の自己満足でしかない。だから俺が、それでとやかく言う資格はない」


 自分でそう言って春夜は内心、少し自己嫌悪。それと頑張ったが、やはり閏の前では()調()()()になってしまう。

 のらりくらりとした、そんな話方も自分なのだが、春夜はこっちの方が話しやすいと思っているけども、癖にした事で基本的な口調はアキ達への対応と同じだ。


――無理は続かないし、都合良く思った通りにはいかないねぇ。


 閏の思惑を察してEAWから離れ、それで閏も良い方向に行くと願ったが、結果は酷い大人の消滅とEAWの腐敗化を招いた。

 別に春夜は自分一人如きで何かが変化するとは思っていなかったが、周囲への影響力は士郎達に教えられたので軽視はもうせず、EAWの現状に閏が気付いていない筈がない。


――敢えて泳がせてるんだな閏。


 心開いていない他人の扱いは悪いが、EAWには深い思い入れがある閏が今までカオスヘッドの様な連中を野放しにしていた理由はそれしかない。

 

「ハハ……でも変わらない事が良い事だって多くある。現に、僕は君の御婆様の桜餅を今でも部下に買いに行かせているんだよ?」


「そこは自分で買いに行けって……その方が婆ちゃんも喜ぶ」


「僕もそうしたいけど……ちょっと最近、面倒なことが増えてきてさ。新型やシステムの改良を急ぐ必要があってね。本当に忙しいんだ」


――なら何故、俺に時間を割く?


 春夜は疑問を抱いた。

 並みや優秀程度の人間の忙しさなど、閏からすれば大した事はなく、そんな彼が忙しいと言うのなら本当に忙しいのだろう。

 無論、自分の為ならば時間を平然と割く事もするだろうが、春夜は同時に閏の自分に対する、()()()()()()()を思い出す。


――閏は昔からなぁ……俺に質問されたり、頼られたり、逆に俺に頼れって言わせたい性格なんだよなぁ。


 良くも悪くも構いたい、構ってもらいたい親友。

 だが確信は出来た、自分が力になって欲しいと言われるか、それとも自身が閏に助けを求める事になるのかが。


「おや、そろそろ着く様だよ春夜。やっぱり君といると時間が足りないなぁ」


 窓を眺める閏の言葉に続き、春夜もハッとなって窓を見上げると、そこには大きなビル、そして周囲は自然に溢れた広大な敷地に包まれていた。

 研究所、工場も全てが揃っているここが、嘗ては春夜も訪れていた天童コーポレーションの本社だった。


――もう来ないつもりだったんだけど……やっぱり俺も爪が甘いか。


 入る前から疲れ切った様に肩を落とす春夜を尻目に、車はそのまま本社の中へと入って行く。


♦♦♦♦


 地下の駐車場で降り、そのままエレベーターで直接社内に入った春夜を出迎えたのは、嘗ての知っている社内ではなかった。


「……驚いたねぇ」


 会社に一歩踏み入れれば出迎えたのは近未来。

 宙に浮かぶ映像には各研究所・工場の映像が流れており、その変貌した会社の様子に春夜も驚きを通り越して感心した様に呟いた。


「社内も随分と変えたんだなぁ……明らかに街とかの技術よりも良い物じゃないのか?」


「やっぱり分かるかい? 流石は春夜だよ……その言葉通り、内装の技術は全て、今後に発表する試作的な物が多いんだけど、それでも世間に出ている物よりも高性能さ」


 そう言って閏は自分の会社内ですら観察する様に見渡すと、春夜も合わせる様に見渡すと色々な映像が目に入ってくる。


 高温・低温の部屋に置かれて活性化するEMの原石や、試作EAの試験運用もそうだが、一番目に入ったのは手足に()()()()()()()()()()()()()()を取り付け、顔にも大きなバイザーを付けながらEAを操作している光景だった。

 更にモニターにはスキャンした仮想EAの操作も行っており、その隣では他の研究員が()()()()の様な機械に入っており、珍しい物ばかりで春夜も流石に首を傾げた。

 

「おいおい、あれも今後のEAWに必要な物なのか? ここまで来ると、俺には理解が出来ない世界だ」


「ハハハ……初期から関わってくれていた春夜にそこまで言わせるなんて、なんか勝った気分だよ。――でも、それは君が分かっていないだけさ。理解すれば、君だって喜ぶものだよ」


 そう言うと、懐から小さな端末を取り出して起動させると立体映像が浮かび上がった。

 宙に浮かぶ映像、それには先程見た大きな繭とバイザーの一式が映される。


「まず、この大型の繭――『ディープコア』だけど、これはEAを仮想に送り込んだ様に、今度は人を()()()()()()()為の装置さ」


「……へぇ、そうなのか」


 春夜は平常を演じて応えるが、その内心では冷や汗を流しながら驚愕していた。

 

――とうとう、そこまで来たのか……お前の能力は。


 EAを仮想世界に送る。

 それもスキャンした元となったEAのデータを構築して送っているに過ぎない話だが、人間はそう単純ではない。

 なのに閏は平然と、もう完成させるのも可能という様に余裕のある感じで言っているのだ。


「……まぁ、まだ色々と改良の余地があるから、これは世間に出すのは先になるだろうね――でも、()()()()()は遠くない内にお披露目ができそうだよ」


 春夜の内心を悟っている様に嬉しそうな笑みを浮かべ、閏はもう一つのバイザーやグローブ型の機械の詳細を表示させた。


「覚えているかな春夜は……昔、君の家で遊んだテレビゲームを。ロボット物で、あのゲームの世界だと世界のどこでも場所を選ばずにバトル出来ていた。――あれは僕の理想のEAWなんだ、特定の場所じゃなく好きな時間・場所でEAWをプレイ出来る様にする。そしてようやく、それは実現するまでにこぎ着けた」


「それがこのバイザーやグローブなのか?」


 実現できれば更なる革命となるだろうが、操作はバイザー等で大丈夫そうだが肝心のEAはどうするのか春夜は気になっていると、閏は更に補足する。


「そうさ……バイザーで視界を映し、グローブがコントローラーとなる。――後の問題はEAをどうするかだけなんだ。今まで通り、実機をナノマシンで操作するか、それともスキャンして仮想世界で戦わせるか。企業側からすれば仮想敵なのを好むけど、純粋なプレイヤーは実機での戦いを望むからね。色々と迷うけど、どんな結果でもマイナスとなるデータにはならない」


 お前だからそうなんだと、春夜は思わず苦笑してしまう。

 5の力を閏に通すだけで百、千、上手くいけば万の力にすら変わる。

 嘗ての者達は決められた答え以外は失敗扱いだが、閏は違う。

 望んだデータでなければ、それを活かせる方に回し、それから得られたデータで本命を更に進化させて完成させる。


「転んでもただでは起きない……じゃなく、お前の場合は転びもしないからな。本当に凄い奴だよ昔から」


 実感はないが春夜は閏なら実現するのだろうと確信はあった。

 好きな事に己の全能力を発揮する人種、そしてスペックも規格外。

 外でも設備無しでEAWをプレイできれば、更に幅も広がるのは確実であり、春夜の言葉に閏の表情は輝きだす。

 

「き、君とお婆様だけだよ……僕の事を褒めてくれるのは! 嬉しくて死んでしまうよ春夜!」


「……そうか。親友の手を握る程に嬉しかったか……」


 表情と目を輝かせ、自分の手を握る閏に春夜は何か嫌な予感を抱いた。

 握る手が深くなって行くのは気のせいだと思いたい。閏の呼吸が荒くなっているのも気のせいに違いない。


「……我々の為にも閏様のご機嫌取りを頑張ってくれ」


 背後で厳流が同情する様な視線を向けるのも気のせいだと思い、春夜は内心で溜息を吐きながら静かに手を引き離して本題に入った。


「まぁ良いけど……所で、一体なんの話があるんだ? 話だけなら車でも良いし、現状を知ってもらいたかっただけなら十分理解した。これで終わりなら、もう帰っても――」


「――残念ながら本題はまださ春夜」


 いきなり表情を一変。真面目な雰囲気と笑みを浮かべ、閏は指を鳴らすと春夜の退路を断つように()()()()()()()――EPの者達が一斉に整列する。

 その人数は少なくとも20人以上はいる。突破しようものなら最低限の自由も出来なくなるだろう。


「どういうつもりだ閏?」


 勘弁してくれ、そんな感じで春夜が言うと、閏も申し訳なさそうに笑みを浮かべて見ていた。


「ごめんよ春夜、でもこうでもしないとね……君には前科があるからさ。拘束しないのが信頼だと思ってほしいんだ」


 嘗ての事をまだ覚えている。

 だが閏が忘れる筈もないと春夜は分かっていた。

 自分が逃げた事で閏の計画は大いに狂い、だからと言って自分と親友でいたい唯一の良心によって強行もできなかった。


「言い訳はしない……だが、これで本当に話だけなのか?」


「それに関しては嘘じゃない。少なくとも、春夜にも無関係な話じゃないのさ。それに放っておくと――」


――()()()()()


「……どういう意味だ?」


 表情には出さないが、春夜の内心は穏やかではなかった。

 閏は脅しの様な言葉を言う時があるが、意味もなく、そして()()()()()()は使わない。

 閏が言う時、それは本当に起こりえるからこそであり、その内心を悟った様に閏は聖人の様な笑みを再び浮かべていた。


「それを今から話すのさ……さぁ、社長室に案内するよ。他人に聞かれたくない話だってあるしね」


 そう言って背を向けて歩き出す閏達に、春夜は背後からの圧もあって付いて行くしできなかった。


♦♦♦♦


 大型のエレベーターに乗り、最上階に付いた春夜を出迎えたのは昔と変わらない社長室だった。

 昔は社長室ではなく、閏専用の執務室だがテレビやゲーム、そしてPCなどは機種が変わった程度の変化しかない。


「適当に腰を掛けてよ。お茶とお菓子も準備も出来ているんだ……」


 そう言って閏は湯飲みと和菓子を準備し始め、厳流とサツキが入口に立つ。

 残された春夜も取り敢えず長椅子に腰を掛ていると、閏はテーブルにお茶と菓子を置いた。


「最近はルイボス茶と和菓子の組み合わせにハマっているだ……春夜もきっと気にいるよ」


 そう言って目の前に出されたのは湯飲みに入ったルイボス茶、そして二本の餡子が乗ったヨモギの串団子だった。

 ヨモギ粉ではなく本物を使用しており、団子に葉が確かに存在していて美味しそうに見える。


「君のお婆様の店でも良かったけど、僕も行きつけの店ってのを見付けてね。ここはその中で一番の店さ。――さぁ食べてみてよ」


 閏に諭され、春夜は一本持って餡子を落とさない様に口に運ぶ。そして驚いた。 


「あっうま――!」


 ヨモギの苦みと餡子の甘さが良く、ルイボス茶も渋さは弱いが後味がサッパリしている。


「凄いな、ここは当たりだ」


「だろう? 老舗って感じじゃなかったけど、常連を大切にしてるから敢えてそうしてるらしいよ」


「良い店じゃないか、場所教えてくれ」


「どうしようかなぁ~?」


 店を聞かれ嬉しそうなする閏と、そんな感じで話しながらお茶をしてやがて完食。

 食器を厳流が片付け、場も落ち着きを取り戻し始めた頃、最初に口を開いたのは春夜だった。


「それで……なんで俺を呼んだ? 無論、ここじゃなくEAWスタジアムに」


「さぁ、何のことだろうね? 世間に噂を流したのは認めたけど、それに関しては君の意思じゃないのかい?」


 小さく笑いながら閏はとぼけるが、春夜には通じない。

 ポケットからスマホを取り出すと、それを閏へと見せた。


「とぼけるな……アドレスは知らない奴だったが、俺のPCに()()()()()を送ったのは、お前しかいない」


『EAWスタジアムへ来い。行かなければ、君のせいで沢山の人々が不幸になる』


「……なるほど。それが、君がもう一度EAWに戻った切っ掛けかい?」


 どうやらまだまだ白を切るつもりの様だ。

 恐らく、隠す理由もないが今の状況も楽しんでいる、そんな理由なのだろう。

 

「今までにだって俺の――始まりの覇王の出没ガセ、そして名を騙る奴がいなかった訳じゃない。けれど、俺は一度も付き合う事はしなかった」


 出没ガセもいつの間にかイベントみたいになっていたし、名を騙る者もすぐに消えるか、悪質な者は勝手に墓穴を掘って叩かれるか、逮捕されて勝手に消える。


「まぁ……中には俺が姿を見せないからだって批判はあるけどな」


「その度に運営である僕の方へ、苦情や情報の開示をする様に言ってくるけど……僕はそれを認めた事はないよ?」


「苦労を掛けてるな……けど、原因は()()()()あるんだから大目に見てくれよ?」


 春夜がそう言った瞬間、両者の纏う雰囲気が一瞬だけ変わったのを厳流は察したが、その空気もすぐに消えて何事も無かった様に話を続けた。


「そうだね……あまり気にしていないし過剰に嚙みついて来た連中も、今頃は外の景色でも見て大人しくしているんじゃないかな?――なんせ()()()()にいるんだから」


「意味を知ったら笑えないぞ、それ……?」


 これが本当の窓際――所謂“左遷”かと、春夜は天童の影響力を再度認識して思わず苦笑してしまうが、春夜の言いたい事はそれではない。


「話を戻すが、今までのパターンだと、こんな内容のメールは一度もなかった。日付の指定もなく、まるでオープンイベント中はいつ来ても良い様じゃないか」


「宛名も無ければ日付の指定もない。必要な事が無さ過ぎて逆に怪しいけど、それでも君は来たじゃないか?」


「……行かない訳には行かないだろ、俺が原因で本当に何かあってからじゃ遅いからな」


 それでも色々と予定や移動もあり三日も掛かってしまったが、その不安定な予定故に春夜は理解した。


「それで問題はここから……EAWスタジアムに入った俺は軽く回った後、EAショップのガチャコーナーに行ったが、そこで丁度に新型を当てた子供がいて、その新型を奪う集団と会い、そしてその集団が()()()()()()E()A()――しかもゼネラル級を所持していた。流石に都合良すぎないか?……誰かが細工しない限りは」


「……確かにそうだね。事前にその連中が違法EAを所持している事を知り、ガチャの目玉商品を流してスタジアムに誘き出す」


 それは全てのプレイヤー情報を持つ天童コーポレーション・世界公認のEPならば可能であり、カオスヘッド達の中にも間者入れれば不可能ではない。


「そして君が来た頃にガチャを操作し当たりを出して揉め事になれば十中八九、君は他人の為に飛び出してバトルをする」


 EAWスタジアムのショップ等は大半が天童の加盟店。

 本社からの新たな試みといえばガチャを喜んで設置し、それも遠隔操作が可能にすればタイミングに合わせて当たりを出す事も可能だ。


「そこから追い詰められら彼等は違法EAを使い、それを倒せばデータと結果で、誰もが君を始まりの覇王とは疑わない」


 そして最後は信頼。春夜ならば勝てる。それを一番理解していなければ出来ない事。

 彼こそが覇王。未だに力が鈍っていない事を周囲に示し、始まりの覇王の力を嘗てと同じ様に魅了させ、復帰する事を認めさせる。


――それが()()()()だった。


「……唯一の誤算は、君の周辺にいた()()()の存在。まさか君の為の舞台に、あんなのが出しゃばって来るなんてね」


 模造品――つまりはアキ、そして春夜以外のプレイヤーの事だ。

 春夜の為にとリアリティを出す様に最低限の細工にしたのが仇となったが、そのままアキはカオスヘッドの罠に嵌り、結果的に計画通りに上手くいったから妥協点。

 

「けれど、これで君は問題なく覇王へと返り咲ける。弱者を助け、ゼネラル級の違法EAを倒す。それだけで周囲は思い出すんだ、EAWの頂きである君を」


 それは春夜を呼んだ事を認めた様なものだったが、それだけで納得できるものではなかった。


「閏、お前はそれだけの為に周囲を危険に……!」


 春夜はその言葉を聞き、険しい表情を閏へと向けた。

 ベヒーモスは普通のEAではなく、それによってアキは危険に晒され、リヴァイアサンを当てた子供も心に傷を負うかも知れなかった。


――だが結局は、それも元を辿れば原因は俺か……。


 嘗ての自分の行いが招いた結果、そして閏も悪気が無く自分の為にと本気で思っているから春夜は責める言葉を出さなかった。

 ただ疲れた様に手を額に当てて、呟く様に閏へと問いかける。 


「一つ教えてくれ……万が一、俺が関わらなかった場合はどうする気だったんだ?」


「その時は周辺に配置させていたEPに対応させるつもりだったよ……どの道、彼等は()()()していたからね。君の相手をして捕まるか、ただEPに捕まるか、遅かれ早かれだったのさ」


 閏はそう言うと立ち上がり、デスクの上のリモコンを操作し始める。


「実は僕にとってもここからなんだ……何故、僕が君を表に出させたのか。その理由を今から話すよ」 


 そう言ってリモコンを操作すると、映像にあるEAが浮かび上がる。

 それは下半身が戦車、ミサイルポッドを担いだ武装腕を持つ上半身――ベヒーモスだった。


「こいつは俺とアキちゃんが戦ったゼネラル級……」


「そうだね、正式名称は“EG-P02ベヒーモス”って言うらしい……けど、こんなEAを僕は作った覚えはないんだよ」


「つまり他社製のEA……それをカオスヘッド達が違法改造したって事か?」


 EAを動かす為のナノマシン――エレメントは、その物体が大きすぎると動作や伝達に支障を来す欠点があり、それもあってゼネラル級は日の目を見ていない。

 だが他社も形だけは出来ているらしく、実戦データ目的で渡した可能性もあると春夜は思ったが、閏はそれを否定した。


「いや、所詮は僕の後追いしか出来ない連中にゼネラル級は作れない。あの動かすだけの連中も同じ事……それにゼネラル級なら既に僕が完成させたからね。ただタイミングを待っているだけなんだよ」


「……じゃあ()()()()()()? お前がそんな言い方するって事は、少なくとも開発データが漏れた訳でもないんだろ?」


 閏のEAWの想いは強く、少しでも彼の手が入っているならば「作った覚えはない」なんて言わない。

 だが他社もゼネラル級を作れないと断言している以上、春夜には見当もつかなかった。


「勿論さ、管理も暇つぶしで見ているけどデータを持ち運んだ痕跡、ハッキングも見当たらない。――そもそも、このゼネラル級は僕のと作りが違うんだよ。僕ならもっと完成度の高い物にできる」


 解析したベヒーモスの構造を詳細に見ながらそう言うと、やがてベヒーモスの型式番号へ意識を向けた。


「何よりも作った連中は分かっているんだ……そして、その連中こそが君を呼んだ理由なのさ春夜」


 閏が見せやすく解析した型番EG-P02の『E』の文字を拡大すると、そこから更に詳細が表示された。


――『EtherDust』……と。


「なんだ? エーテ……()()()()()()()?」


「そう『エーテルダスト』……それがこのゼネラル級を作ったファクトリーの名さ。――無論、このゼネラル級に限った話じゃない」


 閏は春夜を見つめ、これ見よがしにリモコンのスイッチを押した。

 すると、大量のエーテルダスト製の違法EAの情報が映像に流れ、それを目の当たりした春夜もようやく事の重大さを理解する。


「笑えないねぇ……」


 閏以外がEAを作るのには、かなりの技術や費用が必要となる。

 だがエーテルダストはそれを可能とし、既に数多くの違法EAを製造していた。

 しかも他社では完成できないゼネラル級すらもだ。


「違法EAも物によっては市場をかなり荒らすが、今はEAを利用したハッキング。そしてサイバーテロも問題になってるだろ?」


「まさにそれの対処なんだよ、僕が忙しい理由は。時代と技術の変化……それに伴い、犯罪や戦争も形を変わるのが低能な権力者に支配されている世界の性なんだよ」


 閏はそう言うと、昔を思い出しながら目を閉じた。

 自分が社長の座に就く以前から天童コーポレーションは仮想技術に力を入れていたが、結局は完成させたのは自分だ。

 それによって世界は急激に変化し、会社等のデータも仮想世界を構築させて保管させ、EAを使って目視出来る様にまで発展させた。


――その時から、こうなる事は分かっていたけどね。


 どの時代でも技術を賢く使()()()()をし、馬鹿な悪用をする者が必ず出る。

 その馬鹿の相手をしたくないからEPの存在を国際的に認めさせ、世界中に支部を作ってEAを使ったサイバーテロや犯罪の対処させているが、今回の連中は一味違う。


「やっぱり人間のシステムは凄いよ春夜……この世界にする為、馬鹿な事をしそうな政治家や企業を潰し回ったのに、こうやってまた新しいのが出て来るんだ」


「そりゃそうさ……なんせ俺やお前みたいなのもいるんだぞ? 別のベクトルで型破りが生まれる事だってあるさ」


 形はどうであれ自分達という実績がいる以上、何かしらのイレギュラーは出ても不思議ではない。

 春夜は自分で言って内心で苦笑するが、閏も同じ気持ちらしく表情は柔らかい。


「君らしい答えだね春夜。――それで話を戻すけど、このエーテルダストって連中は実は()()()()()()()()の“開発部門”の名前なんだよ」


「犯罪組織の開発部門・エーテルダストか。独自にEAを作るのもそうだが、その大元もいるなんてな……」


 本音を言えば閏の話でも、そろそろ実感が湧かなくなっていた春夜だが、閏は真剣な表情を向けた。


「実感できないのは悪い事じゃない……だけど、春夜は嫌でも自覚しなきゃいけない。これは他の覇王達にも知らせている事でもあるからね」


「……どういう事だ?」


 覇王といえど民間人。閏と自分の関係が特殊だと思っていた春夜は表情が変わった。


「そのままの意味さ……もう君も、他の覇王達も()()()()()()()から目を付けられている、その組織に」

 

 一言一言が釘を刺す様に閏が言うと、どうやら自分で思っているよりも、自身は面倒ごとの中心にいる様だと春夜も理解した。

 閏の言葉の通り、他の覇王も同様だが、同時に犯罪組織に恨みを買われる事はしていないので奇妙な不安を抱いた。


「俺……なんか恨みでも買ったかな? 人気店でも普通に並んで買ってるんだけど」


「大丈夫さ……これは恨みとかの話じゃない。春夜達がEAの扱いに長けている、その事が重要なんだ。――でもね、あまりに春夜の態度がそれだと向こうも何するか分からないよ? 例えば――」


――今日出会った模造品を、君の為の()()()()したりね。


 閏のその言葉に場が静まり返り、春夜も平然とした様子だが内心は穏やかではなかった。


――ふざけた話だな。


 まさか一度だけ出会ったアキ達にも被害が及ぶ可能性が出るとは、春夜は何故そこまでして組織が覇王に拘るのか疑問を持った。


「……その組織の名前は分かっているのか?」


「勿論さ、その組織の名は――」


 閏は春夜が喰い付くのを待っていたかの様に、満足げな表情で頷きながら()()()()呟いた。 


「――『亡国者(ネグレクト)』……それが連中の名前さ」


 この瞬間、春夜は己の再臨の理由を知る事になる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=641323173&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ