第五話：ＶＳベヒーモス
カオスヘッドは自身を評価するなら――遅咲きの子供、そう判断する。
一部上場企業の上役故に、実績と自身のある父親から人生に過干渉された結果、良い暮らしは出来たが社会人として自立する頃にはおかしくなっていた。
――何も……何も分かんねぇよ。
親が子供の道を作れば楽なものだが、それは確実に子供を狂わせる毒。
気付けば父親が絶対、苦労して自力で掴んだ就職先も父親の反対で辞退。
我に返った頃には、もうカオスヘッドは自分で考えて行動する事ができず、今までのストレスを解放する様にEAで好き勝手を始めたのが始まりだった。
――正しい事はコストに合わねぇんだよ。悪い事の方が短時間に楽に稼げんだよ。
カツアゲ、恐喝、パーツの万引きも散々行った。
好き勝手に過干渉した癖に、いざとなったら「お前の人生だ、好きにしろ」とふざけた事を抜かす父親への復讐の様に。
だが自分には全く非がなく、悪いのは息子の何かと本気に思っていた父の態度にカオスヘッドは歪み切った頃、例の組織に拾われた。
――親には子も、子には親も本当は必要ないんだよ。力さえあれば互いに必要ないのだから、私は君に力を与えよう。ここからが、君の本当の自立さ。
その言葉に救われたような気がした。
組織に属して色々と行動して充実はしていたが、EAWを始めとした犯罪の取り締まりが強化されると、自分達の行いにより組織の存在がバレ始めてしまった。
『もう、誰のせいにも出来ないよ？』
だからこれ以上の失態は許されない。命も欲しいが、組織だけが自分の居場所であり、それを失う事が一番怖い。
故にカオスヘッドは抗う。それが伝説のプレイヤー『始まりの覇王』だろうとも。
『覇王だろうが関係ねぇんだ！！』
村正の立っているベヒーモスの下半部。
その周辺からも機銃が現れ、ベヒーモスの両腕『デンダイン』が同時に村正へ照準を合わせた。
『この数はマズイ……！』
春夜もモニターに鳴り響く、ロックオンによるアラーム音を聞いてすぐにペダルを踏み込み、一気に駆け抜けようとするがベヒーモスは捉えている。
『逃げれる訳がねぇだろうが！ 殲滅なんぼのベヒーモス！！』
両腕の指の計１０門の属性レーザーがライン状に照射。
その際、内臓火器とミサイルも発射されたが、その内の数発はレーザーに接触して自爆する。
けれど何の問題にならない火力をベヒーモスは有している。それがプレイヤーが未熟でも。
『１０門による全属性の巨大レーザーだ！ 圧倒的な火力は麻薬以上だ！』
ただ撃つだけで下半部上を埋めるレーザーに大興奮する中、春夜はレーザーが当たっても下半部上が若干の跡だけで済む事に苦笑してしまう。
『自機の下半部に直撃しても問題無し……耐久性が笑えない』
大型故に、自らの武器が直撃する事も前提にした作り。
その為の全属性耐性の装甲であり、春夜は無理矢理でも納得させた。
『なら出し惜しみも無しだ』
望月と盈月を構えたままスピードを落とさず、その上を滑る様に移動しながらレーザーへと走り続けた。
その姿にカオスヘッドも我が目を疑う。
『なにッ！？ 感情壊れてんのか！？ レーザーの僅かな間を通れると思ってんのかよ！』
『あぁ、そのまま押し通らせてもらうよ。――望月、盈月……ＥＳ発動』
＜望月・盈月 固有スキル発動――天現満月＞
ES――各パーツが持つ固有スキルであり、発動すれば戦況を変える程の力がある。
モニターには発動したパーツの固有スキル名が表示された。
そして望月と盈月のスキルが姿を現すと、その姿に士郎達は息を呑んだ。
「まるで月をそのまま武器にしたようじゃねえか」
二つの刀身は徐々に満月の様に輝き、刀身が完全に輝き切った瞬間、二回り大きなエネルギーの刃が構成された。
輝く二振りを包む様な透き通る光。
それはまるで月光の様であり、村正は目の前に迫るレーザーへ振り下ろし、エネルギーのぶつかり合いが生まれる。
『あれが光属性のESか！……だ、だが光属性だろうが、この火力を突破できる訳ねぇだろ！？』
『いや押し通る！』
エネルギーの余波で周囲を傷付ける中、望月と盈月のエネルギー刃は更に向上。
そして村正の各スラスターも更に出力を上げると、一気に左右のレーザーを斬り乱し、そのまま突破する。
『馬鹿な！？――マ、マズイ！？』
最大加速で突き進む村正。その狙いは下半部のドーム型の装甲に覆われているECだ。
『させるかよ！！』
カオスヘッドは『EC用緊急防護壁』を作動させると、EC周辺に薄い防壁が何枚も生える。
『時間がないから……止まらず行かせてもらう！』
春夜のモニターにはタイマーがあり、それはESの制限時間。
この効果が切れればデメリットが発生し、無駄な時間は掛けられない。
だから防護壁だろうが関係なく、村正は防護壁を何枚も斬り捨てながら突き進んでECへ迫った。
『させるかぁ！！』
まさにその時だ。
ベヒーモスの左腕が真上から振り落とされ、流石に春夜も回避をせざる得ず、軌道を変える。
『惜しいけど、その代わりに――！』
ECが駄目ならば他の物――その左腕であるデンダインを貰い受ける。
村正は両手を広げながら一気に飛び、そのままデンダインの５指の内、２指を斬り裂いた。
そして左腕を上って行き、二本の金色の線が伸びる。
『このッ――落ちろ！ 落ちろ！ 少しは落ちろやぁぁぁ！！』
腕の村正を落とそうと内臓式の機銃を一斉に出し、下半部の機銃も上を向いて一斉射する。
『腕しか取れないか……！』
常時アラーム音が鳴り響く中、春夜はESの時間からして左腕しか取れないと判断すると、ならばと突き進んだ。
そして肩まで来ると一気に深く突き刺し、繋がっていた２本の跡も一気に輝きを強めると溜まっていたエネルギーが爆発する。
『時間切れか……』
光が消え、真っ黒な刀身となった望月と盈月を鞘へと戻すと一気に飛んで空へ離脱する。
すると内蔵したミサイルにも誘爆したデンダインは、内側から爆発と黒煙を出して力なく落ちる。
『左腕が落とされただと！ しかもダメージが３０％……ふざけんな！』
ベヒーモスは空中にいる村正をロックオンし、胸部の周辺から銃身の長い特殊なレーザー砲を一斉に撃った。
『――回避だな』
村正は左右にスラスターを吹かして最低限の動きで回避しようとするが、レーザーは突如直角に曲がりその肩部の甲冑に直撃する。
『曲がるレーザーか！ なら――』
両腕の二刀――雷火と春塵を抜き、その刀身に変化が起こる。
雷火は刀身を＜雷と炎＞を、春塵は＜疾風と地のエネルギー＞を纏うそれは、一つで二つの属性を持っている『デュアル武器』だった。
『チッ！ デュアル武器か……面倒だが、光属性に比べればそんなもん！』
『だからこそ腕の見せ所だ……』
村正は両手首を回転させ、機体も回りながらホーミングレーザーを払う。
そして、その勢いで鞘に戻して水属性の大弓『海霧』を取り出して本体でもあるヘルイフリートへ水のエネルギー矢を掃射する。
『させっか！』
だが、それよりも先にベヒーモスの右腕が遮って受け止めた。
『甘いんだよ！ 全属性耐性、その数値は低いかもしれねぇが、この巨体の装甲なら問題はねぇ！ 今度はこっちの――うおっ！？ な、何が起こった！』
突如としたモニターの乱れと、ベヒーモスの損壊率の増加の警告の表示。
それを見たカオスヘッドはすぐに詳細を調べると、モニターに映るのはキャタピラ部の２つのEC部分が点滅しており、破壊された事を示していた。
『ダメージ率４８％……左翼部のキャタピラが全停止だと！？』
急いでカメラを向けると、そこに高速で周囲をウロチョロする機体があった。
『良し！ これでこっちはOKね……じゃあ次よ！』
桜雲に跨って火銃リンドウでECを撃ちまくる紅葉の姿があり、アキは側面の２つを破壊した事で桜雲に反対側に行くように促す。
だが、桜雲はその馬型デュアルアイを微妙に光らせると、不満そうに音声を鳴らす。
『――ケッ』
『あんた馬じゃないでしょ！？』
人を小馬鹿にした様な声をだす桜雲に抗議するアキだが、桜雲はまた無視して走り出した。
『もう！ 私の何が気に入らないのよぉ～！！』
桜雲に振り回されながら泣きたくなるアキだったが、乗せられている立場ゆえに何も言えないでいると、春夜へEYEが通信を送ってきた。
『ECが２基破壊された事により、ベヒーモスの属性耐性に変化がありました。それにより水属性と火属性が有効となります』
『なるほど……随分と燃費も手間も悪い機体な様なんだな』
この圧倒的な火力と防御力の弱点。
それはECを複数なければ発揮できないこと。
どうりで無駄に大型になる訳だと春夜は思いながら海霧を構え、今度は連射ではなくチャージし、一矢に全力を込めた。
『ベヒーモスの動きは、カオスヘッドのマニュアル操作……なら――』
狙いをヘルイフリートに定め、敢えて棒立ちのまま限界までチャージしていると流石にカオスヘッドも気付いた。
『貫通力のある水属性でヘルイフリートを射抜く気か……甘いんだよ！ 耐性が消えようが豆鉄砲でベヒーモスの装甲を破れるかッ！！』
再び右腕を盾の様にして身の安全を守ろうとするカオスヘッドへ、村正は高密度のエネルギー矢となった海霧を気にせずに放つ。
『これで良い……』
海霧の矢はデンダインに刺さるが貫通まではせず、ミサイルのない部分でもあって誘爆もなかった。
『ヒャーハッハッ！ 覇王の癖になんだその攻撃はよ！ これじゃあ俺様の方が覇王に相応しいんじゃねえのか！？』
カオスヘッドは笑いが止まらない。
馬鹿正直に射って来たと思えば戦果はなく、圧倒的な力と言うベヒーモスの魔力に呑まれているカオスヘッドからすれば、アホらしくも思えた。
『――この状況で笑っていられるのは大したもんだよ。――EYE……EODシステム起動！』
――その言葉を聞くまでは。
『かしこまりました――EODシステムを起動します』
『ヒャーハッハッ……ハァ？』
ESが各パーツのスキルならば『EODシステム』はEA本体の持つ固有スキルを発動させる機だ。
つまりはプレイヤーにとっては切り札とも呼べる。
『EOD・戦護村正――『妖刀戦陣・妖月纏い』――発動』
デュアルアイ・各ブースター・そして排熱部。
その全てから溢れ出す菫色の光を纏い、一部のパーツも展開して形状が変化。
また、抜いた雷火と春塵の刃にもオーラの様にその光に包まれる。
『世界を獲った、覇王のスキル……！』
醸し出す『妖』の気配にカオスヘッド、外で見ている観客達も息を呑み、士郎も思わずパソコンを置いてしまう。
「あれが……始まりの覇王以外、誰も扱い切れなかった無属性EA『初代ムラマサ』のEODスキルか」
限定的ではなく、全てのパーツ性能を引き上げるスキルを持つ『初代ムラマサ』
だが、その性能とスキルによって扱い切れる者はおずEAW界でも異端のEA。
春夜のお陰で今も尚、ムラマサシリーズの後継機は発売されているが、そのどれもが誰でも扱える様にデチューンされた一般向けの機体となっている。
「アキの紅葉――そのベース機で操縦性を上げ、初代に最も近い性能を持つ『三代目ムラマサ・弐式』……あれですら開発者は初代には及ばないと断言してるしな。それに――」
士郎はフロアにいるティアへ視線を向けた。
――二番目の覇王……あの嬢ちゃんとの試合後のインタビューで春夜は、愛機が初代ムラマサじゃなかったら負けていたと言っていた程だ。
名前通りに強力だが、けれど扱い切れない問題児。
その真骨頂を見れる事、この会場に今日来た連中は運が良いと士郎は思っていると村正が動き出した。
『さぁ……終わらせようか』
妖刀そのものを彷彿させる異様な雰囲気となった村正。
それは二本の刀を構えながら歩き出すと、何をするか分からないという予測不能な恐怖にカオスヘッドは呑まれる。
『ふざけんな……ハァ……ハァ……ふざけんなぁ！！』
整えていた金髪は既に乱れ切っており、村正を見るその目も視点が合っていなかった。
気合い、勢い、怒号。それで長年カオスヘッドは人生の大半を乗り切っていた、だから今回もそうしていた。
――向こうが勝手に道を開ける事を願いながら。
『ウオォォォォォッ！！！』
デンダインの大型レーザーを再び向け、ロックオンも初心者の様に何度も固定し直し、本当に消し炭にしようと試みる。
すると村正は足を止め、刀を脱力する様に下へ向けた直後、デンダインの大型レーザーが放たれる。
『消えろ消えろ消えろ消エロキエロキエロキエロキエロッ！！』
『暴言ばかりじゃ楽しめはしないさ……』
どこか哀れむかの様に優しい声で呟き、村正は刀を下から上に振り上げると菫色の斬撃が放たれた。
『ビームの斬撃も浪漫だろ？』
それはクロスの形となって真っ直ぐにデンダインへと向かって行き、大型レーザーを撃ち消しながらデンダインへ直撃。
そのままレーザーのエネルギーが異常をきたし、大きな爆発と共に５門の砲台が吹き飛んだ。
『い、嫌だ！！ そ、組織が！ 俺様は……嫌だぁぁぁぁ！！！』
カオスヘッドは錯乱して叫び、まだ動くデンダインで村正を叩き潰そうと勢いを付けて振り落とす。
しかし村正は余裕で回避するがデンダインの勢いは止まらず、そのまま下に設置されていたECを自ら叩き潰してしまう。
『し、しまった！？』
我に返っても既に遅くECに大きな亀裂が入った。
そして放電しながら機能を停止、それと同時に下半部の残りのECも紅葉によって壊される。
『これで全部よ！』
『流石です。ベヒーモス、下半部の機能が完全停止しました。またダメージ率７５％を越えております』
ベヒーモスは既に風前の灯火であるとEYEは伝えるが、カオスヘッドはまだ諦めていなかった。
各部が放電、煙、異常をきたす中でも残りの武装で村正を撃ち続けた。
『俺には後がねぇんだ！ 良いだろうこれぐらいよ！ ガキからEA奪おうが、ムカつく奴を殴ろうが、俺様が楽して生きる為の知恵なんだよ！ それの何がワリィんだよ！！』
『救いようがない奴……』
広範囲に通信を垂れ流し、しかもその内容は聞くに堪えない言葉にアキは完全に失望した。
『それは一人だけの時にしてくれ……カオスヘッド』
彼の言葉を否定し、村正は一気に飛んでベヒーモスの懐へと入った。
その何度も見せられた自分に出来ない操縦に、カオスヘッドの心は折れてベヒーモスの操作を遂に放棄する。
『む、無理だ！ 離脱だヘルイフリート！』
収まっていたコアブロックから飛び上がり、そのままスラスターで空中へと逃げて行くヘルイフリートだが、村正は追う事はしなかった。
『仕上げだ村正！』
巨大なエネルギー刃を纏う雷火と春塵を掲げ、真下へと落下。
上半身を真上から内部のECごと一気に下まで斬り裂くと、雷火と春塵を両腕の鞘へと戻す。
＜ベヒーモス……ダメージ臨界点到達。制御・戦闘続行不能――戦闘データを送信します＞
一瞬、何か変な音声を拾った気がした春夜だったが、それは誘爆した背部の巨大ミサイルポッド『ヨルダン』の爆発によりかき消される。
『EOD……発動限界になりました。システムを停止します』
EYEの言葉と共に村正の姿も正常に戻った。
ベヒーモスの上半身もヨルダンの爆発によって反らせながら倒れ、爆炎に呑まれながら活動を完全停止する。
『ふぅ……こっちは終わったね。後は――』
村正をヘルイフリートが逃げた方へ向けると、上空をゆっくりと落ちて行くヘルイフリートと、その真下から迫る紅い光がモニターに映っていた。
♦♦♦♦
『ベヒーモスが墜ちた……！ ふざけんな……組織も欠陥品寄越しやがって！』
空中に逃げたがヘルイフリートだったが、カオスヘッドはずっと文句を言っていた。
しかし内心、これからどう行動するかで焦ってもいる。
――ベヒーモスは回収できねぇ……勝敗もどうでもいい。早くEAWスタジアムから撤退しねぇと。
ベヒーモスすら失った事で頭が一周したのか、カオスヘッドは冷静になってEAWスタジアムから逃げる事を考えた。
違法EAを平然と使った以上、少しでも早く逃げたい。
幸運なのは馬鹿な部下が多くいる事で、逃げ出す確率が高くもなる。
『降参してとっとと逃げるか……！』
今すぐにでも試合を終わらせようと、降伏の選択をしようとした時だった。
『EOD・紅葉――『秋宵紅姫・炎紅葉』――チェーンD加具土命・固有スキル発動――炎臨』
『なんだっ――ガアァッ！！』
リアルに感じる衝撃と機体にダメージを突然受けたヘルイフリートは落下し、荒野の真ん中に叩き付けられた。
『クソッ！ 今度はなんだってんだ！？』
急いで起き上がらせ武器を構えるヘルイフリートだったが、モニターに映る敵の姿にカオスヘッドは言葉を失った。
『テ、テメェ……さっきの女か！？』
目の前にいるのはアキが駆る紅葉だったが、カオスヘッドが言葉を失った理由はその機体の姿。
全身から炎を発し、その炎は布の様に優しく揺れていて風に靡く炎髪、そして炎の着物を纏っている様だ。
『これが私と紅葉の本気……』
周囲に飛来する残り火。
それも炎の紅葉の様に美しく舞い散っており、紅蓮に包まれた加具土命を向ける紅葉の姿に圧倒されてしまう。
『逃がすと思ってんの？ あんたが始めた戦いでしょうに……それじゃ筋が通らないわ！』
『ふ、ふざけんな……！ 俺様達はテメェ等に喧嘩を売った訳じゃねえ！ ガキからリヴァイアサンを奪っただけじゃねえか！ それを正義面して飛び込んできたのはテメェ等だ！』
リヴァイアサンを奪えばそれで良かった。
事前に仕入れた情報で、EAWスタジアムのEAガチャで高価なEAやパーツが排出されるのは分かっていた。
だから自分達では金を出さずにカツアゲで奪って高く売りつける作戦だったが、それをアキ達に邪魔され、カオスヘッドはまるで被害者かの様な口調で開き直る。
『どこまでもクズなのね……別にアンタ達がどう生きようが、どこで死のうが私達には関係ないわ。でもね、それならアンタ達も関係ない人間巻き込むんじゃないわよ』
落ち着いている、けれど低い声。
アキの怒りに触れ、紅葉はゆっくりと加具土命を向けると、カオスヘッドは慌てたはじめた。
『ま、待て！ そもそもテメェ等、あのダサ服の復帰勢が始まりの覇王だって知ってたな！ だから俺等に喧嘩を売ってきたんだ！？』
『好きに思ってなさいよ……どの道、アンタは私自身で決着を付けるって決めてるのよ』
『ふざけんな！ 覇王ならともかく、テメェみたいな小娘にやられるカオスヘッド様じゃねえ！』
ヘルイフリートは両腕の武器を出し、紅葉を迎え撃とうとする。
だが、何故かEODを使う気配がなく身構えたままの姿にアキは気付いた。
『アンタ……EOD使えないんでしょ？ 当然よね、他者のEA、そして自分達のEAすらも大事に扱わない連中に機体も応えるわけないもの』
『ッ！――うるせぇ！ そもそもEODは発動条件が不明だろうが！ なのになんでお前は使えんだ！？ あの覇王様に身体でも売って教え――』
最後まで言う事は叶わず、ヘルイフリートは真っ二つに焼き斬られた。
無論、斬ったの紅葉。
崩れ落ちるヘルイフリートを見下ろしながら、アキは軽蔑する様な目でその残骸に言い捨てる。
『私の事は良いわよ……でも私以外の誰かや、助けてくれたあの人の事を悪く言うのは絶対に許さない』
その言葉の応答はなかったが、アキも聞く気も更々なかった。
『おめでとうございます。総力戦、これにて決着ですアキ。あなた達の勝利です』
EYEによって決着が告げられ、二人のモニターに『WIN』の文字が浮かび上がっていた。
♦♦♦♦
「終わったわね……」
一息入れながら紅葉を回収するアキは、傷んでしまった紅葉を見て自己嫌悪してしまう。
「……ごめんね紅葉。油断した私のせいよね」
設定を見なかったのも後悔するし、いくらスナイパーでもセンサーとMAPに意識を向けていれば対処できたはず。
頭の中で、その場面を何度もシュミレーションしてしまう自分が更に惨めに思うが、同時に確信も得られた。
「私はまだ強くなれる……実際に、それを目の当たりにしたんだから」
カオスヘッド達に一騎当千――逆に失礼に感じてしまうが、アキ自身は数で圧倒されたのは間違いなかった。
けれど、数だけでは勝利の絶対ではない事を知ったのは大きい。
今後は総力戦の大会も多くなり、数の優劣も必ず起こる。
「今後の課題はそれね……でも、その前に紅葉を『ナノボックス』に入れてあげないとね」
アキはそう言ってEAボックスに収納し、コアの膜に触れると衝撃はなく、そのままコアは解除されて外へ出た時だ。
「アキちゃ～ん！！」
「せんぱ～い！！」
「ぐえっ！！？」
ムラサキと時雨の強烈なタックルを浴びながら、二人はそのまま抱きついた。
けれど泣きそうな声ゆえに心配してくれていたのが分かり、アキは向かいにいる士郎も察しろと言わんばかりに頷き、それを見てしょうがないと受け入れる。
「二人とも……私は大丈夫だって。ほらこの通り」
「でも本当に心配したのよ～！」
「そうっす！ アキ先輩達が閉じ込められえ、しかも違法のゼネラル級EAっすよ！？」
「ハイハイ……分かってるから」
苦笑しながらアキは二人をあやす様に背中をポンポンと叩いていると、士郎もようやくアキの下にやってくる。
「おうアキ……よくやったな。EODもそうだが、ゼネラル級相手に良い動きだったぞ」
そう言って成長を喜ぶ様に笑みを浮かべ、アキも笑顔を浮かべるが首は横へと振った。
「うんうん、私は何もしてない。結局は春夜さんが助けてくれなかったら紅葉も今頃は……」
「確かにそれもあるが……周りはそうは思っていない様だぞ？」
そう言って士郎は周囲へ意識を向けさせると、アキも顔を上げて気付いた。
「おねぇちゃ～ん！ つよかったよ～！」
「凄かったぞ！」
「良いもん見せてもらった！ 次も頑張れ！」
入って来た時からスタジアム内は騒がしく、だから気付けなかった。
アキを出迎えたのは歓声。
リヴァイアサンの男の子や、他のプレイヤーや一般客の人々が拍手と共に暖かい言葉をかけてくれている。
「この歓声は覇王じゃなく、お前に向けられているものだ――それに、もっと視野を広げてみろ」
「えっ――もしかして、あの人って……」
フロアを見渡す士郎の視線。
それをアキも追うと、隅で静かな拍手を送るティアの姿をみつけた。
始まりの覇王へではなく、確かに自分を見つめて拍手してくれている事にアキは驚いて声が出なかった。
「二番目の覇王……氷の女帝――ティアさんまで見てくれてたんだ……」
「あの覇王だけじゃねぇさ。よくよく見れば名のあるプレイヤー達もお前を見ているぞ？」
そう言って士郎は２階へ視線を向けると、マックスも拍手を送り、ランロも仕方なさそうに拍手をしていた。
「どうだランロ……覇王以外にも強いプレイヤーはいるだろ？」
「まぁ他の奴等よりは……ですけど」
自分達の強さへの誇りもあってランロは素直に頷かないが、それでもマックスは楽しそうに眺めていると、バトルエリアではセバスがティアに耳打ちしていた。
「久しぶりですね……お嬢様が他者の試合を称えるなど。やはり始まりの覇王だからですか？」
「……確かにそれも大きいわ。彼女自身はまだ未熟で粗さも目立つし、季城くんがいなければEAを失っていた筈」
嵌められたのは同情するし許せない。
だがティアからすれば、気付けた範囲であると同時に正面から打ち崩せる程度の罠でしかなかった。
酷の様に思うが、上を目指すつもりならばアキの責任もあり、始まりの覇王がいてくれた幸運が薬となるか毒となるか、ティアは氷の様な冷たい視線で見定めていた。
――だが同時に。
「――でも、プロでも取得できていない者がいるEODを、彼女は既に取得している。それだけだけど、EODに関しては確かな彼女の実力。そして伸びしろも考えれば十分、称賛と敬意を払うに値するわ」
ティアはそう言うと、ゆっくりと体を別のコアへと向けた。
そのコアの使用者は当然、始まりの覇王。
その光景を見た士郎はこれからの事、そして周囲の期待がこもる視線が、一つのコアに注がれ始めた事を察する。
「さぁて……これからどうするつもりなんだろうな。なんせ７年近くもトンズラし謎に包まれた覇王、そんな奴が今更になって姿を現す。――その理由も正体も周囲は知りたい筈だ」
「！……そうだ春夜さんは？」
アキ達も春夜のコアの方を向くが、まだ出ていなのでコアは形成されたままだ。
周囲の者達も息を呑みながら覇王が出るのを待つ中、アキだけがコアに近付いたときだった。
「な、なんだテメェ等！？」
「うわぁぁっ！」
突如、会場が違う意味で騒がしくなった。
アキ達や他の観客達もその騒動の中心を見ると、そこにはカオスヘッドを含めた『双炎の魔王軍』のメンバーを拘束する白い制服の集団がいた。
顔にはバイザーを付けており、彼等はそのまま春夜のコアを包囲して他の観客達が近付けない様にし始める。
「ちょっ――ちょっと何よあんた達！？」
「待て！」
そんな彼等に食って掛かろうとするアキを士郎が止め、じっくりと観察する様に見るが白制服の者達は軍人の様に微動だにしない。
だが、そんな彼等ゆえに士郎は正体に目星がついた。
「お前等……EPだな？」
「EPって……エレメントポリス！？」
「確かEAWや、その技術の悪用時に動く国家公認の特殊部隊でしたよね～？」
士郎の言葉にアキとムラサキは驚いた様にEP達を見ると、確かに胸には『EP』とデザインされたマークがあって士郎は一人納得する。
「成程……カオスヘッドが使ったゼネラル級。それの確保が目的だな？」
「その通りだ。相変わらず、己に関係のない事には頭の回転が速いな士郎？」
士郎の言葉を肯定し、他のEPの奥から二人の男女が歩いて来た。
男の方は身長が２ｍ近くあり、スキンヘッドにサングラスという厳つい容姿をしているが他の白服よりも威厳があり、明らかに立場が上の人間だ。
「よう……やっぱりいやがったなゲン。そっちの嬢ちゃんは知らねえけどな？」
けれど士郎は一切怯む事もなく、寧ろ親しげに話しかけた。
その様子に男の隣にいた女性は険しい表情を浮かべて士郎に迫ろうとするが、男が片手で制止する。
「――よせ、この者達は一般人だぞ？ それに、この男には何を言っても無駄だ」
「！……し、失礼いたしました」
男の言葉に女性は謝罪しながら下がった。
どうやら副官らしく、ふちなしの眼鏡と茶髪の頭の上にベレー帽を被り、男を立てる様に一歩下がる。
「なんだゲン？ そんな若い部下を持ったのか……羨ましいもんだ」
「黙れ……それにゲンと呼ぶなと言っているだろう！」
「言いやすいんだから良いだろうに……」
険しい口調で士郎を睨む男だったが、士郎の態度から見ると仲の良い悪友の様にしか見えない。
「ねぇ、この人って叔父さんの知り合いなの？」
「ん？ まぁ腐れ縁の悪友だな――＜志島 厳流＞……呼びやすくゲンって呼んでんだ」
「悪友ですら不本意だ。それにゲンと呼ぶなと……いや、こんな事をしている場合ではない。我々は任務に戻らせてもらうぞ」
そう言って厳流は部下に手で合図をするとドーム状のフィールドを解放させ、ベヒーモスの残骸を回収し始めた。
だが、それでも春夜のコアを包囲し続ける事に士郎は疑問を持つ。
「おい、お前等の目的は違法ゼネラル級の回収だろ？ なんでそこのコアを包囲してんだ？」
「部外者に話すと思うか？……まぁ強いて言うなら、この場の混乱を収める為――そしてスポンサーの意向だ」
「スポンサー……ってまさか」
士郎が何かに気付き、厳流も意味しげに頷いた時だった。
春夜のコアが解除され、ＥＡボックスを持って春夜が出て来る。
「ふぅ……ってあれ？」
だが目の前にＥＰの集団いる事に気付くと、何かを察した様に呆れた様子で周囲を見て納得する。
「やっぱりね……そういうことか」
観客達も春夜に気付いてザワつきだすが、厳流の副官の女性がその目の前に立った。
「始まりの覇王……季城 春夜だな？ 私はＥＰ・実働部隊副官＜橘 サツキ＞だ。――これより貴様を拘束させてもらう」
「なるほどね……でもお断りさせてもらうよ。少なくとも事情聴取ならばともかく、拘束される様な事はしていない」
「それはこちら側が決める事だ。貴様の意思は関係ない」
サツキは手で合図すると、周囲のＥＰが春夜へ距離を詰め寄り始めた。
けれど春夜に焦った様子はなく、ただ呆れていた。
「そんなんだからＥＰが行儀の悪い犬だと言われるんだぞ？――閏」
「アハハハ！……相変わらずだね君は」
楽しそうな笑い声と共にその者は現れた。
会場に入ってくるのは一人の青年。
白髪の髪にスーツを纏い、その若い容姿に似合わない落ち着きを見せている。
けれど、その青年の登場に会場は更にどよめき、士郎も険しい表情で青年を見ている。
「なんてこった……始まりの覇王だけでもエライ事だが、更にアイツまで出てくんのか？」
「えっ……あの人って何なの？」
周囲の困惑する様子やＥＰの者達が敬礼で出迎えた青年に、アキは困惑気味に聞くと士郎はゆっくりと口を開いた。
「お前等も名前だけは聞いたことがある筈だ……奴は、このＥＡＷの運営会社・天童コーポレーションの社長にし、ＥＡＷの生みの親――」
―――＜天童 閏＞だ！
「ようやく会えたね……春夜」
ＥＡＷを生み落とし、この世界の常識を変えた天才。
世界の者達にＥＡＷを示すと同時に、その名を示した覇王。
これは二人にとって出会いではなく、再会にし再開に過ぎない。
